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(ページの作成:「脳科学辞典 LIMドメイン含有キナーゼ (LIMキナーゼ、LIMK) 大橋一正、水野健作 東北大学 大学院生命科学研究科 ・要約 LIMキナーゼ(LIMK)は、N末端にジンクフィンガーモチーフであるLIMドメインを2つ持ち、C末端側にキナーゼドメインを持つ細胞内のリン酸化酵素である。アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンをリン酸化して不活性化し、アクチン…」) |
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東北大学 大学院生命科学研究科 | 東北大学 大学院生命科学研究科 | ||
{{box|text= LIMキナーゼ(LIMK)は、N末端にジンクフィンガーモチーフであるLIMドメインを2つ持ち、C末端側にキナーゼドメインを持つ細胞内のリン酸化酵素である。アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンをリン酸化して不活性化し、アクチン骨格の再構築を制御する。コフィリンによるアクチン線維の切断・脱重合はアクチン骨格のターンオーバーに必須であり、LIMKはその働きを阻害する。一方、コフィリンの脱リン酸化酵素であるSlingshotは再活性化を担う。LIMKとSlingshotによるコフィリンのリン酸化の制御によってアクチン骨格の形成と崩壊の動的な制御が行われる。アクチン骨格の動的な制御は多くの細胞活動の基盤であり、LIMKによるコフィリンのリン酸化は、神経機能を含む様々な細胞機能・生理機能に重要な役割を果たしている。LIMKの活性は、アクチン骨格の再構築の主要な制御因子である低分子量Gタンパク質Rhoファミリーを介するシグナル経路によって主に制御されている。その他にも翻訳後修飾、分解、タンパク質相互作用、発現調節によって活性や発現量が制御されている。limk遺伝子は、脊椎動物ではlimk1とlimk2の2種類が存在し、ともに組織に広く発現しており、LIMK1は発生過程や脳に比較的発現量が高い。LIMKは、神経細胞の突起形成やスパイン形成の制御に関与しており、記憶の形成や神経疾患に関与することが報告されている。また、癌の悪性化にも関与することが報告されている。}} | |||
== LIMドメイン含有キナーゼとは == | |||
=== 発見 === | |||
LIMKは、1994年、プロテインキナーゼのキナーゼドメインの配列類似性に基づいた遺伝子クローニングによって発見された。まず、受容体型チロシンキナーゼであるHGF受容体 (c-met)と類似したプロトオンコジーンc-seaのcDNA断片を用いたcDNAスクリーニングによって、ヒトHepG2細胞のcDNAライブラリーより新たなプロテインキナーゼが同定され、分子内にジンクフィンガーモチーフの一つであるLIMドメインを持つことから、LIMキナーゼ-1(LIMK1)と命名された<ref name=Mizuno1994><pubmed> 8183554</pubmed></ref>。また、キナーゼドメインに保存された配列をプライマーに用いたPCRによって、同年、マウス嗅覚上皮のcDNAより新たなキナーゼが同定され、Kiz-1と名付けられたが、これはLIMK1と同一であることがわかった<ref name=Bernard1994><pubmed> 7848918</pubmed></ref>。さらに、LIMK1のキナーゼドメインのcDNA断片を用いたスクリーニングによって、ドメイン構造が同じで高い相同性をもつLIMK2が発見された<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。また、全体の構造は異なるが、他のキナーゼと比べてキナーゼドメインの相同性が高く精巣に高発現しているTesticular protein kinase (TESK1とTESK2)がクローニングされた<ref name=Toshima1995><pubmed>8537404</pubmed></ref><ref name=Toshima2001><pubmed>11418599</pubmed></ref>。 | |||
=== 基質の同定とその機能 === | |||
LIMK1が同定された後、LIMK1がリン酸化する標的基質の探索と機能解析が進められた。共沈物の中の20 kDaのタンパク質がリン酸化されること、LIMK1を培養細胞に過剰発現させるとアクチン線維が過重合することが見出された。アクチン線維の切断・脱重合因子であるコフィリンは、分子量が約20 kDaで3番目のセリン残基がリン酸化されることで不活性化することが知られていたため<ref name=Agnew1995><pubmed>7615564</pubmed></ref>、基質であることが明らかにされた<ref name=Arber1998><pubmed>9655397</pubmed></ref><ref name=Yang1998><pubmed>9655398</pubmed></ref>。 | |||
