「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」の版間の差分

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== カルシトニン遺伝子関連ペプチドとは ==
== カルシトニン遺伝子関連ペプチドとは ==
 カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide; CGRP)は1982年にラットの甲状腺から発見された<ref name=Amara1982><pubmed>6283379</pubmed></ref>1。当初は選択的スプライシングの一例として注目され、カルシトニンをコードするエクソンが除去されることで、CGRPをコードする新たな下流エクソンと、新たなポリアデニル化部位が含まれることが明らかとなった。そのため、この転写物は「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」と命名された。その後の研究によりCGRPは多機能性をもつ重要な神経ペプチドとして認識されるに至った。
 1982年に[[ラット]][[甲状腺]]から発見された<ref name=Amara1982><pubmed>6283379</pubmed></ref>1。当初は[[選択的スプライシング]]の一例として注目され、[[カルシトニン]]をコードする[[エクソン]]が除去されることで、CGRPをコードする新たな下流エクソンと、新たな[[ポリアデニル化部位]]が含まれることが明らかとなった。そのため、この転写物は「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」と命名された。その後の研究によりCGRPは多機能性をもつ重要な[[神経ペプチド]]として認識されるに至った。


 強力な血管拡張作用を有することから、降圧薬としての応用が期待された。しかし、高血圧におけるCGRPの役割は一定の方向を示さず、CGRPの減少が高血圧の発症に寄与する可能性は示唆されたものの<ref name=Kee2018><pubmed>30283343</pubmed></ref>2、正常状態での血圧制御には関与しない可能性も指摘されており<ref name=Russell2014><pubmed>25287861</pubmed></ref>3、コンセンサスは得られていない。そのため、降圧薬としての開発には至らなかった。1980年代にはCGRPが三叉神経で発現していることが明らかとなり<ref name=OConnor1988><pubmed>2470872</pubmed></ref>4、1990年代には、片頭痛患者の唾液中にCGRPが多く含まれていることが報告された<ref name=Nicolodi1990><pubmed>1690601</pubmed></ref>5。2000年代に入ると、CGRPの静脈内投与が片頭痛を誘発することが示され<ref name=Lassen2002><pubmed>11993614</pubmed></ref>6、片頭痛治療薬の標的として注目された。CGRP受容体拮抗薬(olcegepantやtelcegepant)の開発は、重篤な肝障害の発生により中止されたが、2010年代以降、CGRPまたはその受容体を標的とするモノクローナル抗体医薬品の開発が進展した。2018年には米国で初のCGRP関連抗体医薬品が承認され、片頭痛治療に貢献している。
 強力な[[血管]]拡張作用を有することから、[[降圧薬]]としての応用が期待された。しかし、高血圧におけるCGRPの役割は一定の方向を示さず、CGRPの減少が高血圧の発症に寄与する可能性は示唆されたものの<ref name=Kee2018><pubmed>30283343</pubmed></ref>2、正常状態での血圧制御には関与しない可能性も指摘されており<ref name=Russell2014><pubmed>25287861</pubmed></ref>3、コンセンサスは得られていない。そのため、降圧薬としての開発には至らなかった。


 1980年代にはCGRPが[[三叉神経]]で発現していることが明らかとなり<ref name=OConnor1988><pubmed>2470872</pubmed></ref>4、1990年代には、[[片頭痛]]患者の[[唾液]]中にCGRPが多く含まれていることが報告された<ref name=Nicolodi1990><pubmed>1690601</pubmed></ref>5。2000年代に入ると、CGRPの[[静脈]]内投与が片頭痛を誘発することが示され<ref name=Lassen2002><pubmed>11993614</pubmed></ref>6、片頭痛治療薬の標的として注目された。CGRP[[受容体]][[拮抗薬]]([[olcegepant]]や[[telcegepant]])の開発は、重篤な肝障害の発生により中止されたが、2010年代以降、CGRPまたはその受容体を標的とする[[モノクローナル抗体]]医薬品の開発が進展した。2018年には米国で初のCGRP関連抗体医薬品が承認され、片頭痛治療に貢献している。
[[ファイル:Hashikawa CGRP Fig1.png|サムネイル|'''図1. カルシトニンとαCGRPの選択的スプライシングの概略図'''<br>CALCA遺伝子には6つのエクソンが含まれており、第4エクソンはカルシトニン、第5エクソンはCGRPをコードしている。選択的スプライシングによって、それぞれ異なるmRNAが生成され、カルシトニンまたはCGRPが翻訳される。 文献<ref name=Sexton1991 />10より改変]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 37個のアミノ酸からなるペプチドであり、最初の7個のアミノ酸がジスルフィド結合により環状構造を形成する。この環状構造がCGRP受容体であるcalcitonin receptor-like receptor (CRLR)の膜貫通ドメインと相互作用し、受容体を活性化する<ref name=Conner2002><pubmed>12196113</pubmed></ref>7。残りのアミノ酸残基、8~37領域も受容体と直接結合するため、ペプチド性受容体拮抗薬としてCGRP (8-37)が用いられる<ref name=Hughes1991><pubmed>1797334</pubmed></ref>8。
 37個のアミノ酸からなるペプチドであり、最初の7個のアミノ酸がジスルフィド結合により環状構造を形成する。この環状構造がCGRP受容体であるcalcitonin receptor-like receptor (CRLR)の膜貫通ドメインと相互作用し、受容体を活性化する<ref name=Conner2002><pubmed>12196113</pubmed></ref>7。残りのアミノ酸残基、8~37領域も受容体と直接結合するため、ペプチド性受容体拮抗薬としてCGRP (8-37)が用いられる<ref name=Hughes1991><pubmed>1797334</pubmed></ref>8。
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==組織分布 ==
==組織分布 ==
 CGRPは中枢神経および末梢神経に広く分布している。中枢神経では扁桃体、傍視床下核、青斑核に主に発現するほか、脊髄後角や血管周囲神経、知覚神経にも存在する<ref name=Russo2023><pubmed>36454715</pubmed></ref>11。CGRPの合成は主に三叉神経節細胞および脊髄後根神経節で行われ<ref name=Gibson1984><pubmed>6209366</pubmed></ref>12、無髄C線維の感覚神経中にサブスタンスPと共存することが知られている<ref name=Gibson1984 />12。また、運動神経においてはアセチルコリンの受容体の合成を増加させる栄養因子としての役割が示唆されている<ref name=New1986><pubmed>3490625</pubmed></ref>13。
 CGRPは中枢神経および末梢神経に広く分布している。中枢神経では扁桃体、傍視床下核、青斑核に主に発現するほか、脊髄後角や血管周囲神経、知覚神経にも存在する<ref name=Russo2023><pubmed>36454715</pubmed></ref>11。CGRPの合成は主に三叉神経節細胞および脊髄後根神経節で行われ<ref name=Gibson1984><pubmed>6209366</pubmed></ref>12、無髄C線維の感覚神経中にサブスタンスPと共存することが知られている<ref name=Gibson1984 />12。また、運動神経においてはアセチルコリンの受容体の合成を増加させる栄養因子としての役割が示唆されている<ref name=New1986><pubmed>3490625</pubmed></ref>13。
脳内におけるCGRPの発現は広範囲に及び、脳幹から大脳皮質にまで広がっている。大脳皮質、小脳、海馬、視床、視床下部、脳幹の核においてほとんどすべてのニューロンがCGRPまたはCGRP受容体を発現している<ref name=Warfvinge2019><pubmed>28856910</pubmed></ref>14。
 
 脳内におけるCGRPの発現は広範囲に及び、脳幹から大脳皮質にまで広がっている。大脳皮質、小脳、海馬、視床、視床下部、脳幹の核においてほとんどすべてのニューロンがCGRPまたはCGRP受容体を発現している<ref name=Warfvinge2019><pubmed>28856910</pubmed></ref>14。


== 細胞内分布 ==
== 細胞内分布 ==
 CGRPは合成後、感覚神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の脱分極に伴いカルシウム依存性エキソサイトーシスを介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>15。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合ペプチダーゼである中性エンドペプチダーゼ(ネプリライシン)により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>16。また、エンドセリン変換酵素によっても分解され、マウスの肺線維症を悪化させる可能性が示されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>17。
 CGRPは合成後、感覚神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の脱分極に伴いカルシウム依存性エキソサイトーシスを介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>15。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合ペプチダーゼである中性エンドペプチダーゼ(ネプリライシン)により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>16。また、エンドセリン変換酵素によっても分解され、マウスの肺線維症を悪化させる可能性が示されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>17。
 
