「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」の版間の差分

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永安 一樹
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大阪大学大学院薬学研究科
<font size="+1">[https://researchmap.jp/kazukinagayasu 永安 一樹]</font><br>
神経回路創薬学プロジェクト
''大阪大学大学院薬学研究科 神経回路創薬学プロジェクト''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年6月6日 原稿完成日:2025年6月9日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hayashi-takagi/?lang=japanese 林(高木)朗子](国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
</div>
英:selective serotonin reuptake inhibitor 独:selektiver Serotonin-Wiederaufnahmehemmer 仏:inhibiteur sélectif de la recapture de la sérotonine<br>
英略語:SNRI


selective serotonin reuptake inhibitor,
SSRI
{{box|text= 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は抗うつ薬の一群であり、従来の三環系抗うつ薬と比較してアセチルコリン受容体などに対する親和性をほとんど示さず、セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することを特徴とする。中等症以上うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症や過食症に対しても用いられている。セロトニンの再取り込みによる不活性化を阻害し、シナプス間隙におけるセロトニンの濃度を比較的選択的に上昇させることで、薬効を発揮していると考えられているものの、その他の機序の重要性を指摘する研究も多く存在する。本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されている。}}
{{box|text= 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は抗うつ薬の一群であり、従来の三環系抗うつ薬と比較してアセチルコリン受容体などに対する親和性をほとんど示さず、セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することを特徴とする。中等症以上うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症や過食症に対しても用いられている。セロトニンの再取り込みによる不活性化を阻害し、シナプス間隙におけるセロトニンの濃度を比較的選択的に上昇させることで、薬効を発揮していると考えられているものの、その他の機序の重要性を指摘する研究も多く存在する。本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されている。}}


== 歴史的経緯 ==
== 歴史的経緯 ==
 1950年代から60年代にかけて開発された三環系抗うつ薬は、その薬効に寄与すると考えられているセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害による神経伝達促進作用に加えて、様々な副作用の原因となるムスカリン型アセチルコリン受容体阻害作用、ヒスタミンH1受容体阻害作用、アドレナリンα1受容体阻害作用などを有している。上記受容体の阻害作用は、口渇、便秘、目のかすみ、鎮静など様々な副作用の原因となることから、三環系抗うつ薬の忍容性は高くなく、治療効果と副作用のバランスを取ることが難しく十分な用量で使用することが困難であった<ref>'''Briley M. (1998)'''<br>Specific serotonin and noradrenaline reuptake inhibitors (SNRIs). A review of their pharmacology, clinical efficacy and tolerability. Hum Psychopharmacol Clin Exp. 13(2):99-111. doi:10.1002/(SICI)1099-1077(199803)13:2<99::AID-HUP954>3.0.CO;2-2</ref> [1]。このような背景の下、副作用の原因となる様々な受容体の阻害作用を有さず、薬効に寄与するセロトニン・ノルアドレナリン神経伝達を選択的に促進する化合物が探索された結果、セロトニン神経伝達を選択的に促進するSSRIや、セロトニンおよびノルアドレナリン神経伝達を選択的に促進するセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(selective serotonin noradrenaline reuptake inhibitor, SNRI)が開発された。以上のように、イミプラミンなどの三環系抗うつ薬もセロトニン・ノルアドレナリン再取り込みを阻害するが、上述の歴史的経緯から、SSRIあるいはSNRIに分類されることはない。
 1950年代から60年代にかけて開発された[[三環系抗うつ薬]]は、その薬効に寄与すると考えられている[[セロトニン]]・[[ノルアドレナリン]]再取り込み阻害による[[神経伝達]]促進作用に加えて、様々な副作用の原因となる[[ムスカリン型アセチルコリン受容体]]阻害作用、[[ヒスタミン]][[H1受容体]]阻害作用、[[アドレナリン]][[α1受容体]]阻害作用などを有している。上記受容体の阻害作用は、[[口渇]]、[[便秘]]、[[眼]]のかすみ、[[鎮静]]など様々な副作用の原因となることから、三環系抗うつ薬の忍容性は高くなく、治療効果と副作用のバランスを取ることが難しく十分な用量で使用することが困難であった<ref>'''Briley M. (1998)'''<br>Specific serotonin and noradrenaline reuptake inhibitors (SNRIs). A review of their pharmacology, clinical efficacy and tolerability. Hum Psychopharmacol Clin Exp. 13(2):99-111. doi:10.1002/(SICI)1099-1077(199803)13:2<99::AID-HUP954>3.0.CO;2-2</ref> [1]


