「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」の版間の差分

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 CGRPは合成後、感覚神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の脱分極に伴いカルシウム依存性エキソサイトーシスを介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>15。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合ペプチダーゼである中性エンドペプチダーゼ(ネプリライシン)により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>16。また、エンドセリン変換酵素によっても分解され、マウスの肺線維症を悪化させる可能性が示されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>17。
 CGRPは合成後、感覚神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の脱分極に伴いカルシウム依存性エキソサイトーシスを介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>15。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合ペプチダーゼである中性エンドペプチダーゼ(ネプリライシン)により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>16。また、エンドセリン変換酵素によっても分解され、マウスの肺線維症を悪化させる可能性が示されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>17。


== 機能 ==
==受容体==
=== 基本的特徴と受容体===
 CGRPは神経修飾因子(neuromodulator)として中枢神経において多彩な機能を果たす。CGRPは以下の2種類の受容体を介して作用する(図2)。
 CGRPは神経修飾因子(neuromodulator)として中枢神経において多彩な機能を果たす。CGRPは以下の2種類の受容体を介して作用する(図2)。
==== CGRP受容体 ====
=== CGRP受容体 ===
:'''構造''':カルシトニン受容体様受容体(CRLR)と受容体活性修飾タンパク質(receptor activity-modifying protein 1; RAMP1)の複合体(CRLR/RMAP1複合体)<br>
:'''構造''':カルシトニン受容体様受容体(CRLR)と受容体活性修飾タンパク質(receptor activity-modifying protein 1; RAMP1)の複合体(CRLR/RMAP1複合体)<br>
:'''シグナル伝達経路''':Gsタンパク質を介してアデニル酸シクラーゼ(AC)を活性化し、cAMP-PKA経路を活性化する<br>
:'''シグナル伝達経路''':Gsタンパク質を介してアデニル酸シクラーゼ(AC)を活性化し、cAMP-PKA経路を活性化する<br>
:'''主な発現部位''':頭蓋内血管<ref name=Eftekhari2013><pubmed>23958278</pubmed></ref><ref name=Edvinsson2010><pubmed>20416945</pubmed></ref>18, 19硬膜<ref name=Eftekhari2013 /><ref name=Lennerz2008><pubmed>18186028</pubmed></ref>18, 20三叉神経節<ref name=Eftekhari2010><pubmed>20472035</pubmed></ref><ref name=Tajti1999><pubmed>10412842</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2015><pubmed>25463029</pubmed></ref>21, 22, 23脳幹<ref name=Tajti2001><pubmed>11422090</pubmed></ref>24、三叉神経尾核<ref name=Eftekhari2011><pubmed>22074408</pubmed></ref>25、大脳皮質、海馬、小脳<ref name=Eftekhari2011 />25、視床核、視床下核、視床後部<ref name=Sowers2020><pubmed>32750230</pubmed></ref>26、三叉神経脊髄路核<ref name=Walker2015><pubmed>26125036</pubmed></ref>27、扁桃体<ref name=Nguyen1986><pubmed>3488544</pubmed></ref>28、島皮質<ref name=Yasui1989><pubmed>2613940</pubmed></ref>29<br>
:'''主な発現部位''':頭蓋内血管<ref name=Eftekhari2013><pubmed>23958278</pubmed></ref><ref name=Edvinsson2010><pubmed>20416945</pubmed></ref>18, 19硬膜<ref name=Eftekhari2013 /><ref name=Lennerz2008><pubmed>18186028</pubmed></ref>18, 20三叉神経節<ref name=Eftekhari2010><pubmed>20472035</pubmed></ref><ref name=Tajti1999><pubmed>10412842</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2015><pubmed>25463029</pubmed></ref>21, 22, 23脳幹<ref name=Tajti2001><pubmed>11422090</pubmed></ref>24、三叉神経尾核<ref name=Eftekhari2011><pubmed>22074408</pubmed></ref>25、大脳皮質、海馬、小脳<ref name=Eftekhari2011 />25、視床核、視床下核、視床後部<ref name=Sowers2020><pubmed>32750230</pubmed></ref>26、三叉神経脊髄路核<ref name=Walker2015><pubmed>26125036</pubmed></ref>27、扁桃体<ref name=Nguyen1986><pubmed>3488544</pubmed></ref>28、島皮質<ref name=Yasui1989><pubmed>2613940</pubmed></ref>29<br>


