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== 機序 ==
== 機序 ==
① LTPの誘導:ヘブ型シナプスの場合
===誘導:ヘブ型シナプスの場合 ===
LTPがおきるにあたり、テタヌス刺激(tetanic stimulation)等によってシナプスに最初に引き起こされる変化の過程を誘導 (induction)と呼ぶ。以下の一連の研究から、海馬シャッファー側枝-CA1シナプスに代表されるヘブ型シナプスでのLTPの誘導には、①シナプス前部の活性化と、それに伴う②シナプス後細胞の脱分極、の2つが最低限必要であることがわかっている。
 LTPがおきるにあたり、テタヌス刺激(tetanic stimulation)等によってシナプスに最初に引き起こされる変化の過程を誘導 (induction)と呼ぶ。以下の一連の研究から、海馬シャッファー側枝-CA1シナプスに代表されるヘブ型シナプスでのLTPの誘導には、①シナプス前部の活性化と、それに伴う②シナプス後細胞の脱分極、の2つが最低限必要であることがわかっている。
シナプス後細胞に脱分極電流を注入すると、強いテタヌス刺激を加えたのと同様のLTP誘導効果を得ることができる<ref name=Gustafsson1987><pubmed>2881989</pubmed></ref><ref name=Kelso1986><pubmed>3460096</pubmed></ref>(7、8)。
* シナプス後細胞に脱分極電流を注入すると、強いテタヌス刺激を加えたのと同様のLTP誘導効果を得ることができる<ref name=Gustafsson1987><pubmed>2881989</pubmed></ref><ref name=Kelso1986><pubmed>3460096</pubmed></ref>(7、8)。
シナプス後細胞を脱分極させただけでは不十分で、同時にシナプス入力がなければLTPは誘導されない<ref name=Malenka1989><pubmed>2479146</pubmed></ref>(9)。
* シナプス後細胞を脱分極させただけでは不十分で、同時にシナプス入力がなければLTPは誘導されない<ref name=Malenka1989><pubmed>2479146</pubmed></ref>(9)。
テタヌス刺激時にシナプス後細胞を過分極させるか、あるいは電位固定により脱分極を起こさないようにするとLTPが阻害される<ref name=Kelso1986><pubmed>3460096</pubmed></ref><ref name=Malinow1986><pubmed>3008000</pubmed></ref>(8、10)
* テタヌス刺激時にシナプス後細胞を過分極させるか、あるいは電位固定により脱分極を起こさないようにするとLTPが阻害される<ref name=Kelso1986><pubmed>3460096</pubmed></ref><ref name=Malinow1986><pubmed>3008000</pubmed></ref>(8、10)
通常の興奮性シナプス伝達は、AMPA型グルタミン酸受容体により担われているが(図1A)、NMDA型グルタミン酸受容体の選択的アンタゴニストであるD-APV存在下ではLTPが誘導されないこと<ref name=Collingridge1983><pubmed>6306230</pubmed></ref>(11)や、細胞内のカルシウムイオンをキレートすることによってLTPが阻害される<ref name=Lynch1983><pubmed>6415483</pubmed></ref>(12)といった一連の研究から、膜の脱分極によってNMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、開口した受容体を介して細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる<ref name=Ascher1988><pubmed>2457089</pubmed></ref><ref name=MacDermott1986><pubmed>3012362</pubmed></ref> (13、14)ことがLTP誘導に必須であることがあきらかになっている(図1B)。
 
