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英:model of neurons, neuron model | |||
{{box|text= 計測により得られた神経細胞や神経回路の挙動の背後にある原理を理解するには、数理的な記述が不可欠である。ニューロンモデルは、神経細胞の状態の変化を数理的に記述したモデルである。モデル化の対象とすべき現象や方針の違いにより、さまざまなモデルが提案されている。こうしたニューロンモデルを用いることにより、ニューロン、および、神経回路が実現しうる機能やその仕組みに関する構成論的理解を目指す研究にも用いられる。}} | {{box|text= 計測により得られた神経細胞や神経回路の挙動の背後にある原理を理解するには、数理的な記述が不可欠である。ニューロンモデルは、神経細胞の状態の変化を数理的に記述したモデルである。モデル化の対象とすべき現象や方針の違いにより、さまざまなモデルが提案されている。こうしたニューロンモデルを用いることにより、ニューロン、および、神経回路が実現しうる機能やその仕組みに関する構成論的理解を目指す研究にも用いられる。}} | ||
==はじめに== | ==はじめに== | ||
[ニューロン]]の状態やその変化を記述するモデルは、大きく2つに分けられる。一つは、ニューロンの電気的性質である[[膜電位]]やその変化の結果生じる[[活動電位]]([[神経スパイク]]、あるいは単に[[スパイク]]、もしくは[[発火]])などをニューロンの状態や出力として扱う[[電気生理学]]的観点からのモデルである。もう一方は、[[視覚]]や[[触覚]]などの[[感覚]]刺激を与えた時のニューロンの応答の観測に基づき、外界の情報を[[符号化]]していると考えられる発火頻度をニューロンの状態とするモデルである。 | [[ニューロン]]の状態やその変化を記述するモデルは、大きく2つに分けられる。一つは、ニューロンの電気的性質である[[膜電位]]やその変化の結果生じる[[活動電位]]([[神経スパイク]]、あるいは単に[[スパイク]]、もしくは[[発火]])などをニューロンの状態や出力として扱う[[電気生理学]]的観点からのモデルである。もう一方は、[[視覚]]や[[触覚]]などの[[感覚]]刺激を与えた時のニューロンの応答の観測に基づき、外界の情報を[[符号化]]していると考えられる発火頻度をニューロンの状態とするモデルである。 | ||
前者はスパイクの生成を扱うので、[[スパイキングニューロンモデル]]とも呼ばれる。生物物理機構に基づいたより詳細なモデルの場合、電気生理実験などの実験結果との比較も可能となる。また、個々のスパイク生成のタイミングを扱うことができるため、神経情報の媒体であるとする[[テンポラルコーディング]]を考慮する研究に用いられることが多い。 | 前者はスパイクの生成を扱うので、[[スパイキングニューロンモデル]]とも呼ばれる。生物物理機構に基づいたより詳細なモデルの場合、電気生理実験などの実験結果との比較も可能となる。また、個々のスパイク生成のタイミングを扱うことができるため、神経情報の媒体であるとする[[テンポラルコーディング]]を考慮する研究に用いられることが多い。 | ||
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イオンチャネルを透過する膜電流を考慮するとなると、そのアクティブな特性のため、ケーブル方程式の形では数値的にも扱いが困難である。そこで、空間方向を離散化することにより、方程式の解法の問題を回避する。ケーブル状の突起を区画(コンパートメント)に分割することで、1つの区画を長さ<math>L</math>、半径<math>a</math>の円柱として近似する。1つの区画の範囲内は等電位であるとみなし、各区画の膜電位に対し、膜電位ダイナミクスを与える。加えて、隣接する区画間に電位勾配があれば、一方の区画から他方へ電流が生じるので、この軸方向の電流を考慮する必要がある。<math>k</math>番目の区画に対する膜電位ダイナミクスは、 | イオンチャネルを透過する膜電流を考慮するとなると、そのアクティブな特性のため、ケーブル方程式の形では数値的にも扱いが困難である。そこで、空間方向を離散化することにより、方程式の解法の問題を回避する。ケーブル状の突起を区画(コンパートメント)に分割することで、1つの区画を長さ<math>L</math>、半径<math>a</math>の円柱として近似する。1つの区画の範囲内は等電位であるとみなし、各区画の膜電位に対し、膜電位ダイナミクスを与える。加えて、隣接する区画間に電位勾配があれば、一方の区画から他方へ電流が生じるので、この軸方向の電流を考慮する必要がある。<math>k</math>番目の区画に対する膜電位ダイナミクスは、 | ||
::<math> | ::<math> | ||
C_m\frac{dV_k}{dt}=-I_m^k+I_{app}^k+g_{k,k+1}(V_{ | C_m\frac{dV_k}{dt}=-I_m^k+I_{app}^k+g_{k,k+1}(V_{k+1}-V_k)+g_{k,k-1}(V_{k-1}-V_k) | ||
</math> | </math> | ||