 最も早く実用化されたSSRIはzimelidineであり、1982年にスウェーデンで実用化されたものの副作用(ギラン・バレー症候群)のため翌年には市場から撤退を余儀なくされた<ref name=Fagius1985><pubmed>3156214</pubmed></ref> [2]。現在も用いられているSSRIおよびSNRIのうち、最も早く実用化されたのはフルボキサミンであり、1983年に西ドイツおよびスイスで承認されている(米国での承認は1994年)。米国で最も早く実用化されたのはfluoxetine(商品名Prozac、本邦未承認)であり、1987年末に米国FDAの承認を得ている。翌年の上市以降、(あくまでも当時の治療薬と比較してであるが)その副作用の少なさも相まって急速にその売り上げを伸ばし、累計で200億USドル以上の売り上げを記録するなど、ブロックバスターの地位を長年にわたり維持し続けた。1990年のNewsweek誌の表紙で”A breakthrough drug for depression”として、1999年のFortune誌において”Pharmaceutical Products of the Century”として取り上げられるなど、社会全体に大きな影響を与えた薬剤の一つである<ref name=Wong2005><pubmed>16121130</pubmed></ref> [3]。
 このような背景の下、副作用の原因となる様々な受容体の阻害作用を有さず、薬効に寄与するセロトニン・ノルアドレナリン神経伝達を選択的に促進する化合物が探索された結果、セロトニン神経伝達を選択的に促進するSSRIや、セロトニンおよびノルアドレナリン神経伝達を選択的に促進する[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]]([[selective serotonin noradrenaline reuptake inhibitor]], [[SNRI]])が開発された。以上のように、[[イミプラミン]]などの三環系抗うつ薬もセロトニン・ノルアドレナリン再取り込みを阻害するが、上述の歴史的経緯から、SSRIあるいはSNRIに分類されることはない。
 
 最も早く実用化されたSSRIは[[ジメリジン]] ([[zimelidine]])であり、1982年にスウェーデンで実用化されたものの副作用([[ギラン・バレー症候群]])のため翌年には市場から撤退を余儀なくされた<ref name=Fagius1985><pubmed>3156214</pubmed></ref> [2]。現在も用いられているSSRIおよびSNRIのうち、最も早く実用化されたのは[[フルボキサミン]]であり、1983年に西ドイツおよびスイスで承認されている(米国での承認は1994年)。米国で最も早く実用化されたのは[[フルオキセチン]]fluoxetine(商品名Prozac、本邦未承認)であり、1987年末に米国FDAの承認を得ている。翌年の上市以降、(あくまでも当時の治療薬と比較してであるが)その副作用の少なさも相まって急速にその売り上げを伸ばし、累計で200億USドル以上の売り上げを記録するなど、ブロックバスターの地位を長年にわたり維持し続けた。1990年のNewsweek誌の表紙で”A breakthrough drug for depression”として、1999年のFortune誌において”Pharmaceutical Products of the Century”として取り上げられるなど、社会全体に大きな影響を与えた薬剤の一つである<ref name=Wong2005><pubmed>16121130</pubmed></ref> [3]。


== 現在使用されているSSRI ==
== 現在使用されているSSRI ==
 本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されているが<ref name=伊豆津>'''伊豆津 宏二, 今井 靖, 桑名 正隆, 寺田 智祐 (2025)'''<br>今日の治療薬2025. 南江堂.</ref> [12](図1)、海外ではfluoxetineに加えてエスシタロプラムのラセミ体であるcitalopramも臨床使用されている<ref name=仙波>'''仙波 純一, 松浦 雅人, 太田 克也 (監訳) (2023)'''<br>ストール精神薬理学エセンシャルズ第5版. メディカル・サイエンス・インターナショナル.</ref> [13]。うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害(セルトラリン以外の3剤)、強迫性障害(パロキセチンおよびフルボキサミン)、パニック障害(パロキセチンおよびセルトラリン)、心的外傷後ストレス障害(パロキセチンおよびセルトラリン)に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症(フルボキサミン以外の3剤)や過食症(フルボキサミン)に対しても用いられている<ref name=伊豆津 /> [12]。
 本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されているが<ref name=伊豆津>'''伊豆津 宏二, 今井 靖, 桑名 正隆, 寺田 智祐 (2025)'''<br>今日の治療薬2025. 南江堂.</ref> [12](図1)、海外ではfluoxetineに加えてエスシタロプラムのラセミ体であるcitalopramも臨床使用されている<ref name=仙波>'''仙波 純一, 松浦 雅人, 太田 克也 (監訳) (2023)'''<br>ストール精神薬理学エセンシャルズ第5版. メディカル・サイエンス・インターナショナル.</ref> [13]。うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害(セルトラリン以外の3剤)、強迫性障害(パロキセチンおよびフルボキサミン)、パニック障害(パロキセチンおよびセルトラリン)、心的外傷後ストレス障害(パロキセチンおよびセルトラリン)に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症(フルボキサミン以外の3剤)や過食症(フルボキサミン)に対しても用いられている<ref name=伊豆津 /> [12]。
 