② LTPの発現部位をめぐる論争 -シナプス前性か?シナプス後性か?-
 通常の興奮性シナプス伝達は、AMPA型グルタミン酸受容体により担われているが(図1A)、NMDA型グルタミン酸受容体の選択的アンタゴニストであるD-APV存在下ではLTPが誘導されないこと<ref name=Collingridge1983><pubmed>6306230</pubmed></ref>(11)や、細胞内のカルシウムイオンをキレートすることによってLTPが阻害される<ref name=Lynch1983><pubmed>6415483</pubmed></ref>(12)といった一連の研究から、膜の脱分極によってNMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、開口した受容体を介して細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる<ref name=Ascher1988><pubmed>2457089</pubmed></ref><ref name=MacDermott1986><pubmed>3012362</pubmed></ref> (13、14)ことがLTP誘導に必須であることがあきらかになっている(図1B)。
誘導後に起こるシナプスの変化を発現(expression)と呼ぶ。シナプス伝達効率の持続的な増強を支える基盤機構であるため、その変化がシナプスのどこで起きているのかが早くから関心を集め、盛んに研究が行われた。
 
量子解析(quantal analysis)を用いた研究において、変動係数(coefficient of variation: CV)の変化、およびシナプス応答欠損(synaptic failure)の減少が確認されたことから、LTPはシナプス前終末からの神経伝達物質放出確率(release probability: Pr)の増加に起因するとの説が、当初有力であった<ref name=Bekkers1990><pubmed>2167454</pubmed></ref><ref name=Malinow1990><pubmed>2164158</pubmed></ref>(15、16)。確かにこれらの実験結果は複数の異なる研究グループによって再現性が確かめられてはいたものの、一方でLTPが主にAMPA型グルタミン酸受容体を介したシナプス応答に選択的に認められる現象であることや<ref name=Kullmann1994><pubmed>7910467</pubmed></ref><ref name=Muller1988><pubmed>2904701</pubmed></ref>(17、18)、LTP中に実際にグルタミン酸放出が亢進しているという実験結果が得られなかったこと<ref name=Diamond1998><pubmed>9728923</pubmed></ref><ref name=Luscher1998><pubmed>9728924</pubmed></ref><ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref> (19、20、21)などとは矛盾しており、グルタミン酸放出の増加ではLTPを十分に説明することができないとする考えも多くあった。
=== 発現部位をめぐる論争 -シナプス前性か?シナプス後性か? ===
その後、synaptic failureの減少は必ずしも放出確率の増加を意味するのではなく、シナプス後細胞に新たに機能的なAMPA型受容体が発現することによっても説明がつくとの見方が提示されたのち<ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref>(19)、神経伝達物質の放出確率を薬理学的に評価する新たな方法を用いた研究でも、LTPに伴って放出確率は増加しないことが報告された<ref name=Manabe1994><pubmed>7916483</pubmed></ref>(22)。さらに、AMPA型受容体を欠くサイレントシナプス(silent synapse)が発見され、LTP誘導によりこのシナプスに新たにAMPA型受容体が挿入されること(unsilencing)が実験的に確かめられた<ref name=Isaac1995><pubmed>7646894</pubmed></ref><ref name=Liao1995><pubmed>7760933</pubmed></ref> (23、24)。また、LTP誘導前後の微小シナプス後電流(miniature excitatory postsynaptic currents: mEPSCs)の詳細な解析から、サイレントシナプスだけでなく、もともとAMPA型受容体を発現しているシナプスにおいても、AMPA型受容体の発現増加によるLTPがおきることが確かめられ<ref name=Manabe1992><pubmed>1346229</pubmed></ref><ref name=Oliet1996><pubmed>8638114</pubmed></ref> (25、26)、LTP発現部位としてのシナプス後細胞の重要性が強く認識されることとなった。
 誘導後に起こるシナプスの変化を発現(expression)と呼ぶ。シナプス伝達効率の持続的な増強を支える基盤機構であるため、その変化がシナプスのどこで起きているのかが早くから関心を集め、盛んに研究が行われた。
 