コフィリンは、哺乳類で非筋肉型コフィリン(別名n-cofilin、cofilin-1)、筋肉型コフィリン(別名m-cofilin、cofilin-2)、actin depolymerizing factor(ADF)(別名デストリンdestrin)の3種類が存在し、これらの働きは共通しており、全てLIMKにリン酸化され不活性化される<ref name=Ono2007><pubmed>17338919</pubmed></ref><ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref>。以後、これらを総称してコフィリンと記す。コフィリンは、アクチン線維を切断・脱重合してアクチン骨格の動的な状態を生み出すタンパク質であり、系統学的には酵母にも存在し、細胞の生存に必須である。また、ヒトと酵母で機能互換できるほどその働きは重要で保存されている<ref name=Ono2007><pubmed>17338919</pubmed></ref><ref name=Bamburg1999><pubmed>10461190</pubmed></ref><ref name=Pollard2003><pubmed>12600310</pubmed></ref>。コフィリンのリン酸化による活性制御は細胞の生存に必須ではなく、後生生物になってから獲得した翻訳後修飾であると考えられる。LIMKの基本的な働きは、コフィリンを不活性化して、アクチン線維の脱重合を抑制し、重合を促進し、アクチン線維を安定化することである(図1)。その後の解析により、LIMKのコフィリン以外の基質も複数報告され、それらのリン酸化の役割が報告されている(表1)<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | |||
LIMKの発見後、細胞応答におけるその働きとシグナル伝達機構が探索され、アクチン骨格の再構築制御の鍵となる低分子量Gタンパク質Rhoファミリー分子の下流で機能することが示された<ref name=Edwards1999><pubmed>10559936</pubmed></ref><ref name=Maekawa1999><pubmed>10436159</pubmed></ref><ref name=Ohashi2000><pubmed>10652353</pubmed></ref>。さらに、様々な刺激に対する細胞応答において、Rho経路以外にもLIMKの活性を制御する制御因子やシグナル経路が同定され、アクチン骨格再構築の制御という共通の働きによって、神経機能を含む様々な細胞応答に寄与していることが明らかになっている<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref><ref name=BenZablah2021><pubmed>34440848</pubmed></ref>。 | LIMKの発見後、細胞応答におけるその働きとシグナル伝達機構が探索され、アクチン骨格の再構築制御の鍵となる低分子量Gタンパク質Rhoファミリー分子の下流で機能することが示された<ref name=Edwards1999><pubmed>10559936</pubmed></ref><ref name=Maekawa1999><pubmed>10436159</pubmed></ref><ref name=Ohashi2000><pubmed>10652353</pubmed></ref>。さらに、様々な刺激に対する細胞応答において、Rho経路以外にもLIMKの活性を制御する制御因子やシグナル経路が同定され、アクチン骨格再構築の制御という共通の働きによって、神経機能を含む様々な細胞応答に寄与していることが明らかになっている<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref><ref name=BenZablah2021><pubmed>34440848</pubmed></ref>。 | ||
== 構造 == | |||
LIMK1とLIMK2は、N末端側にジンクフィンガーモチーフの一つであるLIMドメインを2つもち、続いて、PDZ様ドメイン、セリン/スレオニン(S/T)リッチ領域、C末端側にキナーゼドメインを有する(図2)<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。キナーゼドメインの配列はチロシンキナーゼ様の配列を示すが、サブドメインの配列LIMK特徴的であり、実際にはセリン/スレオニンとチロシンの両方の残基をリン酸化することができる<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。LIMドメインは、LIMK1のキナーゼドメインを含むC末端領域と結合し、キナーゼ活性を負に制御することが示されている<ref name=Nagata1999><pubmed>10493917</pubmed></ref>。