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大阪大学大学院医学系研究科 生体病態情報科学講座 臨床神経生理学 | <div align="right"> | ||
<font size="+1">[https://researchmap.jp/mtakahas 高橋正紀]</font><br> | |||
''大阪大学大学院医学系研究科 生体病態情報科学講座 臨床神経生理学''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2021年1月15日 原稿完成日:2021年1月24日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二](名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学) | |||
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英:myotonic dystrophy 独:Myotone Dystrophie 仏:dystrophie myotonique<br> | 英:myotonic dystrophy 独:Myotone Dystrophie 仏:dystrophie myotonique<br> | ||
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== はじめに == | == はじめに == | ||
筋強直性ジストロフィーのことを、[[w:Peter Harper (geneticist)|Peter Harper]]はthe most variable of all human disordersと述べている<ref name=Harper2001>'''Harper, P.S. (2001).'''<br>Myotonic Dystrophy. 3ed ed. London: W. B. Saunders.</ref>。発症年齢は胎児期から老年まで、症状も全身さまざまと、非常に不思議な疾患である。 | |||
その複雑さ多様さのため、筋強直性ジストロフィーの疾患としての確立はやや遅れ、1909年にドイツの[[w:Hans Gustav Wilhelm Steinert|Steinert]]<ref name=Steinert1909>'''Steinert, H. (1909).'''<br>Über das klinische und anatomische Bild des Muskelschwunds der Myotoniker. Dtsch Z Nervenheilkd 37:58-104. [https://bsd.neuroinf.jp/w/images/1/16/Steinert_Myopathologische_Beiträge_1909.pdf [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref>および英国の[[w:Frederick_Batten|Batten]]とGibb <ref name=Batten1909>'''Batten, F.E & Gibb, H.P. (1909).'''<br>Myotonia atrophica. Brain 32:187-205. [https://doi.org/10.1093/brain/32.2.187 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref>が別々に、まとまった記述を行ったのが最初である。欧州(特に大陸諸国)では発見者の名前をとり、Steinert病と今でも呼ばれる。なお、日本では長らく、筋緊張性ジストロフィーと呼ばれていたが、用語使用の適正化の点から現在は筋強直性ジストロフィーが正式名称となっている。 | |||
1992年に、多くの[[リピート病]]とほぼ時を同じくして原因遺伝子筋強直性ジストロフィープロテインキナーゼ''[[DMPK]]''が同定され、CTG繰り返し配列(リピート)の伸長によるリピート病であることが明らかにされた<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>。さらに筋強直性ジストロフィー類似の症状を呈するが、''DMPK''遺伝子に異常が見られない症例が1994年にRickerらにより報告され、proximal myotonic myopathy (PROMM)と名付けられた<ref name=Ricker1994><pubmed>8058147</pubmed></ref>。同様の症例が報告されいくつかの名称で呼ばれていたが、筋強直性ジストロフィー2型(DM2)とすることが合意され、現在は1型(DM1)と2型(DM2)に分類される<ref name=IDMC2000><pubmed>10746587</pubmed></ref>。 | |||
リピート病のうち、[[ハンチントン病]]や多くの[[脊髄小脳変性症]]では伸長CAGは[[翻訳領域]]に存在することから[[ポリグルタミン毒性]]が仮説提唱された。しかしながら、1型の原因遺伝子''DMPK''で観察される繰り返し配列は[[非翻訳領域]]に存在し、その産物であるタンパクの異常をきたさないことから、[[セントラルドグマ]]で説明がつかず、病態がしばらく不明であった。2001年の2型の原因遺伝子同定や<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>、Thorntonらによるモデルマウスの作出により<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>、伸長した繰り返し配列を含むRNAが病態の主因であるというRNA gain of function説が提唱され<ref name=Ranum2004><pubmed>15065017</pubmed></ref>、その後に同定された[[C9orf72]] [[前頭側頭型認知症]] (FTD)/[[筋萎縮性側索硬化症]] (ALS)をはじめとする[[非翻訳領域リピート病]]の病態解明の先鞭をつけた<ref name=Swinnen2020><pubmed>31721251</pubmed></ref>。 | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+表1 筋強直性ジストロフィーに関する歴史 Harper Myotonic dystrophyより翻訳改変<ref name=Harper2001></ref> | |+表1 筋強直性ジストロフィーに関する歴史 Harper Myotonic dystrophyより翻訳改変<ref name=Harper2001></ref> | ||