 量子解析(quantal analysis)を用いた研究において、変動係数(coefficient of variation: CV)の変化、およびシナプス応答欠損(synaptic failure)の減少が確認されたことから、LTPはシナプス前終末からの神経伝達物質放出確率(release probability: Pr)の増加に起因するとの説が、当初有力であった<ref name=Bekkers1990><pubmed>2167454</pubmed></ref><ref name=Malinow1990><pubmed>2164158</pubmed></ref>(15、16)。確かにこれらの実験結果は複数の異なる研究グループによって再現性が確かめられてはいたものの、一方でLTPが主にAMPA型グルタミン酸受容体を介したシナプス応答に選択的に認められる現象であることや<ref name=Kullmann1994><pubmed>7910467</pubmed></ref><ref name=Muller1988><pubmed>2904701</pubmed></ref>(17、18)、LTP中に実際にグルタミン酸放出が亢進しているという実験結果が得られなかったこと<ref name=Diamond1998><pubmed>9728923</pubmed></ref><ref name=Luscher1998><pubmed>9728924</pubmed></ref><ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref> (19、20、21)などとは矛盾しており、グルタミン酸放出の増加ではLTPを十分に説明することができないとする考えも多くあった。
 
 その後、synaptic failureの減少は必ずしも放出確率の増加を意味するのではなく、シナプス後細胞に新たに機能的なAMPA型受容体が発現することによっても説明がつくとの見方が提示されたのち<ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref>(19)、神経伝達物質の放出確率を薬理学的に評価する新たな方法を用いた研究でも、LTPに伴って放出確率は増加しないことが報告された<ref name=Manabe1994><pubmed>7916483</pubmed></ref>(22)。さらに、AMPA型受容体を欠くサイレントシナプス(silent synapse)が発見され、LTP誘導によりこのシナプスに新たにAMPA型受容体が挿入されること(unsilencing)が実験的に確かめられた<ref name=Isaac1995><pubmed>7646894</pubmed></ref><ref name=Liao1995><pubmed>7760933</pubmed></ref> (23、24)。また、LTP誘導前後の微小シナプス後電流(miniature excitatory postsynaptic currents: mEPSCs)の詳細な解析から、サイレントシナプスだけでなく、もともとAMPA型受容体を発現しているシナプスにおいても、AMPA型受容体の発現増加によるLTPがおきることが確かめられ<ref name=Manabe1992><pubmed>1346229</pubmed></ref><ref name=Oliet1996><pubmed>8638114</pubmed></ref> (25、26)、LTP発現部位としてのシナプス後細胞の重要性が強く認識されることとなった。
これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。
これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。


シナプス後性LTP(postsynaptic LTP)
== シナプス後性LTP ==
シナプス前終末から放出された神経伝達物質に対するシナプス後細胞の感受性の増大が長期間持続する現象を指す。最も代表的なシナプス後性のLTPは、海馬CA1領域の興奮性シナプス伝達のLTPで、実験的には、100Hz程度の高頻度のシナプス前線維の電気刺激により誘導される(図2A)。
 シナプス前終末から放出された神経伝達物質に対するシナプス後細胞の感受性の増大が長期間持続する現象を指す。最も代表的なシナプス後性のLTPは、海馬CA1領域の興奮性シナプス伝達のLTPで、実験的には、100Hz程度の高頻度のシナプス前線維の電気刺激により誘導される(図2A)。
このシナプスでの神経伝達物質は、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸で、LTPの誘導と発現には2種類のグルタミン酸受容体が関与している。通常のシナプス伝達はAMPA型受容体により媒介されており、NMDA型受容体は細胞外のマグネシウムブロックの存在により、機能していない(図1A)。刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウムイオンやカリウムイオンの移動とともに、カルシウムイオンの流入が引き起こされLTPが誘導される(図1B)。
 
