「カルシトニン遺伝子関連ペプチド」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/narumih 橋川 成美]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/narumih 橋川 成美]</font><br>
''岡山理科大学 生命科学部 医療技術学科 ''<br>
''岡山理科大学 生命科学部 医療技術学科 ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月10日 原稿完成日:2025年8月6日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月10日 原稿完成日:2025年8月XX日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理学分野)<br>
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 中枢神経および末梢神経に広く分布している。脳内におけるCGRPの発現は広範囲に及ぶ。[[大脳皮質]]、[[小脳]]、[[海馬]]、[[視床]]、[[視床下部]]、[[脳幹]]の核においてほとんどすべてのニューロンがCGRPまたはCGRP受容体を発現している<ref name=Warfvinge2019><pubmed>28856910</pubmed></ref>。特に、[[扁桃体]]、[[傍視床下核]]、[[青斑核]]に高発現を認める
 中枢神経および末梢神経に広く分布している。脳内におけるCGRPの発現は広範囲に及ぶ。[[大脳皮質]]、[[小脳]]、[[海馬]]、[[視床]]、[[視床下部]]、[[脳幹]]の核においてほとんどすべてのニューロンがCGRPまたはCGRP受容体を発現している<ref name=Warfvinge2019><pubmed>28856910</pubmed></ref>。特に、[[扁桃体]]、[[傍視床下核]]、[[青斑核]]に高発現を認める


 末梢では、[[三叉神経節]]および[[脊髄後根神経節]]に多く発現し<ref name=Gibson1984><pubmed>6209366</pubmed></ref>、無髄[[C線維]]の[[感覚神経]]中に[[サブスタンスP]]と共存することが知られている<ref name=Gibson1984 />[[脊髄]][[後角]]や血管周囲神経、知覚神経にも存在する<ref name=Russo2023><pubmed>36454715</pubmed></ref>。また、[[運動神経]]においては[[アセチルコリン受容体]]の合成を増加させる[[栄養因子]]としての役割が示唆されている<ref name=New1986><pubmed>3490625</pubmed></ref>。
 末梢では、[[三叉神経節]]および[[脊髄後根神経節]]に多く発現し<ref name=Gibson1984><pubmed>6209366</pubmed></ref>、無髄[[C線維]]の[[感覚神経]]中に[[サブスタンスP]]と共存することが知られている<ref name=Gibson1984 />12。[[脊髄]][[後角]]や血管周囲神経、知覚神経にも存在する<ref name=Russo2023><pubmed>36454715</pubmed></ref>。また、[[運動神経]]においては[[アセチルコリン受容体]]の合成を増加させる[[栄養因子]]としての役割が示唆されている<ref name=New1986><pubmed>3490625</pubmed></ref>。


== 細胞内分布 ==
== 細胞内分布 ==
 合成後、神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の[[脱分極]]に伴い[[カルシウム]]依存性[[エキソサイトーシス]]を介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合[[ペプチダーゼ]]である[[中性エンドペプチダーゼ]]([[ネプリライシン]])により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>。また、[[エンドセリン変換酵素]]によっても分解される。
 合成後、神経末端内の小胞体に貯蔵され、神経の[[脱分極]]に伴い[[カルシウム]]依存性[[エキソサイトーシス]]を介して放出される<ref name=Meng2007><pubmed>17666428</pubmed></ref>。放出されたCGRPは受容体と結合し、シグナル伝達を活性化する。一方で、余剰のCGRPは膜結合[[ペプチダーゼ]]である[[中性エンドペプチダーゼ]]([[ネプリライシン]])により分解され、作用を失う<ref name=Katayama1991><pubmed>1717955</pubmed></ref>。また、[[エンドセリン変換酵素]]によっても分解される。CGRPは抗炎症作用や抗線維化作用をもつため、その結果マウスの肺線維症を悪化させる可能性が示されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>。
[[ファイル:Hashikawa CGRP Fig2.png|サムネイル|'''図2. CGRPによる細胞内情報伝達'''<br>文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>より改変]]
[[ファイル:Hashikawa CGRP Fig2.png|サムネイル|'''図2. CGRPによる細胞内情報伝達'''<br>文献<ref name=Hay2018b><pubmed>29059473</pubmed></ref><ref name=Liu2020><pubmed>32151282</pubmed></ref><ref name=Eftekhari2016><pubmed>26105175</pubmed></ref>より改変]]


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 脊髄後角および三叉神経脊髄路核において、CGRPはグルタミン酸の放出を引き起こし、中枢感作を起こす<ref name=Marviz2007><pubmed>17614212</pubmed></ref>。さらに、炎症性物質であるサブスタンスPが[[AMPA型グルタミン酸受容体|AMPA型]]および[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の両方に対する作用を増強する<ref name=Seybold2009><pubmed>19655115</pubmed></ref>。これにより、CGRPは[[機械的アロディニア]]を引き起こす。また、[[小胞グルタミン酸トランスポーター]]を介したグルタミン酸伝達は、CGRPによる持続性炎症に関連する[[熱痛覚過敏]]の発生に不可欠であり、[[痛み]]や[[痒み]]の促進に関与する<ref name=Rogoz2014><pubmed>24275230</pubmed></ref>。
 脊髄後角および三叉神経脊髄路核において、CGRPはグルタミン酸の放出を引き起こし、中枢感作を起こす<ref name=Marviz2007><pubmed>17614212</pubmed></ref>。さらに、炎症性物質であるサブスタンスPが[[AMPA型グルタミン酸受容体|AMPA型]]および[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の両方に対する作用を増強する<ref name=Seybold2009><pubmed>19655115</pubmed></ref>。これにより、CGRPは[[機械的アロディニア]]を引き起こす。また、[[小胞グルタミン酸トランスポーター]]を介したグルタミン酸伝達は、CGRPによる持続性炎症に関連する[[熱痛覚過敏]]の発生に不可欠であり、[[痛み]]や[[痒み]]の促進に関与する<ref name=Rogoz2014><pubmed>24275230</pubmed></ref>。


 一方、視覚の高次処理領域である[[視床後部]]([[視床枕]] ([[pulvinar]])と呼ばれる視床の後方核群)に着目したヒト画像研究では、[[網膜]]から[[外側膝状体]]を介さずにこの領域へ至る神経投射の存在が示唆されており<ref name=Maleki2012><pubmed>21337474</pubmed></ref>、視覚刺激が痛覚処理に影響を与える可能性がある。実際、[[マウス]]の視床後部にCGRPを注入すると、光過敏が誘発され、片頭痛患者の光過敏症に類似した反応が引き起こされることが明らかとなっている<ref name=Sowers2020 />。
 [[ヒト]][[網膜]]と視床後部は関連があることが報告されている<ref name=Maleki2012><pubmed>21337474</pubmed></ref>。また、マウスの視床後部にCGRPを注入すると、[[光過敏]]が誘発され、片頭痛患者の[[光過敏症]]に類似した反応が引き起こされることが示されている<ref name=Sowers2020 />。


 さらに、島皮質<ref name=Liu2020 />や[[前帯状皮質]]<ref name=Li2019><pubmed>30717631</pubmed></ref>においてCGRPが増加すると、グルタミン酸作動性シグナル伝達が増強され、痛みの不快感が増強されることが示されている。このように、CGRPは急性の痛みに加え、慢性的疼痛の形成にも関与する。
 さらに、島皮質<ref name=Liu2020 />や[[前帯状皮質]]<ref name=Li2019><pubmed>30717631</pubmed></ref>においてCGRPが増加すると、グルタミン酸作動性シグナル伝達が増強され、痛みの不快感が増強されることが示されている。このように、CGRPは急性の痛みに加え、慢性的疼痛の形成にも関与する。
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=== 細胞保護 ===
=== 細胞保護 ===
 CGRPは、その強力な血管拡張作用を有することから推察されるように、心血管系において保護的な役割を果たす。例えば、血管肥大を抑制し<ref name=Argunhan2021><pubmed>33641368</pubmed></ref>、[[酸化ストレス]]から守る働きを示す<ref name=Smillie2014><pubmed>24516108</pubmed></ref>。[[肺]]においては、[[肺動脈]]の血管拡張を引き起こし、[[低酸素症]]による障害からの保護作用を持つ<ref name=Tjen-A-Looi1992><pubmed>1357980</pubmed></ref>。さらに、CGRPはエンドセリン変換酵素によって分解されるが、その結果CGRPの抗炎症・抗線維化作用が失われ、炎症から線維化への進行が促進されることが示唆されている<ref name=Hartopo2013><pubmed>23306833</pubmed></ref>。一方で、小児の呼吸器疾患モデルマウスでは、肺においてCGRPが過剰発現し、低酸素症を引き起こすことが報告されており、CGRP受容体[[拮抗薬]]の投与によってその症状が抑制されることが示されている<ref name=Xu2022><pubmed>35303432</pubmed></ref>。
 CGRPは、その強力な血管拡張作用を有することから推察されるように、心血管系において保護的な役割を果たす。例えば、血管肥大を抑制し<ref name=Argunhan2021><pubmed>33641368</pubmed></ref>、[[酸化ストレス]]から守る働きを示す<ref name=Smillie2014><pubmed>24516108</pubmed></ref>。[[肺]]においては、[[肺動脈]]の血管拡張を引き起こし、[[低酸素症]]による障害からの保護作用を持つ<ref name=Tjen-A-Looi1992><pubmed>1357980</pubmed></ref>。一方で、小児の呼吸器疾患モデルマウスでは、肺においてCGRPが過剰発現し、低酸素症を引き起こすことが報告されており、CGRP受容体[[拮抗薬]]の投与によってその症状が抑制されることが示されている<ref name=Xu2022><pubmed>35303432</pubmed></ref>。


