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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0098562 福田 正人]</font><br> | |||
''群馬大学''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2021年1月19日 原稿完成日:2021年X月X日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br> | |||
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英:hallucination 独:Halluzination 仏:hallucination | |||
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==定義== | ==定義== | ||
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====実在判断の正否による分類==== | ====実在判断の正否による分類==== | ||
対象が実在すると誤って判断する、つまり幻覚であることを本人が認識できない真性(真正)幻覚と、対象が実在しないと正しく判断できる、つまり幻覚であることを本人が認識している幻覚がある。「[[幻覚#知覚としての性質による分類|知覚としての性質による分類]]」は知覚に注目し、この「実在判断の正否による分類」は判断に注目するもので、合致することが多い。これに対応して、偽幻覚の用語も、知覚を基準に用いられる場合と判断を基準に用いられる場合があり、意味の力点が少し異なる。 | |||
===特殊な幻覚=== | ===特殊な幻覚=== | ||
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===意識障害=== | ===意識障害=== | ||
せん妄などの意識障害においては、幻視が生じることが多い。アルコール離脱における振戦せん妄 (delirium tremens)では、多数の昆虫や小動物やこびとの群れなどの幻視を認める。LSDなどの幻覚薬では、外界の状況に応じた幻視が認められる。 | |||
=== レビー小体型認知症 === | === レビー小体型認知症 === | ||
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幻覚症はさまざまな意味で用いられるが、意識清明で見当識が保たれている状況を指すことが多い。この幻覚症では、幻聴を中心とした幻覚が顕著に出現する。 | 幻覚症はさまざまな意味で用いられるが、意識清明で見当識が保たれている状況を指すことが多い。この幻覚症では、幻聴を中心とした幻覚が顕著に出現する。 | ||
幻覚症と関連するいくつかの病態がある。中脳幻覚症(中脳性幻覚、脳脚幻覚)は中脳被蓋の病変によるもので、屋外や屋内の状況についての情景的幻視がありありと見える。体感症(セネストパチー, cenesthopathy)は、奇妙で具体的な体感異常と、それにもとづいて身体が変容したという確信を執拗に訴える病態である。シャルルボネ症候群 Charles Bonnet syndromeは、意識清明で視力低下があり認知症のない高齢者に要素幻視や有形幻視が認められることを指す。自己臭症は、自分自身から便臭や体臭など不快な臭いが出て、周囲に不快や迷惑をかけて避けられていると確信するもので、患者本人が臭いを感じるとする幻覚の場合と、周囲の様子から臭いがしているに違いないと確信する妄想の場合とがある。 | |||
=== 幻覚薬 === | === 幻覚薬 === | ||
さまざまな薬物が幻覚を引き起こすが、そのうち幻覚を引き起こす薬理作用が主要なものを幻覚薬hallucinogenと呼ぶ。代表的なものは、セロトニン構造に似てセロトニン受容体に作用するリゼルグ酸ジエチルアミド (Lysergsäurediethylamid, LSD)やサイロシビン (psilocybin)、ノルアドレナリンやドーパミンに似た置換フェネチルアミンであるメスカリンやアンフェタミン誘導体の2,5-Dimethoxy-4-methylamphetamine (DOM)や3,4-methylenedioxymethamphetamine (MDMA)がある。また、パーキンソン病の治療薬のうちドーパミン作動性のものは、副作用として幻覚を生じることがある。 | |||
==脳機構== | ==脳機構== | ||
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(福田 2008 など) | (福田 2008 など) | ||
上記を踏まえて、具体的な例として統合失調症の幻聴を取り上げることで、幻覚のメカニズムをより特定する一例とする。そのうえでは、幻聴の病態についてさまざまなレベルから検討することが必要となる<ref name=福田正人2008> | 上記を踏まえて、具体的な例として統合失調症の幻聴を取り上げることで、幻覚のメカニズムをより特定する一例とする。そのうえでは、幻聴の病態についてさまざまなレベルから検討することが必要となる<ref name=福田正人2008>'''福田正人(2008)'''<br>統合失調症の幻聴の生物学的背景.松下正明・加藤敏・神庭重信編『精神医学対話』,弘文堂,東京,pp.51-71</ref> <ref name=Hugdahl2018><pubmed>29069435</pubmed></ref>(Hugdahl 2018)。 | ||
====統合失調症の幻聴の特徴==== | ====統合失調症の幻聴の特徴==== | ||
統合失調症の幻聴の特徴は、精神病理学的には次のようにまとめられている<ref name=笠原嘉1998>'''笠原嘉 (1998).'''<br>『精神病』岩波新書、東京、岩波書店</ref>(笠原 1998)。 | |||
#聞こえるのは「人の声」である。 | #聞こえるのは「人の声」である。 | ||