誘導刺激後、シナプス後肥厚部(postsynaptic density: PSD)にAMPA型受容体が集積することでシナプス応答の増強がおきると考えられている。これは、AMPA型受容体をGFPで蛍光ラベルして可視化する手法<ref name=Bosch2014><pubmed>24742465</pubmed></ref><ref name=Shi1999><pubmed>10364548</pubmed></ref>(28、29)や、GluA1-ホモメリック受容体(通常発現しているGluA2含有AMPA型受容体とは電流―電圧関係が異なり整流性を示すために、内在性のAMPA型受容体と電気生理学的に区別することができる)を海馬ニューロンに過剰発現させ、この外来性AMPA型受容体がLTP誘導後に実際にPSDへと移行していることを確かめることによって明らかにされた<ref name=Hayashi2000><pubmed>10731148</pubmed></ref>(30)。PSDへと集積するAMPA型受容体は、細胞内のプールからエクソサイトーシスによって活動依存的にPSDへと発現する(図2B:左)場合のほか<ref name=Kennedy2011><pubmed>21382547</pubmed></ref><ref name=Makino2009><pubmed>19914186</pubmed></ref><ref name=Patterson2010><pubmed>20733080</pubmed></ref>(31、32、33)、シナプス外(extrasynaptic site)に発現しているAMPA型受容体が側方拡散(lateral diffusion)によってPSDへと移行するという説(図2B:右)などが唱えられている<ref name=Choquet2003><pubmed>12671642</pubmed></ref><ref name=Opazo2012><pubmed>22051694</pubmed></ref>(34、35)。
 このシナプスでの神経伝達物質は、興奮性アミノ酸であるグルタミン酸で、LTPの誘導と発現には2種類のグルタミン酸受容体が関与している。通常のシナプス伝達はAMPA型受容体により媒介されており、NMDA型受容体は細胞外のマグネシウムブロックの存在により、機能していない(図1A)。刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウムイオンやカリウムイオンの移動とともに、カルシウムイオンの流入が引き起こされLTPが誘導される(図1B)。
 
 誘導刺激後、シナプス後肥厚部(postsynaptic density: PSD)にAMPA型受容体が集積することでシナプス応答の増強がおきると考えられている。これは、AMPA型受容体をGFPで蛍光ラベルして可視化する手法<ref name=Bosch2014><pubmed>24742465</pubmed></ref><ref name=Shi1999><pubmed>10364548</pubmed></ref>(28、29)や、GluA1-ホモメリック受容体(通常発現しているGluA2含有AMPA型受容体とは電流―電圧関係が異なり整流性を示すために、内在性のAMPA型受容体と電気生理学的に区別することができる)を海馬ニューロンに過剰発現させ、この外来性AMPA型受容体がLTP誘導後に実際にPSDへと移行していることを確かめることによって明らかにされた<ref name=Hayashi2000><pubmed>10731148</pubmed></ref>(30)。PSDへと集積するAMPA型受容体は、細胞内のプールからエクソサイトーシスによって活動依存的にPSDへと発現する(図2B:左)場合のほか<ref name=Kennedy2011><pubmed>21382547</pubmed></ref><ref name=Makino2009><pubmed>19914186</pubmed></ref><ref name=Patterson2010><pubmed>20733080</pubmed></ref>(31、32、33)、シナプス外(extrasynaptic site)に発現しているAMPA型受容体が側方拡散(lateral diffusion)によってPSDへと移行するという説(図2B:右)などが唱えられている<ref name=Choquet2003><pubmed>12671642</pubmed></ref><ref name=Opazo2012><pubmed>22051694</pubmed></ref>(34、35)。


