「筋強直性ジストロフィー」の版間の差分

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高橋 正紀
高橋 正紀


{{box|text= 筋強直性ジストロフィー(DM)は成人で最も頻度の高い遺伝性筋疾患である。筋強直と進行性の筋萎縮といった骨格筋症状のほかに、心臓伝導障害、耐糖能異常、白内障、中枢神経障害など様々な臓器の障害を呈する全身性疾患である。常染色体顕性(優性)遺伝形式をとり、原因遺伝子から1型(DM1)と2型(DM2)に分かれるが、ともに非翻訳領域における数塩基の繰り返し配列の異常伸長による。本邦でDM1がほとんどであるが、表現促進現象とその極端なあらわれとしての先天型の出生という遺伝的特徴がある。近年、繰り返し配列の伸長したRNAが核内に蓄積し、RNA結合タンパクの異常をきたし、様々な選択的スプライシング異常を呈するというRNA病としての病態が他疾患に先駆けて明らかにされ、根本治療薬の開発が近年急速に進んでいる。}}
{{box|text= 筋強直性ジストロフィー(DM)は成人で最も頻度の高い遺伝性筋疾患である。筋強直と進行性の筋萎縮といった骨格筋症状のほかに、心臓伝導障害、耐糖能異常、白内障、中枢神経障害など様々な臓器の障害を呈する全身性疾患である。常染色体顕性(優性)遺伝形式をとり、原因遺伝子から1型(DM1)と2型(DM2)に分かれるが、ともに非翻訳領域における数塩基の繰り返し配列の異常伸長による。本邦で1型がほとんどであるが、表現促進現象とその極端なあらわれとしての先天型の出生という遺伝的特徴がある。近年、繰り返し配列の伸長したRNAが核内に蓄積し、RNA結合タンパクの異常をきたし、様々な選択的スプライシング異常を呈するというRNA病としての病態が他疾患に先駆けて明らかにされ、根本治療薬の開発が近年急速に進んでいる。}}


== はじめに ==
== はじめに ==
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 その複雑さ多様さのため、筋強直性ジストロフィーの疾患としての確立はやや遅れ、1909年にドイツのSteinert<ref name=Steinert1909>'''Steinert, H. (1909).'''<br>Über das klinische und anatomische Bild des Muskelschwunds der Myotoniker. Dtsch Z Nervenheilkd 37:58-104. [https://doi.org/10.1007/BF01671719 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref>[2]および英国のBatten and Gibb <ref name=Batten1909>'''Batten, F.E & Gibb, H.P. (1909).'''<br>Myotonia atrophica. Brain 32:187-205. [https://doi.org/10.1093/brain/32.2.187 PDF]</ref>[3]が別々に、まとまった記述を行ったのが最初である。欧州(特に大陸諸国)では発見者の名前をとり、Steinert病と今でも呼ばれる。なお、日本では長らく、筋緊張性ジストロフィーと呼ばれていたが、用語使用の適正化の点から現在は筋強直性ジストロフィーが正式名称となっている。
 その複雑さ多様さのため、筋強直性ジストロフィーの疾患としての確立はやや遅れ、1909年にドイツのSteinert<ref name=Steinert1909>'''Steinert, H. (1909).'''<br>Über das klinische und anatomische Bild des Muskelschwunds der Myotoniker. Dtsch Z Nervenheilkd 37:58-104. [https://doi.org/10.1007/BF01671719 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref>[2]および英国のBatten and Gibb <ref name=Batten1909>'''Batten, F.E & Gibb, H.P. (1909).'''<br>Myotonia atrophica. Brain 32:187-205. [https://doi.org/10.1093/brain/32.2.187 PDF]</ref>[3]が別々に、まとまった記述を行ったのが最初である。欧州(特に大陸諸国)では発見者の名前をとり、Steinert病と今でも呼ばれる。なお、日本では長らく、筋緊張性ジストロフィーと呼ばれていたが、用語使用の適正化の点から現在は筋強直性ジストロフィーが正式名称となっている。