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! 年 !! 出来事 | ! 年 !! 出来事 | ||
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! 1876 | ! 1876 | ||
|| Thomsenが自身の家系に遺伝する筋強直性疾患(先天性ミオトニー)についてはじめて記述<ref name=J.1876>'''Thomsen J. (1876).'''<br>Tonische Krämpfe in willkürlich beweglichen Muskeln in Folge von ererbter psychischer Disposition - Ataxia muscularis? Arch Psychiatr Nervenkr 6:702-18. | || Thomsenが自身の家系に遺伝する筋強直性疾患(先天性ミオトニー)についてはじめて記述<ref name=J.1876>'''Thomsen J. (1876).'''<br>Tonische Krämpfe in willkürlich beweglichen Muskeln in Folge von ererbter psychischer Disposition - Ataxia muscularis? Arch Psychiatr Nervenkr 6:702-18. [https://doi.org/10.1007/BF02164912 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref> | ||
[https://doi.org/10.1007/BF02164912 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref> | |||
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! 1909 | ! 1909 | ||
||筋強直性ジストロフィーの初めての記述(<ref name=Steinert1909></ref><ref name=Batten1909></ref> | ||筋強直性ジストロフィーの初めての記述(<ref name=Steinert1909></ref><ref name=Batten1909></ref>) | ||
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! 1960 | ! 1960 | ||
|| | || [[先天性筋強直性ジストロフィー]]が認識される<ref name=Vanier1960><pubmed>13780165</pubmed></ref> | ||
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! 1971 | ! 1971 | ||
|| 遺伝子座がマッピングされる<ref name=Renwick1971><pubmed>5149523</pubmed></ref> | || 遺伝子座がマッピングされる<ref name=Renwick1971><pubmed>5149523</pubmed></ref> | ||
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! 1992 | ! 1992 | ||
|| ''DMPK''遺伝子が同定され、原因としてCTGリピートの異常伸長が明らかにされる(<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref> | || ''DMPK''遺伝子が同定され、原因としてCTGリピートの異常伸長が明らかにされる(<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>) | ||
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! 2001 | ! 2001 | ||
|| 筋強直性ジストロフィー2型の原因が、''ZNF9''(''CNBP'')遺伝子のCCTGリピート異常伸長によることが明らかにされる(<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref> | || 筋強直性ジストロフィー2型の原因が、''ZNF9''(''CNBP'')遺伝子のCCTGリピート異常伸長によることが明らかにされる(<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>) | ||
|} | |} | ||
==原因遺伝子== | ==原因遺伝子== | ||
筋強直性ジストロフィーは[[wj:遺伝形式#常染色体優性遺伝|常染色体顕性(優性)遺伝]]を示す遺伝性疾患であり。原因遺伝子により1型と2型がある。ともに、非翻訳領域における繰り返し配列の異常伸長が原因である('''表2''')。 | |||