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====統合失調症の幻聴の心理的メカニズム==== | ====統合失調症の幻聴の心理的メカニズム==== | ||
統合失調症における幻聴を説明する心理的なメカニズムとして、次に挙げるような説が考えられている<ref name=Slade1994>Slade, D. S. (1994) Models of hallucination: from theory to practice. David AS, Cutting JC (eds) The Neuropsychology of Schizophrenia, pp245-253, Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove. | 統合失調症における幻聴を説明する心理的なメカニズムとして、次に挙げるような説が考えられている<ref name=Slade1994>'''Slade, D. S. (1994)'''<br> Models of hallucination: from theory to practice. David AS, Cutting JC (eds) The Neuropsychology of Schizophrenia, pp245-253, Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove. | ||
[https://doi.org/10.4324/9781315785004-15 | [https://doi.org/10.4324/9781315785004-15 [DOI]]</ref> <ref name=Nayani1996><pubmed>8643757</pubmed></ref>(Slade 1994,Nayani & David 1996)。 | ||
#統合失調症には「会話の計画」に基本的な障害があると仮定し、幻聴は「自己とは異質の物として体験される、意図せざる言語イメージ」であるとする考え<ref name=Hoffman1986>Hoffman, R.E. (1986) Verbal hallucinations and language production processes in schizophrenia. Behav Brain Sci 9:503-548. [https://doi.org/10.1017/S0140525X00046781 | #統合失調症には「会話の計画」に基本的な障害があると仮定し、幻聴は「自己とは異質の物として体験される、意図せざる言語イメージ」であるとする考え<ref name=Hoffman1986>'''Hoffman, R.E. (1986).<br>''' Verbal hallucinations and language production processes in schizophrenia. Behav Brain Sci 9:503-548. [https://doi.org/10.1017/S0140525X00046781 [DOI]]</ref>(Hoffman 1986)。 | ||
#幻覚を呈する人には「自発的な思考の内的なモニタ」に欠陥があり、そのため内部で生成し思考を外部で生成されたものと体験してしまうとする考え<ref name=Frith1992>Frith, C. D. (1992) The Cognitive Neuropsychology of Schizophrenia. Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove, pp.68- | #幻覚を呈する人には「自発的な思考の内的なモニタ」に欠陥があり、そのため内部で生成し思考を外部で生成されたものと体験してしまうとする考え<ref name=Frith1992>'''Frith, C. D. (1992).'''<br>The Cognitive Neuropsychology of Schizophrenia. Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove, pp.68-77[https://doi.org/10.1192/bjp.153.4.437 [DOI<nowiki>]</nowiki>](邦訳 丹羽真一・菅野正浩 監訳『分裂病の認知神経心理学』,医学書院,東京,1995)</ref><ref name=Frith1988><pubmed>3074851</pubmed></ref>(Frith & Done 1988,Frith 1992)。 | ||
#事象が現実か想像によるものかを区別する能力はメタ認知能力であり、その判断のための規準があるが、幻覚を呈する人ではこの規準の移動が起きており、そのため内部で生成された刺激を外部の源から発生したものと判断しやすい心理的傾向があるとする考え<ref name=Bentall1990><pubmed>2404293</pubmed></ref>(Bentall 1990)。 | #事象が現実か想像によるものかを区別する能力はメタ認知能力であり、その判断のための規準があるが、幻覚を呈する人ではこの規準の移動が起きており、そのため内部で生成された刺激を外部の源から発生したものと判断しやすい心理的傾向があるとする考え<ref name=Bentall1990><pubmed>2404293</pubmed></ref>(Bentall 1990)。 | ||