 1992年に、多くのリピート病とほぼ時を同じくして原因遺伝子が同定され、CTG繰り返し配列(リピート)の伸長によるリピート病であることが明らかにされた<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。リピート病のうち、ハンチントン病や多くの脊髄小脳変性症では伸長CAGは翻訳領域に存在することからポリグルタミン毒性が仮説提唱された。しかしながら、本症の繰り返し配列は非翻訳領域に存在し、その産物であるタンパクの異常をきたさないことから、セントラルドグマで説明がつかず、病態がしばらく不明であった。2001年の筋強直性ジストロフィー2の原因遺伝子同定や<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[7]、Thorntonらによるモデルマウスの作出により<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[8]、伸長した繰り返し配列を含むRNAが病態の主因であるというRNA gain of function説が提唱され<ref name=Ranum2004><pubmed>15065017</pubmed></ref>[9]、その後に同定されたC9ORF72 FTD/ALSをはじめとする非翻訳領域リピート病の病態解明の先鞭をつけた<ref name=Swinnen2020><pubmed>31721251</pubmed></ref>[10]。
 DM類似の症状を呈するが、DMPK遺伝子に異常が見られない症例が1994年にRickerらにより報告され、proximal myotonic myopathy (PROMM)と名付けられた<ref name=Ricker1994><pubmed>8058147</pubmed></ref>[15]。同様の症例が報告されいくつかの名称で呼ばれていたが、DM type2(DM2)とすることが合意され、現在は1型(DM1)と2型(DM2)に分類される。た<ref name=IDMC2000><pubmed>10746587</pubmed></ref>[16]。
 
 1992年に、多くのリピート病とほぼ時を同じくして1型の原因遺伝子が同定され、CTG繰り返し配列(リピート)の伸長によるリピート病であることが明らかにされた<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。リピート病のうち、ハンチントン病や多くの脊髄小脳変性症では伸長CAGは翻訳領域に存在することからポリグルタミン毒性が仮説提唱された。しかしながら、本症の繰り返し配列は非翻訳領域に存在し、その産物であるタンパクの異常をきたさないことから、セントラルドグマで説明がつかず、病態がしばらく不明であった。2001年の2型の原因遺伝子同定や<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[7]、Thorntonらによるモデルマウスの作出により<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[8]、伸長した繰り返し配列を含むRNAが病態の主因であるというRNA gain of function説が提唱され<ref name=Ranum2004><pubmed>15065017</pubmed></ref>[9]、その後に同定されたC9orf72 FTD/ALSをはじめとする非翻訳領域リピート病の病態解明の先鞭をつけた<ref name=Swinnen2020><pubmed>31721251</pubmed></ref>[10]。


{| class="wikitable"
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'''筋強直''':収縮した筋の弛緩が遅くなる現象である。強く握った指がすぐに開けない、把握ミオトニーや、診察用のハンマーで叩くと収縮が持続する叩打ミオトニーが特徴的である(ビデオ [http://plaza.umin.ac.jp/~DM-CTG/video.html 専門家が提供する筋強直性ジストロフィーの臨床情報])。針筋電図を行うと、興奮性が増大しており、急降下爆撃音やバイクのカラふかし音とよばれる、特徴的な筋線維の発火が認められる。筋強直は、本症以外に先天性ミオトニーや先天性パラミオトニーなどでもみられる。
'''筋強直''':収縮した筋の弛緩が遅くなる現象である。強く握った指がすぐに開けない、把握ミオトニーや、診察用のハンマーで叩くと収縮が持続する叩打ミオトニーが特徴的である(ビデオ [http://plaza.umin.ac.jp/~DM-CTG/video.html 専門家が提供する筋強直性ジストロフィーの臨床情報])。針筋電図を行うと、興奮性が増大しており、急降下爆撃音やバイクのカラふかし音とよばれる、特徴的な筋線維の発火が認められる。筋強直は、本症以外に先天性ミオトニーや先天性パラミオトニーなどでもみられる。


