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== スフィンゴミエリンとは == | == スフィンゴミエリンとは == | ||
1880年代にドイツの化学者Johann L. W. Thudicamによって脳組織から単離された脂質で、その謎の多い性質からギリシャ神話のスフィンクスになぞらえて、スフィンゴミエリン(スフィンゴミエリン)と名付けられた(Thudicum, 1884, in: A Treatise on the Chemical Constitution of Brain. (https://wellcomecollection.org/works/zcf2rr7p))。スフィンゴミエリンは細胞に豊富な膜構成脂質で、哺乳類<ref name=Ullman1974><pubmed>4817756</pubmed></ref>から線虫<ref name=Satouchi1993><pubmed>8231660</pubmed></ref>、マラリア寄生虫Plasmodium falciparum<ref name=Elmendorf1994><pubmed>8106545</pubmed></ref>のような原生動物類まで、さまざまな生物種に存在している<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。主要な膜構成スフィンゴ脂質の一つであり、多くの哺乳動物組織において全リン脂質の2-15%を占める<ref name=Koval1991><pubmed>2007175</pubmed></ref>。特に、赤血球、水晶体、末梢神経組織、脳などで高いレベルで存在する<ref name=Koval1991><pubmed>2007175</pubmed></ref><ref name=Talbott2000><pubmed>11030591</pubmed></ref>。その名前の元となったミエリン鞘においても検出される。また、スフィンゴミエリンは、単に細胞膜の主要構成脂質であるだけでなく、セラミドやスフィンゴシン-1-リン酸などのような生理活性脂質のリザーバーとしても重要である。スフィンゴミエリンの代謝酵素とこれら生理活性脂質がうつ病・統合失調症やアルツハイマー病など様々な精神・神経疾患に関与することが報告されている<ref name=Choi2024><pubmed>38337058</pubmed></ref><ref name=Zhuo2022><pubmed>35739089</pubmed></ref> | 1880年代にドイツの化学者Johann L. W. Thudicamによって脳組織から単離された脂質で、その謎の多い性質からギリシャ神話のスフィンクスになぞらえて、スフィンゴミエリン(スフィンゴミエリン)と名付けられた(Thudicum, 1884, in: A Treatise on the Chemical Constitution of Brain. (https://wellcomecollection.org/works/zcf2rr7p))。スフィンゴミエリンは細胞に豊富な膜構成脂質で、哺乳類<ref name=Ullman1974><pubmed>4817756</pubmed></ref>から線虫<ref name=Satouchi1993><pubmed>8231660</pubmed></ref>、マラリア寄生虫Plasmodium falciparum<ref name=Elmendorf1994><pubmed>8106545</pubmed></ref>のような原生動物類まで、さまざまな生物種に存在している<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。主要な膜構成スフィンゴ脂質の一つであり、多くの哺乳動物組織において全リン脂質の2-15%を占める<ref name=Koval1991><pubmed>2007175</pubmed></ref>。特に、赤血球、水晶体、末梢神経組織、脳などで高いレベルで存在する<ref name=Koval1991><pubmed>2007175</pubmed></ref><ref name=Talbott2000><pubmed>11030591</pubmed></ref>。その名前の元となったミエリン鞘においても検出される。また、スフィンゴミエリンは、単に細胞膜の主要構成脂質であるだけでなく、セラミドやスフィンゴシン-1-リン酸などのような生理活性脂質のリザーバーとしても重要である。スフィンゴミエリンの代謝酵素とこれら生理活性脂質がうつ病・統合失調症やアルツハイマー病など様々な精神・神経疾患に関与することが報告されている<ref name=Choi2024><pubmed>38337058</pubmed></ref><ref name=Zhuo2022><pubmed>35739089</pubmed></ref>。さらにスフィンゴミエリンはコレステロールとともに脂質ラフトとも呼ばれる膜ドメインの形成を通してタンパク質の膜分布を制御し、シグナル伝達等の細胞機能に関与していると考えられている。ここでは、疾患への関与とともに、最近報告された、細胞内におけるスフィンゴミエリンの動態やスフィンゴミエリン自体が細胞内でシグナルとして機能する例についても記述する。 | ||
== 基本骨格 == | == 基本骨格 == | ||
スフィンゴミエリンの構造は1927年にN-acyl-sphingosine-1-phosphorylcholine (ceramide-1-phosphorylcholine)であることが報告された (Pick and Bielchowsky, 1927, Klin. Wochenschr. )。すなわち、極性頭部であるホスホコリンが、リン酸ジエステル結合によってセラミドの水酸基と縮合した構造をとる('''図1''')。セラミド部分は、長鎖塩基のアミド基に様々な鎖長の脂肪酸がアミド結合した構造(N-アシル鎖)をとり、長鎖塩基は鎖長C18で、4位と5位の間にトランス二重結合をもつ、スフィンゴシン(sphingosine; 1,3-dihydroxy-2-amino-4-octadecene, d18:1)であることが多い。二重結合の飽和したジヒドロスフィンゴシン(dihydrosphingosine/sphinganine, d18:0)もまた少量であるが存在する。また、天然のスフィンゴミエリンの立体配置は、D-erythroであり、炭素骨格2位と3位の炭素に付加したアミド基と水酸基がそれぞれ2S、3Rの配置をとる<ref name=Shapiro>'''Shapiro, D., Flowers, H.M. (1962).'''<br>Studies on Sphingolipids. VII. Synthesis and Configuration of Natural Sphingomyelins. J. Am. Chem. Soc., 84(6), 1047–50. [https://doi.org/10.1021/ja00865a036 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</pubmed></ref>。N-アシル鎖の主要構成種は、飽和直鎖状の長鎖脂肪酸であるパルミチン酸(palmitic acid, C16:0)、ステアリン酸(stearic acid, C18:0)や極長鎖脂肪酸であるリグノセリン酸(lignoceric acid, C24:0)の他、一価不飽和のネルボン酸(nervonic acid, C24:1∆15c)も一般的である<ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref>が、4位の炭素に水酸基が付加したものや、トランス二重結合が完全に飽和したジヒドロスフィンゴミエリンも存在する。