#言語システムにおいてフィードフォワードが二重に欠如しており、そのため思考・声の自己所属感と内部知覚感がともに損なわれ、そのため幻覚が生じるとする考え<ref name=David1994>David, A. S. (1994) The neuropsychological origin of auditory hallucination. David AS, Cutting JC (eds) The Neuropsychology of Schizophrenia, pp269-313, Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove</ref>(David 1994)。 | #言語システムにおいてフィードフォワードが二重に欠如しており、そのため思考・声の自己所属感と内部知覚感がともに損なわれ、そのため幻覚が生じるとする考え<ref name=David1994>'''David, A. S. (1994).<br>''' The neuropsychological origin of auditory hallucination. David AS, Cutting JC (eds) The Neuropsychology of Schizophrenia, pp269-313, Lawrence Erlbaum Associates, Publishers, Hove</ref>(David 1994)。 | ||
以上の4仮説は、表現方法や重点の置き方に違いがあるものの、いずれも、「幻覚は内部で生成された思考やイメージが、中枢のモニタや弁別過程の障害によって、外部で生成された事象として誤って受けとめられ、当人の中で知覚化されたものだ」と主張している点で共通している。 | 以上の4仮説は、表現方法や重点の置き方に違いがあるものの、いずれも、「幻覚は内部で生成された思考やイメージが、中枢のモニタや弁別過程の障害によって、外部で生成された事象として誤って受けとめられ、当人の中で知覚化されたものだ」と主張している点で共通している。 | ||
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====統合失調症の幻聴の脳構造==== | ====統合失調症の幻聴の脳構造==== | ||
こうした脳機能メカニズムの背景となる脳構造や脳機能については、脳画像を用いたさまざまな研究が行われている(例えば<ref name=Allen2012><pubmed>22535906</pubmed></ref>Allen | こうした脳機能メカニズムの背景となる脳構造や脳機能については、脳画像を用いたさまざまな研究が行われている(例えば<ref name=Allen2012><pubmed>22535906</pubmed></ref>Allen 2012)。そうした脳画像所見が「[[幻覚#統合失調症の幻聴の特徴|統合失調症の幻聴の特徴]]」で述べた統合失調症の幻聴の特徴をもたらすのは、脳画像研究で明らかになってきた統合失調症における脳構造・脳機能変化が総合的に関与しているものと考えられる。具体的には、以下のとおりである<ref name=Woodruff2004><pubmed>16571575</pubmed></ref>(Woodruff 2004)。 | ||
#言葉として聞こえてくること(側頭葉のHeschl回・上側頭回・Broca野・中側頭回) | #言葉として聞こえてくること(側頭葉のHeschl回・上側頭回・Broca野・中側頭回) | ||
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#情動的な記憶と関連すること(海馬・扁桃体) | #情動的な記憶と関連すること(海馬・扁桃体) | ||
#本人が望まない声でありコントロールできないこと(補足運動皮質・前部帯状回・前頭前部皮質・腹側線条体・海馬傍回) | #本人が望まない声でありコントロールできないこと(補足運動皮質・前部帯状回・前頭前部皮質・腹側線条体・海馬傍回) | ||
#3衝動性と結びつくことがあること(眼窩前頭回) | |||
== 幻覚の治療 == | == 幻覚の治療 == | ||
170行目: | 179行目: | ||
===薬物療法=== | ===薬物療法=== | ||
統合失調症の治療に用いられるのは抗精神病薬で、その抗幻覚作用はドーパミンD2受容体拮抗作用にもとづく。ドーパミンD2受容体遮断は、刺激が反応へと結びつく関連を変化させることで、4.1. | 統合失調症の治療に用いられるのは抗精神病薬で、その抗幻覚作用はドーパミンD2受容体拮抗作用にもとづく。ドーパミンD2受容体遮断は、刺激が反応へと結びつく関連を変化させることで、4.1.で述べた刺激の影響を受けにくくするものと考えられる。抗精神病薬はノルアドレナリンα1受容体拮抗作用を併せもつことが多い。これは臨床的には鎮静作用として体験され、「気持ちが落ち着く」ことにより「[[幻覚#幻覚の心理学的メカニズム|幻覚の心理学的メカニズム]]」で述べたいわゆる「自我機能」を本人が取り戻すことに役立つことを通して、間接的に抗幻覚作用をもたらす可能性が考えられる。 | ||
統合失調症以外の疾患についても、幻覚の薬物療法に用いられるのは抗精神病薬であることが多い。病態により、ドーパミンD2受容体遮断が直接に抗幻覚作用を発揮したり、ノルアドレナリンα1受容体遮断が間接的に抗幻覚作用に結びつくことが想定できる。 | 統合失調症以外の疾患についても、幻覚の薬物療法に用いられるのは抗精神病薬であることが多い。病態により、ドーパミンD2受容体遮断が直接に抗幻覚作用を発揮したり、ノルアドレナリンα1受容体遮断が間接的に抗幻覚作用に結びつくことが想定できる。 | ||
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===心理社会療法=== | ===心理社会療法=== | ||
「[[幻覚#幻覚の心理学的メカニズム|幻覚の心理学的メカニズム]]」で述べた幻覚の心理学的メカニズムにもとづいて考えると、幻覚の心理社会療法を考えることができる。刺激の影響を受けにくくする方法としては、周囲からの刺激入力を減らして混乱をなくす、何かの作業に没頭することで刺激入力を限定的にする、などのことが考えられる。自我機能の回復を図る方法としては、安心できる環境を整備すること、そのうえで覚醒レベルを上げることが考えられる。精神疾患をもつ当事者が本人自身や他の患者と症状への対処方法を相談する「当事者研究」は、幻覚についても日常の生活で活用できる具体的で優れた手法を数多く見出している。その背景にあるのは「自我機能」の回復であり、レジリエンスにもとづいて当事者自身が取り組むことができるリカバリーの展開として注目される。 | |||
==参考文献== | |||
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