「LIMドメイン含有キナーゼ」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191579 大橋 一正]、[https://researchmap.jp/read0191576 水野 健作]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191579 大橋 一正]、[https://researchmap.jp/read0191576 水野 健作]</font><br>
''東北大学 大学院生命科学研究科 生命機能科学専攻''<br>
''東北大学 大学院生命科学研究科 分子化学生物学専攻''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年6月15日 原稿完成日:2025年6月24日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年6月15日 原稿完成日:2025年6月24日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
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略称:LIMキナーゼ、LIMK
略称:LIMキナーゼ、LIMK


{{box|text= LIMキナーゼ(LIMK)は、N末端にジンクフィンガーモチーフであるLIMドメインを2つ持ち、C末端側にキナーゼドメインを持つ細胞内のリン酸化酵素である。アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンをリン酸化して不活性化し、アクチン骨格の再構築を制御する。コフィリンによるアクチン線維の切断・脱重合はアクチン骨格のターンオーバーに必須であり、LIMKはその働きを阻害する。一方、コフィリンの脱リン酸化酵素であるSlingshotは再活性化を担う。LIMKとSlingshotによるコフィリンのリン酸化の制御によってアクチン骨格の形成と崩壊の動的な制御が行われる。アクチン骨格の動的な制御は多くの細胞活動の基盤であり、LIMKによるコフィリンのリン酸化は、神経機能を含む様々な細胞機能・生理機能に重要な役割を果たしている。LIMKの活性は、アクチン骨格の再構築の主要な制御因子である低分子量Gタンパク質Rhoファミリーを介するシグナル経路によって主に制御されている。その他にも翻訳後修飾、分解、タンパク質相互作用、発現調節によって活性や発現量が制御されている。limk遺伝子は、脊椎動物ではlimk1とlimk2の2種類が存在し、ともに組織に広く発現しており、LIMK1は発生過程や脳に比較的発現量が高い。LIMKは、神経細胞の突起形成やスパイン形成の制御に関与しており、記憶の形成や神経疾患に関与することが報告されている。また、癌の悪性化にも関与することが報告されている。}}
{{box|text= LIMドメイン含有キナーゼ (LIMK)は、N末端にジンクフィンガーモチーフであるLIMドメインを2つ持ち、C末端側にキナーゼドメインを持つ細胞内のリン酸化酵素である。アクチン切断・脱重合因子であるコフィリンをリン酸化して不活性化し、アクチン骨格の再構築を制御する。コフィリンによるアクチン線維の切断・脱重合はアクチン骨格のターンオーバーに必須であり、LIMKはその働きを阻害する。一方、コフィリンの脱リン酸化酵素であるSlingshotは再活性化を担う。LIMKとSlingshotによるコフィリンのリン酸化の制御によってアクチン骨格の形成と崩壊の動的な制御が行われる。アクチン骨格の動的な制御は多くの細胞活動の基盤であり、LIMKによるコフィリンのリン酸化は、神経機能を含む様々な細胞機能・生理機能に重要な役割を果たしている。LIMKの活性は、アクチン骨格の再構築の主要な制御因子である低分子量Gタンパク質Rhoファミリーを介するシグナル経路によって主に制御されている。その他にも翻訳後修飾、分解、タンパク質相互作用、発現調節によって活性や発現量が制御されている。limk遺伝子は、脊椎動物ではlimk1とlimk2の2種類が存在し、ともに組織に広く発現しており、LIMK1は発生過程や脳に比較的発現量が高い。LIMKは、神経細胞の突起形成やスパイン形成の制御に関与しており、記憶の形成や神経疾患に関与することが報告されている。また、癌の悪性化にも関与することが報告されている。}}