細胞内へと流入したカルシウムイオンは、さまざまなシグナル伝達系を活性化することが知られているが、中でもLTPと密接に関連していると考えられているのが、カルシウム-カルモデュリン依存性キナーゼII(calcium-calmodulin-dependent kinase II: CaMKII)である<ref name=Lisman2012><pubmed>22334212</pubmed></ref>(36)。CaMKIIの基質にはAMPA型受容体も含まれており、CaMKIIによるAMPA型受容体のリン酸化がPSDへの受容体の移行を制御しているといった報告<ref name=Henley2016><pubmed>27080385</pubmed></ref><ref name=Huganir2013><pubmed>24183021</pubmed></ref>(37、38)や、AMPA型受容体のリン酸化により受容体の単一チャネルコンダクタンス(single-channel conductance)が上昇する(図2C)という報告もあるが<ref name=Benke1998><pubmed>9655394</pubmed></ref><ref name=Derkach1999><pubmed>10077673</pubmed></ref>(39、40)、CaMKIIには他にも数百に及ぶ基質が知られており<ref name=Hornbeck2015><pubmed>25514926 [https://www.phosphosite.org/ [URL<nowiki>]</nowiki>]</pubmed></ref>(41)、いずれの基質がLTPに重要であるのかは現在も検討が続いている状況である<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref>(42)。またCaMKIIは他のリン酸化酵素と異なり、シナプスでの発現量が非常に多く、その量はアクチンなどの細胞骨格に匹敵するほどであることに加え<ref name=Erondu1985><pubmed>4078628</pubmed></ref>(43)、12量体構造をとるといった特徴を持つことから<ref name=Hoelz2003><pubmed>12769848</pubmed></ref>(44)、単にリン酸化酵素として機能するにとどまらず、構造タンパクとしての側面がLTP制御の上で重要な役割を果たしている可能性も近年指摘されている<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref><ref name=Nicoll2023><pubmed>37290118</pubmed></ref>(42、45)。
 細胞内へと流入したカルシウムイオンは、さまざまなシグナル伝達系を活性化することが知られているが、中でもLTPと密接に関連していると考えられているのが、カルシウム-カルモデュリン依存性キナーゼII(calcium-calmodulin-dependent kinase II: CaMKII)である<ref name=Lisman2012><pubmed>22334212</pubmed></ref>(36)。CaMKIIの基質にはAMPA型受容体も含まれており、CaMKIIによるAMPA型受容体のリン酸化がPSDへの受容体の移行を制御しているといった報告<ref name=Henley2016><pubmed>27080385</pubmed></ref><ref name=Huganir2013><pubmed>24183021</pubmed></ref>(37、38)や、AMPA型受容体のリン酸化により受容体の単一チャネルコンダクタンス(single-channel conductance)が上昇する(図2C)という報告もあるが<ref name=Benke1998><pubmed>9655394</pubmed></ref><ref name=Derkach1999><pubmed>10077673</pubmed></ref>(39、40)、CaMKIIには他にも数百に及ぶ基質が知られており<ref name=Hornbeck2015><pubmed>25514926 [https://www.phosphosite.org/ [URL<nowiki>]</nowiki>]</pubmed></ref>(41)、いずれの基質がLTPに重要であるのかは現在も検討が続いている状況である<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref>(42)。またCaMKIIは他のリン酸化酵素と異なり、シナプスでの発現量が非常に多く、その量はアクチンなどの細胞骨格に匹敵するほどであることに加え<ref name=Erondu1985><pubmed>4078628</pubmed></ref>(43)、12量体構造をとるといった特徴を持つことから<ref name=Hoelz2003><pubmed>12769848</pubmed></ref>(44)、単にリン酸化酵素として機能するにとどまらず、構造タンパクとしての側面がLTP制御の上で重要な役割を果たしている可能性も近年指摘されている<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref><ref name=Nicoll2023><pubmed>37290118</pubmed></ref>(42、45)。


シナプス前性LTP(presynaptic LTP)
== シナプス前性LTP ==
シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が長期間にわたり増加する現象を指す。原理的には、ひとつのシナプス小胞内に含まれる神経伝達物質の量が増えることでもLTPが発現し得るが、ほとんどの場合は、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出確率が長期的に増加することにより発現する。
 シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が長期間にわたり増加する現象を指す。原理的には、ひとつのシナプス小胞内に含まれる神経伝達物質の量が増えることでもLTPが発現し得るが、ほとんどの場合は、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出確率が長期的に増加することにより発現する。