'''筋萎縮''':筋疾患では体幹に近くのいわゆる近位筋から障害されることが多いが、DM1(DM2については[[筋硬直性ジストロフィー#DM2の症状|下記]]参照)ではそうではなく、咬筋・側頭筋 (斧様顔貌) 、眼輪筋・口輪筋(兎眼、口笛困難)、胸鎖乳突筋(頭部挙上困難)、腹筋(臥床からの起き上がり困難)、手指筋(ピンチ力低下)、前脛骨筋 (下垂足)などの障害がよく認められる。
'''筋萎縮''':筋疾患では体幹に近くのいわゆる近位筋から障害されることが多いが、1型(DM2については[[筋硬直性ジストロフィー#DM2の症状|下記]]参照)ではそうではなく、咬筋・側頭筋 (斧様顔貌) 、眼輪筋・口輪筋(兎眼、口笛困難)、胸鎖乳突筋(頭部挙上困難)、腹筋(臥床からの起き上がり困難)、手指筋(ピンチ力低下)、前脛骨筋 (下垂足)などの障害がよく認められる。


==== 心臓 ====
==== 心臓 ====
 デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど多くの筋ジストロフィーでは、心筋の収縮力低下による心不全を呈することが多いが、DMでは伝導障害や不整脈のほうが生じやすい。本症に多い突然死の原因の一部と考えられている。
 デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど多くの筋ジストロフィーでは、心筋の収縮力低下による心不全を呈することが多いが、筋硬直性ジストロフィーでは伝導障害や不整脈のほうが生じやすい。本症に多い突然死の原因の一部と考えられている。


==== 呼吸器 ====
==== 呼吸器 ====
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==== 内分泌代謝 ====
==== 内分泌代謝 ====
 インスリン抵抗性による糖尿病が良く知られている。脂質異常や肝機能障害、脂肪肝なども多い。
 インスリン抵抗性による糖尿病が良く知られている。脂質異常や肝機能障害、脂肪肝なども多い。


{| class="wikitable"
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|+表1. DM1の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020>筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会 (2020).<br>筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020. 東京: 南江堂</ref>[14]
|+表2. 筋硬直性ジストロフィー1型の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020></ref>[14]
! 臓器 !! 症状
! 臓器 !! 症状
|-
|-
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|}
|}


=== DM1の発症年齢による分類 ===
=== 筋硬直性ジストロフィー1型の発症年齢による分類 ===
 DM1では先天型から白内障のみを示すような軽症の成人型まで、発症年齢・重症度・症状が様々である。発症時期に基づき、先天型、小児型、古典型(成人型)、軽症型の4つの臨床病型に分類されることが多い。病型により主だった症状が異なることに注意が必要である。
 1型では先天型から白内障のみを示すような軽症の成人型まで、発症年齢・重症度・症状が様々である。発症時期に基づき、先天型、小児型、古典型(成人型)、軽症型の4つの臨床病型に分類されることが多い。病型により主だった症状が異なることに注意が必要である。


 例えば、先天型では乳幼児期には筋強直現象は認めず、精神発達遅滞や知的障害が前景に立つ。小児型でも、年少期には筋強直は目立たず学習障害などが中心症状であることが多い。これらでは、家族歴の情報なしに本症を診断するのは難しい。
 例えば、先天型では乳幼児期には筋強直現象は認めず、精神発達遅滞や知的障害が前景に立つ。小児型でも、年少期には筋強直は目立たず学習障害などが中心症状であることが多い。これらでは、家族歴の情報なしに本症を診断するのは難しい。


表3 DM1の発症年代別病型分類
{| class="wikitable"
発症年齢 リピート数 特徴的症状
|+表3. 筋硬直性ジストロフィー1型の発症年代別病型分類
先天型 ~生後4週 >1000 筋緊張低下・呼吸不全・哺乳力低下・発達遅滞
|-
小児型 1歳~10歳 50-1000 学習障害・注意欠如/多動性障害(ADHD)・筋強直
!  !! 発症年齢 !! リピート数 !! 特徴的症状
古典(成人)型 10~30歳 50-1000 筋強直・筋力低下・白内障
|-
軽症型 20~70歳 50-100 白内障・ごく軽度の筋強直
! 先天型
|| ~生後4週 || >1000 || 筋緊張低下・呼吸不全・哺乳力低下・発達遅滞
|-
! 小児型  
|| 1歳~10歳 || 50-1000 || 学習障害・注意欠如/多動性障害(ADHD)・筋強直
|-
!古典(成人)型  
|| 10~30歳 || 50-1000 || 筋強直・筋力低下・白内障
|-
! 軽症型  
|| 20~70歳 || 50-100 || 白内障・ごく軽度の筋強直
|}
 