表皮角化細胞や男性生殖細胞では、極長鎖よりも長い(C26-C36)超長鎖脂肪酸をもつものが存在する<ref name=Sandhoff2010><pubmed>20035755</pubmed></ref>。 | スフィンゴミエリンの構造は1927年にN-acyl-sphingosine-1-phosphorylcholine (ceramide-1-phosphorylcholine)であることが報告された (Pick and Bielchowsky, 1927, Klin. Wochenschr. )。すなわち、極性頭部であるホスホコリンが、リン酸ジエステル結合によってセラミドの水酸基と縮合した構造をとる('''図1''')。セラミド部分は、長鎖塩基のアミド基に様々な鎖長の脂肪酸がアミド結合した構造(N-アシル鎖)をとり、長鎖塩基は鎖長C18で、4位と5位の間にトランス二重結合をもつ、スフィンゴシン(sphingosine; 1,3-dihydroxy-2-amino-4-octadecene, d18:1)であることが多い。二重結合の飽和したジヒドロスフィンゴシン(dihydrosphingosine/sphinganine, d18:0)もまた少量であるが存在する。また、天然のスフィンゴミエリンの立体配置は、D-erythroであり、炭素骨格2位と3位の炭素に付加したアミド基と水酸基がそれぞれ2S、3Rの配置をとる<ref name=Shapiro>'''Shapiro, D., Flowers, H.M. (1962).'''<br>Studies on Sphingolipids. VII. Synthesis and Configuration of Natural Sphingomyelins. J. Am. Chem. Soc., 84(6), 1047–50. [https://doi.org/10.1021/ja00865a036 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</pubmed></ref>。N-アシル鎖の主要構成種は、飽和直鎖状の長鎖脂肪酸であるパルミチン酸(palmitic acid, C16:0)、ステアリン酸(stearic acid, C18:0)や極長鎖脂肪酸であるリグノセリン酸(lignoceric acid, C24:0)の他、一価不飽和のネルボン酸(nervonic acid, C24:1∆15c)も一般的である<ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref>が、4位の炭素に水酸基が付加したものや、トランス二重結合が完全に飽和したジヒドロスフィンゴミエリンも存在する。表皮角化細胞や男性生殖細胞では、極長鎖よりも長い(C26-C36)超長鎖脂肪酸をもつものが存在する<ref name=Sandhoff2010><pubmed>20035755</pubmed></ref>。 | ||
同じ極性頭部、ホスホコリンを持つグリセロリン脂質、ホスファチジルコリン(PC)と異なり、スフィンゴミエリンは水素結合供与基(2位のアミノ基と3位の水酸基)を有しており(図1)、分子内、分子間で水素結合ネットワークを形成しうる<ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref><ref name=Slotte2016><pubmed>26656158</pubmed></ref> | 同じ極性頭部、ホスホコリンを持つグリセロリン脂質、ホスファチジルコリン(PC)と異なり、スフィンゴミエリンは水素結合供与基(2位のアミノ基と3位の水酸基)を有しており(図1)、分子内、分子間で水素結合ネットワークを形成しうる<ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref><ref name=Slotte2016><pubmed>26656158</pubmed></ref>。この性質が以下に述べるコレステロールとの相互作用による秩序液体(liquid-ordered (Lo))ドメインの形成において重要である。 | ||
図1. スフィンゴミエリンとPCの化学構造 | 図1. スフィンゴミエリンとPCの化学構造 | ||
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スフィンゴミエリンは細胞膜にその大部分(90%<ref name=Lange1989><pubmed>2917977</pubmed></ref>)が存在する一方で、トランスゴルジ体膜<ref name=Bakrac2008><pubmed>18442982</pubmed></ref><ref name=Deng2016><pubmed>27247384</pubmed></ref><ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>や後期エンドソーム・リソソーム<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>、リサイクリングエンドソーム<ref name=Yachi2012><pubmed>22747662</pubmed></ref>の他、核<ref name=Lazzarini2015><pubmed>26124436</pubmed></ref>にも存在する。 | スフィンゴミエリンは細胞膜にその大部分(90%<ref name=Lange1989><pubmed>2917977</pubmed></ref>)が存在する一方で、トランスゴルジ体膜<ref name=Bakrac2008><pubmed>18442982</pubmed></ref><ref name=Deng2016><pubmed>27247384</pubmed></ref><ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>や後期エンドソーム・リソソーム<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref>、リサイクリングエンドソーム<ref name=Yachi2012><pubmed>22747662</pubmed></ref>の他、核<ref name=Lazzarini2015><pubmed>26124436</pubmed></ref>にも存在する。 | ||
この細胞内局在は、スフィンゴミエリン合成酵素やスフィンゴミエリナーゼの局在を反映していると考えられる。上述のように、SMS1はゴルジ体膜に局在し、小胞体から輸送されたセラミドを基質にスフィンゴミエリンを合成する。スフィンゴミエリンは他のリン脂質と比べ、コレステロールとの親和性が高く<ref name=Engberg2016a><pubmed>27508438</pubmed></ref><ref name=Engberg2020><pubmed>32755561</pubmed></ref><ref name=Engberg2016b><pubmed>27074681</pubmed></ref><ref name=Jaikishan2011><pubmed>21515240</pubmed></ref>、細胞膜上では両者からなる微小な膜ドメイン(5-50 nm)(脂質ラフト)を形成すると考えられている<ref name=Eggeling2009><pubmed>19098897</pubmed></ref><ref name=Makino2017><pubmed>27492925</pubmed></ref><ref name=Pralle2000><pubmed>10704449</pubmed></ref><ref name=Prior2001><pubmed>11283610</pubmed></ref><ref name=Sharma2004><pubmed>14980224</pubmed></ref>。