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== 活性制御因子 ==
== 活性制御因子 ==
細胞応答におけるコフィリンのリン酸化の変動の解析やSSH1に対するプロテオミクス解析などから複数のSSHの制御因子や結合因子が同定されている。報告されているものを表1に示す。その中でSSH1とSSH2の主要な制御機構を記す。
 細胞応答におけるコフィリンのリン酸化の変動の解析やSSH1に対するプロテオミクス解析などから複数のSSHの制御因子や結合因子が同定されている。報告されているものを表1に示す。その中でSSH1とSSH2の主要な制御機構を記す。
=== アクチン線維との結合による活性化 ===
=== アクチン線維との結合による活性化 ===
SSH1は、N末端のAドメインがアクチン線維に結合することで1200倍以上活性化する<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [4][10]。SSH1, SSH2において、N末端のAドメインからBドメインにかけては酵素活性部位に対して自己阻害領域として働き、アクチン線維がAドメインと相互作用することによってその阻害が解除されることが示されている<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Yang2018></ref><ref name=Takahashi2017></ref> [4][7][11]。
 SSH1は、N末端のAドメインがアクチン線維に結合することで1200倍以上活性化する<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [4][10]。SSH1, SSH2において、N末端のAドメインからBドメインにかけては酵素活性部位に対して自己阻害領域として働き、アクチン線維がAドメインと相互作用することによってその阻害が解除されることが示されている<ref name=Kurita2008></ref><ref name=Yang2018></ref><ref name=Takahashi2017></ref> [4][7][11]。
リン酸化による不活性化
=== リン酸化による不活性化 ===
SSH1は、リン酸化によってその局在と活性が制御されることが示されている。SSH1は、C末端領域の937番目と978番目のセリン残基がリン酸化されると、それらのリン酸化に依存して14-3-3タンパク質が結合する。結合した14-3-3タンパク質は、SSH1をアクチン線維から解離させ、細胞質へと移行させ、活性を抑制することが示された<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10]。この937、978番目のセリンをリン酸化するリン酸化酵素として、プロテインキナーゼD1とD2 (PKD1, PKD2)が同定されている<ref name=Eiseler2009><pubmed>19329994</pubmed></ref><ref name=Peterburs2009><pubmed>19567672</pubmed></ref> [15][16]。また、PKD1は、SSH1の脱リン酸化酵素の活性中心近傍の402番目のセリン残基をリン酸化し、酵素活性を直接阻害することが示された<ref name=Spratley2011><pubmed>21832093</pubmed></ref> [17]。その他に、GSK3がSSH2のN末端のAドメイン内の21番目、25番目、32番目、35番目のセリン残基をリン酸化し、コフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制すること<ref name=Tang2011><pubmed>22172670</pubmed></ref> [18]、PAK4がSSH1のN末端領域をリン酸化することでコフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制することが示された<ref name=Soosairajah2005><pubmed>15660133</pubmed></ref> [13]。
 SSH1は、リン酸化によってその局在と活性が制御されることが示されている。SSH1は、C末端領域の937番目と978番目のセリン残基がリン酸化されると、それらのリン酸化に依存して14-3-3タンパク質が結合する。結合した14-3-3タンパク質は、SSH1をアクチン線維から解離させ、細胞質へと移行させ、活性を抑制することが示された<ref name=Nagata-Ohashi2004></ref> [10]。この937、978番目のセリンをリン酸化するリン酸化酵素として、プロテインキナーゼD1とD2 (PKD1, PKD2)が同定されている<ref name=Eiseler2009><pubmed>19329994</pubmed></ref><ref name=Peterburs2009><pubmed>19567672</pubmed></ref> [15][16]。