=== 筋硬直性ジストロフィー2型の症状 ===
 2型は1型と類似しているが相違点もある('''表4''')。とくに、筋力低下・筋萎縮の分布は 1型では遠位優位であるのに対し、DM2では比較的近位優位である。また、先天型もないとされている。


=== DM2の症状 ===
{| class="wikitable"
 DM類似の症状を呈するが、DMPK遺伝子に異常が見られない症例が1994年にRickerらにより報告され、proximal myotonic myopathy (PROMM)と名付けられた<ref name=Ricker1994><pubmed>8058147</pubmed></ref>[15]。同様の症例が報告されいくつかの名称で呼ばれていたが、DM type2(DM2)とすることが合意された<ref name= IDMC2000><pubmed>10746587</pubmed></ref>[16]。
|+表4 筋硬直性ジストロフィー1型と2型の比較
!  !!  !! 1型 !! 2型
|-
! 遺伝的原因
| rowspan=4|原因遺伝子 || DMPK || CNBP (ZNF9)
|-
| 繰り返し塩基 || CTG || CCTG
|-
| リピート存在部位 || 3’非翻訳領域 || イントロン1
|-
| リピート回数 || 50 - 5,000 || 75 - 11,000
|-
!  rowspan=3|臨床症状
| 筋萎縮の分布 || 遠位優位 || 近位優位
|-
!
| 強いミオトニー || なし || あり
|-
!
| 先天型 || あり || なし
|}


 DM2はDM1と類似しているが相違点もある(表4)。とくに、筋力低下・筋萎縮の分布は DM1では遠位優位であるのに対し、DM2では比較的近位優位である。また、先天型もないとされている。


表4 DM1とDM2の比較
1型 DM2
DM1 DM2
遺伝的原因 原因遺伝子 DMPK CNBP (ZNF9)
遺伝的原因 原因遺伝子 DMPK CNBP (ZNF9)
繰り返し塩基 CTG CCTG
繰り返し塩基 CTG CCTG
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=== DM1女性の妊娠・出産 ===
=== DM1女性の妊娠・出産 ===
 妊娠・出産は健康人においても一定のリスクを伴うが、DM1では、自然流産、分娩遷延、胎盤遺残、分娩後出血などの合併症を起こしやすい。リスクを理解し、十分な準備と体制を整えて臨むことが大切である。
 妊娠・出産は健康人においても一定のリスクを伴うが、1型では、自然流産、分娩遷延、胎盤遺残、分娩後出血などの合併症を起こしやすい。リスクを理解し、十分な準備と体制を整えて臨むことが大切である。


 また、胎児が先天型である場合には、羊水過多や切迫早産などを認めることがある。出生時より全身性の筋緊張低下(フロッピーインファント)、呼吸障害、哺乳障害などの症状が見られ、人工呼吸や経管栄養が必要となることがある。新生児期を乗り越えた後は遅れながらも運動発達し、多くの例で歩行獲得に至る。
 また、胎児が先天型である場合には、羊水過多や切迫早産などを認めることがある。出生時より全身性の筋緊張低下(フロッピーインファント)、呼吸障害、哺乳障害などの症状が見られ、人工呼吸や経管栄養が必要となることがある。新生児期を乗り越えた後は遅れながらも運動発達し、多くの例で歩行獲得に至る。


== 遺伝 ==
== 遺伝 ==
 DMは常染色体顕性(優性)遺伝を示す遺伝性疾患であり。原因遺伝子によりDM1とDM2がある。ともに、非翻訳領域における繰り返し配列の異常伸長が原因である。(表4)
 筋硬直性ジストロフィーは常染色体顕性(優性)遺伝を示す遺伝性疾患であり。原因遺伝子によりDM1とDM2がある。ともに、非翻訳領域における繰り返し配列の異常伸長が原因である。(表4)


=== DM1の遺伝的原因 ===
=== DM1の遺伝的原因 ===
 DM1の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にあるDMPK遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。通常、このCTG繰り返しの回数は5~34回であるのに対して、患者では50~3000回前後に増加している。35~49回である場合は、「前変異」とされる。前変異を持つ人自身は発症しないが、子どもはより伸長した遺伝子を受け継ぎ発症する可能性がある。繰り返し配列の長さは重症度に相関し、長いほど重症で発症が早くなる傾向がある。
 1型の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にあるDMPK遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。通常、このCTG繰り返しの回数は5~34回であるのに対して、患者では50~3000回前後に増加している。35~49回である場合は、「前変異」とされる。前変異を持つ人自身は発症しないが、子どもはより伸長した遺伝子を受け継ぎ発症する可能性がある。繰り返し配列の長さは重症度に相関し、長いほど重症で発症が早くなる傾向がある。


=== DM1における表現促進現象と先天型DM ===
=== 1型における表現促進現象と先天型筋硬直性ジストロフィー ===
 多くのリピート病で認められるように、繰り返し配列の長さは一定でなく、世代を重ねると繰り返し配列数が伸び、症状が強くなる、いわゆる表現促進現象がみられる。
 多くのリピート病で認められるように、繰り返し配列の長さは一定でなく、世代を重ねると繰り返し配列数が伸び、症状が強くなる、いわゆる表現促進現象がみられる。
特に、DM1においては、1000回以上に著明に繰り返し配列が伸長した、先天型が出生することが特徴である。90%以上は母親が罹患者であり、機序は不明であるものの卵子形成過程における繰り返し配列不安定性が想定されている。
特に、1型においては、1000回以上に著明に繰り返し配列が伸長した、先天型が出生することが特徴である。90%以上は母親が罹患者であり、機序は不明であるものの卵子形成過程における繰り返し配列不安定性が想定されている。


=== DM2の遺伝的原因 ===
=== DM2の遺伝的原因 ===
2001年にDM2の遺伝的原因が、ZNF9遺伝子のイントロン領域におけるCCTGの4塩基繰り返し配列の伸長であることが明らかにされた<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[7]。通常、このCCTG繰り返しの回数は30以下であるが、患者では75から11000回に増加している。なお、DM2ではDM1に見られる、表現促進現象や先天型の出生はないとされている。わが国では数家系しか同定されていない
2001年にDM2の遺伝的原因が、ZNF9遺伝子のイントロン領域におけるCCTGの4塩基繰り返し配列の伸長であることが明らかにされた<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[7]。通常、このCCTG繰り返しの回数は30以下であるが、患者では75から11000回に増加している。なお、DM2では1型に見られる、表現促進現象や先天型の出生はないとされている。わが国では数家系しか同定されていない
<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>[17,18]。
<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>[17,18]。


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== 疫学 ==
== 疫学 ==
 DM1とDM2を合わせたDM全体の世界的な有病率は、各国のデータを集めた最近のメタ解析によれば、10万人当たり8~10人とされている<ref name=Deenen2015><pubmed>28198707</pubmed></ref><ref name=Mah2016><pubmed>26786644</pubmed></ref>[19][20]。疾患認識の向上、遺伝子診断の普及、平均寿命の延長などから、診断される症例が増加し、以前より有病率は上昇している。わが国のデータでは、秋田県での調査が最も新しく、10万人当たり9.7人と報告されている<ref name=小林道雄2019><pubmed>小林道雄, 畠山知之, 小原講二, 阿部エリカ, 和田千鶴, 石原傳幸豊島至. 秋田県における筋疾患の患者数調査~10年前と比較して~. 臨床神経学 2019.</pubmed></ref>
 1型とDM2を合わせたDM全体の世界的な有病率は、各国のデータを集めた最近のメタ解析によれば、10万人当たり8~10人とされている<ref name=Deenen2015><pubmed>28198707</pubmed></ref><ref name=Mah2016><pubmed>26786644</pubmed></ref>[19][20]。疾患認識の向上、遺伝子診断の普及、平均寿命の延長などから、診断される症例が増加し、以前より有病率は上昇している。わが国のデータでは、秋田県での調査が最も新しく、10万人当たり9.7人と報告されている<ref name=小林道雄2019><pubmed>小林道雄, 畠山知之, 小原講二, 阿部エリカ, 和田千鶴, 石原傳幸豊島至. 秋田県における筋疾患の患者数調査~10年前と比較して~. 臨床神経学 2019.</pubmed></ref>
[21]。
[21]。