== LIMドメイン含有キナーゼとは ==
== LIMドメイン含有キナーゼとは ==
=== 発見 ===
=== 発見 ===
 LIMKは、1994年、プロテインキナーゼのキナーゼドメインの配列類似性に基づいた遺伝子クローニングによって発見された。まず、受容体型チロシンキナーゼであるHGF受容体 (c-met)と類似したプロトオンコジーンc-seaのcDNA断片を用いたcDNAスクリーニングによって、ヒトHepG2細胞のcDNAライブラリーより新たなプロテインキナーゼが同定され、分子内にジンクフィンガーモチーフの一つであるLIMドメインを持つことから、LIMキナーゼ-1(LIMK1)と命名された<ref name=Mizuno1994><pubmed> 8183554</pubmed></ref>。また、キナーゼドメインに保存された配列をプライマーに用いたPCRによって、同年、マウス嗅覚上皮のcDNAより新たなキナーゼが同定され、Kiz-1と名付けられたが、これはLIMK1と同一であることがわかった<ref name=Bernard1994><pubmed> 7848918</pubmed></ref>。さらに、LIMK1のキナーゼドメインのcDNA断片を用いたスクリーニングによって、ドメイン構造が同じで高い相同性をもつLIMK2が発見された<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。また、全体の構造は異なるが、他のキナーゼと比べてキナーゼドメインの相同性が高く精巣に高発現しているTesticular protein kinase (TESK1とTESK2)がクローニングされた<ref name=Toshima1995><pubmed>8537404</pubmed></ref><ref name=Toshima2001><pubmed>11418599</pubmed></ref>。
 LIMKは、1994年、[[プロテインキナーゼ]]の[[キナーゼ]]ドメインの配列類似性に基づいた遺伝子[[クローニング]]によって発見された。まず、[[受容体型チロシンキナーゼ]]であるHGF受容体 (c-met)と類似したプロトオンコジーンc-seaのcDNA断片を用いたcDNAスクリーニングによって、ヒトHepG2細胞のcDNAライブラリーより新たなプロテインキナーゼが同定され、分子内にジンクフィンガーモチーフの一つであるLIMドメインを持つことから、LIMキナーゼ-1(LIMK1)と命名された<ref name=Mizuno1994><pubmed> 8183554</pubmed></ref>。また、キナーゼドメインに保存された配列をプライマーに用いたPCRによって、同年、マウス嗅覚上皮のcDNAより新たなキナーゼが同定され、Kiz-1と名付けられたが、これはLIMK1と同一であることがわかった<ref name=Bernard1994><pubmed> 7848918</pubmed></ref>。さらに、LIMK1のキナーゼドメインのcDNA断片を用いたスクリーニングによって、ドメイン構造が同じで高い相同性をもつLIMK2が発見された<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。また、全体の構造は異なるが、他のキナーゼと比べてキナーゼドメインの相同性が高く精巣に高発現しているTesticular protein kinase (TESK1とTESK2)がクローニングされた<ref name=Toshima1995><pubmed>8537404</pubmed></ref><ref name=Toshima2001><pubmed>11418599</pubmed></ref>。


[[ファイル:Ohashi LIMK Fig1.png|サムネイル|'''図1. コフィリンのリン酸化・脱リン酸化によるアクチン骨格のダイナミクス制御]]
[[ファイル:Ohashi LIMK Fig1.png|サムネイル|'''図1. コフィリンのリン酸化・脱リン酸化によるアクチン骨格のダイナミクス制御]]
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== サブファミリー ==
== サブファミリー ==
LIMKは、哺乳類ではドメイン構成が同じLIMK1とLIMK2の2種類が存在する。また、LIMドメインをもたないが、キナーゼドメインが、他のキナーゼに比べて高い相同性を示し、LIMKと同様にコフィリンを基質とするTESK1とTESK2が存在しており、広義のLIMKファミリーはこれらも含む<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref>。本項では主にLIMK1とLIMK2について記述する。
LIMKは、哺乳類ではドメイン構成が同じLIMK1とLIMK2の2種類が存在する。また、LIMドメインをもたないが、キナーゼドメインが、他のキナーゼに比べて高い相同性を示し、LIMKと同様にコフィリンを基質とするTESK1とTESK2が存在しており、広義のLIMKファミリーはこれらも含む<ref name=Mizuno2013><pubmed>23153585</pubmed></ref><ref name=Ohashi2015><pubmed>25864508</pubmed></ref>。本項では主にLIMK1とLIMK2について記述する。
== 遺伝子、組織発現分布 ==
limk1とlimk2遺伝子は、各々ヒト染色体の7q11.23と22q12.2に存在する<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。LIMK1の組織発現分布は、発生過程の脳に高発現していることが特徴であるが、体全体にもユビキタスに発現している<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref>。LIMK2は、体全体にユビキタスに発現しており、広くLIMK1と重なった発現分布である。また、精巣など一部の組織で細胞種特異的なスプライシング変異体の発現があることが示されている<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref><ref name=Acevedo2006><pubmed>16399995</pubmed></ref>。遺伝子欠損マウスの表現型から、limk1遺伝子欠損マウスでは脳神経系に異常がみられることや、limk1とlimk2遺伝子の両方を欠損したマウスでは症状が重篤化することなど、ある程度発現分布と一致した結果が報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。