=== 筋強直性ジストロフィー1型=== | === 筋強直性ジストロフィー1型=== | ||
1型の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にある''DMPK''遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref> | 1型の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にある''DMPK''遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>。通常、このCTG繰り返しの回数は5~34回であるのに対して、患者では50~3000回前後に増加している。35~49回である場合は、「前変異」とされる。前変異を持つ人自身は発症しないが、子どもはより伸長した遺伝子を受け継ぎ発症する可能性がある。繰り返し配列の長さは重症度に相関し、長いほど重症で発症が早くなる傾向がある。 | ||
多くのリピート病で認められるように、繰り返し配列の長さは一定でなく、世代を重ねると繰り返し配列数が伸び、症状が強くなる、いわゆる[[表現促進現象]]がみられる。特に、1000回以上に著明に繰り返し配列が伸長した、先天型筋強直性ジストロフィーが発症することが特徴である。90%以上は母親が罹患者であり、機序は不明であるものの卵子形成過程における繰り返し配列不安定性が想定されている。 | |||
=== 筋強直性ジストロフィー2型=== | === 筋強直性ジストロフィー2型=== | ||
2001年に2型の遺伝的原因が、''ZNF9''遺伝子のイントロン領域におけるCCTGの4塩基繰り返し配列の伸長であることが明らかにされた<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref> | 2001年に2型の遺伝的原因が、''ZNF9''遺伝子のイントロン領域におけるCCTGの4塩基繰り返し配列の伸長であることが明らかにされた<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>。通常、このCCTG繰り返しの回数は30以下であるが、患者では75から11000回に増加している。なお、2型では1型に見られる、表現促進現象や先天型の出生はないとされている。わが国では数家系しか同定されていない<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
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== 臨床症状 == | == 臨床症状 == | ||
筋ジストロフィーのひとつとされ、疾患名の如く進行性の筋萎縮・筋力低下に加え筋強直現象を特徴とするが、むしろ全身疾患である。日本では99. | 筋ジストロフィーのひとつとされ、疾患名の如く進行性の筋萎縮・筋力低下に加え筋強直現象を特徴とするが、むしろ全身疾患である。日本では99.9%以上が1型のため、以下の記述は1型を中心とする。疾患管理上重要な症状として、[[呼吸障害]]・[[嚥下障害]]、[[不整脈]]・[[心臓伝導障害]]、高次機能低下や先天型の[[精神発達遅滞]]といった中枢神経症状などがある。'''表3'''に様々な症状を示したが、すべてが一人の患者に現れるわけではない。 | ||
=== 骨格筋 === | === 骨格筋 === | ||
'''筋強直''' | '''筋強直''':収縮した筋の弛緩が遅くなる現象である。強く握った指がすぐに開けない、[[把握ミオトニー]]や、診察用のハンマーで叩くと収縮が持続する[[叩打ミオトニー]]が特徴的である(ビデオ [http://plaza.umin.ac.jp/~DM-CTG/video.html 専門家が提供する筋強直性ジストロフィーの臨床情報])。[[針筋電図]]を行うと、興奮性が増大しており、急降下爆撃音やバイクのカラふかし音とよばれる、特徴的な[[筋線維]]の発火が認められる。筋強直は、本症以外に先天性ミオトニーや先天性パラミオトニーなどでもみられる。 | ||
'''筋萎縮''' | '''筋萎縮''':筋疾患では体幹に近くのいわゆる[[近位筋]]から障害されることが多いが、1型(2型については[[筋強直性ジストロフィー#筋強直性ジストロフィー2型の症状|下記]]参照)ではそうではなく、[[咬筋]]・[[側頭筋]] (斧様顔貌) 、[[眼輪筋]]・[[口輪筋]]([[兎眼]]、口笛困難)、[[胸鎖乳突筋]](頭部挙上困難)、腹筋(臥床からの起き上がり困難)、手指筋(ピンチ力低下)、[[前脛骨筋]] (下垂足)などの障害がよく認められる。 | ||
=== 心臓 === | === 心臓 === | ||
[[デュシェンヌ型筋ジストロフィー]]など多くの[[筋ジストロフィー]]では、心筋の収縮力低下による心不全を呈することが多いが、筋強直性ジストロフィーでは伝導障害や不整脈のほうが生じやすい。本症に多い突然死の原因の一部と考えられている。 | |||
=== 呼吸器 === | === 呼吸器 === | ||
筋力低下による[[肺胞]]低換気(拘束性障害)に加え、[[睡眠時無呼吸]]をはじめとする中枢性の呼吸調節障害を伴うことが特徴である。また、嚥下障害が多く、しかも自覚に乏しいことから[[誤嚥性肺炎]]がしばしば問題となる。 | |||
=== 中枢神経系 === | === 中枢神経系 === | ||
先天型では精神発達遅滞、小児型では[[学習障害]]、[[注意欠如/多動性障害]]([[ADHD]])などが見られる。成人型では、認知機能障害や、無頓着、無気力に見える独特の性格的特徴や、日中の眠気なども合併する。これらは就学・就労に関与し、患者生活の質(QOL)に大きく影響することが示されており、本症を中枢神経疾患としても捉えられるようになってきている。 | |||
=== 内分泌代謝 === | === 内分泌代謝 === | ||