 DM1は、欧米・日本であまり頻度に差はないとされているが、サハラ以南のアフリカ人には稀である。また、カナダのケベック州Saguenay-Lac-Saint-Jean地域やスペインのバスク地方などの集積地が知られている。
 1型は、欧米・日本であまり頻度に差はないとされているが、サハラ以南のアフリカ人には稀である。また、カナダのケベック州Saguenay-Lac-Saint-Jean地域やスペインのバスク地方などの集積地が知られている。


 DM2については地域差が知られている。ドイツなどではDMの数十%がDM2である一方、同じ欧州でも英国ではかなり少ない。なお、わが国では極めて稀で数家系しか見出されていない<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>[17,18]。
 DM2については地域差が知られている。ドイツなどでは筋硬直性ジストロフィーの数十%がDM2である一方、同じ欧州でも英国ではかなり少ない。なお、わが国では極めて稀で数家系しか見出されていない<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>[17,18]。


== 病態生理 ==
== 病態生理 ==
=== RNA異常症(RNA gain of function)としての病態 ===
=== RNA異常症(RNA gain of function)としての病態 ===
 DMの伸長した繰り返し配列はいずれも非翻訳領域に存在するうえ、DMPKとCNBPでは蛋白機能にも関連はないことから、いわゆるセントラルドグマで本症を説明することは困難であった。また、Thorntonらのグループによりヒトアクチン遺伝子の非翻訳領域にCTG繰り返し配列を挿入したトランスジェニックマウス(HSA-LR)が作出され、筋強直を示すことが明らかにされた<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[8]。これらのことから異常伸長したリピートをもつ遺伝子から転写された異常RNAが病態の主因であることが明らかになった。
 筋硬直性ジストロフィーの伸長した繰り返し配列はいずれも非翻訳領域に存在するうえ、DMPKとCNBPでは蛋白機能にも関連はないことから、いわゆるセントラルドグマで本症を説明することは困難であった。また、Thorntonらのグループによりヒトアクチン遺伝子の非翻訳領域にCTG繰り返し配列を挿入したトランスジェニックマウス(HSA-LR)が作出され、筋強直を示すことが明らかにされた<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[8]。これらのことから異常伸長したリピートをもつ遺伝子から転写された異常RNAが病態の主因であることが明らかになった。
転写された異常mRNAは、相補的なC-Gで結合しヘアピン構造をとり、核内に蓄積しRNA凝集体(ribonuclear foci)を形成する(図1)。核内に蓄積した異常mRNAが、CUGあるいはCCUGに結合能のあるMBNLやCELF(CUG-BP)といったRNA結合蛋白の量的・質的変化を生じさせる<ref name=Miller2000><pubmed>10970838</pubmed></ref>[22]。その結果、RNA結合蛋白の本来の機能のひとつである様々なpre-mRNAの選択的スプライシングに異常が生じ、全身の様々な臓器で多彩な症状を呈することがわかってきた<ref name=Kanadia2003><pubmed>14671308</pubmed></ref>[23]。
転写された異常mRNAは、相補的なC-Gで結合しヘアピン構造をとり、核内に蓄積しRNA凝集体(ribonuclear foci)を形成する(図1)。核内に蓄積した異常mRNAが、CUGあるいはCCUGに結合能のあるMBNLやCELF(CUG-BP)といったRNA結合蛋白の量的・質的変化を生じさせる<ref name=Miller2000><pubmed>10970838</pubmed></ref>[22]。その結果、RNA結合蛋白の本来の機能のひとつである様々なpre-mRNAの選択的スプライシングに異常が生じ、全身の様々な臓器で多彩な症状を呈することがわかってきた<ref name=Kanadia2003><pubmed>14671308</pubmed></ref>[23]。