また、ことも報告されている<ref name=Li2006><pubmed>16641196</pubmed></ref>。また、LIMK1は、PDZドメイン内に2箇所の核外移行シグナル配列を持ち、キナーゼドメイン内に核移行シグナルを持つ<ref name=Yang1999><pubmed>10051454</pubmed></ref>。LIMK2は<ref name=Goyal2006><pubmed>16820362</pubmed></ref>。X線結晶構造解析によって、LIMK1のキナーゼドメインは、通常のキナーゼ-基質間の結合領域とは別の領域でもコフィリンと特異的に結合することが示されており<ref name=Hamill2016><pubmed>27153537</pubmed></ref>、この結果はコフィリンがLIMKの主要な基質であることを裏付けている。 | LIMK1とLIMK2は、N末端側にジンクフィンガーモチーフの一つであるLIMドメインを2つもち、続いて、PDZ様ドメイン、セリン/スレオニン(S/T)リッチ領域、C末端側にキナーゼドメインを有する(図2)<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。キナーゼドメインの配列はチロシンキナーゼ様の配列を示すが、サブドメインの配列LIMK特徴的であり、実際にはセリン/スレオニンとチロシンの両方の残基をリン酸化することができる<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。LIMドメインは、LIMK1のキナーゼドメインを含むC末端領域と結合し、キナーゼ活性を負に制御することが示されている<ref name=Nagata1999><pubmed>10493917</pubmed></ref>。また、ことも報告されている<ref name=Li2006><pubmed>16641196</pubmed></ref>。また、LIMK1は、PDZドメイン内に2箇所の核外移行シグナル配列を持ち、キナーゼドメイン内に核移行シグナルを持つ<ref name=Yang1999><pubmed>10051454</pubmed></ref>。LIMK2は<ref name=Goyal2006><pubmed>16820362</pubmed></ref>。X線結晶構造解析によって、LIMK1のキナーゼドメインは、通常のキナーゼ-基質間の結合領域とは別の領域でもコフィリンと特異的に結合することが示されており<ref name=Hamill2016><pubmed>27153537</pubmed></ref>、この結果はコフィリンがLIMKの主要な基質であることを裏付けている。 | ||
== サブファミリー == | |||
LIMKは、哺乳類ではドメイン構成が同じLIMK1とLIMK2の2種類が存在する。また、LIMドメインをもたないが、キナーゼドメインが、他のキナーゼに比べて高い相同性を示し、LIMKと同様にコフィリンを基質とするTESK1とTESK2が存在しており、広義のLIMKファミリーはこれらも含む<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref>。本項では主にLIMK1とLIMK2について記述する。 | LIMKは、哺乳類ではドメイン構成が同じLIMK1とLIMK2の2種類が存在する。また、LIMドメインをもたないが、キナーゼドメインが、他のキナーゼに比べて高い相同性を示し、LIMKと同様にコフィリンを基質とするTESK1とTESK2が存在しており、広義のLIMKファミリーはこれらも含む<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref>。本項では主にLIMK1とLIMK2について記述する。 | ||
== 遺伝子、組織発現分布 == | |||
limk1とlimk2遺伝子は、各々ヒト染色体の7q11.23と22q12.2に存在する<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。LIMK1の組織発現分布は、発生過程の脳に高発現していることが特徴であるが、体全体にもユビキタスに発現している<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref>。LIMK2は、体全体にユビキタスに発現しており、広くLIMK1と重なった発現分布である。また、精巣など一部の組織で細胞種特異的なスプライシング変異体の発現があることが示されている<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref><ref name=Acevedo2006><pubmed>16399995</pubmed></ref>。