== オーソログ 種間の保存性 ==
== オーソログ 種間の保存性 ==
 limk1, limk2遺伝子は、後生生物以降で出現する。limkのオーソログは、ホヤ、ウニ、ショウジョウバエには存在するが、酵母、粘菌、植物、線虫には存在しない。基質であるコフィリンは酵母を含むこれらの種に存在するが、LIMKファミリーの存在しない生物種でのコフィリンのリン酸化制御の有無は不明である。
 limk1, limk2遺伝子は、後生生物以降で出現する。limk1とlimk2遺伝子は、各々ヒト染色体の7q11.23と22q12.2に存在する<ref name=Okano1995><pubmed>8537403</pubmed></ref>。limkのオーソログは、ホヤ、ウニ、ショウジョウバエには存在するが、酵母、粘菌、植物、線虫には存在しない。基質であるコフィリンは酵母を含むこれらの種に存在するが、LIMKファミリーの存在しない生物種でのコフィリンのリン酸化制御の有無は不明である。
 
== 組織発現分布 ==
LIMK1の組織発現分布は、発生過程の脳に高発現していることが特徴であるが、体全体にもユビキタスに発現している<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref>。LIMK2は、体全体にユビキタスに発現しており、広くLIMK1と重なった発現分布である。また、精巣など一部の組織で細胞種特異的なスプライシング変異体の発現があることが示されている<ref name=Mori1997><pubmed>9149099</pubmed></ref><ref name=Acevedo2006><pubmed>16399995</pubmed></ref>。遺伝子欠損マウスの表現型から、limk1遺伝子欠損マウスでは脳神経系に異常がみられることや、limk1とlimk2遺伝子の両方を欠損したマウスでは症状が重篤化することなど、ある程度発現分布と一致した結果が報告されている<ref name=Villalonga2023><pubmed>36899941</pubmed></ref>。
== 細胞内局在 ==
== 細胞内局在 ==
 LIMK1とLIMK2は共に、培養細胞に発現させた場合、間期の細胞では細胞質に拡散して存在し、特徴的な局在は見られない<ref name=Yang1998><pubmed>9655398</pubmed></ref>。しかし、培養細胞の接着斑、紡錘体、中心体、ゴルジ体に局在することが報告されている<ref name=Foletta2004><pubmed>15023529</pubmed></ref><ref name=Sumi2006><pubmed>16455074</pubmed></ref><ref name=Salvarezza2009><pubmed>18987335</pubmed></ref>。また、核移行シグナルと核外移行シグナル配列をもち、核内外をシャトルしている<ref name=Yang1999><pubmed>10051454</pubmed></ref>。アクチンやコフィリンも核内に存在し、コフィリンは核内のアクチン線維のターンオーバーや凝集に関与することが知られているが<ref name=Ono2007 />[9]、LIMKの核内における役割は不明である。分裂期では、LIMK1はLarge tumor suppressor kinase 1 (LATS1)と相互作用し収縮環に局在する<ref name=Yang2004><pubmed>15220930</pubmed></ref>。海馬神経細胞では、LIMK1はN末端付近のCys残基がパルミトイル化され樹状突起のスパインに局在することが示されている<ref name=George2015><pubmed>25884247</pubmed></ref>。
 LIMK1とLIMK2は共に、培養細胞に発現させた場合、間期の細胞では細胞質に拡散して存在し、特徴的な局在は見られない<ref name=Yang1998><pubmed>9655398</pubmed></ref>。しかし、培養細胞の接着斑、紡錘体、中心体、ゴルジ体に局在するとの報告もある<ref name=Foletta2004><pubmed>15023529</pubmed></ref><ref name=Sumi2006><pubmed>16455074</pubmed></ref><ref name=Salvarezza2009><pubmed>18987335</pubmed></ref>。また、核移行シグナルと核外移行シグナル配列をもち、核内外をシャトルしている<ref name=Yang1999><pubmed>10051454</pubmed></ref>。アクチンやコフィリンも核内に存在し、コフィリンは核内のアクチン線維のターンオーバーや凝集に関与することが知られているが<ref name=Ono2007 />、LIMKの核内における役割は不明である。分裂期では、LIMK1はLarge tumor suppressor kinase 1 (LATS1)と相互作用し収縮環に局在する<ref name=Yang2004><pubmed>15220930</pubmed></ref>。海馬神経細胞では、LIMK1はN末端付近のCys残基がパルミトイル化され樹状突起のスパインに局在することが示されている<ref name=George2015><pubmed>25884247</pubmed></ref>。