生合成されたコレステロールは、小胞体から輸送タンパク質OSBPによりトランスゴルジ体膜に供給され<ref name=Mesmin2013><pubmed>23283302</pubmed></ref>、ここで初めてスフィンゴミエリン/コレステロールの膜ドメインが形成されると推測されている<ref name=Lingwood2010><pubmed>20044567</pubmed></ref><ref name=Simons1997><pubmed>9177342</pubmed></ref><ref name=Surma2012><pubmed>22230596</pubmed></ref>。トランスゴルジ体膜で合成されたスフィンゴミエリンは、細胞膜へ向けた小胞輸送経路によって細胞膜に供給され<ref name=Deng2016><pubmed>27247384</pubmed></ref><ref name=Wakana2021><pubmed>33156328</pubmed></ref> 、また、GPI-アンカー型タンパク質のトランスゴルジネットワーク(TGN)におけるソーティング/輸送に関わっていると考えられている。 | |||
細胞膜ではスフィンゴミエリンは、外層(outer/ extracellular leaflet)に約90%が分布しているが<ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Murate2015><pubmed>25673880</pubmed></ref>、内層(inner/cytoplasmic leaflet)にも存在し、クラスターを形成している<ref name=Murate2015><pubmed>25673880</pubmed></ref>。この細胞質側のスフィンゴミエリンプールは、細胞膜外層のスフィンゴミエリンが細胞質の可溶性のPI(4,5)P2結合タンパク質peripheral myelin protein 2 (PMP2) 依存的なフリップにより生じる<ref name=Abe2021><pubmed>34758297</pubmed></ref>。細胞膜のスフィンゴミエリンは、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、後期エンドソーム・リソソームにおいて酸性スフィンゴミエリナーゼ(acid sphingomyelinase, aSMase)によって加水分解され、さらなる異化反応が進行する。中性スフィンゴミエリナーゼnSMase2の働きにより生じたセラミドが多胞体(mutivesicular body; MVB)からのエクソソーム(exosome、細胞間コミュニケーションに働くとされる)の放出のトリガーとなっていることが報告されている<ref name=Trajkovic2008><pubmed>18309083</pubmed></ref>。nSMase2の阻害により、それぞれ神経発達と神経変性に重要なマイクロRNA(miRNA)やクロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こすプリオンタンパク質等を含むエクソソーム分泌が減少する<ref name=Guo2015><pubmed>25505180</pubmed></ref><ref name=Kosaka2010><pubmed>20353945</pubmed></ref>。また、バクテリア感染細胞において、バクテリアを内包するダメージを受けたリソソームから細胞質側に露出したスフィンゴミエリンがシグナルとなり、オートファジーによる損傷リソソームの処理が開始することが明らかになってきている<ref name=Boyle2023><pubmed>37409490</pubmed></ref><ref name=Ellison2020><pubmed>32649908</pubmed></ref><ref name=Kaur2023><pubmed>37409525</pubmed></ref>。 | 細胞膜ではスフィンゴミエリンは、外層(outer/ extracellular leaflet)に約90%が分布しているが<ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Murate2015><pubmed>25673880</pubmed></ref>、内層(inner/cytoplasmic leaflet)にも存在し、クラスターを形成している<ref name=Murate2015><pubmed>25673880</pubmed></ref>。この細胞質側のスフィンゴミエリンプールは、細胞膜外層のスフィンゴミエリンが細胞質の可溶性のPI(4,5)P2結合タンパク質peripheral myelin protein 2 (PMP2) 依存的なフリップにより生じる<ref name=Abe2021><pubmed>34758297</pubmed></ref>。細胞膜のスフィンゴミエリンは、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、後期エンドソーム・リソソームにおいて酸性スフィンゴミエリナーゼ(acid sphingomyelinase, aSMase)によって加水分解され、さらなる異化反応が進行する。中性スフィンゴミエリナーゼnSMase2の働きにより生じたセラミドが多胞体(mutivesicular body; MVB)からのエクソソーム(exosome、細胞間コミュニケーションに働くとされる)の放出のトリガーとなっていることが報告されている<ref name=Trajkovic2008><pubmed>18309083</pubmed></ref>。nSMase2の阻害により、それぞれ神経発達と神経変性に重要なマイクロRNA(miRNA)やクロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こすプリオンタンパク質等を含むエクソソーム分泌が減少する<ref name=Guo2015><pubmed>25505180</pubmed></ref><ref name=Kosaka2010><pubmed>20353945</pubmed></ref>。また、バクテリア感染細胞において、バクテリアを内包するダメージを受けたリソソームから細胞質側に露出したスフィンゴミエリンがシグナルとなり、オートファジーによる損傷リソソームの処理が開始することが明らかになってきている<ref name=Boyle2023><pubmed>37409490</pubmed></ref><ref name=Ellison2020><pubmed>32649908</pubmed></ref><ref name=Kaur2023><pubmed>37409525</pubmed></ref>。 | ||
== | == 種類と作用、細胞における機能 == | ||