[[インスリン]]抵抗性による[[糖尿病]]が良く知られている。脂質異常や肝機能障害、脂肪肝なども多い。 | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+表3. 筋強直性ジストロフィー1型の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020></ref> | |+表3. 筋強直性ジストロフィー1型の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020></ref> | ||
! 臓器 !! 症状 | ! 臓器 !! 症状 | ||
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! 骨格筋 | ! 骨格筋 | ||
| | | [[筋強直]]([[ミオトニア]])、進行性筋萎縮(頚部・遠位筋より始まる) | ||
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! 心臓 | ! 心臓 | ||
| | | 心臓伝導障害・不整脈([[徐脈]]、[[心室頻拍]]、[[心房細動]])、[[心筋症]] | ||
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! 消化管 | ! 消化管 | ||
| | | 嚥下障害、[[便秘]]、[[イレウス]]、[[巨大結腸]]、胆石 | ||
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! 呼吸器 | ! 呼吸器 | ||
| | | [[肺胞]]低換気(拘束性障害)、呼吸調節障害(睡眠時無呼吸・[[中枢性換気障害]]) | ||
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! 中枢神経系 | ! 中枢神経系 | ||
| | | [[無気力]]・[[無関心]]、認知機能障害、日中過眠、[[白質]]病変、精神発達遅滞、学習障害、注意欠如/多動性障害(ADHD) | ||
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! 内分泌・代謝系 | ! 内分泌・代謝系 | ||
| | | [[耐糖能障害]]・[[高インスリン血症]]、[[高脂血症]]、[[甲状腺]]機能障害、[[性腺ホルモン]]異常、[[不妊]] | ||
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! 消化管 | ! 消化管 | ||
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! 眼 | ! 眼 | ||
| | | [[白内障]]、[[網膜色素変性]]、[[眼球運動障害]]([[斜視]]) | ||
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! 耳 | ! 耳 | ||
| | | [[感音性難聴]]、[[中耳炎]] | ||
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! 骨格系 | ! 骨格系 | ||
| | | 頭蓋骨肥厚、[[後縦靭帯骨化症]] | ||
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! 腫瘍 | ! 腫瘍 | ||
| | | [[甲状腺]]、[[耳下腺]]、婦人科系などの良性・悪性腫瘍、[[子宮筋腫]]・[[卵巣のう腫]]、[[石灰化上皮腫]] | ||
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! その他 | ! その他 | ||
| | | 前頭部禿頭、[[低IgG血症]] | ||
|} | |} | ||
162行目: | 166行目: | ||
多くの症状を示すことから、様々な医療現場で遭遇される。多くの医療関係者が疾患を知り、まずは筋強直性ジストロフィーを疑うことが患者の診断につながる。古典型では、特徴的な顔貌や筋強直現象などに気づけば比較的容易に臨床診断できるが、先天型・小児型では容易でないこともある。家族歴は、表現促進現象のため、はっきりしないことも多いが、白内障、耐糖能異常、突然死、流・死産などの聴取が重要である。 | 多くの症状を示すことから、様々な医療現場で遭遇される。多くの医療関係者が疾患を知り、まずは筋強直性ジストロフィーを疑うことが患者の診断につながる。古典型では、特徴的な顔貌や筋強直現象などに気づけば比較的容易に臨床診断できるが、先天型・小児型では容易でないこともある。家族歴は、表現促進現象のため、はっきりしないことも多いが、白内障、耐糖能異常、突然死、流・死産などの聴取が重要である。 | ||
筋強直性ジストロフィー2型の診断はしばしば困難とされている。筋強直が強く痛みを呈し[[線維筋痛症]]や[[関節リウマチ]]が疑われた例から、筋強直がほとんど目立たず肢帯型筋ジストロフィーと診断された例までさまざまである。厚生労働省の政策研究班が、2型も念頭に置いた[https://neurology-jp.org/guidelinem/pdf/syounin_15.pdf 筋ジストロフィー病型診断のフロー]を作成している。 | |||
診断目的に筋生検は通常施行されず、遺伝学的検査で診断確定される。[https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523 診断基準]としては、厚生労働省の指定難病である筋ジストロフィーの一つに含まれ、その基準が一般に用いられている。 | 診断目的に筋生検は通常施行されず、遺伝学的検査で診断確定される。[https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523 診断基準]としては、厚生労働省の指定難病である筋ジストロフィーの一つに含まれ、その基準が一般に用いられている。 | ||
