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{{box|text= Nk2ホメオボックスファミリーは、胎生期の中枢神経系に発現し、その発生を制御する転写因子群である。本項では、Nk2ホメオボックスファミリーの分子構造や発現パターンに関する知見に加え、中枢神経系における機能がよく知られているNkx2-1やNkx2-2など、個別の分子の役割について要約する。}} | {{box|text= Nk2ホメオボックスファミリーは、胎生期の中枢神経系に発現し、その発生を制御する転写因子群である。本項では、Nk2ホメオボックスファミリーの分子構造や発現パターンに関する知見に加え、中枢神経系における機能がよく知られているNkx2-1やNkx2-2など、個別の分子の役割について要約する。}} | ||
== | == Nk2ホメオボックスファミリーとは == | ||
[[ | [[Nkホメオボックス]]ファミリーは、分子内に約60アミノ酸程度の[[ホメオボックスDNA結合ドメイン配列]]を共通して有する[[転写因子]]群である。[[ホメオボックス]]を持つ他の遺伝子と同じように、Nkホメオボックスファミリーも発生期の特定の細胞で発現し、その分化などを制御する働きを担っている。 | ||
Nkホメオボックスファミリーは、[[ショウジョウバエ]]を用いたホメオボックス転写因子のスクリーニング研究により、[[w:マーシャル・ニーレンバーグ|Nirenberg]]およびKimらによってはじめて同定された<ref name=Kim1989><pubmed>2573058</pubmed></ref>。[[ヒト]]や[[マウス]]では、[[ショウジョウバエ]]のNk遺伝子に相当する転写因子群が[[Nk1]]から[[Nk6]]まで存在し、各Nkファミリー内には複数の遺伝子が含まれる。その中で、ヒトではNk2ホメオボックスファミリーは、[[Nkx2-1]]から[[Nkx2-6]]、および[[Nkx2-8]](マウスでは[[Nkx2-9]])の7種の遺伝子が見つかっている。なお、[[Nkx2.1]]や[[Nkx2.2]]という表記も一般的に用いられるが、いずれもそれぞれNkx2-1、Nkx2-2と同一の遺伝子あるいはタンパク質を指す。本項では、正式名称である後者の表記に統一する。 | |||
[[ファイル:Goto NK2homeobox Fig.png|サムネイル|'''図1. Nkx2-2のドメイン構造'''<br>TN:Tinmanドメイン、HD:ホメオボックスドメイン、SD:Nk2 specificドメイン、TAD:Transactivation ドメイン]] | [[ファイル:Goto NK2homeobox Fig.png|サムネイル|'''図1. Nkx2-2のドメイン構造'''<br>TN:Tinmanドメイン、HD:ホメオボックスドメイン、SD:Nk2 specificドメイン、TAD:Transactivation ドメイン]] | ||
== 分子構造 == | == 分子構造 == | ||
Nk2ファミリー転写因子の遺伝子産物は、ファミリー間で保存されたドメイン構造を持っている。典型的な例として、Nkx2-2のドメイン構造を図1に示す。N末端側には[[Tinmanドメイン]](TN)、中央には[[ホメオボックスドメイン]](HD;[[ホメオドメイン]]とも呼ばれる)、C末端側に存在する[[Nk2特異的ドメイン]] (SD)およびト[[ランスアクティベーションドメイン]] (TADドメイン)である。ホメオボックスドメインはNk2ファミリーの機能において最も重要な構造であると考えられるが、他のドメインも転写調節に関与することが報告されている。TNドメインは、[[Engrailed1]]転写因子の一部に相同性の高い10アミノ酸程度の配列であり、[[Nkx2-2]]では他の転写抑制因子と相互作用することが報告されている<ref name=Evans1995><pubmed>8582297</pubmed></ref>。また、Nkx2-2ではC末端側のSDドメインが転写活性の調節に関与することが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。 | Nk2ファミリー転写因子の遺伝子産物は、ファミリー間で保存されたドメイン構造を持っている。典型的な例として、Nkx2-2のドメイン構造を図1に示す。N末端側には[[Tinmanドメイン]](TN)、中央には[[ホメオボックスドメイン]](HD;[[ホメオドメイン]]とも呼ばれる)、C末端側に存在する[[Nk2特異的ドメイン]] (SD)およびト[[ランスアクティベーションドメイン]] (TADドメイン)である。ホメオボックスドメインはNk2ファミリーの機能において最も重要な構造であると考えられるが、他のドメインも転写調節に関与することが報告されている。TNドメインは、[[Engrailed1]]転写因子の一部に相同性の高い10アミノ酸程度の配列であり、[[Nkx2-2]]では他の転写抑制因子と相互作用することが報告されている<ref name=Evans1995><pubmed>8582297</pubmed></ref>。また、Nkx2-2ではC末端側のSDドメインが転写活性の調節に関与することが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。 | ||
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Nkx2-1転写因子は、[[TTF-1]]とも呼ばれ最初は甲状腺に特異的な遺伝子の発現を制御する因子として見つかった<ref name=Civitareale1989><pubmed>2583123</pubmed></ref>。Nkx2-1は遺伝子欠損マウスを用いた解析から[[前脳]]、視床下部、[[下垂体]]、甲状腺、および肺の発生に重要であることが知られている<ref name=Kimura1996><pubmed>8557195</pubmed></ref>。 | Nkx2-1転写因子は、[[TTF-1]]とも呼ばれ最初は甲状腺に特異的な遺伝子の発現を制御する因子として見つかった<ref name=Civitareale1989><pubmed>2583123</pubmed></ref>。Nkx2-1は遺伝子欠損マウスを用いた解析から[[前脳]]、視床下部、[[下垂体]]、甲状腺、および肺の発生に重要であることが知られている<ref name=Kimura1996><pubmed>8557195</pubmed></ref>。 | ||