== 細胞機能 ==
== 細胞機能 ==
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 一方、Ca<sup>2+</sup>シグナルによる神経突起伸展にもLIMK1は関与しており、Ca<sup>2+</sup>シグナルによるNeuro2A細胞の神経突起伸展において、カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ(CaMK)IVによるLIMK1のThr-508のリン酸化と活性化が必要であることや<ref name=Takemura2009><pubmed>19696021</pubmed></ref>、大脳皮質神経細胞の神経突起の伸展においてCaMKIIによるLIMK1のリン酸化と活性化が必要であることが示されている<ref name=Saito2013><pubmed>23600483</pubmed></ref>。大脳皮質神経細胞の樹状突起形成においてII型骨形成因子(BMP)受容体(BMPRII)がLIMK1を活性化することが必要であることが示された<ref name=Lee-Hoeflich2004><pubmed>15538389</pubmed></ref>。
 一方、Ca<sup>2+</sup>シグナルによる神経突起伸展にもLIMK1は関与しており、Ca<sup>2+</sup>シグナルによるNeuro2A細胞の神経突起伸展において、カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ(CaMK)IVによるLIMK1のThr-508のリン酸化と活性化が必要であることや<ref name=Takemura2009><pubmed>19696021</pubmed></ref>、大脳皮質神経細胞の神経突起の伸展においてCaMKIIによるLIMK1のリン酸化と活性化が必要であることが示されている<ref name=Saito2013><pubmed>23600483</pubmed></ref>。大脳皮質神経細胞の樹状突起形成においてII型骨形成因子(BMP)受容体(BMPRII)がLIMK1を活性化することが必要であることが示された<ref name=Lee-Hoeflich2004><pubmed>15538389</pubmed></ref>。


 海馬神経細胞においてユビキチンリガーゼであるRNF6はLIMK1をユビキチン化してプロテアソーム依存的な分解を誘導し、軸索伸長の抑制に働く<ref name=Tursun2005><pubmed>16204183</pubmed></ref>。また、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)による海馬神経細胞の分化において、LIMK1による塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)のリン酸化が必要であることが示されている<ref name=Yang2004b><pubmed>14684741</pubmed></ref>。また、ラット海馬スライスを用いた高頻度刺激による後期長期増強(L-LTP)の誘導において、神経細胞の樹状突起スパインにおけるコフィリンのリン酸化と(それに続く)アクチンの重合が必要であることが示され、LIMKの関与が示唆された<ref name=Fukazawa2003><pubmed>12741991</pubmed></ref>。
 海馬神経細胞においてユビキチンリガーゼであるRNF6はLIMK1をユビキチン化してプロテアソーム依存的な分解を誘導し、軸索伸長の抑制に働く<ref name=Tursun2005><pubmed>16204183</pubmed></ref>。また、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)による海馬神経細胞の分化において、LIMK1による転写因子CREBのリン酸化が必要であることが示されている<ref name=Yang2004b><pubmed>14684741</pubmed></ref>。また、ラット海馬スライスを用いた高頻度刺激による後期長期増強(L-LTP)の誘導において、神経細胞の樹状突起スパインにおけるコフィリンのリン酸化と(それに続く)アクチンの重合が必要であることが示され、LIMKの関与が示唆された<ref name=Fukazawa2003><pubmed>12741991</pubmed></ref>。


=== 神経細胞以外における機能 ===
=== 神経細胞以外における機能 ===

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