== 疫学 == | == 疫学 == | ||
1型と2型を合わせた筋強直性ジストロフィー全体の世界的な有病率は、各国のデータを集めた最近のメタ解析によれば、10万人当たり8~10人とされている<ref name=Deenen2015><pubmed>28198707</pubmed></ref><ref name=Mah2016><pubmed>26786644</pubmed></ref> | 1型と2型を合わせた筋強直性ジストロフィー全体の世界的な有病率は、各国のデータを集めた最近のメタ解析によれば、10万人当たり8~10人とされている<ref name=Deenen2015><pubmed>28198707</pubmed></ref><ref name=Mah2016><pubmed>26786644</pubmed></ref>。疾患認識の向上、遺伝子診断の普及、平均寿命の延長などから、診断される症例が増加し、以前より有病率は上昇している。わが国のデータでは、秋田県での調査が最も新しく、10万人当たり9.7人と報告されている<ref name=小林道雄2019>'''小林道雄, 畠山知之, 小原講二, 阿部エリカ, 和田千鶴, 石原傳幸, 豊島至 (2019).'''<br>秋田県における筋疾患の患者数調査~10年前と比較して~. 臨床神経学</ref>。 | ||
1型は、欧米・日本であまり頻度に差はないとされているが、サハラ以南のアフリカ人には稀である。また、カナダのケベック州Saguenay-Lac-Saint-Jean地域やスペインのバスク地方などの集積地が知られている。 | 1型は、欧米・日本であまり頻度に差はないとされているが、サハラ以南のアフリカ人には稀である。また、カナダのケベック州Saguenay-Lac-Saint-Jean地域やスペインのバスク地方などの集積地が知られている。 | ||
2型については地域差が知られている。ドイツなどでは筋強直性ジストロフィーの数十%がDM2である一方、同じ欧州でも英国ではかなり少ない。なお、わが国では極めて稀で数家系しか見出されていない<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref> | 2型については地域差が知られている。ドイツなどでは筋強直性ジストロフィーの数十%がDM2である一方、同じ欧州でも英国ではかなり少ない。なお、わが国では極めて稀で数家系しか見出されていない<ref name=Matsuura2012><pubmed>22258159</pubmed></ref><ref name=Nakayama2014><pubmed>24430576</pubmed></ref>。 | ||
[[ファイル:Takahashi myotonic distrophy Fig1.png|サムネイル|'''図1. 筋強直性ジストロフィーの分子病態''']] | [[ファイル:Takahashi myotonic distrophy Fig1.png|サムネイル|'''図1. 筋強直性ジストロフィーの分子病態''']] | ||
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== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
=== RNA異常症(RNA gain of function)としての病態 === | === RNA異常症(RNA gain of function)としての病態 === | ||
筋強直性ジストロフィーの伸長した繰り返し配列はいずれも非翻訳領域に存在するうえ、''DMPK''と''CNBP''ではタンパク質機能にも関連はないことから、いわゆるセントラルドグマで本症を説明することは困難であった。また、Thorntonらのグループによりヒトアクチン遺伝子の非翻訳領域にCTG繰り返し配列を挿入したトランスジェニックマウス(HSA-LR)が作出され、筋強直を示すことが明らかにされた<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref> | 筋強直性ジストロフィーの伸長した繰り返し配列はいずれも非翻訳領域に存在するうえ、''DMPK''と''CNBP''ではタンパク質機能にも関連はないことから、いわゆるセントラルドグマで本症を説明することは困難であった。また、Thorntonらのグループによりヒトアクチン遺伝子の非翻訳領域にCTG繰り返し配列を挿入したトランスジェニックマウス(HSA-LR)が作出され、筋強直を示すことが明らかにされた<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>。これらのことから異常伸長したリピートをもつ遺伝子から転写された異常RNAが病態の主因であることが明らかになった。 | ||
転写された異常mRNAは、相補的なC-Gで結合しヘアピン構造をとり、核内に蓄積しRNA凝集体(ribonuclear foci)を形成する('''図1''')。核内に蓄積した異常mRNAが、CUGあるいはCCUGに結合能のあるMBNLやCELF(CUG-BP)といったRNA結合タンパク質の量的・質的変化を生じさせる<ref name=Miller2000><pubmed>10970838</pubmed></ref> | 転写された異常mRNAは、相補的なC-Gで結合しヘアピン構造をとり、核内に蓄積しRNA凝集体(ribonuclear foci)を形成する('''図1''')。核内に蓄積した異常mRNAが、CUGあるいはCCUGに結合能のあるMBNLやCELF(CUG-BP)といったRNA結合タンパク質の量的・質的変化を生じさせる<ref name=Miller2000><pubmed>10970838</pubmed></ref>。その結果、RNA結合タンパク質の本来の機能のひとつである様々なpre-mRNAの選択的スプライシングに異常が生じ、全身の様々な臓器で多彩な症状を呈することがわかってきた<ref name=Kanadia2003><pubmed>14671308</pubmed></ref>。 | ||