[[ファイル:Hashikawa CGRP Fig2.png|サムネイル|'''図2. CGRPによる細胞内情報伝達'''<br>CGRPは神経終末から遊離され、CRLR-RAMP1あるいはCTR-RAMP1二量体を介して細胞内にシグナルを伝達する。CGRPはGタンパク質を介してアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase; AC)を活性化し、セカンドメッセンジャーであるcAMPの産生を促進する。cAMPはプロテインキナーゼA (PKA)やcAMP応答配列結合タンパク質(CREB)を活性化し、リン酸化CREB (p-CREB)が核内でmRNA転写を促進する。また、PKAはATP感受性K<sup>+</sup>チャネルを開口し、細胞外へのK+を促す。さらにCGRPによって活性化されたPKAは、一酸化窒素合成酵素(NOS)や、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)を活性化し、グルタミン酸の放出を促進する。文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>33, 34, 35より改変]]
==受容体==
==受容体==
 CGRPは神経修飾因子(neuromodulator)として中枢神経において多彩な機能を果たす。CGRPは以下の2種類の受容体を介して作用する(図2)。
 CGRPは神経修飾因子(neuromodulator)として中枢神経において多彩な機能を果たす。CGRPは以下の2種類の受容体を介して作用する(図2)。
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:'''主な発現部位''': 小径三叉神経ニューロン<ref name=Rees2022><pubmed>35620595</pubmed></ref>30、三叉神経脊髄路<ref name=Hay2017><pubmed>28485843</pubmed></ref>31、 プルキンエ細胞<ref name=Edvinsson2011><pubmed>21040789</pubmed></ref>32
:'''主な発現部位''': 小径三叉神経ニューロン<ref name=Rees2022><pubmed>35620595</pubmed></ref>30、三叉神経脊髄路<ref name=Hay2017><pubmed>28485843</pubmed></ref>31、 プルキンエ細胞<ref name=Edvinsson2011><pubmed>21040789</pubmed></ref>32


図 文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>33,34,35より改変
== 機能==
== 機能==
=== 中枢感作 ===
=== 中枢感作 ===
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さらに、第二世代の小分子CGRP受容体拮抗薬 (gepant)は急性治療と予防治療の両方に適応があり、片頭痛発作の予防や、進行中の発作の抑制が可能である。米国食品医薬品局により承認されているが、本邦ではまだ未承認である(2025年3月現在)。
さらに、第二世代の小分子CGRP受容体拮抗薬 (gepant)は急性治療と予防治療の両方に適応があり、片頭痛発作の予防や、進行中の発作の抑制が可能である。米国食品医薬品局により承認されているが、本邦ではまだ未承認である(2025年3月現在)。
1) モノクローナル抗体
1) モノクローナル抗体
Erenumab:CGRP受容体を標的
* Erenumab:CGRP受容体を標的
Fremanezumab, Galcanezumab, Eptinezumab: CGRP自体を中和
* Fremanezumab, Galcanezumab, Eptinezumab: CGRP自体を中和
10. Eptinezumab: 静脈注射薬であり、0.5時間~1時間以内の片頭痛発作にも効果がある<ref name=Ailani2022><pubmed>35659622</pubmed></ref>59
* Eptinezumab: 静脈注射薬であり、0.5時間~1時間以内の片頭痛発作にも効果がある<ref name=Ailani2022><pubmed>35659622</pubmed></ref>59
 
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2) Gepant(小分子CGRP受容体拮抗薬)
2) Gepant(小分子CGRP受容体拮抗薬)
11. 分子量が小さいため、経口や点鼻による投与が可能<ref name=Tepper2020><pubmed>32337726</pubmed></ref>60
 分子量が小さいため、経口や点鼻による投与が可能<ref name=Tepper2020><pubmed>32337726</pubmed></ref>60
Rimegepant, Ubrogepant: 急性片頭痛の治療薬<ref name=Russo2023 />11
* Rimegepant, Ubrogepant: 急性片頭痛の治療薬<ref name=Russo2023 />11
Atogepant, Rimegepant: 予防治療薬に承認  
* Atogepant, Rimegepant: 予防治療薬に承認  
Zavegepant: 鼻腔内製剤。経口薬で効果がない場合や、吐き気・嘔吐により服薬が困難な場合の選択肢となる。
* Zavegepant: 鼻腔内製剤。経口薬で効果がない場合や、吐き気・嘔吐により服薬が困難な場合の選択肢となる。


== 関連語 ==
== 関連語 ==

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