遺伝子欠損マウスの表現型から、limk1遺伝子欠損マウスでは脳神経系に異常がみられることや、limk1とlimk2遺伝子の両方を欠損したマウスでは症状が重篤化することなど、ある程度発現分布と一致した結果が報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | limk1とlimk2遺伝子は、各々ヒト染色体の7q11.23と22q12.2に存在する<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。LIMK1の組織発現分布は、発生過程の脳に高発現していることが特徴であるが、体全体にもユビキタスに発現している<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref>。LIMK2は、体全体にユビキタスに発現しており、広くLIMK1と重なった発現分布である。また、精巣など一部の組織で細胞種特異的なスプライシング変異体の発現があることが示されている<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref><ref name=Acevedo2006><pubmed>16399995</pubmed></ref>。遺伝子欠損マウスの表現型から、limk1遺伝子欠損マウスでは脳神経系に異常がみられることや、limk1とlimk2遺伝子の両方を欠損したマウスでは症状が重篤化することなど、ある程度発現分布と一致した結果が報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | ||
== オーソログ 種間の保存性 == | |||
limk1, limk2遺伝子は、後生生物以降で出現する。limkのオーソログは、ホヤ、ウニ、ショウジョウバエには存在するが、酵母、粘菌、植物、線虫には存在しない。基質であるコフィリンは酵母を含むこれらの種に存在するが、LIMKファミリーの存在しない生物種でのコフィリンのリン酸化制御の有無は不明である。 | |||
== 細胞内局在 == | |||
LIMK1とLIMK2は共に、培養細胞に発現させた場合、間期の細胞では細胞質に拡散して存在し、特徴的な局在は見られない<ref name=Yang1998><pubmed>9655398</pubmed></ref>。しかし、培養細胞の接着斑、紡錘体、中心体、ゴルジ体に局在することが報告されている<ref name=Foletta2004><pubmed>15023529</pubmed></ref><ref name=Sumi2006><pubmed>16455074</pubmed></ref><ref name=Salvarezza2009><pubmed>18987335</pubmed></ref>。また、核移行シグナルと核外移行シグナル配列をもち、核内外をシャトルしている<ref name=Yang1999><pubmed>10051454</pubmed></ref>。分裂期では、LIMK1はLarge tumor suppressor kinase 1(LATS1)と相互作用し収縮環に局在する<ref name=Yang2004><pubmed>15220930</pubmed></ref>。海馬神経細胞では、LIMK1はN末端付近のCys残基がパルミトイル化され樹状突起のスパインに局在することが示されている<ref name=George2015><pubmed>25884247</pubmed></ref>。 | |||
== 細胞機能 == | |||
=== アクチン骨格再構築における機能とRho経路による活性制御 === | |||
主な働きは、アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンの3番目のセリン残基をリン酸化することで不活性化し、アクチン線維の切断・脱重合を抑制してアクチン骨格構造を安定化し、アクチン重合を促進することである(図)<ref name=Arber1998><pubmed>9655397</pubmed></ref><ref name=Yang1998><pubmed>9655398</pubmed></ref>。アクチン骨格構造の動態制御は多くの細胞活動の基盤であり、LIMKは様々な細胞機能において重要な制御機能を担っている。LIMKは複数のシグナル経路で活性が制御されることが明らかにされている<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。最も主要な経路として、LIMKは低分子量Gタンパク質Rhoファミリーの下流で活性化される。LIMKはRhoAの下流因子であるROCK、RacとCdc42の下流因子であるPAK、Cdc42の下流因子であるMRCKαによってキナーゼドメイン内の活性化ループの508番目のスレオニン(LIMK2では505番目)がリン酸化され活性化される<ref name=Edwards1999><pubmed>10559936</pubmed></ref><ref name=Maekawa1999><pubmed>10436159</pubmed></ref><ref name=Ohashi2000><pubmed>10652353</pubmed></ref><ref name=Sumi2001><pubmed>11340065</pubmed></ref>。