症状に関係が深いスプライシング異常としては、筋強直と骨格筋型塩化物イオンチャネル<ref name=Charlet2002><pubmed>12150906</pubmed></ref><ref name=Mankodi2002><pubmed>12150905</pubmed></ref> | 症状に関係が深いスプライシング異常としては、筋強直と骨格筋型塩化物イオンチャネル<ref name=Charlet2002><pubmed>12150906</pubmed></ref><ref name=Mankodi2002><pubmed>12150905</pubmed></ref>、不整脈と心筋型ナトリウムチャネル<ref name=Freyermuth2016><pubmed>27063795</pubmed></ref>、カリウムチャネル、耐糖能障害とインスリン受容体<ref name=Savkur2001><pubmed>11528389</pubmed></ref>などがある。 | ||
進行性の筋萎縮については、原因となりうる異常が多数ある。骨格筋型電位依存性カルシウムチャネル(CACNA1S) <ref name=Tang2012><pubmed>22140091</pubmed></ref> | 進行性の筋萎縮については、原因となりうる異常が多数ある。骨格筋型電位依存性カルシウムチャネル(CACNA1S) <ref name=Tang2012><pubmed>22140091</pubmed></ref>、リアノジン受容体(RYR1) <ref name=Kimura2005><pubmed>15972723</pubmed></ref>、小胞体カルシウムポンプ(ATP2A1, ATP2A2) <ref name=Kimura2005 />、ジストロフィン(DMD) <ref name=Nakamori2007><pubmed>17487865</pubmed></ref>、ジルトロブレビン(DTNA) <ref name=Nakamori2008><pubmed>18299519</pubmed></ref>、タイチン(TTN)、トロポニンT(TNNT3) <ref name=Philips1998><pubmed>9563950</pubmed></ref>、BIN1<ref name=Fugier2011><pubmed>21623381</pubmed></ref>など数多く報告されている。うちCACNA1S、DMD<ref name=Rau2015><pubmed>26018658</pubmed></ref>、BIN1については、筋力低下・筋萎縮との関連性がある程度示されている。 | ||
中枢神経系においては、タウ(MAPT)、アミロイド前駆体タンパク(APP)、NMDA型グルタミン酸受容体(GRIN)などが報告されている<ref name=Jiang2004><pubmed>15496431</pubmed></ref> | 中枢神経系においては、タウ(MAPT)、アミロイド前駆体タンパク(APP)、NMDA型グルタミン酸受容体(GRIN)などが報告されている<ref name=Jiang2004><pubmed>15496431</pubmed></ref>。本症は神経病理学的にはタウオパチーとされることから、タウ(MAPT)のスプライス異常は興味深いが、症状との関連はまだまだ不明である。なお、MBNLは1から3まであるが、骨格筋ではMBNL1、中枢神経系ではMBNL2が関与するスプライシング異常が本症で生じていると報告されている<ref name=Charizanis2012><pubmed>22884328</pubmed></ref><ref name=Lee2013><pubmed>24293317</pubmed></ref>。 | ||
=== 新たな病態機序 === | === 新たな病態機序 === | ||
リピート周辺では開始コドンから始まらないタンパク翻訳(RAN translation)が行われることがフロリダ大のRanumらにより報告された<ref name=Zu2011><pubmed>21173221</pubmed></ref> | リピート周辺では開始コドンから始まらないタンパク翻訳(RAN translation)が行われることがフロリダ大のRanumらにより報告された<ref name=Zu2011><pubmed>21173221</pubmed></ref>。なお、C9orf72-ALSではRAN translationの産物(RAN protein)が神経毒性を示す可能性が複数報告されているが、筋強直性ジストロフィーにおける病態への関与の程度はまだまだ不明である<ref name=Cleary2014><pubmed>24852074</pubmed></ref>。 | ||
また、逆方向の短いCAGリピートを含むRNAは、いわばRNAiのように働き順方向のCTGリピートを含むmRNAの量を抑制する可能性がある。先天型筋強直性ジストロフィーでは伸長したCTGリピートの上流を中心とした異常なメチル化が生じていることから、順方向性の転写が増大し、逆方向の転写が低下し、リピートRNAの蓄積がさらに増大し、病態を増悪する方向に働くことが近年示された<ref name=Nakamori2017><pubmed>29091763</pubmed></ref> | また、逆方向の短いCAGリピートを含むRNAは、いわばRNAiのように働き順方向のCTGリピートを含むmRNAの量を抑制する可能性がある。先天型筋強直性ジストロフィーでは伸長したCTGリピートの上流を中心とした異常なメチル化が生じていることから、順方向性の転写が増大し、逆方向の転写が低下し、リピートRNAの蓄積がさらに増大し、病態を増悪する方向に働くことが近年示された<ref name=Nakamori2017><pubmed>29091763</pubmed></ref>。 | ||
== 治療 == | == 治療 == | ||
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なお、近年ロボットスーツHAL®を用いた医療機関でのリハビリテーションが保険適応となった。 | なお、近年ロボットスーツHAL®を用いた医療機関でのリハビリテーションが保険適応となった。 | ||
対症療法としての薬物として、筋強直症状に対しNaチャネルブロッカーであるメキシレチンなどが有効ではあるが<ref name=Logigian2010><pubmed>20439846</pubmed></ref><ref name=Heatwole2021><pubmed>33046619</pubmed></ref> | 対症療法としての薬物として、筋強直症状に対しNaチャネルブロッカーであるメキシレチンなどが有効ではあるが<ref name=Logigian2010><pubmed>20439846</pubmed></ref><ref name=Heatwole2021><pubmed>33046619</pubmed></ref>、本当に治療が必要か十分に検討し、催不整脈作用に留意した上で、ごく限られた症例に対してのみ行う。また保険適応でもない。また、日中の過眠に対して、モダフィニルなどの有効性が示されているが、わが国では保険適応外である上に、処方は一般薬剤より厳重にコントロールされている<ref name=Talbot2003><pubmed>12798791</pubmed></ref><ref name=MacDonald2002><pubmed>12499477</pubmed></ref><ref name=Wintzen2007><pubmed>17285226</pubmed></ref>。 | ||
=== 病態修飾治療 === | === 病態修飾治療 === | ||
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=== 患者登録 === | === 患者登録 === | ||
希少疾患の患者登録は、薬剤開発や治験、臨床研究、医療の標準化などへの活用が期待されている。本症の患者登録について、2009年にTREAT-NMDとMarigold財団(患者団体)が、国際ワークショップをオランダのNaardenで開催し、登録項目の共通化などが議論された<ref name=Thompson2009><pubmed>19846307</pubmed></ref> | 希少疾患の患者登録は、薬剤開発や治験、臨床研究、医療の標準化などへの活用が期待されている。本症の患者登録について、2009年にTREAT-NMDとMarigold財団(患者団体)が、国際ワークショップをオランダのNaardenで開催し、登録項目の共通化などが議論された<ref name=Thompson2009><pubmed>19846307</pubmed></ref>。 | ||
わが国では2014年10月から国立精神・神経医療研究センターと大阪大学が共同で、Remudy (Registry of muscular dystrophy)の枠組みのもと患者登録を運営しており、登録患者1000人以上と世界有数の規模となっている<ref name=Wood2018><pubmed>30185236</pubmed></ref><ref name=現在の登録状況現在の登録状況>http://www.remudy.jp/myotonic/regist/status/index.html</ref> | わが国では2014年10月から国立精神・神経医療研究センターと大阪大学が共同で、Remudy (Registry of muscular dystrophy)の枠組みのもと患者登録を運営しており、登録患者1000人以上と世界有数の規模となっている<ref name=Wood2018><pubmed>30185236</pubmed></ref><ref name=現在の登録状況現在の登録状況>http://www.remudy.jp/myotonic/regist/status/index.html</ref>。 | ||
=== サポートグループ・ガイドライン === | === サポートグループ・ガイドライン === | ||
サポートグループ・患者会としては[http://www.jmda.or.jp 日本筋ジストロフィー協会]や[https://dm-family.net 筋強直性ジストロフィー患者会(DM-family)]がある。 | サポートグループ・患者会としては[http://www.jmda.or.jp 日本筋ジストロフィー協会]や[https://dm-family.net 筋強直性ジストロフィー患者会(DM-family)]がある。 | ||
患者向け書籍がHarperにより執筆され、邦訳もある<ref name=ピーター・ハーパー2015>'''ピーター・ハーパー (2015).'''<br>筋強直性ジストロフィー 患者と家族のためのガイドブック. 東京: 診断と治療社</ref>。医療者向け診療ガイドラインも関連学会の協力のもと日本神経学会で作成されている<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020>'''筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会 (2020).'''<br>筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020. 東京: 南江堂</ref>。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |