「性行動の神経回路」の版間の差分

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== 性ステロイドホルモンと性行動 ==
== 性ステロイドホルモンと性行動 ==
[[image:性行動の神経回路2B.png|thumb|300px|'''図3.オス・キンギョの脳局所破壊により性行動に有意な阻害のあった部位'''<br>局所破壊された脳部位をシェードで示す。終脳腹側野前交連上核(Vs)と終脳腹側野腹側部の後方部(pVv)、および視索前野脳室周囲部(NPP)の局所的脳破壊により、オスの性行動が有意に阻害された。数字は視索前野脳室周囲部の前端を0とした位置をµmで示す。<br>文献<ref name=ref4><pubmed> 6610412 </pubmed></ref>より改変]]
[[image:性行動の神経回路2B.png|thumb|300px|'''図3.オス・キンギョの脳局所破壊により性行動に有意な阻害のあった部位'''<br>局所破壊された脳部位をシェードで示す。終脳腹側野前交連上核(Vs)と終脳腹側野腹側部の後方部(pVv)、および視索前野脳室周囲部(NPP)の局所的脳破壊により、オスの性行動が有意に阻害された。数字は視索前野脳室周囲部の前端を0とした位置をµmで示す。<br>文献<ref name=ref4><pubmed> 6610412 </pubmed></ref>より改変]]
[[image:性行動の神経回路2C.png|thumb|300px|'''図4.オス・ヒメマスの脳局所電気刺激により性行動が特異的に引き起こされた部位'''<br>脳の左側には求愛行動(アプローチA、アプローチ・クイバリングAQ、転位行動DA)が生じた脳の刺激部位が、刺激の閾値の大きさに応じた記号で示されている。脳の右側には放精行動(スポーニング・アクトSp.Act)が生じた脳の刺激部位が、刺激の閾値の大きさに応じた記号で示されている。求愛行動では■、▲、●が、放精行動では★が最も有効な部位であり、それらは終脳腹側野前交連上核(Vs)および視索前野脳室周囲部(NPP)に局在していた。<br>文献<ref name=ref5><pubmed> 6393162 </pubmed></ref>より改変]]
[[image:性行動の神経回路2C.png|thumb|300px|'''図4. オス・ヒメマスの脳局所電気刺激により性行動が特異的に引き起こされた部位'''<br>脳の左側には求愛行動(アプローチA、アプローチ・クイバリングAQ、転位行動DA)が生じた脳の刺激部位が、刺激の閾値の大きさに応じた記号で示されている。脳の右側には放精行動(スポーニング・アクトSp.Act)が生じた脳の刺激部位が、刺激の閾値の大きさに応じた記号で示されている。求愛行動では■、▲、●が、放精行動では★が最も有効な部位であり、それらは終脳腹側野前交連上核(Vs)および視索前野脳室周囲部(NPP)に局在していた。<br>文献<ref name=Satou1984/>より改変]]


 1970年代に、性ステロイドホルモンを用いたオートラジオグラフィーの研究から、性ステロイドを取り込む脳内ニューロンの分布について、哺乳類、両生類、魚類等を用いて研究が行なわれた。その結果、動物によらず、視索前野、外側中隔野、扁桃体、視床下部、海馬、中脳灰白質等の脳部位に性ステロイドを感受するニューロンが分布していることがわかった('''図1''')。
 1970年代に、性ステロイドホルモンを用いたオートラジオグラフィーの研究から、性ステロイドを取り込む脳内ニューロンの分布について、哺乳類、両生類、魚類等を用いて研究が行なわれた。その結果、動物によらず、視索前野、外側中隔野、扁桃体、視床下部、海馬、中脳灰白質等の脳部位に性ステロイドを感受するニューロンが分布していることがわかった('''図1''')。
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 興味深いことに、これらの脳部位の多くは、メス[[ラット]]の[[ロードシス]]行動などに深く関与することが多くの研究から明らかになっている。たとえば、視床下部[[腹内側核]]や中脳灰白質は、それらの脳部位を破壊すると性行動が阻害され、電気刺激すると性行動が誘起される<ref name=Pfaff1980>'''D.W. Pfaff'''<br>Estrogens and Brain Function.<br>New York, Heidelberg, Berlin: 1980, Springer-Verlag. 281</ref>。したがって、性ステロイドがこれらの脳部位のニューロンに直接結合することによって、それらのニューロンの活動状態(興奮性)に影響を与え、それが性行動を制御する神経回路を賦活化してロードシス行動が起こることが考えられる。
 興味深いことに、これらの脳部位の多くは、メス[[ラット]]の[[ロードシス]]行動などに深く関与することが多くの研究から明らかになっている。たとえば、視床下部[[腹内側核]]や中脳灰白質は、それらの脳部位を破壊すると性行動が阻害され、電気刺激すると性行動が誘起される<ref name=Pfaff1980>'''D.W. Pfaff'''<br>Estrogens and Brain Function.<br>New York, Heidelberg, Berlin: 1980, Springer-Verlag. 281</ref>。したがって、性ステロイドがこれらの脳部位のニューロンに直接結合することによって、それらのニューロンの活動状態(興奮性)に影響を与え、それが性行動を制御する神経回路を賦活化してロードシス行動が起こることが考えられる。