と表せる<ref name=Segev1998>'''Segev, I., Burke, R.E. (1998)'''<br>Compartmental Models of Complex Neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 93-136.</ref>。ここで<math>g_{k,k+1}</math>、<math>g_{k,k-1}</math>はそれぞれ隣接する区画<math>k+1</math>、および、区画<math>k-1</math>との間の伝導度を表す。各区画を小さく取ることにより、連続体に近い結果が得られる一方、計算コストは増大する。各区画を大きく取れば、計算コストは削減できるが、粗視化による誤差の増大を招くという、トレードオフが生じる。細胞全体を1つの膜電位で表す場合は、区画が1つになるので、[[シングルコンパートメントモデル]]と呼ばれることがある。扱う問題により、シングルコンパートメントかマルチコンパートメントか、マルチコンパートメントであれば、どの程度の分割でモデル化するか、が異なる。一般的に、単一細胞における情報処理を問題とする場合には、マルチコンパートメントモデル、ネットワークを扱う場合には、シングルコンパートメントモデルを用いることが多い。 | と表せる<ref name=Segev1998>'''Segev, I., Burke, R.E. (1998)'''<br>Compartmental Models of Complex Neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 93-136.</ref>。ここで<math>g_{k,k+1}</math>、<math>g_{k,k-1}</math>はそれぞれ隣接する区画<math>k+1</math>、および、区画<math>k-1</math>との間の伝導度を表す。各区画を小さく取ることにより、連続体に近い結果が得られる一方、計算コストは増大する。各区画を大きく取れば、計算コストは削減できるが、粗視化による誤差の増大を招くという、トレードオフが生じる。細胞全体を1つの膜電位で表す場合は、区画が1つになるので、[[シングルコンパートメントモデル]]と呼ばれることがある。扱う問題により、シングルコンパートメントかマルチコンパートメントか、マルチコンパートメントであれば、どの程度の分割でモデル化するか、が異なる。一般的に、単一細胞における情報処理を問題とする場合には、マルチコンパートメントモデル、ネットワークを扱う場合には、シングルコンパートメントモデルを用いることが多い。 | ||
==シナプスのモデル== | |||
[[シナプス前]]細胞から[[シナプス後|後]]細胞への信号伝達はシナプス電流によりもたらされる。シナプス電流は、他のイオン電流と同様に、<math>I_{syn}= (V-E_{syn})</math>として表される。<math>g_s(t)</math>はシナプス電流の伝導度、<math>V</math>は後細胞の膜電位、<math>E_{syn}</math>は平衡電位である。<math>g_s(t)</math>は、前細胞の膜電位に依存して変化し、そのモデルとしては次の2つが代表的である。 | [[シナプス前]]細胞から[[シナプス後|後]]細胞への信号伝達はシナプス電流によりもたらされる。シナプス電流は、他のイオン電流と同様に、<math>I_{syn}= (V-E_{syn})</math>として表される。<math>g_s(t)</math>はシナプス電流の伝導度、<math>V</math>は後細胞の膜電位、<math>E_{syn}</math>は平衡電位である。<math>g_s(t)</math>は、前細胞の膜電位に依存して変化し、そのモデルとしては次の2つが代表的である。 | ||
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を定める。<math>\theta(t)</math>はスパイク閾値を表し、一般的に時間に依存するとしている。時間<math>t</math>から<math>t+\Delta{t}</math>におけるスパイク発生確率を<math>P(t, \Delta{t})</math>とすると<br><br> | を定める。<math>\theta(t)</math>はスパイク閾値を表し、一般的に時間に依存するとしている。時間<math>t</math>から<math>t+\Delta{t}</math>におけるスパイク発生確率を<math>P(t, \Delta{t})</math>とすると<br><br> | ||
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R(t,\Delta{t})=r{t}\ | R(t,\Delta{t})=r{t}\Delta{t}=f(V(t)-\theta{(t)}) | ||
</math><br><br> | </math><br><br> | ||
によりスパイクを確率的に生成する<ref name=Gerstner2008>'''Gerstner, W. (2008)'''<br>Spike-response model" Scholarpedia, 3, 1343 ( http://www.scholarpedia.org/article/Spike-response_model).</ref>。関数<math>f(x)</math>はescape rateと呼ばれ、[[指数関数]]や[[正規化線形関数]]が用いられることが多い<ref name=Gerstner2014 />。 | によりスパイクを確率的に生成する<ref name=Gerstner2008>'''Gerstner, W. (2008)'''<br>Spike-response model" Scholarpedia, 3, 1343 ( http://www.scholarpedia.org/article/Spike-response_model).</ref>。関数<math>f(x)</math>はescape rateと呼ばれ、[[指数関数]]や[[正規化線形関数]]が用いられることが多い<ref name=Gerstner2014 />。 | ||
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ある統制された条件の下、ある試行におけるニューロンの応答は、 | ある統制された条件の下、ある試行におけるニューロンの応答は、 | ||
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\rho{(t)}=\sum_{k=1}^k\delta(t-t_{ | \rho{(t)}=\sum_{k=1}^k\delta(t-t_{spk}^k) | ||
</math> | </math> | ||