[[ファイル:Nagayasu SSRI Fig2.png|サムネイル|図2. SSRIの急性および慢性作用]]
== 作用機序 ==
== 作用機序 ==
 SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, SERT)に結合し、その機能を阻害する(図2)。一方で、ノルアドレナリントランスポーター(norepinephrine transporter, NET)あるいはドパミントランスポーター(dopamine transporter, DAT)にはほとんど結合しない(表1)<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref> [4–6]。PETを用いた解析からもSERTに対するin vivoにおける高い占拠率(>80%)が示されている<ref name=Sorensen2022><pubmed>34548628</pubmed></ref>[14]。SERTはシナプス間隙に遊離されたセロトニンをシナプス前部に再取り込みすることで、それら神経伝達物質の作用を終止させる<ref name=Shen2004><pubmed>15226739</pubmed></ref><ref name=Mathews2004><pubmed>15589347</pubmed></ref> [7,8]。健常動物におけるマイクロダイアリシス法を用いた検討から、SSRIによるSERTの阻害が、様々な脳部位におけるセロトニン細胞外濃度の速やかな上昇をもたらすことが明らかになっている<ref name=Perry1992><pubmed>1375306</pubmed></ref><ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref><ref name=Tao2000><pubmed>10900234</pubmed></ref> [9–11]。一方で、三環系抗うつ薬やSNRIなどの他の抗うつ薬と同様にSSRIの薬効発現には数週間以上の期間を必要とするなど、セロトニン細胞外濃度上昇と抗うつ作用の間の関係については未だ不明な点が多い。またSSRIは、低用量では比較的選択的にセロトニン細胞外濃度を上昇させるが、高用量ではノルアドレナリン細胞外濃度も上昇させることから、SSRIの作用の一部にノルアドレナリンを介したものがある可能性を示唆する研究もある<ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref> [10]。また、SNRIはSERTに加えてNETも阻害するが、SSRIと比較してSNRIの方が寛解率がより高いかについては未だ結論は出ていない<ref name=仙波 /> [13]。
 SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, SERT)に結合し、その機能を阻害する(図2)。一方で、ノルアドレナリントランスポーター(norepinephrine transporter, NET)あるいはドパミントランスポーター(dopamine transporter, DAT)にはほとんど結合しない(表1)<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref> [4–6]。PETを用いた解析からもSERTに対するin vivoにおける高い占拠率(>80%)が示されている<ref name=Sorensen2022><pubmed>34548628</pubmed></ref>[14]。SERTはシナプス間隙に遊離されたセロトニンをシナプス前部に再取り込みすることで、それら神経伝達物質の作用を終止させる<ref name=Shen2004><pubmed>15226739</pubmed></ref><ref name=Mathews2004><pubmed>15589347</pubmed></ref> [7,8]。健常動物におけるマイクロダイアリシス法を用いた検討から、SSRIによるSERTの阻害が、様々な脳部位におけるセロトニン細胞外濃度の速やかな上昇をもたらすことが明らかになっている<ref name=Perry1992><pubmed>1375306</pubmed></ref><ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref><ref name=Tao2000><pubmed>10900234</pubmed></ref> [9–11]。一方で、三環系抗うつ薬やSNRIなどの他の抗うつ薬と同様にSSRIの薬効発現には数週間以上の期間を必要とするなど、セロトニン細胞外濃度上昇と抗うつ作用の間の関係については未だ不明な点が多い。またSSRIは、低用量では比較的選択的にセロトニン細胞外濃度を上昇させるが、高用量ではノルアドレナリン細胞外濃度も上昇させることから、SSRIの作用の一部にノルアドレナリンを介したものがある可能性を示唆する研究もある<ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref> [10]。また、SNRIはSERTに加えてNETも阻害するが、SSRIと比較してSNRIの方が寛解率がより高いかについては未だ結論は出ていない<ref name=仙波 /> [13]。

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