 一方、[[キンギョ]]などの魚類の脳においても[[エストロゲン]]などの性ステロイドを取り込むニューロンの分布が調べられたが('''図2''')<ref name=ref3><pubmed>721971</pubmed></ref>、多くのステロイド取り込み細胞の見られた[[終脳腹側野前交連上核]]Vsとよばれる部位や視索前野は、脳の局所破壊を行うことによってオスキンギョの性行動が阻害され('''図3''')<ref name=ref4><pubmed> 6610412 </pubmed></ref>、電気刺激することによって雌雄の[[ヒメマス]]の性行動が促進される('''図4''')ような脳部位<ref><pubmed> 6610412 </pubmed></ref>と極めて似かよった部位であった。
 一方、[[キンギョ]]などの魚類の脳においても[[エストロゲン]]などの性ステロイドを取り込むニューロンの分布が調べられたが('''図2''')<ref name=ref3><pubmed>721971</pubmed></ref>、多くのステロイド取り込み細胞の見られた[[終脳腹側野前交連上核]]Vsとよばれる部位や視索前野は、脳の局所破壊を行うことによってオスキンギョの性行動が阻害され('''図3''')<ref name=Koyama1984><pubmed> 6610412 </pubmed></ref>、電気刺激することによって雌雄の[[ヒメマス]]の性行動が促進される('''図4''')ような脳部位<ref name=Koyama1984 />と極めて似かよった部位であった。


 メスの性ステロイドであるエストロゲンが中枢神経系に及ぼす影響については、従来多数の報告がある。エストロゲンは標的ニューロンの[[受容体]]に結合した後、核移行して標的遺伝子の転写活性を調節することによりゆっくりと効果を及ぼす遺伝子レベルの調節が主であると考えられていた。しかしながら、[[Gタンパク質共役型]]の膜レセプターを介する速いノンゲノミック作用も知られている。ロードシスなどの性行動に対する脳内性ステロイド感受性ニューロンの性行動への関与に関しても、まずは性ステロイドの遺伝子レベルの調節か非遺伝子レベルの調節かをまず厳密に区別し、この作用機構について分子・細胞生物学的観点から今一度見直す必要がある。性行動に関与する脳部位や、性ステロイドの性行動に対する影響などの研究は1970年代から1980年代にかけて比較的盛んに行われていたが、その後研究の大きな進展がないままになっていた。ところが、最近、[[光遺伝学]]の技術の発展により、上述の視床下部腹内側核ニューロンにおいて、エストロゲン受容体を発現する少数ニューロンの特異的活性化により、オスマウスのマウンティング様の行動が起きるが、それらの刺激を強くしていくと攻撃行動に転じていく、と言う興味ある研究結果が報告されている<ref><pubmed> 24739975 </pubmed></ref>(ただし、この場合、エストロゲン受容体発現ニューロンはニューロンのマーカーとして用いられているだけで、これらのオスの行動にエストロゲンが関わっているのかはよくわかっていない)。このように、遺伝学的技術をイメージングや電気生理学的・形態学的手法と組み合わせる事により、古くから興味を持たれていた問題に対して新たなアプローチが可能となり、性行動の神経回路に対する理解が飛躍的に進むことが期待される。
 メスの性ステロイドであるエストロゲンが中枢神経系に及ぼす影響については、従来多数の報告がある。エストロゲンは標的ニューロンの[[受容体]]に結合した後、核移行して標的遺伝子の転写活性を調節することによりゆっくりと効果を及ぼす遺伝子レベルの調節が主であると考えられていた。しかしながら、[[Gタンパク質共役型]]の膜レセプターを介する速いノンゲノミック作用も知られている。ロードシスなどの性行動に対する脳内性ステロイド感受性ニューロンの性行動への関与に関しても、まずは性ステロイドの遺伝子レベルの調節か非遺伝子レベルの調節かをまず厳密に区別し、この作用機構について分子・細胞生物学的観点から今一度見直す必要がある。性行動に関与する脳部位や、性ステロイドの性行動に対する影響などの研究は1970年代から1980年代にかけて比較的盛んに行われていたが、その後研究の大きな進展がないままになっていた。ところが、最近、[[光遺伝学]]の技術の発展により、上述の視床下部腹内側核ニューロンにおいて、エストロゲン受容体を発現する少数ニューロンの特異的活性化により、オスマウスのマウンティング様の行動が起きるが、それらの刺激を強くしていくと攻撃行動に転じていく、と言う興味ある研究結果が報告されている<ref><pubmed> 24739975 </pubmed></ref>(ただし、この場合、エストロゲン受容体発現ニューロンはニューロンのマーカーとして用いられているだけで、これらのオスの行動にエストロゲンが関わっているのかはよくわかっていない)。このように、遺伝学的技術をイメージングや電気生理学的・形態学的手法と組み合わせる事により、古くから興味を持たれていた問題に対して新たなアプローチが可能となり、性行動の神経回路に対する理解が飛躍的に進むことが期待される。

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