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== 昆虫 == | == 昆虫 == | ||
=== 発見、歴史的経緯など === | === 発見、歴史的経緯など === | ||
昆虫においても、嗅覚は、餌の探索、交配相手の識別、繁殖場所の選択、天敵の感知など様々な局面で必要な感覚であり、生存維持に欠かせない。 | |||
嗅覚受容体については、1991年、脊椎動物での嗅覚受容体遺伝子ファミリーの発見により、昆虫でも同様のGタンパク質共役型受容体ファミリーが存在するとの予想のもと探索が進められたが、試みは失敗に終わった。その後、ショウジョウバエ遺伝子を対象とした発現解析などの研究をもとに、異なる3グループにより、1999年、昆虫嗅覚受容体遺伝子ファミリーの発見が報告された<ref name=Clyne1999><pubmed>10069338</pubmed></ref><ref name=Gao1999><pubmed>10458908</pubmed></ref><ref name=Vosshall1999><pubmed>10089887</pubmed></ref>。構成遺伝子数は、数10~300程度と種により大きく異なり、ショウジョウバエでは、62遺伝子存在する。 | |||
その10年後、昆虫の第2の嗅覚受容体遺伝子ファミリーとして、イオノトロピック型受容体ファミリーが発見された<ref name=Benton2009><pubmed>19135896</pubmed></ref>。構成遺伝子数は嗅覚受容体と同様、種により異なり、10〜100程度存在し、ショウジョウバエでは66遺伝子存在する。IRは、匂い物質の他に味物質、湿気、温度も感知する。上記嗅覚受容体, IRファミリータンパク質以外に、味覚受容体,(Gustatory Receptor, GR)ファミリータンパク質のメンバー、Gr21a, Gr63aが嗅神経細胞に発現し、CO2を匂い物質として受容することが明らかになっている<ref name=Jones2007><pubmed>17167414</pubmed></ref><ref name=Kwon2007><pubmed>17360684</pubmed></ref>('''図2''')。 | |||
=== 構造 === | === 構造 === | ||
昆虫嗅覚受容体は、脊椎動物嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を有するが、その膜トポロジーは逆であり、N末端が細胞質に、C末端が細胞外領域に位置する<ref name=Benton2006><pubmed>16402857</pubmed></ref><ref name=Hopf2015><pubmed>25584517</pubmed></ref> | 昆虫嗅覚受容体は、脊椎動物嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を有するが、その膜トポロジーは逆であり、N末端が細胞質に、C末端が細胞外領域に位置する<ref name=Benton2006><pubmed>16402857</pubmed></ref><ref name=Hopf2015><pubmed>25584517</pubmed></ref>('''図2''')。脊椎動物嗅覚受容体と異なり、GPCRとの相同性はない。全般的に種間での配列保存性は低いが、唯一、種を超えて保存性の高い共通の嗅覚受容体が存在し、Orco (Olfactory receptor co-receptor)と呼ばれる。Orcoは、リガンド選択性を有する嗅覚受容体とヘテロ多量体を形成して機能すると考えられている。近年、クライオ電子顕微鏡解析により、イチジク寄生バチの一種、''Apocrypta baker''のOrco、および、イシノミ類の昆虫''Machilis hrabei''の嗅覚受容体, MhOR5について、立体構造が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref><ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。Orcoは単独ではホモ4量体構造を形成することが示され、チャネルの開閉制御に重要な領域が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref>。MhOR5については、2種類の匂いリガンドとの共構造からリガンド結合によるチャネルの構造変化が示されるとともに、単一の受容体が多様な構造のリガンドを認識し得る構造基盤として、リガンド受容が複数の疎水的相互作用に基づくことも示された<ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。 | ||
イオノトロピック型受容体は、イオンチャネル型グルタミン酸受容体(iGluR)と相同性が高く、3回膜貫通構造を持つ。イオノトロピック型受容体においてもリガンド選択性を有するIR-Xと、Orco同様、リガンドに関わらず共通なIR-coY(ハエでは、IR8a, IR25a, IR76b)が存在する。チャネルとしての機能ユニットは、2つのIR-Xと2つのIR-coYから構成されるヘテロ4量体と考えられている<ref name=Abuin2011><pubmed> 21220098 </pubmed></ref><ref name=Abuin2019><pubmed> 30995910 </pubmed></ref>。IR-coYはアミノ末端ドメイン(amino-terminal domain, ATD), リガンド結合ドメイン(ligand-binding domain, LBD)、イオンチャネルドメインから構成され、iGluRと高度な保存性を有する一方、IR-XはATDを持たず、iGluRとの相同性が低く、特にLBDの保存度が低い。イオノトロピック型受容体の立体構造は明らかになっていない。 | |||