RhoA-ROCK経路によるLIMKの活性化は収縮性のアクトミオシンであるストレスファイバーの形成を促進し、Rac1やCdc42の下流でPAKによって活性化される場合には葉状仮足の形成に寄与する。このように、LIMKはRhoファミリーの下流で他のシグナルの分子群と共役して、様々なアクチン骨格構造の形成に関与する<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。一方、Rho経路を介さずにLIMKの活性を制御するタンパク質や、LIMKの発現や分解を制御する多くの因子が見出されている(表2)<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref><ref name=BenZablah2021><pubmed>34440848</pubmed></ref>。 | |||
=== 神経細胞における機能 === | |||
LIMK1は神経突起の伸展・退縮、シナプス形成に関与することが示されている。まず、セマフォリン3Aによるトリ後根神経節(DRG)細胞の軸索先端の成長円錐の退縮において、LIMK1によるコフィリンのリン酸化が必要であることが示された<ref name=Aizawa2001><pubmed>11276226</pubmed></ref>。また、PC12細胞とDRG細胞の神経成長因子(NGF)による神経突起の伸長において、LIMKとSlingshotの両方の活性が必要であることが示され、これらによるコフィリンのリン酸化・脱リン酸化の適切な制御が神経突起の伸展に必要であることが示された<ref name=Endo2003><pubmed>12684437</pubmed></ref><ref name=Endo2007><pubmed>17360713</pubmed></ref>。これまでに、神経細胞の様々な機能においてLIMKの関与が数多く報告されているが、その多くはRho経路の下流でアクチン骨格の再構築を制御することによってなされているものと考えられる。 | |||
一方、Ca2+シグナルによる神経突起伸展にもLIMK1は関与しており、Ca2+シグナルによるNeuro2A細胞の神経突起伸展において、IVによるLIMK1のThr-508のリン酸化と活性化が必要であることや<ref name=Takemura2009><pubmed>19696021</pubmed></ref>、大脳皮質神経細胞の神経突起の伸展においてCaMKIIによるLIMK1のリン酸化と活性化が必要であることが示されている<ref name=Saito2013><pubmed>23600483</pubmed></ref>。大脳皮質神経細胞の樹状突起形成においてがLIMK1を活性化することが必要であることが示された<ref name=Lee-Hoeflich2004><pubmed>15538389</pubmed></ref>。 | |||
海馬神経細胞においてユビキチンリガーであるRNF6はLIMK1をユビキチン化してプロテアソーム依存的な分解を誘導し、軸索伸長の抑制に働く<ref name=Tursun2005><pubmed>16204183</pubmed></ref>。また、による海馬神経細胞の分化において、LIMK1によるのリン酸化が必要であることが示されている<ref name=Yang2004b><pubmed>14684741</pubmed></ref>。また、ラット海馬スライスを用いた高頻度刺激による後期長期増強(L-LTP)の誘導において、神経細胞の樹状突起スパインにおけるが必要であることが示され、LIMKの関与が示唆された<ref name=Fukazawa2003><pubmed>12741991</pubmed></ref>。 | |||
=== 神経細胞以外における機能 === | |||
==== アクチン骨格の再構築、細胞形態 ==== | |||
LIMKは、細胞質でコフィリンをリン酸化して不活性化し、アクチン線維の脱重合を抑制し、重合の促進、アクチン線維の安定化を促進する。これによりストレスファイバー形成、ラメリポディア形成などアクチン骨格の再構築を制御し、に寄与している<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref><ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | |||
==== 細胞分裂 ==== | |||
細胞分裂の前中期・中期にLIMK1の活性は上昇し、コフィリンのリン酸化レベルは上昇するが、後期・終期にかけてLIMK1の活性は低下し、コフィリンのリン酸化レベルは低下する<ref name=Amano2002><pubmed>11925442</pubmed></ref><ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref>。中期におけるLIMKによるコフィリンのリン酸化は紡錘体の正常な配向に必要であり、終期におけるコフィリンの脱リン酸化は正常な細胞質分裂に必要であることが示された<ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref><ref name=Kaji2008><pubmed>18079118</pubmed></ref>。Aurora AとLIMK1は中心体に共局在し、Aurora Aは、LIMK1の307番目のセリン、508番目のスレオニンをリン酸化して活性化する。同時に、LIMK1もAurora Aをリン酸化して活性化し、これらは紡錘体形成に関与する<ref name=Ritchey2012><pubmed>22214762</pubmed></ref>。また、LIMK1は収縮環のアクトミオシンリングの収縮に寄与している<ref name=Yang2004><pubmed>15220930</pubmed></ref>。 | |||
==== 細胞移動(走化性) ==== | |||
アクチン骨格の再構築は細胞移動、細胞遊走に必須であることから、LIMKによるコフィリンのリン酸化は癌細胞、免疫細胞、神経細胞など多くの細胞の移動、遊走に関与している<ref name=Nishita2002><pubmed>11784854</pubmed></ref><ref name=Nishita2005><pubmed>16230460</pubmed></ref>。 | |||
==== 血管新生 ==== | |||
3次元ゲル内での管腔形成において、LIMK1は、p38MAPキナーゼの下流のキナーゼであるMAPKAPK2 (MK2)によってLIMK1の323番目のセリンがリン酸化され、活性化されることが必要であることが示された<ref name=Kobayashi2006><pubmed>16456544</pubmed></ref>。 | |||
==== 癌細胞の浸潤、転移 ==== | |||
癌細胞におけるLIMK1とLIMK2の発現の上昇は、増殖能、運動能や浸潤性を亢進し癌の悪性化に寄与することが報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。高浸潤性の肝癌細胞が中皮細胞層を透過する癌細胞の浸潤モデルや、乳癌細胞のコラーゲンゲル内を移動するモデルにおいてLIMK1の関与が示された<ref name=Horita2008><pubmed>18171679</pubmed></ref><ref name=Mishima2010><pubmed>20100465</pubmed></ref>。LIMK2については、乳癌などいくつかのモデルでの関与が示されている。LIMK2は、Aurora-Aによるリン酸化によって活性化し乳癌の悪性化に働く。また、PTEN, NKX-3.1, SPOPをリン酸化しプロテアソームによる分解を促進癌の悪性化に関与する<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | |||
== 個体での機能 == | |||
遺伝子欠損マウスでは、海馬における長期増強(LTP)<ref name=Meng2002><pubmed>12123613</pubmed></ref>。海馬や皮質の錐体神経細胞では樹状突起スパインの形状が細長く未熟であることが示されている<ref name=Meng2002><pubmed>12123613</pubmed></ref>。limk2遺伝子欠損マウスでは、精子形成に欠損があるが、神経形態に大きな異常は認められない。limk1とlimk2遺伝子の両方を欠損したマウスでは、神経細胞の形態や神経機能の異常は重篤化し、神経細胞においてこれらが相補的に働いていることが示唆されている<ref name=Meng2004><pubmed>15458846</pubmed></ref>。一方、limk1遺伝子の欠損は、(L-LTP)の大きな障害を生じるという結果も報告されている<ref name=Todorovski2015><pubmed>25645926</pubmed></ref>。また、依存性の長期抑圧(mGluR-LTD)に対して、LIMK1が不活性化されることが必要であることが示されている<ref name=Zhou2011><pubmed>21248105</pubmed></ref>。これらの知見は、記憶の形成におけるシナプスの形態制御にLIMK1-コフィリン経路を介したアクチン骨格の重合制御が関与することを示唆している。 | |||
神経細胞における影響の他に、limk1遺伝子欠損マウスは骨の形成に影響し、骨芽細胞の減少と骨量の減少が見られる<ref name=Kawano2013><pubmed>23017662</pubmed></ref>。 | |||
== 疾患との関わり == | |||
=== 精神・神経疾患 === | |||