また、PKD1は、SSH1の脱リン酸化酵素の活性中心近傍の402番目のセリン残基をリン酸化し、酵素活性を直接阻害することが示された<ref name=Spratley2011><pubmed>21832093</pubmed></ref> [17]。その他に、GSK3がSSH2のN末端のAドメイン内の21番目、25番目、32番目、35番目のセリン残基をリン酸化し、コフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制すること<ref name=Tang2011><pubmed>22172670</pubmed></ref> [18]、PAK4がSSH1のN末端領域をリン酸化することでコフィリンに対する脱リン酸化活性を抑制することが示された<ref name=Soosairajah2005><pubmed>15660133</pubmed></ref> [13]。
脱リン酸化による活性化
=== 脱リン酸化による活性化 ===
1. SSH1の脱リン酸化による活性制御も明らかにされている。ヒト線維芽細胞に対するカルシウムイオノフォアの添加やATP、ヒスタミンの刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇により、SSH1がカルモジュリン依存性脱リン酸化酵素であるカルシニューリンによって脱リン酸化され、コフィリンに対する脱リン酸化活性が促進されることが示された<ref name=Wang2005><pubmed>15671020</pubmed></ref> [19]。虚血を模した神経細胞に対するストレス応答やドーパミン刺激によるコフィリンの脱リン酸化においても、カルシニューリンによるSSH1の活性化が関与することを示唆する報告がある<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Madineni2016><pubmed>25526862</pubmed></ref> [20][21]。
 SSH1の脱リン酸化による活性制御も明らかにされている。ヒト線維芽細胞に対するカルシウムイオノフォアの添加やATP、ヒスタミンの刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇により、SSH1がカルモジュリン依存性脱リン酸化酵素であるカルシニューリンによって脱リン酸化され、コフィリンに対する脱リン酸化活性が促進されることが示された<ref name=Wang2005><pubmed>15671020</pubmed></ref> [19]。虚血を模した神経細胞に対するストレス応答やドーパミン刺激によるコフィリンの脱リン酸化においても、カルシニューリンによるSSH1の活性化が関与することを示唆する報告がある<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Madineni2016><pubmed>25526862</pubmed></ref> [20][21]。


• SSHの脳神経系における機能
== 脳神経系における機能 ==
コフィリンのリン酸化・脱リン酸化は、アクチン骨格の動的状態を制御する重要な反応であり、細胞の形態、運動性など様々な細胞応答に関与する。SSH1, SSH2, SSH3はLIMK1, LIMK2とともに脳神経にも発現しており、これらによるコフィリンのアクチン脱重合活性の正と負の制御によって神経突起の進展・退縮やスパインの形成に関与する。
 コフィリンのリン酸化・脱リン酸化は、アクチン骨格の動的状態を制御する重要な反応であり、細胞の形態、運動性など様々な細胞応答に関与する。SSH1, SSH2, SSH3はLIMK1, LIMK2とともに脳神経にも発現しており、これらによるコフィリンのアクチン脱重合活性の正と負の制御によって神経突起の進展・退縮やスパインの形成に関与する。
神経突起の伸展、退縮
=== 神経突起の伸展、退縮 ===
3. トリ後根神経節(DRG)細胞の神経突起やラット副腎髄質褐色腫由来のPC12細胞に対するNGFによる神経突起形成において、LIMK1やSSH1、SSH2の発現抑制はどちらも突起伸展を抑制する。また、LIMK1の過剰発現はコフィリンの過度の不活性化により伸展が抑制される<ref name=Endo2003><pubmed>12684437</pubmed></ref><ref name=Endo2007><pubmed>17360713</pubmed></ref> [22][23]。また、マウスDRG細胞に対するセマフォリンによる成長円錐の退縮や大脳皮質細胞に対するミエリン由来のNogo-66による神経突起の退縮の過程では、刺激直後にコフィリンはリン酸化が促進され、その後、SSH1による脱リン酸化が促進することが示されている<ref name=Aizawa2001><pubmed>11276226</pubmed></ref><ref name=Hsieh2006><pubmed>16421320</pubmed></ref> [24][25]。アフリカツメガエルの胚の脊髄神経細胞の初代培養において、培養後初期の4〜8時間ではBMP7の濃度勾配によって神経突起伸展が誘引されるが、一晩培養後の細胞ではBMP7の濃度勾配に対して反発が起こる。