 [[免疫]]系においてCGRPは炎症促進作用と抗炎症作用の両方を持つことが明らかになっている<ref name=Assas2014><pubmed>24592205</pubmed></ref><ref name=Shepherd2005><pubmed>16162264</pubmed></ref>。CGRPは[[肥満細胞]]に作用し、[[炎症性サイトカイン]]や[[ヒスタミン]]の放出を促進する<ref name=Piotrowski1986><pubmed>2417614</pubmed></ref>。また、[[T細胞]]にも影響を与え、[[インターロイキン4]]の産生を増加させる一方で、[[インターフェロンγ]]と[[インターロイキン2]]の産生を減少させる<ref name=Assas2014 />
 [[免疫]]系においてCGRPは炎症促進作用と抗炎症作用の両方を持つことが明らかになっている<ref name=Assas2014><pubmed>24592205</pubmed></ref><ref name=Shepherd2005><pubmed>16162264</pubmed></ref>。CGRPは[[肥満細胞]]に作用し、[[炎症性サイトカイン]]や[[ヒスタミン]]の放出を促進する<ref name=Piotrowski1986><pubmed>2417614</pubmed></ref>。また、[[T細胞]]にも影響を与え、[[インターロイキン4]]の産生を増加させる一方で、[[インターフェロンγ]]と[[インターロイキン2]]の産生を減少させる<ref name=Assas2014 />50。


 これらの知見は、CGRPは細胞保護効果を持つ一方で、過剰に遊離されると有害な影響を及ぼす可能性があることを示唆している。すなわち、組織障害時にCGRPの上昇は損傷を引き起こすのではなく、むしろ改善を図る代償的な反応であると考えられる。しかし、その発現量が増えれば増えるほど良いという単純な関係ではなく、CGRPは極めて複雑かつ広範囲な制御機能を有していることが示唆される。
 これらの知見は、CGRPは細胞保護効果を持つ一方で、過剰に遊離されると有害な影響を及ぼす可能性があることを示唆している。すなわち、組織障害時にCGRPの上昇は損傷を引き起こすのではなく、むしろ改善を図る代償的な反応であると考えられる。しかし、その発現量が増えれば増えるほど良いという単純な関係ではなく、CGRPは極めて複雑かつ広範囲な制御機能を有していることが示唆される。
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! 区分 !! 薬剤!! 特徴・用途
! 区分 !! 薬剤!! 特徴・用途
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| rowspan="3" | 抗体医薬品 || [[エレヌマブ]]([[Erenumab]]) || CGRP受容体を標的
| rowspan="3" | 抗体医薬品 || エレヌマブ(Erenumab) || CGRP受容体を標的
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| [[フレマネズマブ]]([[Fremanezumab]])、[[ガルカネズマブ]]([[Galcanezumab]])、[[エプチネズマブ]]([[Eptinezumab]]) || CGRP自体を中和
| フレマネズマブ(Fremanezumab)、ガルカネズマブ(Galcanezumab)、エプチネズマブ(Eptinezumab) || CGRP自体を中和
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| [[エプチネズマブ]]([[Eptinezumab]]) || [[静脈]]注射薬であり、0.5時間〜1時間以内の[[片頭痛発作]]にも効果がある<ref name=Ailani2022><pubmed>35659622</pubmed></ref>
| エプチネズマブ(Eptinezumab) || 静脈注射薬であり、0.5時間〜1時間以内の片頭痛発作にも効果がある<ref name=Ailani2022><pubmed>35659622</pubmed></ref>
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| rowspan="3" | ゲパント類小分子CGRP受容体拮抗薬 || [[リメゲパント]]([[Rimegepant]])、[[ウブロゲパント]]([[Ubrogepant]]) || 急性片頭痛の治療薬<ref name=Russo2023 />
| rowspan="3" | ゲパント類小分子CGRP受容体拮抗薬 || リメゲパント(Rimegepant)、ウブロゲパント(Ubrogepant) || 急性片頭痛の治療薬<ref name=Russo2023 />
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| [[アトゲパント]]([[Atogepant]])、[[リメゲパント]]([[Rimegepant]]) || 予防治療薬に承認
| アトゲパント(Atogepant)、リメゲパント(Rimegepant) || 予防治療薬に承認
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| [[ザベゲパント]]([[Zavegepant]]) || 鼻腔内製剤。経口薬で効果がない場合や、吐き気・嘔吐により服薬が困難な場合の選択肢となる。
| ザベゲパント(Zavegepant) || 鼻腔内製剤。経口薬で効果がない場合や、吐き気・嘔吐により服薬が困難な場合の選択肢となる。
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