スフィンゴイド塩基の分子種は、スフィンゴシン(d18 :1) が最も一般的であるが、ジヒドロスフィンゴシン/スフィンガニン(d18 :0)もみられる。N-アシル基の脂肪酸としては、パルミチン酸(palmitic acid, C16:0)が哺乳動物末梢細胞では最も多く、極長鎖脂肪酸のリグノセリン酸(lignoceric acid, C24:0)や、一価不飽和のネルボン酸(nervonic acid, C24:1∆15c)も一般的である<ref name=Colbeau1971><pubmed>5134192</pubmed></ref><ref name=Dodge1967><pubmed>6057495</pubmed></ref><ref name=Gerl2012><pubmed>22249292</pubmed></ref><ref name=Keenan1970><pubmed>4312390</pubmed></ref><ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Pfleger1968><pubmed>4299085</pubmed></ref><ref name=Skotland2019><pubmed>31227693</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref><ref name=VanHoeven1975><pubmed>164234</pubmed></ref><ref name=Ways1964><pubmed>5873368</pubmed></ref><ref name=Wood1973><pubmed>4359202</pubmed></ref>。神経・脳組織では、ステアリン酸(C18:0)がより一般的である<ref name=O'Brien1965><pubmed>5865383</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref>。ブタ脳では、C18:0が45.5%、C24:0が23.3%を占める他、C16:0, C20:0, C22:0, C24:1は各々10%未満の少量である<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。牛乳では、C23:0が32.8%、C24:0が20%、C22:0が19.1%、C16:0が18.5%の他、C14:0、C18:0、C20:0、C24:1は各々10%未満の少量を構成する<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。鶏卵では、C16:0が83.9%を占める他、C18:0、C20:0、C22:0、C24:0は各々10%未満の少量である<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。 | スフィンゴイド塩基の分子種は、スフィンゴシン(d18 :1) が最も一般的であるが、ジヒドロスフィンゴシン/スフィンガニン(d18 :0)もみられる。N-アシル基の脂肪酸としては、パルミチン酸(palmitic acid, C16:0)が哺乳動物末梢細胞では最も多く、極長鎖脂肪酸のリグノセリン酸(lignoceric acid, C24:0)や、一価不飽和のネルボン酸(nervonic acid, C24:1∆15c)も一般的である<ref name=Colbeau1971><pubmed>5134192</pubmed></ref><ref name=Dodge1967><pubmed>6057495</pubmed></ref><ref name=Gerl2012><pubmed>22249292</pubmed></ref><ref name=Keenan1970><pubmed>4312390</pubmed></ref><ref name=Lorent2020><pubmed>32367017</pubmed></ref><ref name=Pfleger1968><pubmed>4299085</pubmed></ref><ref name=Skotland2019><pubmed>31227693</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref><ref name=VanHoeven1975><pubmed>164234</pubmed></ref><ref name=Ways1964><pubmed>5873368</pubmed></ref><ref name=Wood1973><pubmed>4359202</pubmed></ref>。神経・脳組織では、ステアリン酸(C18:0)がより一般的である<ref name=O'Brien1965><pubmed>5865383</pubmed></ref><ref name=Valsecchi2007><pubmed>17093290</pubmed></ref>。ブタ脳では、C18:0が45.5%、C24:0が23.3%を占める他、C16:0, C20:0, C22:0, C24:1は各々10%未満の少量である<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。牛乳では、C23:0が32.8%、C24:0が20%、C22:0が19.1%、C16:0が18.5%の他、C14:0、C18:0、C20:0、C24:1は各々10%未満の少量を構成する<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。鶏卵では、C16:0が83.9%を占める他、C18:0、C20:0、C22:0、C24:0は各々10%未満の少量である<ref name=Jendrasiak2001><pubmed>11687227</pubmed></ref>。 | ||
スフィンゴミエリンの主要な分子種は、上述のように、長鎖塩基部分ではトランスの二重結合、また飽和N-アシル基を有しており、他のリン脂質と比べ(例えば代表的なリン脂質C16:0/C18:1 PC (POPC)の相転移温度は約-4°C)、比較的高い相転移温度(C16:0 スフィンゴミエリン, 41°C)を示す<ref name=Bjorkqvist2009><pubmed>19272355</pubmed></ref> | スフィンゴミエリンの主要な分子種は、上述のように、長鎖塩基部分ではトランスの二重結合、また飽和N-アシル基を有しており、他のリン脂質と比べ(例えば代表的なリン脂質C16:0/C18:1 PC (POPC)の相転移温度は約-4°C)、比較的高い相転移温度(C16:0 スフィンゴミエリン, 41°C)を示す<ref name=Bjorkqvist2009><pubmed>19272355</pubmed></ref>。また、コレステロールは、他のリン脂質と比べ、スフィンゴミエリンと高い親和性を示す<ref name=Engberg2016a><pubmed>27508438</pubmed></ref><ref name=Engberg2020><pubmed>32755561</pubmed></ref><ref name=Engberg2016b><pubmed>27074681</pubmed></ref><ref name=Jaikishan2011><pubmed>21515240</pubmed></ref>。スフィンゴミエリン、不飽和PC、コレステロールから構成されるモデル膜は、生理的温度で、スフィンゴミエリンとコレステロールに富んだ秩序液体ドメイン(liquid-ordered domain, Lo domain)と不飽和PCに富んだ無秩序液体ドメイン(liquid-disordered domain, Ld domain)とに相分離する。Loドメインでは、脂質は緊密に充填されつつも流動性を保持した、アシル鎖部分の伸展した厚みのある膜ドメインを形成する一方、Ldドメインでは、脂質は不飽和脂肪酸鎖の配向がランダムな流動性の高い膜ドメインを形成する。このようなコレステロールとの相互作用に起因した膜側方面での相分離は、脂質ラフト仮説の論拠となっており、こうした微小Lo膜ドメインが、タンパク質の輸送、ソーティングやシグナル伝達などの足場として機能すると考えられている<ref name=Levental2020><pubmed>32302547</pubmed></ref><ref name=Lingwood2010><pubmed>20044567</pubmed></ref><ref name=Pabst2024><pubmed>38355393</pubmed></ref><ref name=Simons1997><pubmed>9177342</pubmed></ref><ref name=Simons2000><pubmed>11413487</pubmed></ref>。 | ||
