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== 歴史的背景 ==
== 歴史的背景 ==
[[ファイル:Nakagawa MEMO1 Fig1.png|サムネイル|'''図1. MEMO1タンパク質の構造'''<br>ヒトMEMO1タンパク質の立体構造(Protein Data Bank {{PDB|2arv.pdb}}より引用)。推定される金属イオン結合ポケットを構成するアミノ酸残基である49、81、192番目のヒスチジン(赤)、189番目のアスパラギン酸(黄)、244番目のシステイン(青)が表示されている。]]
[[ファイル:Nakagawa MEMO1 Fig2.png|サムネイル|'''図2. MEMO1とジオキシゲナーゼとの類似性'''<br>ヒトMEMO1(上)とSphingomonas paucimobilisの非ヘム鉄依存性ジオキシゲナーゼLigB(下)との1次構造比較。MEMO1とLigBはアミノ酸配列の相同性は高くない(<15%)が、立体構造には類似性が認められる<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。LigBにおいて鉄イオンとの結合に重要な12番目と61番目のヒスチジン(H12、H61)および242番目のグルタミン酸(E242)、そして触媒活性に必要な195番目のヒスチジン(H195)は、一部異なるもののそれぞれMEMO1で保存されている(H49、H81、H192、およびC244)。]]
 Mediator of ERBB2-driven cell motility 1 (MEMO1)は、MEMO1遺伝子によりコードされ、[[ヒト]]では297アミノ酸から成る分子量約33kDaのタンパク質である。[[乳がん]]の[[転移]]メカニズムの研究において、がん悪性化に関わる[[受容体型チロシンキナーゼ]][[Erb-b2 receptor tyrosine kinase 2]]([[ERBB2]]、[[HER2]]としても知られる)の細胞内[[アダプタータンパク質]]として2004年に同定された<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>。
 Mediator of ERBB2-driven cell motility 1 (MEMO1)は、MEMO1遺伝子によりコードされ、[[ヒト]]では297アミノ酸から成る分子量約33kDaのタンパク質である。[[乳がん]]の[[転移]]メカニズムの研究において、がん悪性化に関わる[[受容体型チロシンキナーゼ]][[Erb-b2 receptor tyrosine kinase 2]]([[ERBB2]]、[[HER2]]としても知られる)の細胞内[[アダプタータンパク質]]として2004年に同定された<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>。


 MEMO1の遺伝子は[[アーキア]]、[[バクテリア]]から[[真核生物]]まで保存されており、タンパク質はバクテリアの非ヘム鉄依存性[[ジオキシゲナーゼ]]と構造的類似性がある(図1、2)<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。[[銅]]イオンと結合し細胞内[[レドックス制御]]に関わることが示され、MEMO1機能の多面性が明らかとなってきた<ref name=MacDonald2014><pubmed>24917593</pubmed></ref><ref name=Zhang2022><pubmed>36067318</pubmed></ref>。
 MEMO1の遺伝子は[[アーキア]]、[[バクテリア]]から[[真核生物]]まで保存されており、タンパク質はバクテリアの非ヘム鉄依存性[[ジオキシゲナーゼ]]と構造的類似性がある('''図1、2''')<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。[[銅]]イオンと結合し細胞内[[レドックス制御]]に関わることが示され、MEMO1機能の多面性が明らかとなってきた<ref name=MacDonald2014><pubmed>24917593</pubmed></ref><ref name=Zhang2022><pubmed>36067318</pubmed></ref>。


 これまでに報告されているMEMO1の主な細胞内機能は[[シグナル伝達]]制御、[[細胞骨格]]系の制御、細胞内レドックス制御であり、これらの機能によって生体における様々な生理的・病理的現象に関与することがわかってきている。MEMO1は神経系組織にも発現しており、[[大脳皮質]]や[[小脳]]において組織の発生に関わることが示されている。
 これまでに報告されているMEMO1の主な細胞内機能は[[シグナル伝達]]制御、[[細胞骨格]]系の制御、細胞内レドックス制御であり、これらの機能によって生体における様々な生理的・病理的現象に関与することがわかってきている。MEMO1は神経系組織にも発現しており、[[大脳皮質]]や[[小脳]]において組織の発生に関わることが示されている。
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=== 細胞内分布 ===
=== 細胞内分布 ===
 細胞内では、MEMO1は[[細胞質]]に存在する<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>。
 細胞内では、MEMO1は[[細胞質]]に存在する<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>。
 