初期の突起伸展の誘引はLIMK1に依存しており、一晩培養後の反発への変換にはTRPチャネル依存的なカルシウム流入によるカルシニューリンの活性化、それに続くSSH1の活性化が必要であることが明らかにされた<ref name=Wen2007><pubmed>17606869</pubmed></ref> [26]。微小管関連蛋白質であるneuron navigator 2 (NAV2)のショウジョウバエのホモログであるSickieは、アクチン線維が豊富なキノコ体の神経軸索に局在してRac依存的な軸索の伸長に寄与する。遺伝学的な解析により、SickieはRacの下流で(Pakを介さずに)SSHによるコフィリンの脱リン酸化を促進し、軸索の伸長に寄与することが示された<ref name=Abe2014><pubmed>25411210</pubmed></ref> [27]。一方、RacはPakを介してLIMKを活性化し、コフィリンのリン酸化を促進する働きもある。sickieの変異体ではRacによるSSHの活性化が抑制され、LIMKの活性化だけが促進されるため、コフィリンの過剰なリン酸化が起こり、そのためアクチン線維のダイナミクスが低下し、軸索の伸長が阻害されると考えられる[27]。つまり、LIMKによるコフィリンのリン酸化(不活性化)とSSHによるコフィリンの脱リン酸化(活性化)の両方が軸索の伸長におけるアクチン線維のダイナミクスの制御に必要であり、LIMKとSSHの活性の適切なバランスと時空間的な制御が神経突起の伸長と退縮を決定する要因となっていると考えられる<ref name=Mizuno2013></ref><ref name=Abe2014><pubmed>25411210</pubmed></ref> [2][27]。
 トリ後根神経節(DRG)細胞の神経突起やラット副腎髄質褐色腫由来のPC12細胞に対するNGFによる神経突起形成において、LIMK1やSSH1、SSH2の発現抑制はどちらも突起伸展を抑制する。また、LIMK1の過剰発現はコフィリンの過度の不活性化により伸展が抑制される<ref name=Endo2003><pubmed>12684437</pubmed></ref><ref name=Endo2007><pubmed>17360713</pubmed></ref> [22][23]。また、マウスDRG細胞に対するセマフォリンによる成長円錐の退縮や大脳皮質細胞に対するミエリン由来のNogo-66による神経突起の退縮の過程では、刺激直後にコフィリンはリン酸化が促進され、その後、SSH1による脱リン酸化が促進することが示されている<ref name=Aizawa2001><pubmed>11276226</pubmed></ref><ref name=Hsieh2006><pubmed>16421320</pubmed></ref> [24][25]。アフリカツメガエルの胚の脊髄神経細胞の初代培養において、培養後初期の4〜8時間ではBMP7の濃度勾配によって神経突起伸展が誘引されるが、一晩培養後の細胞ではBMP7の濃度勾配に対して反発が起こる。初期の突起伸展の誘引はLIMK1に依存しており、一晩培養後の反発への変換にはTRPチャネル依存的なカルシウム流入によるカルシニューリンの活性化、それに続くSSH1の活性化が必要であることが明らかにされた<ref name=Wen2007><pubmed>17606869</pubmed></ref> [26]。微小管関連蛋白質であるneuron navigator 2 (NAV2)のショウジョウバエのホモログであるSickieは、アクチン線維が豊富なキノコ体の神経軸索に局在してRac依存的な軸索の伸長に寄与する。遺伝学的な解析により、SickieはRacの下流で(Pakを介さずに)SSHによるコフィリンの脱リン酸化を促進し、軸索の伸長に寄与することが示された<ref name=Abe2014><pubmed>25411210</pubmed></ref> [27]。一方、RacはPakを介してLIMKを活性化し、コフィリンのリン酸化を促進する働きもある。sickieの変異体ではRacによるSSHの活性化が抑制され、LIMKの活性化だけが促進されるため、コフィリンの過剰なリン酸化が起こり、そのためアクチン線維のダイナミクスが低下し、軸索の伸長が阻害されると考えられる[27]。つまり、LIMKによるコフィリンのリン酸化(不活性化)とSSHによるコフィリンの脱リン酸化(活性化)の両方が軸索の伸長におけるアクチン線維のダイナミクスの制御に必要であり、LIMKとSSHの活性の適切なバランスと時空間的な制御が神経突起の伸長と退縮を決定する要因となっていると考えられる<ref name=Mizuno2013></ref><ref name=Abe2014><pubmed>25411210</pubmed></ref> [2][27]。
スパイン形態の制御
=== スパイン形態の制御 ===
海馬スライス培養を用いた解析から長期抑制(LTD)の誘導によってスパイン後膜が細長く縮小する形態変化が見出されるが、これに対し、コフィリンのN末端のリン酸化ペプチドを細胞に導入してSSHの活性を抑制するとその形態変化が抑制されることが示された<ref name=Zhou2004><pubmed>15572107</pubmed></ref>[28]。また、大脳皮質神経細胞や皮質のスライス培養におけるAMPA受容体を介した興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current; EPSC)や長期増強(LTP)の発生にSSH1が必要であることが示された<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Gu2010><pubmed>20835250</pubmed></ref> [29][20]。その分子機構として、SSH1はコフィリンの活性化によるアクチン骨格の再構築を介してAMPA受容体をスパインへ輸送することに寄与することが示されている<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Gu2010><pubmed>20835250</pubmed></ref> [20][29]。エフリンAはチロシンキナーゼ型受容体のEph Aを介して樹状突起のスパインを細長い形態へと変化させることが見出され、その過程は、Eph Aからのシグナルがカルシニューリンを介したSSH1の活性化とコフィリンの活性化によって引き起こされることが示された<ref name=Zhou2012><pubmed>22282498</pubmed></ref> [30]。また、NMDAの刺激により海馬神経細胞の樹状突起の成熟したマッシュルーム様の形態をしたスパインが縮小するが、これにはβ-アレスチン-2がコフィリンと結合してスパインへコフィリンを輸送することが必要であること、β-アレスチン-2とともにスパインへ移行したSSH1は、コフィリンを脱リン酸化してスパインのリモデリングに寄与することが示された<ref name=Pontrello2012><pubmed> 22308427</pubmed></ref> [31]。
 海馬スライス培養を用いた解析から長期抑制(LTD)の誘導によってスパイン後膜が細長く縮小する形態変化が見出されるが、これに対し、コフィリンのN末端のリン酸化ペプチドを細胞に導入してSSHの活性を抑制するとその形態変化が抑制されることが示された<ref name=Zhou2004><pubmed>15572107</pubmed></ref>[28]。また、大脳皮質神経細胞や皮質のスライス培養におけるAMPA受容体を介した興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current; EPSC)や長期増強(LTP)の発生にSSH1が必要であることが示された<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Gu2010><pubmed>20835250</pubmed></ref> [29][20]。その分子機構として、SSH1はコフィリンの活性化によるアクチン骨格の再構築を介してAMPA受容体をスパインへ輸送することに寄与することが示されている<ref name=Yuen2010><pubmed>20442266</pubmed></ref><ref name=Gu2010><pubmed>20835250</pubmed></ref> [20][29]。エフリンAはチロシンキナーゼ型受容体のEph Aを介して樹状突起のスパインを細長い形態へと変化させることが見出され、その過程は、Eph Aからのシグナルがカルシニューリンを介したSSH1の活性化とコフィリンの活性化によって引き起こされることが示された<ref name=Zhou2012><pubmed>22282498</pubmed></ref> [30]。また、NMDAの刺激により海馬神経細胞の樹状突起の成熟したマッシュルーム様の形態をしたスパインが縮小するが、これにはβ-アレスチン-2がコフィリンと結合してスパインへコフィリンを輸送することが必要であること、β-アレスチン-2とともにスパインへ移行したSSH1は、コフィリンを脱リン酸化してスパインのリモデリングに寄与することが示された<ref name=Pontrello2012><pubmed> 22308427</pubmed></ref> [31]。


• 神経細胞以外の細胞応答におけるSSHの機能
== 神経細胞以外の細胞応答 ==
細胞分裂
=== 細胞分裂 ===
細胞分裂の進行において、コフィリンのリン酸化による活性制御が重要な働きを持つことが示されている。コフィリンは、M期前期・中期に高いレベルでリン酸化されており、終期、分裂期に脱リン酸化される。コフィリンのリン酸化レベルの変化に相関して、LIMK1のリン酸化活性は前期・中期で高く、終期・分裂期では低く、SSH1の脱リン酸化活性は前期・中期で低く、終期・分裂期に高くなる<ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref>[32]。SSH1の働きを抑制すると分裂溝のアクチン線維の収縮が阻害され、分裂の失敗による多核細胞の増加が引き起こされる。SSH1は、前期・中期には高度にリン酸化されており、また、終期・細胞質分裂期には脱リン酸化される。SSH1は終期・細胞質分裂期には収縮環とミッドボディーに局在する。これらを総合すると、SSH1は、M期前期・中期にはリン酸化により活性が抑制されており、終期・細胞質分裂期には脱リン酸化されアクチン線維との結合によって活性化され、コフィリンの脱リン酸化によるアクチン骨格の動態を活発化することで細胞分裂の遂行に寄与すると考えられる<ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref> [32]。