ゴルジ体層間の輸送やゴルジ体から小胞体への逆行輸送(retrograde traffic)に働くコートマーCOPI complexのコンポーネントであるp24の膜貫通領域の特異的な配列(VXXTLXXIY)がC18:0 スフィンゴミエリンのアシル鎖と相互作用する<ref name=Contreras2012><pubmed>22230960</pubmed></ref> | ゴルジ体層間の輸送やゴルジ体から小胞体への逆行輸送(retrograde traffic)に働くコートマーCOPI complexのコンポーネントであるp24の膜貫通領域の特異的な配列(VXXTLXXIY)がC18:0 スフィンゴミエリンのアシル鎖と相互作用する<ref name=Contreras2012><pubmed>22230960</pubmed></ref>。ゴルジ体膜に比べCOPI小胞は、スフィンゴミエリンとコレステロールが有意に少ない<ref name=Brugger2000><pubmed>11062253</pubmed></ref>が、この特異的相互作用によりC18 :0 スフィンゴミエリンがCOPI小胞でp24のオリゴマー状態を制御すると考えられている<ref name=Contreras2012><pubmed>22230960</pubmed></ref>。 | ||
遊走細胞では、細胞質物質を内包したmigrasomeと呼ばれる膜小胞が遊走方向とは逆向きに進展したretraction fibersに沿って形成し<ref name=Ma2015><pubmed>25342562</pubmed></ref>、器官形態形成<ref name=Jiang2019><pubmed>31371827</pubmed></ref>、胎生血管新生<ref name=Zhang2022><pubmed>36443426</pubmed></ref>、細胞内mRNA輸送<ref name=Zhu2021><pubmed>32994478</pubmed></ref>やミトンコンドリア品質管理<ref name=Jiao2021><pubmed>34048705</pubmed></ref>に役割を果たしていると考えられている。このmigrasomeは、初め遊走細胞の進行方向側端にスフィンゴミエリンS2が蓄積した不動な部位として生成するが、細胞の遊走に伴い、細胞後方からretraction fibersへと成長しながら移動することが報告されている<ref name=Liang2023><pubmed>37488437</pubmed></ref>。Migrasomeはスフィンゴミエリンに富んでおり、SMS2がその合成を担っていると考えられ、併せてCeramide synthase 5 (CerS5)とCERTもmigrasome生成に必要な分子として同定された<ref name=Liang2023><pubmed>37488437</pubmed></ref>。 | 遊走細胞では、細胞質物質を内包したmigrasomeと呼ばれる膜小胞が遊走方向とは逆向きに進展したretraction fibersに沿って形成し<ref name=Ma2015><pubmed>25342562</pubmed></ref>、器官形態形成<ref name=Jiang2019><pubmed>31371827</pubmed></ref>、胎生血管新生<ref name=Zhang2022><pubmed>36443426</pubmed></ref>、細胞内mRNA輸送<ref name=Zhu2021><pubmed>32994478</pubmed></ref>やミトンコンドリア品質管理<ref name=Jiao2021><pubmed>34048705</pubmed></ref>に役割を果たしていると考えられている。このmigrasomeは、初め遊走細胞の進行方向側端にスフィンゴミエリンS2が蓄積した不動な部位として生成するが、細胞の遊走に伴い、細胞後方からretraction fibersへと成長しながら移動することが報告されている<ref name=Liang2023><pubmed>37488437</pubmed></ref>。Migrasomeはスフィンゴミエリンに富んでおり、SMS2がその合成を担っていると考えられ、併せてCeramide synthase 5 (CerS5)とCERTもmigrasome生成に必要な分子として同定された<ref name=Liang2023><pubmed>37488437</pubmed></ref>。 | ||
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== 疾患との関連 == | == 疾患との関連 == | ||
哺乳動物ミエリン膜では、脂質の含量が約70%と非常に高く<ref name=DeVries1981><pubmed>7240954</pubmed></ref><ref name=Gent1964><pubmed>14238160</pubmed></ref><ref name=Norton1965><pubmed>14313516</pubmed></ref><ref name=Norton1973><pubmed>4754856</pubmed></ref><ref name=Svennerholm1992><pubmed>1390872</pubmed></ref> | 哺乳動物ミエリン膜では、脂質の含量が約70%と非常に高く<ref name=DeVries1981><pubmed>7240954</pubmed></ref><ref name=Gent1964><pubmed>14238160</pubmed></ref><ref name=Norton1965><pubmed>14313516</pubmed></ref><ref name=Norton1973><pubmed>4754856</pubmed></ref><ref name=Svennerholm1992><pubmed>1390872</pubmed></ref>、特徴的な脂質組成を示す。コレステロールとガラクトシルセラミドが、ミエリン鞘において、27-28%、20-24%の割合で存在するのに対し<ref name=Garbay2000><pubmed>10727776</pubmed></ref><ref name=Norton1973><pubmed>4754856</pubmed></ref><ref name=Ozgen2016><pubmed>27141942</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンは、中枢、末梢神経系のミエリンにおいて、それぞれ6%、13%を占める<ref name=Poitelon2020><pubmed>32230947</pubmed></ref>。SGMS1あるいはSGMS2のノックアウトマウスでは、ミエリンに障害は観察されないが、酸性スフィンゴミエリナーゼの遺伝・薬理的阻害は、cuprizoneによる脱髄マウスモデルにおいて、有意なミエリンの回復が見られ、スフィンゴミエリンのミエリン鞘における役割が示唆されている<ref name=Chami2017><pubmed>28582448</pubmed></ref>。 | ||
アルツハイマー病において、スフィンゴミエリンとコレステロールレベルが、γ―セクレターゼの活性制御を通して、ベータアミロイド前駆体タンパク質(APP)のアミロイドベータ(A)への切断をコントロールすること、また異なる切断産物が代謝酵素の制御を通じて、スフィンゴミエリンとコレステロールレベルを変化させることが報告されている<ref name=Grimm2005><pubmed>16227967</pubmed></ref>。 | |||
細胞膜外層のスフィンゴミエリンをフリップし、内層のスフィンゴミエリンプールを生じるPMP2をコードする遺伝子は、遺伝性の運動・感覚性神経障害、シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease (CMT))のうち、脱髄が顕著なCMT1の原因遺伝子の一つとして知られている。PMP2の点変異I43NはCMT1家系で常染色体優性の病因性変異であることが示唆されている<ref name=Gonzaga-Jauregui2015><pubmed>26257172</pubmed></ref><ref name=Hong2016><pubmed>26828946</pubmed></ref>。PMP2 I43Nは野生型タンパク質に比べ、PI(4,5)P2へ高い親和性を示し、スフィンゴミエリンのフリップを亢進する、機能獲得型変異であることが示唆された<ref name=Abe2021><pubmed>34758297</pubmed></ref>。 | 細胞膜外層のスフィンゴミエリンをフリップし、内層のスフィンゴミエリンプールを生じるPMP2をコードする遺伝子は、遺伝性の運動・感覚性神経障害、シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease (CMT))のうち、脱髄が顕著なCMT1の原因遺伝子の一つとして知られている。PMP2の点変異I43NはCMT1家系で常染色体優性の病因性変異であることが示唆されている<ref name=Gonzaga-Jauregui2015><pubmed>26257172</pubmed></ref><ref name=Hong2016><pubmed>26828946</pubmed></ref>。PMP2 I43Nは野生型タンパク質に比べ、PI(4,5)P2へ高い親和性を示し、スフィンゴミエリンのフリップを亢進する、機能獲得型変異であることが示唆された<ref name=Abe2021><pubmed>34758297</pubmed></ref>。 | ||
aSMase(遺伝子SMPD1)はリソソームにおいて、スフィンゴミエリンの異化を担うホスホジエステラーゼ(SM phosphodiesterase, E.C. 3.1.4.12)であるが、常染色体劣性リソソーム病であるニーマンピック病A型およびB型(Niemann-Pick disease type A/B, NPA/B)の原因遺伝子でもある<ref name=Schuchman2017><pubmed>28164782</pubmed></ref>。NPA患者細胞では、酵素活性欠損により<ref name=Brady1966><pubmed>5220952</pubmed></ref>、基質であるスフィンゴミエリンがエンドソーム/リソソームに蓄積する<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref><ref name=Kiyokawa2004><pubmed>15274631</pubmed></ref><ref name=Yamaji1998><pubmed>9478988</pubmed></ref>。A型の患者は、生後1年以内に肝脾腫や発育不良を示し、急速に進行する神経変性を伴い、発達遅延が著しく、3年以内に死亡する。B型の患者では、中枢神経系の異常は見られないが、重度の肝脾腫や肝不全が現れ、血中の中性脂肪や低密度リポタンパク質(LDL) | aSMase(遺伝子SMPD1)はリソソームにおいて、スフィンゴミエリンの異化を担うホスホジエステラーゼ(SM phosphodiesterase, E.C. 3.1.4.12)であるが、常染色体劣性リソソーム病であるニーマンピック病A型およびB型(Niemann-Pick disease type A/B, NPA/B)の原因遺伝子でもある<ref name=Schuchman2017><pubmed>28164782</pubmed></ref>。NPA患者細胞では、酵素活性欠損により<ref name=Brady1966><pubmed>5220952</pubmed></ref>、基質であるスフィンゴミエリンがエンドソーム/リソソームに蓄積する<ref name=Kiyokawa2005><pubmed>15840575</pubmed></ref><ref name=Kiyokawa2004><pubmed>15274631</pubmed></ref><ref name=Yamaji1998><pubmed>9478988</pubmed></ref>。A型の患者は、生後1年以内に肝脾腫や発育不良を示し、急速に進行する神経変性を伴い、発達遅延が著しく、3年以内に死亡する。B型の患者では、中枢神経系の異常は見られないが、重度の肝脾腫や肝不全が現れ、血中の中性脂肪や低密度リポタンパク質(LDL) コレステロールレベルが高くなる<ref name=Schuchman2017><pubmed>28164782</pubmed></ref>。当該疾患では、後期エンドソーム・リソソームに局在するコレステロールトランスポーターNPC1、NPC2欠損によるニーマンピック病C型と同様、コレステロールの蓄積が観察されるが、これはaSMase欠損により蓄積したスフィンゴミエリンがコレステロールと相互作用することにより、NPC2によるコレステロール輸送を阻害していると考えられる<ref name=Oninla2014><pubmed>25339683</pubmed></ref>。 | ||
aSMaseと酸性セラミダーゼ(aCDase)が、炎症性サイトカインTNF-やIL-1刺激に応じたIL-6やCC-chemokine ligand5 (CCL5)の産生を正に調節する一方で、スフィンゴシンキナーゼ(SphK2)は負に調節していることが示されている<ref name=Jenkins2011><pubmed>21335555</pubmed></ref>。すなわち、スフィンゴシンがCCL5の産生に重要であることが示唆されている。CCL5の過剰産生は、動脈硬化、喘息やがんを含む疾患に関連付けられている<ref name=Jenkins2011><pubmed>21335555</pubmed></ref>。臨床では、血清中のaSMaseレベルにより全身性の炎症進展のリスクがある患者の死亡率を予見しうることが報告されている<ref name=Kott2014><pubmed>25384060</pubmed></ref>。 | aSMaseと酸性セラミダーゼ(aCDase)が、炎症性サイトカインTNF-やIL-1刺激に応じたIL-6やCC-chemokine ligand5 (CCL5)の産生を正に調節する一方で、スフィンゴシンキナーゼ(SphK2)は負に調節していることが示されている<ref name=Jenkins2011><pubmed>21335555</pubmed></ref>。すなわち、スフィンゴシンがCCL5の産生に重要であることが示唆されている。CCL5の過剰産生は、動脈硬化、喘息やがんを含む疾患に関連付けられている<ref name=Jenkins2011><pubmed>21335555</pubmed></ref>。臨床では、血清中のaSMaseレベルにより全身性の炎症進展のリスクがある患者の死亡率を予見しうることが報告されている<ref name=Kott2014><pubmed>25384060</pubmed></ref>。 | ||