アルツハイマー病、パーキンソン病、統合失調症、自閉症スペクトラムといった、発達異常に関連があることが示唆されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref><ref name=BenZablah2021><pubmed>34440848</pubmed></ref>。これらの疾患の症状は、LIMK1の単独の機能欠損に依存するというよりも、Rho経路等のLIMK1の上流因子の異常とともにLIMK1を介したコフィリンのリン酸化レベルの調節が不全となり、アクチン動態と細胞形態・機能の異常を引き起こすことが神経機能の低下の一因として働いていると考えられる。パーキンソン病については、LIMK1とユビキチンリガーゼであるパーキンが相互作用し、お互いに働きを抑制することが示されている<ref name=Lim2007><pubmed>17512523</pubmed></ref>。しかし、LIMK1の欠損によるスパイン形成異常とパーキンソン病との関係は不明である。では、limk1遺伝子単独の半接合体欠損の家系の解析から、LIMK1が空間認知機能に関与することが報告された<ref name=Frangiskakis1996><pubmed>8689688</pubmed></ref>。その後の解析では、空間認知機能におけるLIMK1の関与を示唆する報告と否定的な報告がある<ref name=Smith2009><pubmed>19662944</pubmed></ref><ref name=Gregory2019><pubmed>31687737</pubmed></ref>。 | |||
=== 癌 === | |||
癌細胞におけるLIMK1とLIMK2の発現の上昇は、増殖、運動能や浸潤性を亢進し、癌の悪性化に寄与することが報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。培養細胞では、LIMK1の過剰発現によってコフィリンが過剰にリン酸化されると細胞の運動性は極端に低下し増殖できなくなることから、癌細胞ではLIMKの適度な発現量の増加が運動能、増殖能の亢進に寄与しているものと考えられる。LIMK2については、乳癌などいくつかのモデルにおいて関与が示されている。LIMK2は、前述のようにAurora-Aによるリン酸化によって活性化し乳癌の悪性化に働く。また、LIMK2はTWIST1, PTEN, NKX-3.1, SPOPをリン酸化し、分解を促進して癌の悪性化に関与する<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。 | |||
== 阻害剤 == | |||
LIMK1との関連が示唆されていることやLIMK癌細胞で高発現して癌細胞の運動性や浸潤能に関与することから、それらの治療の標的分子として探索とその効能が検討されている。また、Rho-ROCK経路の下流で働くことから、細胞の収縮力の制御の異常に起因する疾患の緩和を目的としてLIMK阻害剤の効果が検討されている<ref name=Berabez2022><pubmed>35805176</pubmed></ref>。Ellipticine誘導体のPyr1をもとにしたLIMK阻害剤は、、癌発症のモデルマウスに対する効果が検討され、白血病、乳癌、を改善する効果が確認されている<ref name=Prudent2012><pubmed>22761334</pubmed></ref><ref name=Prunier2016><pubmed>27216191</pubmed></ref><ref name=Gory-Faure2021><pubmed>33790791</pubmed></ref>。また、pyrrolopyrimidine化合物をもとにしたLIMK阻害剤は、マウスへのデキサメサゾン投与による眼圧の上昇を抑制する<ref name=Harrison2009><pubmed>19831390</pubmed></ref>。SrcファミリーのLckの阻害剤として同定されていた天然物のDamnacantholは、LIMK1に対してLckよりも強い阻害効果をもち、マウス耳の皮膚へのハプテン刺激によるランゲルハンス細胞の遊走を阻害する<ref name=Ohashi2014><pubmed>24478456</pubmed></ref>。その他にも培養癌細胞や病理組織由来の培養細胞に対するLIMK阻害剤の効果が検討されている<ref name=Berabez2022><pubmed>35805176</pubmed></ref>。LIMKの阻害剤はLIMKの上流キナーゼであるROCKの阻害剤に比べて細胞毒性が低い傾向があり、有効な薬剤となることが期待されている。 | |||
== 関連語 == | |||
* [[コフィリン]] | |||
* [[Rho]] | |||
* [[Slingshot]] | |||
* [[リン酸化]] | |||
* [[アクチン骨格]] | |||
* [[シナプス]] | |||
* [[細胞運動]] | |||
== 参考論文 == | |||