==== AMY1受容体 ====
=== AMY1受容体 ===
:'''構造''':カルシトニン受容体:(calcitonin receptor)とRAMP1の複合体 (CTR/RAMP1複合体)<br>
:'''構造''':カルシトニン受容体:(calcitonin receptor)とRAMP1の複合体 (CTR/RAMP1複合体)<br>
:'''シグナル伝達経路''':CGRP受容体と類似のcAMP-PKA経路<br>
:'''シグナル伝達経路''':CGRP受容体と類似のcAMP-PKA経路<br>
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図 文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>33,34,35より改変
図 文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>33,34,35より改変
== 機能==
=== 中枢感作 ===
 CGRPは中枢感作(central sensitization)を引き起こし、慢性痛や片頭痛の病態形成に重要な役割を果たす。生理作用は以下の二つに分類される。
==== 侵害受容伝達 ====
 脊髄後角および三叉神経脊髄路核において、CGRPはグルタミン酸の放出を引き起こし、中枢感作を起こす<ref name=Marviz2007><pubmed>17614212</pubmed></ref>36。さらに、炎症性物質であるサブスタンスPがAMPAおよびNMDA受容体の両方に作用する力を増強する<ref name=Seybold2009><pubmed>19655115</pubmed></ref>37。これにより、CGRPは機械的アロディニアを引き起こす。また、小胞グルタミン酸トランスポーターを介したグルタミン酸伝達は、CGRPによる持続性炎症に関連する熱痛覚過敏の発生に不可欠であり、痛みや痒みの促進に関与する<ref name=Rogoz2014><pubmed>24275230</pubmed></ref>38。
 視床においては、ヒトの網膜と視床後部は関連があることが報告されている<ref name=Maleki2012><pubmed>21337474</pubmed></ref>39。また、マウスの視床後部にCGRPを注入すると、光過敏が誘発され、片頭痛患者の光過敏症に類似した反応が引き起こされることが示されている<ref name=Sowers2020 />26。
 さらに、島皮質<ref name=Liu2020 />34や前帯状皮質<ref name=Li2019><pubmed>30717631</pubmed></ref>40においてCGRPが増加すると、グルタミン酸作動性シグナル伝達が増強され、痛みの不快感が増強されることが示されている。このように、CGRPは急性の痛みに加え、慢性的疼痛の形成にも関与する。


=== 中枢感作 ===
=== 嫌悪的行動 ===
CGRPは中枢感作(central sensitization)を引き起こし、慢性痛や片頭痛の病態形成に重要な役割を果たす。生理作用は以下の二つに分類される。
 CGRPは不安や恐怖といった情動行動、ならびに食べ物<ref name=Campos2017><pubmed>28581479</pubmed></ref>41や光に対する嫌悪行動に関与する。これらの行動は、恐怖や不安を引き起こす分界条床核を含む扁桃体のシナプス伝達をCGRPが調節することによって制御されることが知られている<ref name=Sink2011><pubmed>21289190</pubmed></ref>42。さらに分界条床核において遊離されるCGRPはストレスに応答して、不安応答ペプチドである副腎皮質刺激ホルモン放出因子の放出を増加させ、不安行動を惹起することが示されている<ref name=Sink2013><pubmed>23376701</pubmed></ref>43。
1)侵害受容伝達
 
4. 脊髄後角および三叉神経脊髄路核において、CGRPはグルタミン酸の放出を引き起こし、中枢感作を起こす<ref name=Marviz2007><pubmed>17614212</pubmed></ref>36。さらに、炎症性物質であるサブスタンスPがAMPAおよびNMDA受容体の両方に作用する力を増強する<ref name=Seybold2009><pubmed>19655115</pubmed></ref>37。これにより、CGRPは機械的アロディニアを引き起こす。また、小胞グルタミン酸トランスポーターを介したグルタミン酸伝達は、CGRPによる持続性炎症に関連する熱痛覚過敏の発生に不可欠であり、痛みや痒みの促進に関与する<ref name=Rogoz2014><pubmed>24275230</pubmed></ref>38。
 一方、記憶の形成と空間認知を担う海馬においても、CGRPは不安および恐怖記憶に関与する。海馬にCGRPを投与すると、恐怖文脈条件付けによる恐怖記憶の保持が低下し、これは転写調節因子Npas4の増加を介して生じることが報告されている<ref name=Hashikawa-Hobara2021><pubmed>33772088</pubmed></ref>44。さらに、CGRPの海馬投与により不安行動が誘発されるが、これはドパミン代謝酵素であるモノアミン酸化酵素Bのエピジェネティックな調節を介した産生増加により、ドパミンの減少が引き起こされることによると考えられている<ref name=Hashikawa-Hobara2024><pubmed>38503899</pubmed></ref>45。
視床においては、ヒトの網膜と視床後部は関連があることが報告されている39。また、マウスの視床後部にCGRPを注入すると、光過敏が誘発され、片頭痛患者の光過敏症に類似した反応が引き起こされることが示されている<ref name=Sowers2020 />26。
 
5. さらに、島皮質<ref name=Liu2020 />34や前帯状皮質<ref name=Li2019><pubmed>30717631</pubmed></ref>40においてCGRPが増加すると、グルタミン酸作動性シグナル伝達が増強され、痛みの不快感が増強されることが示されている。このように、CGRPは急性の痛みに加え、慢性的疼痛の形成にも関与する。
=== 細胞保護 ===
2) 嫌悪的行動
 CGRPは、その強力な血管拡張作用を有することから推察されるように、心血管系において保護的な役割を果たす。例えば、血管肥大を抑制し<ref name=Argunhan2021><pubmed>33641368</pubmed></ref>46、酸化ストレスから守る働きを示す<ref name=Smillie2014><pubmed>24516108</pubmed></ref>47。肺においては、肺動脈の血管拡張を引き起こし、低酸素症による障害からの保護作用を持つ<ref name=Tjen-A-Looi1992><pubmed>1357980</pubmed></ref>48。一方で、小児の呼吸器疾患モデルマウスでは、肺においてCGRPが過剰発現し、低酸素症を引き起こすことが報告されており、CGRP受容体拮抗薬の投与によってその症状が抑制されることが示されている<ref name=Xu2022><pubmed>35303432</pubmed></ref>49。
6. CGRPは不安や恐怖といった情動行動、ならびに食べ物<ref name=Campos2017><pubmed>28581479</pubmed></ref>41や光に対する嫌悪行動に関与する。これらの行動は、恐怖や不安を引き起こす分界条床核を含む扁桃体のシナプス伝達をCGRPが調節することによって制御されることが知られている<ref name=Sink2011><pubmed>21289190</pubmed></ref>42。さらに分界条床核において遊離されるCGRPはストレスに応答して、不安応答ペプチドである副腎皮質刺激ホルモン放出因子の放出を増加させ、不安行動を惹起することが示されている<ref name=Sink2013><pubmed>23376701</pubmed></ref>43。
 
7. 一方、記憶の形成と空間認知を担う海馬においても、CGRPは不安および恐怖記憶に関与する。海馬にCGRPを投与すると、恐怖文脈条件付けによる恐怖記憶の保持が低下し、これは転写調節因子Npas4の増加を介して生じることが報告されている<ref name=Hashikawa-Hobara2021><pubmed>33772088</pubmed></ref>44。さらに、CGRPの海馬投与により不安行動が誘発されるが、これはドパミン代謝酵素であるモノアミン酸化酵素Bのエピジェネティックな調節を介した産生増加により、ドパミンの減少が引き起こされることによると考えられている<ref name=Hashikawa-Hobara2024><pubmed>38503899</pubmed></ref>45。
 免疫系においてCGRPは炎症促進作用と抗炎症作用の両方を持つことが明らかになっている<ref name=Assas2014><pubmed>24592205</pubmed></ref><ref name=Shepherd2005><pubmed>16162264</pubmed></ref>50, 51。CGRPは肥満細胞に作用し、炎症性サイトカインやヒスタミンの放出を促進する<ref name=Piotrowski1986><pubmed>2417614</pubmed></ref>52。また、T細胞にも影響を与え、インターロイキン4の産生を増加させる一方で、インターフェロンγとインターロイキン2の産生を減少させる<ref name=Assas2014 />50。


=== CGRPの細胞保護 ===
 これらの知見は、CGRPは細胞保護効果を持つ一方で、過剰に遊離されると有害な影響を及ぼす可能性があることを示唆している。すなわち、組織障害時にCGRPの上昇は損傷を引き起こすのではなく、むしろ改善を図る代償的な反応であると考えられる。しかし、その発現量が増えれば増えるほど良いという単純な関係ではなく、CGRPは極めて複雑かつ広範囲な制御機能を有していることが示唆される。
8. CGRPは、その強力な血管拡張作用を有することから推察されるように、心血管系において保護的な役割を果たす。例えば、血管肥大を抑制し<ref name=Argunhan2021><pubmed>33641368</pubmed></ref>46、酸化ストレスから守る働きを示す<ref name=Smillie2014><pubmed>24516108</pubmed></ref>47。肺においては、肺動脈の血管拡張を引き起こし、低酸素症による障害からの保護作用を持つ<ref name=Tjen-A-Looi1992><pubmed>1357980</pubmed></ref>48。一方で、小児の呼吸器疾患モデルマウスでは、肺においてCGRPが過剰発現し、低酸素症を引き起こすことが報告されており、CGRP受容体拮抗薬の投与によってその症状が抑制されることが示されている<ref name=Xu2022><pubmed>35303432</pubmed></ref>49。免疫系においてCGRPは炎症促進作用と抗炎症作用の両方を持つことが明らかになっている<ref name=Assas2014><pubmed>24592205</pubmed></ref><ref name=Shepherd2005><pubmed>16162264</pubmed></ref>50, 51。CGRPは肥満細胞に作用し、炎症性サイトカインやヒスタミンの放出を促進する<ref name=Piotrowski1986><pubmed>2417614</pubmed></ref>52。また、T細胞にも影響を与え、インターロイキン4の産生を増加させる一方で、インターフェロンγとインターロイキン2の産生を減少させる<ref name=Assas2014 />50。これらの知見は、CGRPは細胞保護効果を持つ一方で、過剰に遊離されると有害な影響を及ぼす可能性があることを示唆している。すなわち、組織障害時にCGRPの上昇は損傷を引き起こすのではなく、むしろ改善を図る代償的な反応であると考えられる。しかし、その発現量が増えれば増えるほど良いという単純な関係ではなく、CGRPは極めて複雑かつ広範囲な制御機能を有していることが示唆される。


== 疾患との関わり ==
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