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SMS2は骨組織で高い発現レベルを示し、そのヘテロ接合変異が、常染色体優性遺伝疾患、腓骨ドーナツ病変を伴う骨粗しょう症(osteoporosis with calvarial doughnut lesions, O0-CDL: OMIM #126550)の原因変異として同定されている<ref name=Pekkinen2019><pubmed>30779713</pubmed></ref>。シビアな変異I62SやM64Rをもつ病原性SMS2は小胞体から出ることができず、小胞体でスフィンゴミエリン を合成/蓄積することで、細胞内の脂質プロファイルに変化を生じる<ref name=Sokoya2022><pubmed>36102623</pubmed></ref>。 | SMS2は骨組織で高い発現レベルを示し、そのヘテロ接合変異が、常染色体優性遺伝疾患、腓骨ドーナツ病変を伴う骨粗しょう症(osteoporosis with calvarial doughnut lesions, O0-CDL: OMIM #126550)の原因変異として同定されている<ref name=Pekkinen2019><pubmed>30779713</pubmed></ref>。シビアな変異I62SやM64Rをもつ病原性SMS2は小胞体から出ることができず、小胞体でスフィンゴミエリン を合成/蓄積することで、細胞内の脂質プロファイルに変化を生じる<ref name=Sokoya2022><pubmed>36102623</pubmed></ref>。 | ||
=== ウイルス感染との関連 === | === ウイルス感染との関連 === | ||
ヒト免疫不全症候群ウイルス1型 (HIV-1, human immunodeficiency virus type-I)は、エンベロープウイルスであり、複製されたウイルスは、感染細胞の細胞膜で形成、出芽し、細胞外へ放出される。ウイルスエンベロープのリピドミクス解析では<ref name=Aloia1993><pubmed>8389472</pubmed></ref><ref name=Brugger2006><pubmed>16481622</pubmed></ref><ref name=Chan2008><pubmed>18799574</pubmed></ref><ref name=Lorizate2013><pubmed>23279151</pubmed></ref><ref name=Mucksch2019><pubmed>31776383</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンが感染細胞の細胞膜に比べ濃縮されていることが報告されている<ref name=Chan2008><pubmed>18799574</pubmed></ref><ref name=Lorizate2013><pubmed>23279151</pubmed></ref>114] | ヒト免疫不全症候群ウイルス1型 (HIV-1, human immunodeficiency virus type-I)は、エンベロープウイルスであり、複製されたウイルスは、感染細胞の細胞膜で形成、出芽し、細胞外へ放出される。ウイルスエンベロープのリピドミクス解析では<ref name=Aloia1993><pubmed>8389472</pubmed></ref><ref name=Brugger2006><pubmed>16481622</pubmed></ref><ref name=Chan2008><pubmed>18799574</pubmed></ref><ref name=Lorizate2013><pubmed>23279151</pubmed></ref><ref name=Mucksch2019><pubmed>31776383</pubmed></ref>、スフィンゴミエリンが感染細胞の細胞膜に比べ濃縮されていることが報告されている<ref name=Chan2008><pubmed>18799574</pubmed></ref><ref name=Lorizate2013><pubmed>23279151</pubmed></ref>114]。これらの結果は、スフィンゴミエリン、コレステロールに特異的に結合するタンパク質(脂質プローブ)と先端顕微鏡技術の使用によって確認され、スフィンゴミエリン やコレステロールが細胞膜上のウイルス形成部位に濃縮されることが観察されている<ref name=Favard2019><pubmed>31616784</pubmed></ref><ref name=Sengupta2019><pubmed>30936472</pubmed></ref><ref name=Tomishige2023><pubmed>37990014</pubmed></ref>。セラミド合成酵素阻害剤fumonisin B1処理は、産生されたウイルスの感染性を減少する<ref name=Brugger2006><pubmed>16481622</pubmed></ref>。宿主由来の中性スフィンゴミエリナーゼ(nSMase2)がウイルスに取り込まれ、その活性がウイルス成熟に重要であることが報告された<ref name=Waheed2023><pubmed>37406093</pubmed></ref><ref name=Yoo2023><pubmed>37406092</pubmed></ref>。nSMase2の薬理的、遺伝的阻害は、ウイルスプロテアーゼ活性低下によるウイルス成熟を阻害し、ウイルスの感染性を低下させる<ref name=Waheed2023><pubmed>37406093</pubmed></ref><ref name=Yoo2023><pubmed>37406092</pubmed></ref>。 | ||
C型肝炎ウイルス(Hepatitis C | C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus)のエンベロープのリピドミクス解析によって、スフィンゴミエリン、コレステロールエステルが濃縮されている一方で、PC、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)などが減少していることが明らかになっている<ref name=Merz2011><pubmed>21056986</pubmed></ref>。ウイルス粒子のスフィンゴミエリナーゼ処理は、ウイルスの取り込みを阻害し、ウイルスの感染性を低下する<ref name=Aizaki2008><pubmed>18367533</pubmed></ref>。また、細胞のスフィンゴ脂質生合成の阻害剤処理は、ウイルス産生を阻害する<ref name=Aizaki2008><pubmed>18367533</pubmed></ref>。 | ||
ウエストナイルウイルス(WNV)のエンベロープには、スフィンゴミエリンが濃縮されている<ref name=Martin-Acebes2014><pubmed>25122799</pubmed></ref>。感染細胞のnSMase阻害剤処理は、WNVの産生を減少する。WNVの感染はaSMase欠損マウスや、ニーマンピックA患者由来の細胞など、スフィンゴミエリンが蓄積していると考えられる細胞で増加する<ref name=Martin-Acebes2016><pubmed>26764042</pubmed></ref>。培養細胞へのスフィンゴミエリンの添加は、WNV感染を増加する一方で、スフィンゴミエリン合成阻害剤処理は、WNV感染を減少する。共焦点顕微鏡観察では、WNV感染細胞においてスフィンゴミエリンとWNV double-strand RNAが共局在する。このようにスフィンゴミエリンは、WNVの異なる二つのステップに重要な役割を果たしている。 | ウエストナイルウイルス(WNV)のエンベロープには、スフィンゴミエリンが濃縮されている<ref name=Martin-Acebes2014><pubmed>25122799</pubmed></ref>。感染細胞のnSMase阻害剤処理は、WNVの産生を減少する。WNVの感染はaSMase欠損マウスや、ニーマンピックA患者由来の細胞など、スフィンゴミエリンが蓄積していると考えられる細胞で増加する<ref name=Martin-Acebes2016><pubmed>26764042</pubmed></ref>。培養細胞へのスフィンゴミエリンの添加は、WNV感染を増加する一方で、スフィンゴミエリン合成阻害剤処理は、WNV感染を減少する。共焦点顕微鏡観察では、WNV感染細胞においてスフィンゴミエリンとWNV double-strand RNAが共局在する。このようにスフィンゴミエリンは、WNVの異なる二つのステップに重要な役割を果たしている。 | ||