 細胞分裂の進行において、コフィリンのリン酸化による活性制御が重要な働きを持つことが示されている。コフィリンは、M期前期・中期に高いレベルでリン酸化されており、終期、分裂期に脱リン酸化される。コフィリンのリン酸化レベルの変化に相関して、LIMK1のリン酸化活性は前期・中期で高く、終期・分裂期では低く、SSH1の脱リン酸化活性は前期・中期で低く、終期・分裂期に高くなる<ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref>[32]。SSH1の働きを抑制すると分裂溝のアクチン線維の収縮が阻害され、分裂の失敗による多核細胞の増加が引き起こされる。SSH1は、前期・中期には高度にリン酸化されており、また、終期・細胞質分裂期には脱リン酸化される。SSH1は終期・細胞質分裂期には収縮環とミッドボディーに局在する。これらを総合すると、SSH1は、M期前期・中期にはリン酸化により活性が抑制されており、終期・細胞質分裂期には脱リン酸化されアクチン線維との結合によって活性化され、コフィリンの脱リン酸化によるアクチン骨格の動態を活発化することで細胞分裂の遂行に寄与すると考えられる<ref name=Kaji2003><pubmed>12807904</pubmed></ref> [32]。
減数分裂
=== 減数分裂 ===
アフリカツメガエルの未熟な卵母細胞は、第一減数分裂前期で停止しており、コフィリンが高度にリン酸化されている。減数分裂が進行する上で、SSHによるコフィリンの脱リン酸化が必要である。その過程で、SSHは、C末端付近が高度にリン酸化され、アクチン線維との親和性を上昇させることでコフィリンの脱リン酸化・活性化を促進し、減数分裂の進行、紡錘体の形成に寄与することが示された<ref name=Iwase2013><pubmed>23615437</pubmed></ref> [33]。前項でSSH1のC末端領域のリン酸化はSSH1を不活性化することを記述したが、アフリカツメガエルのSSHのC末端側の配列は、哺乳類のSSH1, SSH2と相同性が低く、異なる制御を受けていると考えられる<ref name=Iwase2013><pubmed>23615437</pubmed></ref> [33]。
 アフリカツメガエルの未熟な卵母細胞は、第一減数分裂前期で停止しており、コフィリンが高度にリン酸化されている。減数分裂が進行する上で、SSHによるコフィリンの脱リン酸化が必要である。その過程で、SSHは、C末端付近が高度にリン酸化され、アクチン線維との親和性を上昇させることでコフィリンの脱リン酸化・活性化を促進し、減数分裂の進行、紡錘体の形成に寄与することが示された<ref name=Iwase2013><pubmed>23615437</pubmed></ref> [33]。前項でSSH1のC末端領域のリン酸化はSSH1を不活性化することを記述したが、アフリカツメガエルのSSHのC末端側の配列は、哺乳類のSSH1, SSH2と相同性が低く、異なる制御を受けていると考えられる<ref name=Iwase2013><pubmed>23615437</pubmed></ref> [33]。
細胞遊走
=== 細胞遊走 ===
ヒト急性T細胞性白血病細胞株Jurkat細胞に対するSDF-1刺激による細胞遊走では、最初に一過的に全方位にラメリポディアが形成され、その後、徐々にラメリポディアの形成部位が限定され一方向に収束し、細胞は移動極性を獲得して一方向に移動するようになる。この過程で、コフィリンは、刺激後、一過的にリン酸レベルが上昇し、その後、刺激前のレベルまで低下し、その過程はラメリポディア形成の変化と対応する。LIMK1とSSH1の発現抑制の解析から、LIMK1はラメリポディアの突出に必要であり、SSH1はラメリポディアの退縮に必要であるとともに、ラメリポディアの形成部位を一方向に限定する移動極性の形成に必要であることが示された<ref name=Nishita2005><pubmed>16230460</pubmed></ref> [34]。
 ヒト急性T細胞性白血病細胞株Jurkat細胞に対するSDF-1刺激による細胞遊走では、最初に一過的に全方位にラメリポディアが形成され、その後、徐々にラメリポディアの形成部位が限定され一方向に収束し、細胞は移動極性を獲得して一方向に移動するようになる。この過程で、コフィリンは、刺激後、一過的にリン酸レベルが上昇し、その後、刺激前のレベルまで低下し、その過程はラメリポディア形成の変化と対応する。LIMK1とSSH1の発現抑制の解析から、LIMK1はラメリポディアの突出に必要であり、SSH1はラメリポディアの退縮に必要であるとともに、ラメリポディアの形成部位を一方向に限定する移動極性の形成に必要であることが示された<ref name=Nishita2005><pubmed>16230460</pubmed></ref> [34]。
精子形成
=== 精子形成 ===
SSH2の遺伝子欠損マウスは、精子の先体反応に必要なアクロソームの形成異常により精子形成が不全となりオスの不妊になることが明らかにされた<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12]。SSH2欠損によるアクロソームの形成不全は、ゴルジ体からの前アクロソーム小胞の移動と融合が停止してしまうことが原因であり、この過程でSSH2によるコフィリンの活性化を介したアクチン骨格の再構築が必要であることが示唆された<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12]。
SSH2の遺伝子欠損マウスは、精子の先体反応に必要なアクロソームの形成異常により精子形成が不全となりオスの不妊になることが明らかにされた<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12]。SSH2欠損によるアクロソームの形成不全は、ゴルジ体からの前アクロソーム小胞の移動と融合が停止してしまうことが原因であり、この過程でSSH2によるコフィリンの活性化を介したアクチン骨格の再構築が必要であることが示唆された<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12]。
心臓の発生
=== 心臓の発生 ===
ゼブラフィッシュをモデルとした機械刺激応答による心臓の形態形成の制御において、その過程に必要であるビンキュリンの結合タンパク質としてSSH1が同定された<ref name=Fukuda2019><pubmed>31495694</pubmed></ref> [35]。SSH1は、細胞への機械的力負荷に依存してN末端領域でビンキュリンと直接結合し、コフィリンを活性化することが示され、この経路は心筋細胞内の整列したサルコメアの形成に必要であることが示された<ref name=Fukuda2019><pubmed>31495694</pubmed></ref> [35]。
 ゼブラフィッシュをモデルとした機械刺激応答による心臓の形態形成の制御において、その過程に必要であるビンキュリンの結合タンパク質としてSSH1が同定された<ref name=Fukuda2019><pubmed>31495694</pubmed></ref> [35]。SSH1は、細胞への機械的力負荷に依存してN末端領域でビンキュリンと直接結合し、コフィリンを活性化することが示され、この経路は心筋細胞内の整列したサルコメアの形成に必要であることが示された<ref name=Fukuda2019><pubmed>31495694</pubmed></ref> [35]。
血管の線維化
ssh1遺伝子の欠損マウスは正常に生まれ表現型に異常は見られないが、アンジオテンシン投与による高血圧の誘導における血管のリモデリングにおいて線維化を悪化させることが示された。この知見から、SSH1は血管の炎症時のTGF-βシグナルを抑制し、過剰な線維化を防止する働きがあることが示唆された<ref name=Williams2019><pubmed>30291325</pubmed></ref> [36]。


遺伝子欠損マウスの表現型
=== 遺伝子欠損マウスの表現型 ===
3種類のSSHについて遺伝子欠損マウスが作製されている。ssh1遺伝子の欠損マウスは正常に発生し、生殖能力にも影響は見られていないが、高血圧モデルのマウスにおいて、血管の線維化が促進されることが示されている<ref name=Williams2019><pubmed>30291325</pubmed></ref> [36](前項参照)。また、アルツハイマー病モデルの症状が緩和されることが示されている<ref name=Cazzaro2023><pubmed> 37463212</pubmed></ref> [37](次項参照)。ssh2遺伝子の欠損マウスは、正常に発生するが、精子形成における先体の形成が未熟になりオスが不妊となることが示されている<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12](前項参照)。ssh3遺伝子の欠損マウスは正常に発生し、生殖能力にも影響は見られていない<ref name=Kousaka2008></ref> [8]。
 3種類のSSHについて遺伝子欠損マウスが作製されている。


• 疾患との関わり
 ssh1遺伝子の欠損マウスは正常に生まれ表現型に異常は見られないが、アンジオテンシン投与による高血圧の誘導における血管のリモデリングにおいて線維化を悪化させることが示された。この知見から、SSH1は血管の炎症時のTGF-βシグナルを抑制し、過剰な線維化を防止する働きがあることが示唆された<ref name=Williams2019><pubmed>30291325</pubmed></ref> [36]。
神経疾患 ===
アルツハイマー病との関連
アルツハイマー病の初期の神経細胞傷害に関わる酸化ストレスにおいて、SSH1は複数の過程に関与し増悪因子として機能することが示されている。アルツハイマー病の原因因子の一つであるアミロイドβオリゴマー(Aβオリゴマー)は、神経細胞に対してインテグリン依存的にSSH1を活性化し、コフィリンを脱リン酸化する。脱リン酸化されたコフィリンはアミロイド前駆体タンパク質やインテグリンの取り込みを促進する機能を持つRan-binding protein 9 (RanBP9)とともにミトコンドリアに移行し、活性酸素種(ROS)の産生を誘導する。その酸化ストレスによってコフィリンのシステイン残基が酸化され、ジスルフィド結合を形成して多量体化してアクチン線維との凝集体であるアクチンロッドを形成し、神経細胞の傷害を引き起こすことが示されている<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。また、RanBP9は、SSH1の分解を抑制して安定化に働くことでAβオリゴマーによるコフィリンの活性化に寄与していることが示された<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。これとは別に、SSH1は、オートファジーの隔離膜にユビキチン化されたミトコンドリアなどを結合する受容体として働くSQSTM1/p62に結合し、SQSTM1/p62の活性に必要な402番目のセリン残基のリン酸基を脱リン酸化し、傷ついたミトコンドリアのオートファジーによる除去(マイトファジー)を抑制することが明らかにされた<ref name=Fang2021></ref> [5]。さらに、SSH1は、ホスファターゼドメインよりC末端側でSQSTM1/p62と結合し(図2)、その脱リン酸化活性に依存せずにマイトファジーを抑制することで細胞内のROSの増加を引き起こし、神経細胞の傷害を増悪化することが示された<ref name=Cazzaro2023b><pubmed>36637427</pubmed></ref> [39]。また、アルツハイマー病の初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。さらに、これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name=Cazzaro2023></ref> [37]。一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。
複数種類の癌において、癌の悪性化とSSHの関連性が報告されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。いずれもSSHの発現の上昇と癌の悪性化が相関している。LIMK1の発現の上昇も癌の悪性化と相関しており、LIMKとSSHによるコフィリンの活性制御のバランスの変化が癌細胞の運動性や浸潤能を亢進し、癌の悪性化をもたらすのではないかと考えられる。SSH1とSSH2においては、乳癌<ref name=Chen2017><pubmed>29029503</pubmed></ref> [42]、膵臓癌、大腸癌、胃癌、膀胱尿路上皮癌、肝癌との関連が示されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。SSH3においては膵臓癌<ref name=Wang2015><pubmed>25684665</pubmed></ref><ref name=Yang2024><pubmed>38726290</pubmed></ref> [43][44]、転移性前立腺癌<ref name=Muller2018><pubmed>29248718</pubmed></ref> [45]、大腸癌<ref name=Hu2019><pubmed> 31218112</pubmed></ref><ref name=Song2020><pubmed>32020663</pubmed></ref> [46][47]との関連が示されている。また、腸膜上皮細胞の細胞層を肝癌細胞が頂端側から基底側に浸潤するモデル系において、SSH1はその浸潤に必要であることが示されている<ref name=Horita2008><pubmed>18171679</pubmed></ref> [48]。


• 関連語
 また、アルツハイマー病モデルの症状が緩和されることが示されている<ref name=Cazzaro2023><pubmed> 37463212</pubmed></ref> [37](次項参照)。ssh2遺伝子の欠損マウスは、正常に発生するが、精子形成における先体の形成が未熟になりオスが不妊となることが示されている<ref name=Xu2023><pubmed> 36942942</pubmed></ref> [12](前項参照)。ssh3遺伝子の欠損マウスは正常に発生し、生殖能力にも影響は見られていない<ref name=Kousaka2008></ref> [8]。
コフィリン
脱リン酸化酵素
LIMキナーゼ
アクチン
細胞移動
アルツハイマー病
マイトファジー
酸化ストレス


== 疾患との関わり ==
参考文献
=== アルツハイマー病 ===
 病初期の神経細胞傷害に関わる酸化ストレスにおいて、SSH1は複数の過程に関与し増悪因子として機能することが示されている。原因因子の一つであるアミロイドβオリゴマー(Aβオリゴマー)は、神経細胞に対してインテグリン依存的にSSH1を活性化し、コフィリンを脱リン酸化する。脱リン酸化されたコフィリンはアミロイド前駆体タンパク質やインテグリンの取り込みを促進する機能を持つRan-binding protein 9 (RanBP9)とともにミトコンドリアに移行し、活性酸素種(ROS)の産生を誘導する。その酸化ストレスによってコフィリンのシステイン残基が酸化され、ジスルフィド結合を形成して多量体化してアクチン線維との凝集体であるアクチンロッドを形成し、神経細胞の傷害を引き起こすことが示されている<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。また、RanBP9は、SSH1の分解を抑制して安定化に働くことでAβオリゴマーによるコフィリンの活性化に寄与していることが示された<ref name=Woo2015><pubmed>25741591</pubmed></ref> [38]。
 
 これとは別に、SSH1は、オートファジーの隔離膜にユビキチン化されたミトコンドリアなどを結合する受容体として働くSQSTM1/p62に結合し、SQSTM1/p62の活性に必要な402番目のセリン残基のリン酸基を脱リン酸化し、傷ついたミトコンドリアのオートファジーによる除去(マイトファジー)を抑制することが明らかにされた<ref name=Fang2021></ref> [5]。さらに、SSH1は、ホスファターゼドメインよりC末端側でSQSTM1/p62と結合し(図2)、その脱リン酸化活性に依存せずにマイトファジーを抑制することで細胞内のROSの増加を引き起こし、神経細胞の傷害を増悪化することが示された<ref name=Cazzaro2023b><pubmed>36637427</pubmed></ref> [39]。
 
 また、病初期に起こる酸化的障害に対して、転写因子Nrf2が保護的に働くが、SQSTM1/p62は、Nrf2の分解を促進するKeap1と競合的に結合し、Nrf2の分解を抑制して、その細胞防御機能を強化する。SSH1は、SQSTM1/p62に結合して、Keap1のNrf2への結合を促進することでNrf2の分解を促進し、酸化的な細胞障害に対する保護機能を減弱させることが示された。さらに、これらのアルツハイマー病の原因となる現象はSSH1の発現抑制や遺伝子欠損によって回復することが示されている<ref name=Cazzaro2023></ref> [37]。
 
 一方、γセクレターゼによるアミロイドβの生成によってSSH1の活性が抑制され、コフィリンのリン酸化が亢進し、神経細胞の傷害を引き起こしているとの報告がある<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。この矛盾する結果は、解析した対象個体の年齢の違いによると説明されているが詳細は不明である<ref name=Barone2014><pubmed>25315299</pubmed></ref> [40]。
=== 癌 ===
 複数種類の癌において、癌の悪性化とSSHの関連性が報告されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。いずれもSSHの発現の上昇と癌の悪性化が相関している。LIMK1の発現の上昇も癌の悪性化と相関しており、LIMKとSSHによるコフィリンの活性制御のバランスの変化が癌細胞の運動性や浸潤能を亢進し、癌の悪性化をもたらすのではないかと考えられる。SSH1とSSH2においては、乳癌<ref name=Chen2017><pubmed>29029503</pubmed></ref> [42]、膵臓癌、大腸癌、胃癌、膀胱尿路上皮癌、肝癌との関連が示されている<ref name=Gao2021><pubmed>33964330</pubmed></ref> [41]。SSH3においては膵臓癌<ref name=Wang2015><pubmed>25684665</pubmed></ref><ref name=Yang2024><pubmed>38726290</pubmed></ref> [43][44]、転移性前立腺癌<ref name=Muller2018><pubmed>29248718</pubmed></ref> [45]、大腸癌<ref name=Hu2019><pubmed> 31218112</pubmed></ref><ref name=Song2020><pubmed>32020663</pubmed></ref> [46][47]との関連が示されている。また、腸膜上皮細胞の細胞層を肝癌細胞が頂端側から基底側に浸潤するモデル系において、SSH1はその浸潤に必要であることが示されている<ref name=Horita2008><pubmed>18171679</pubmed></ref> [48]。
 
== 関連用語 ==
* [[コフィリン]]
* [[脱リン酸化酵素]]
* [[LIMキナーゼ]]
* [[アクチン]]
* [[細胞移動]]
* [[アルツハイマー病]]
* [[マイトファジー]]
* [[酸化ストレス]]
 
== 参考文献 ==

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