[[ファイル:Nakagawa MEMO1 Fig3.png|サムネイル|'''図3. MEMO1タンパク質の機能'''<br>MEMO1の主要な細胞内機能は、シグナル伝達の制御(A)、細胞骨格系の制御(B)、レドックス制御(C)である。]]
== 機能 ==
== 機能 ==
=== タンパク質レベルでの機能 ===
=== タンパク質レベルでの機能 ===
 これまでに報告されているMEMO1タンパク質の主な機能は、シグナル伝達制御、細胞骨格系の制御、細胞内レドックス制御である(図3)。
 これまでに報告されているMEMO1タンパク質の主な機能は、シグナル伝達制御、細胞骨格系の制御、細胞内レドックス制御である('''図3''')。


==== シグナル伝達制御 ====
==== シグナル伝達制御 ====
 MEMO1は受容体型チロシンキナーゼの細胞内アダプタータンパク質として、シグナル伝達経路の一端を担っている。ERBB2の細胞内領域に存在する複数の[[リン酸化]]部位のうち、1227番目のリン酸化[[チロシン]]を含む配列に特異的に結合し<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>、ERBB2リガンド([[Heregulin β1]]([[HRG]])など)に対する細胞応答を調節する。MEMO1の下流では、[[ras homolog family member A]]([[RhoA]])や[[mammalian diaphanous-related formin 1]]([[mDia]])、[[actin cross-linking factor 7]]([[ACF7]])といった細胞骨格系の制御分子が働き、[[微小管]]のリモデリングを介してがん細胞の[[遊走能]]を促進する(後述の「[[Mediator of ERBB2-driven cell motility 1#細胞骨格系の制御|細胞骨格系の制御]]」を参照)<ref name=Zaoui2010><pubmed>20937854</pubmed></ref><ref name=Zaoui2008><pubmed>18955552</pubmed></ref>。同定された当初は、MEMO1が既知のリン酸化チロシン結合ドメインを持たないことから、ERBB2との結合は[[SHC adaptor protein]]などを介した間接的な相互作用だと考えられた。しかし、その後のQiuらによるX線結晶構造解析の結果、MEMO1は自身のジオキシゲナーゼ酵素活性部位に相当するアミノ酸領域(putativeな金属イオン結合ポケット)を介してERBB2と直接結合することが示された(図1、2)<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。
 MEMO1は受容体型チロシンキナーゼの細胞内アダプタータンパク質として、シグナル伝達経路の一端を担っている。ERBB2の細胞内領域に存在する複数の[[リン酸化]]部位のうち、1227番目のリン酸化[[チロシン]]を含む配列に特異的に結合し<ref name=Marone2004><pubmed>15156151</pubmed></ref>、ERBB2リガンド([[Heregulin β1]]([[HRG]])など)に対する細胞応答を調節する。MEMO1の下流では、[[ras homolog family member A]]([[RhoA]])や[[mammalian diaphanous-related formin 1]]([[mDia]])、[[actin cross-linking factor 7]]([[ACF7]])といった細胞骨格系の制御分子が働き、[[微小管]]のリモデリングを介してがん細胞の[[遊走能]]を促進する(後述の「[[Mediator of ERBB2-driven cell motility 1#細胞骨格系の制御|細胞骨格系の制御]]」を参照)<ref name=Zaoui2010><pubmed>20937854</pubmed></ref><ref name=Zaoui2008><pubmed>18955552</pubmed></ref>。同定された当初は、MEMO1が既知のリン酸化チロシン結合ドメインを持たないことから、ERBB2との結合は[[SHC adaptor protein]]などを介した間接的な相互作用だと考えられた。しかし、その後のQiuらによるX線結晶構造解析の結果、MEMO1は自身のジオキシゲナーゼ酵素活性部位に相当するアミノ酸領域(putativeな金属イオン結合ポケット)を介してERBB2と直接結合することが示された('''図1、2''')<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。