シナプス前性LTPの代表は、海馬CA3領域苔状線維 (mossy fiber) シナプスでのLTPである<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref><ref name=Zalutsky1990><pubmed>2114039</pubmed></ref>(27、46)。CA3錐体細胞への入力線維である苔状線維に100Hz程度の高頻度刺激を与えると、その直後にはシナプス応答が10倍程度に増大し(図3A、矢印)、それ以降は急速に漸減するが、約30分程度で、もとのレベルの2倍~数倍程度増強された状態で安定する。この際、シナプス後細胞の活動は必要なく、シナプス前終末の活動だけで誘導されることから、いわゆるヘブ型(Hebbian LTP)と区別し、非ヘブ型LTP(non-Hebbian LTP)と呼ばれる。長期的な放出確率の増大にシナプス前終末内のcAMPが関与していると考えられている<ref name=Weisskopf1994><pubmed>7916482</pubmed></ref>(47)。それに引き続く細胞内生化学過程についてはAキナーゼが関与するとの報告がある<ref name=Shahoha2022><pubmed>35444523</pubmed></ref> (48)。
 シナプス前性LTPの代表は、海馬CA3領域苔状線維 (mossy fiber) シナプスでのLTPである<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref><ref name=Zalutsky1990><pubmed>2114039</pubmed></ref>(27、46)。CA3錐体細胞への入力線維である苔状線維に100Hz程度の高頻度刺激を与えると、その直後にはシナプス応答が10倍程度に増大し(図3A、矢印)、それ以降は急速に漸減するが、約30分程度で、もとのレベルの2倍~数倍程度増強された状態で安定する。この際、シナプス後細胞の活動は必要なく、シナプス前終末の活動だけで誘導されることから、いわゆるヘブ型(Hebbian LTP)と区別し、非ヘブ型LTP(non-Hebbian LTP)と呼ばれる。長期的な放出確率の増大にシナプス前終末内のcAMPが関与していると考えられている<ref name=Weisskopf1994><pubmed>7916482</pubmed></ref>(47)。それに引き続く細胞内生化学過程についてはAキナーゼが関与するとの報告がある<ref name=Shahoha2022><pubmed>35444523</pubmed></ref> (48)。


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マウス海馬スライス標本の歯状回の細胞層にタングステン双極電極を刺入して顆粒細胞を電気刺激することにより苔状線維を発火させ、細胞外電位記録法によりCA3領域の透明層に刺入したガラス管記録電極で興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)を記録している。0.1Hzでベースラインの反応を記録したあと、図中の上向き矢印の時点で100Hzの高頻度刺激を1秒間与え、その後、0.1Hzに戻してさらに1時間以上EPSPを記録しているが、シナプス応答が約2倍に増大し、持続している。高頻度刺激を与える際にNMDA受容体のアンタゴニストであるD-APVを灌流投与した(グラフ中の黒いバー)条件下でLTPが誘導されていることから、苔状線維シナプスでのLTP誘導にはシナプス後細胞の活動が不要であることを示している。
マウス海馬スライス標本の歯状回の細胞層にタングステン双極電極を刺入して顆粒細胞を電気刺激することにより苔状線維を発火させ、細胞外電位記録法によりCA3領域の透明層に刺入したガラス管記録電極で興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)を記録している。0.1Hzでベースラインの反応を記録したあと、図中の上向き矢印の時点で100Hzの高頻度刺激を1秒間与え、その後、0.1Hzに戻してさらに1時間以上EPSPを記録しているが、シナプス応答が約2倍に増大し、持続している。高頻度刺激を与える際にNMDA受容体のアンタゴニストであるD-APVを灌流投与した(グラフ中の黒いバー)条件下でLTPが誘導されていることから、苔状線維シナプスでのLTP誘導にはシナプス後細胞の活動が不要であることを示している。
   
   
参考文献
== 参考文献 ==

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