インフルエンザA型ウイルス(IAV)もまた、感染細胞の細胞膜上の脂質マイクロドメイン“脂質ラフト”の感染と出芽への関与が報告されている<ref name=Eierhoff2010><pubmed>20844577</pubmed></ref><ref name=Verma2018><pubmed>30453689</pubmed></ref>。スフィンゴミエリン特異的な関与については、遺伝的あるいは薬理的にスフィンゴミエリンS1を阻害した細胞では、新しいウイルス粒子の成熟と産生が遅れることが報告されている <ref name=Tafesse2013><pubmed>23576732</pubmed></ref>。ウイルス粒子のスフィンゴミエリナーゼ処理は、感染性を低下し、ウイルスの膜への付着と細胞内への取り込みを阻害した。また、細胞のスフィンゴミエリナーゼ処理は、ウイルス感染、取り込みを減少し、細胞への外来性のスフィンゴミエリン添加は感染を亢進した<ref name=Audi2020><pubmed>32425895</pubmed></ref> | インフルエンザA型ウイルス(IAV)もまた、感染細胞の細胞膜上の脂質マイクロドメイン“脂質ラフト”の感染と出芽への関与が報告されている<ref name=Eierhoff2010><pubmed>20844577</pubmed></ref><ref name=Verma2018><pubmed>30453689</pubmed></ref>。スフィンゴミエリン特異的な関与については、遺伝的あるいは薬理的にスフィンゴミエリンS1を阻害した細胞では、新しいウイルス粒子の成熟と産生が遅れることが報告されている <ref name=Tafesse2013><pubmed>23576732</pubmed></ref>。ウイルス粒子のスフィンゴミエリナーゼ処理は、感染性を低下し、ウイルスの膜への付着と細胞内への取り込みを阻害した。また、細胞のスフィンゴミエリナーゼ処理は、ウイルス感染、取り込みを減少し、細胞への外来性のスフィンゴミエリン添加は感染を亢進した<ref name=Audi2020><pubmed>32425895</pubmed></ref>。またスフィンゴミエリンとコレステロールの複合体に特異的に結合するタンパク質、NakanoriによりMDCK細胞からのウイルスの出芽が抑えられた<ref name=Makino2017><pubmed>27492925</pubmed></ref> | ||
== 特異的標的毒素とその可視化技術への利用 == | == 特異的標的毒素とその可視化技術への利用 == | ||
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人工膜を用いて、NT-LysがLoドメインの、EqtIIはLdドメインのスフィンゴミエリン に結合するという差異が観察されている<ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。これはNT-Lysがクラスター化したスフィンゴミエリン を好むのに対し、EqtIIは密度の低いスフィンゴミエリン に結合することを反映していると推測されている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。 | 人工膜を用いて、NT-LysがLoドメインの、EqtIIはLdドメインのスフィンゴミエリン に結合するという差異が観察されている<ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。これはNT-Lysがクラスター化したスフィンゴミエリン を好むのに対し、EqtIIは密度の低いスフィンゴミエリン に結合することを反映していると推測されている<ref name=Kobayashi2021><pubmed>37366372</pubmed></ref><ref name=Makino2015><pubmed>25389132</pubmed></ref>。 | ||
=== スフィンゴミエリン / | === スフィンゴミエリン /コレステロール複合体特異的毒素・結合タンパク質 === | ||
キノコ由来のAegerolysinsは、二つのサブユニットから構成される孔形成毒素の約15 kDaの膜結合サブユニットである。類似したタンパクであるOstreolysin A (OlyA)<ref name=Skocaj2014><pubmed>24664106</pubmed></ref>、pleurotolysin A2 (PlyA2)<ref name=Bhat2013><pubmed>23918047</pubmed></ref>の脂質結合性が解析され、スフィンゴミエリン/ | キノコ由来のAegerolysinsは、二つのサブユニットから構成される孔形成毒素の約15 kDaの膜結合サブユニットである。類似したタンパクであるOstreolysin A (OlyA)<ref name=Skocaj2014><pubmed>24664106</pubmed></ref>、pleurotolysin A2 (PlyA2)<ref name=Bhat2013><pubmed>23918047</pubmed></ref>の脂質結合性が解析され、スフィンゴミエリン/コレステロールの複合体に結合することが報告された。OlyAは、コレステロールとの複合体形成時の極性頭部が膜面へ傾いたコンフォメーションのスフィンゴミエリン を認識することが推測されている<ref name=Endapally2019><pubmed>30712872</pubmed></ref>。これらのタンパク質のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体に対する結合定数は非常に弱く、求められていないが、CPE/コレステロール複合体には高い親和性で結合する(OlyA, KD = 1.2 x 10-9 M; PlyA2, KD = 1.2 x 10-8 M)<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref>。類似タンパクであるErylysin A (EryA) はCPE/コレステロールには結合するがスフィンゴミエリン/コレステロールには結合しない<ref name=Bhat2015><pubmed>26060215</pubmed></ref> | ||
Nakanoriもまたキノコ由来のスフィンゴミエリン/ | Nakanoriもまたキノコ由来のスフィンゴミエリン/コレステロール複合体結合タンパク質であるが、他のスフィンゴミエリン やスフィンゴミエリン/コレステロール結合タンパク質とは配列類似性を持たず、毒性を示さない。一方Nakanoriの立体構造はスチコライシン、エキナトキシン等のアクチノポリンと類似しているがN末に30残基のアミノ酸を余分に持っている点が異なっている。Nakanoriはスフィンゴミエリン/コレステロールへの高い親和性を示す(KD = 1.2 x 10-9 M)<ref name=Makino2017><pubmed>27492925</pubmed></ref>。 | ||
== 参考文献== | == 参考文献== | ||