 ERBB2以外にも、MEMO1は[[Fibroblast growth factor receptor 1]]([[FGFR1]])の細胞内領域と結合し、その下流の[[phosphatidylinositol-3 kinase]] ([[PI3K]])-[[Akt]]経路を正に制御する<ref name=Haenzi2014><pubmed>24056085</pubmed></ref>。また、[[insulin like growth factor 1 receptor]]([[IGF1R]])を介したシグナル伝達では、IGF1Rの細胞内アダプタータンパク質である[[insulin receptor substrate 1]] ([[IRS1]])とMEMO1が相互作用することで、PI3K-Akt経路の活性化と、その下流の[[Snail]]活性化および[[上皮間葉転換]]の誘導が生じ、がん細胞の転移能獲得につながることが示されている<ref name=Sorokin2013><pubmed>22824790</pubmed></ref>。受容体型チロシンキナーゼ以外にも、[[エストロゲン]]受容体やSphingosine-1-phosphate receptor 1(S1PR1)を介したシグナルの調節に関与することも報告されている<ref name=Frei2016><pubmed>27472465</pubmed></ref><ref name=Kondo2014><pubmed>24714781</pubmed></ref>。
 ERBB2以外にも、MEMO1は[[Fibroblast growth factor receptor 1]]([[FGFR1]])の細胞内領域と結合し、その下流の[[phosphatidylinositol-3 kinase]] ([[PI3K]])-[[Akt]]経路を正に制御する<ref name=Haenzi2014><pubmed>24056085</pubmed></ref>。また、[[insulin like growth factor 1 receptor]]([[IGF1R]])を介したシグナル伝達では、IGF1Rの細胞内アダプタータンパク質である[[insulin receptor substrate 1]] ([[IRS1]])とMEMO1が相互作用することで、PI3K-Akt経路の活性化と、その下流の[[Snail]]活性化および[[上皮間葉転換]]の誘導が生じ、がん細胞の転移能獲得につながることが示されている<ref name=Sorokin2013><pubmed>22824790</pubmed></ref>。受容体型チロシンキナーゼ以外にも、[[エストロゲン]]受容体やSphingosine-1-phosphate receptor 1(S1PR1)を介したシグナルの調節に関与することも報告されている<ref name=Frei2016><pubmed>27472465</pubmed></ref><ref name=Kondo2014><pubmed>24714781</pubmed></ref>。
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
図のキャプション
図1. MEMO1タンパク質の構造
ヒトMEMO1タンパク質の立体構造(Protein Data Bankより引用)。推定される金属イオン結合ポケットを構成するアミノ酸残基である49、81、192番目のヒスチジン(赤)、189番目のアスパラギン酸(黄)、244番目のシステイン(青)が表示されている。
図2. MEMO1とジオキシゲナーゼとの類似性
ヒトMEMO1(上)とSphingomonas paucimobilisの非ヘム鉄依存性ジオキシゲナーゼLigB(下)との1次構造比較。MEMO1とLigBはアミノ酸配列の相同性は高くない(<15%)が、立体構造には類似性が認められる<ref name=Qiu2008><pubmed>18045866</pubmed></ref>。LigBにおいて鉄イオンとの結合に重要な12番目と61番目のヒスチジン(H12、H61)および242番目のグルタミン酸(E242)、そして触媒活性に必要な195番目のヒスチジン(H195)は、一部異なるもののそれぞれMEMO1で保存されている(H49、H81、H192、およびC244)。
図3. MEMO1タンパク質の機能
MEMO1の主要な細胞内機能は、シグナル伝達の制御(A)、細胞骨格系の制御(B)、レドックス制御(C)である。

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