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=== 新たな病態機序 ===
=== 新たな病態機序 ===
 リピート周辺では開始コドンから始まらないタンパク翻訳(RAN translation)が行われることがフロリダ大のRanumらにより報告された<ref name=Zu2011><pubmed>21173221</pubmed></ref>[38]。なお、C9ORF72-ALSではRAN translationの産物(RAN protein)が神経毒性を示す可能性が複数報告されているが、DMにおける病態への関与の程度はまだまだ不明である<ref name=Cleary2014><pubmed>24852074</pubmed></ref>[39]。
 リピート周辺では開始コドンから始まらないタンパク翻訳(RAN translation)が行われることがフロリダ大のRanumらにより報告された<ref name=Zu2011><pubmed>21173221</pubmed></ref>[38]。なお、C9ORF72-ALSではRAN translationの産物(RAN protein)が神経毒性を示す可能性が複数報告されているが、筋硬直性ジストロフィーにおける病態への関与の程度はまだまだ不明である<ref name=Cleary2014><pubmed>24852074</pubmed></ref>[39]。


 また、逆方向の短いCAGリピートを含むRNAは、いわばRNAiのように働き順方向のCTGリピートを含むmRNAの量を抑制する可能性がある。先天型DMでは伸長したCTGリピートの上流を中心とした異常なメチル化が生じていることから、順方向性の転写が増大し、逆方向の転写が低下し、リピートRNAの蓄積がさらに増大し、病態を増悪する方向に働くことが近年示された<ref name=Nakamori2017><pubmed>29091763</pubmed></ref>[40]。
 また、逆方向の短いCAGリピートを含むRNAは、いわばRNAiのように働き順方向のCTGリピートを含むmRNAの量を抑制する可能性がある。先天型筋硬直性ジストロフィーでは伸長したCTGリピートの上流を中心とした異常なメチル化が生じていることから、順方向性の転写が増大し、逆方向の転写が低下し、リピートRNAの蓄積がさらに増大し、病態を増悪する方向に働くことが近年示された<ref name=Nakamori2017><pubmed>29091763</pubmed></ref>[40]。


== 治療 ==
== 治療 ==
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上述のRNA異常症という病態機序に基づいた核酸治療が、治験段階まで進んだ。DMPKのmRNAの低下を目指したもので、米国のIONIS社により2014年から第I/IIa相治験が行われたが、骨格筋への薬剤の移行が不十分なため、治験をさらに進めることが断念された。現在、複数の企業が、組織移行性を高めた核酸医薬の検討を進めている。また、低分子化合物による、MBNLの共凝集抑制をめざした薬剤の開発研究も進んでいる。
上述のRNA異常症という病態機序に基づいた核酸治療が、治験段階まで進んだ。DMPKのmRNAの低下を目指したもので、米国のIONIS社により2014年から第I/IIa相治験が行われたが、骨格筋への薬剤の移行が不十分なため、治験をさらに進めることが断念された。現在、複数の企業が、組織移行性を高めた核酸医薬の検討を進めている。また、低分子化合物による、MBNLの共凝集抑制をめざした薬剤の開発研究も進んでいる。


いっぽう、先天型・小児型DMを対象とした、glycogen synthase kinase 3 (GSK3)阻害剤(tideglusib)の第3相治験を、英国のAMO pharmaが行っている。これはもともと認知症や注意欠如多動性障害治療薬として開発が進められていた薬剤であり、DMの病態にGSK3が関与することが示されたことから本症に対しても治験が開始された。
いっぽう、先天型・小児型筋硬直性ジストロフィーを対象とした、glycogen synthase kinase 3 (GSK3)阻害剤(tideglusib)の第3相治験を、英国のAMO pharmaが行っている。これはもともと認知症や注意欠如多動性障害治療薬として開発が進められていた薬剤であり、筋硬直性ジストロフィーの病態にGSK3が関与することが示されたことから本症に対しても治験が開始された。


== そのほか ==
== そのほか ==

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