Nkz2-1は発生期の前脳腹側に一時的に形成される構造である[[内側基底核原基]] ([[medial ganglionic eminence]]; [[MGE]])の[[神経前駆細胞]] | Nkz2-1は発生期の前脳腹側に一時的に形成される構造である[[内側基底核原基]] ([[medial ganglionic eminence]]; [[MGE]])の[[神経前駆細胞]]に強い発現が認められる。MGEの神経前駆細胞は、GABA作動性抑制性神経細胞やコリン作動性神経細胞へと分化する。Nkx2-1は分化が決定づけられた細胞において、その下流の転写因子であるLhx6およびLhx8の発現を誘導する<ref name=Du2008><pubmed>18339674</pubmed></ref>。Lhx6は抑制性神経細胞への分化を、Lhx8はコリン作動性神経細胞への分化をそれぞれ制御する。ChIP-seqなどによる解析から、MGEに発現するNkx2-1は主に標的遺伝子の調節領域にある(G|C)CACT(C|T)AAというコンセンサス配列に結合することで下流因子の発現調節を行う。<ref name=Sandberg2016><pubmed>27657450</pubmed></ref>。分化した抑制性神経細胞は[[大脳皮質]]、線条体、および[[淡蒼球]]などへと移動し、神経回路網の形成に寄与する。大脳皮質へと移動する細胞では、Nkx2-1の発現は消失するが、線条体や淡蒼球へと寄与する細胞の一部ではNkx2-1の発現が継続して認められることが知られている。線条体では、Nkx2-1の発現が継続することで下流の[[Neuropilin2]]の発現を抑制し、その結果、線条体への細胞移動が可能になると考えられている<ref name=Nobrega-Pereira2008><pubmed>18786357</pubmed></ref>。 | ||
一方で、MGE由来の神経前駆細胞はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトや[[アストロサイト]]にも分化することが知られている。Nkx2-1-[[Cre]]マウスとレポーターマウスを用いた[[細胞系譜]]解析により、Nkx2-1陽性のMGE領域から分化した[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]では、Nkx2-1の発現が消失していることが明らかにされている。これらの細胞の一部は、背側の大脳皮質領域まで移動することが確認されているが、背側・腹側いずれの領域においても、成熟個体のオリゴデンドロサイトには寄与しないことが報告されている<ref name=Kessaris2006><pubmed>16388308</pubmed></ref>。また、Nkx2-1は[[脳梁]]のアストロサイトに発現し、その形成や増殖を制御することが報告されている<ref name=Minocha2015><pubmed>25904499</pubmed></ref>。 | 一方で、MGE由来の神経前駆細胞はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトや[[アストロサイト]]にも分化することが知られている。Nkx2-1-[[Cre]]マウスとレポーターマウスを用いた[[細胞系譜]]解析により、Nkx2-1陽性のMGE領域から分化した[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]では、Nkx2-1の発現が消失していることが明らかにされている。これらの細胞の一部は、背側の大脳皮質領域まで移動することが確認されているが、背側・腹側いずれの領域においても、成熟個体のオリゴデンドロサイトには寄与しないことが報告されている<ref name=Kessaris2006><pubmed>16388308</pubmed></ref>。また、Nkx2-1は[[脳梁]]のアストロサイトに発現し、その形成や増殖を制御することが報告されている<ref name=Minocha2015><pubmed>25904499</pubmed></ref>。 | ||
=== Nkx2-2 === | === Nkx2-2 === | ||
Nkx2- | Nkx2-2は膵臓や神経系の発生に重要な役割を果たすことがわかっている。in vitroの解析から、Nkx2-2が結合するコンセンサス配列はT(C|T)AAGT(G|A)(G|C)TTであることが報告されている<ref name=Watada2000><pubmed>10944215</pubmed></ref>。Nkx2-2は発生期神経管の腹側の脊髄神経幹細胞で発現し、それらの細胞は介在ニューロンの1種であるV3介在ニューロンへと分化する。また、[[Olig2]]転写因子を発現した細胞からオリゴデンドロサイト前駆細胞が分化すると考えられている<ref name=Briscoe1999><pubmed>10217145</pubmed></ref>。しかし、Nkx2-2を欠損した[[遺伝子改変マウス]]の解析からは、Nkx2-2はオリゴデンドロサイトへの初期分化には影響せず、むしろより後期の段階、すなわちオリゴデンドロサイトが分化してミエリンを形成する過程において、その分化を制御することがわかっている<ref name=Qi2001><pubmed>11526078</pubmed></ref>。 | ||
== 疾患との関わり == | == 疾患との関わり == | ||