GRは嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を持ち、N末端が細胞質側、C末端が細胞外側のトポロジーを示す。Gr21a, Gr63aそのものの構造は示されていないが、他のGrファミリーメンバーである、カイコBmGr9のホモロジーモデリングと変異体解析において、GRも嗅覚受容体と同様のチャネル構造をもつことが示唆されている<ref name=Morinaga2022><pubmed>36209821</pubmed></ref>。 | GRは嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を持ち、N末端が細胞質側、C末端が細胞外側のトポロジーを示す。Gr21a, Gr63aそのものの構造は示されていないが、他のGrファミリーメンバーである、カイコBmGr9のホモロジーモデリングと変異体解析において、GRも嗅覚受容体と同様のチャネル構造をもつことが示唆されている<ref name=Morinaga2022><pubmed>36209821</pubmed></ref>。 | ||
=== 発現部位 === | === 発現部位 === | ||
昆虫嗅覚受容体嗅覚受容体, | 昆虫嗅覚受容体嗅覚受容体, イオノトロピック型受容体は、昆虫の嗅覚器、触角(antenna)、小顎髭(maxillary palp)に発現する。嗅覚受容体として機能するGr21a, Gr63aも触角で発現する。これらの嗅覚器は感覚子とよばれる匂い物質を受容するための特殊な構造に覆われ、それぞれの感覚子には、1〜4の嗅神経細胞が格納されている。嗅覚受容体, IRはそれぞれ異なるタイプの感覚子に存在する嗅神経細胞樹状突起上に発現し、感覚子の穴から取り込まれた匂い物質を受容する。多くの場合、単一の嗅神経細胞は、リガンド選択性をもつ嗅覚受容体またはIRを1種類のみ発現するが、例外も報告されている<ref name=Herre2022><pubmed></pubmed></ref>。 | ||
=== 機能 === | === 機能 === | ||
昆虫嗅覚受容体は、匂い物質をリガンドとするリガンド作動性非選択性陽イオンチャネルとして機能し、リガンド結合によりNa+, K+, | 昆虫嗅覚受容体は、匂い物質をリガンドとするリガンド作動性非選択性陽イオンチャネルとして機能し、リガンド結合によりNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>を透過させる<ref name=Sato2008><pubmed>18408712</pubmed></ref><ref name=Wicher2008><pubmed>18408711</pubmed></ref>。脊椎動物の嗅覚受容体が、Gタンパク質を介したシグナルの活性化を通じて別分子であるイオンチャネルを開口させ、神経細胞に脱分極を引き起こすのに対し、昆虫嗅覚受容体は自身がイオンチャネルとしてはたらき、直接膜電位変化を引き起こせるため、匂い物質に対してより迅速な応答が可能となる。 | ||
認識するリガンドと嗅覚受容体の対応関係は、多くの場合、「多対多」を示すが<ref name=Hallem2004><pubmed>15210116</pubmed></ref>、特定の行動を引き起こす匂い物質やフェロモンに対しては、選択的に応答する嗅覚受容体が存在する。食物の有害性の指標としてショウジョウバエの忌避行動を引き起こすカビ臭、geosminにOr56a <ref name=Stensmyr2012><pubmed>23217715</pubmed></ref>, 産卵を促進するシトラス系の果皮の香りにOr19a<ref name=Dweck2013><pubmed>24316206</pubmed></ref>、カイコガの性フェロモン、BombykolとBombykalにそれぞれBmOR1, BmOR3 <ref name=Nakagawa2005><pubmed>15692016</pubmed></ref><ref name=Sakurai2004><pubmed>15545611</pubmed></ref>、ショウジョウバエの性フェロモンcVA (11-cis-vaccenyl acetate)にOr67d<ref name=Kurtovic2007><pubmed>17392786</pubmed></ref>が選択的に応答する。 | |||
昆虫嗅覚受容体はリガンド非存在下でも自発的なチャネル開口活性をもち<ref name=Sato2008><pubmed>18408712</pubmed></ref><ref name=Wicher2008><pubmed>18408711</pubmed></ref>、嗅覚受容体発現嗅神経細胞の自発発火に寄与する。匂い物質には嗅神経細胞の活性化をもたらすもの以外に、自発発火を抑制するものも多数存在する<ref name=Hallem2006><pubmed>16615896</pubmed></ref>。 | |||
イオノトロピック型受容体も、匂い物質をリガンドとするリガンド作動性イオンチャネルとして機能し、Na<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>を透過させる非選択性陽イオンチャネルを構成する<ref name=Abuin2011><pubmed>21220098</pubmed></ref>。匂い物質のうち、主に酸、アミン、アルデヒドを受容する点で、エステルやアルコールを中心に受容する嗅覚受容体と相補的なはたらきをすると考えられている<ref name=Silbering2011><pubmed>21940430</pubmed></ref>。嗅覚受容体と同様、リガンド認識は「多対多」が基本であるが、選択的な認識が特定の行動に結びつく場合もあり、ショウジョウバエIr92aによるアミンやアンモニアの受容が誘引行動に、Ir84aによる食物由来の匂いの受容が雄のハエの交尾行動促進に繋がる報告例がある<ref name=Grosjean2011><pubmed>21964331</pubmed></ref><ref name=Min2013><pubmed>23509267</pubmed></ref>。IR発現神経細胞は、嗅覚受容体発現神経細胞に比べ、活性化に、より高濃度のリガンドあるいは、長時間のリガンド刺激が必要であり、順応がおきにくい<ref name=Getahun2012><pubmed>23162431</pubmed></ref>。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |