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明海大学歯学部 病態診断治療学講座薬理学分野、立命館大学薬学部 分子生理学研究室 | 明海大学歯学部 病態診断治療学講座薬理学分野、立命館大学薬学部 分子生理学研究室 | ||
{{box|text= | {{box|text= ERMタンパク質は、エズリン、ラディキシン、モエシンおよびマーリンで構成される分子量70~75 kDaのアクチン細胞骨格関連タンパク質群である。N末端領域に約300アミノ酸残基から構成されるFERMドメインを、C末端領域にアクチン細胞骨格との結合ドメインをもつ。主に細胞の頂端領域に局在し、細胞膜のタンパク質とアクチン細胞骨格との間でのクロスリンカーとして、また、細胞骨格ダイナミクスを制御するRho-GTPaseの調節因子として、さらにシグナル伝達タンパク質の足場タンパク質としての機能を担う。さまざまながん細胞種の浸潤や転移にも関与する。どのERMタンパク質が発現するかは細胞、組織によって異なるが、神経組織では、ニューロンの神経突起の成長円錐の形成や、アストロサイトのシナプス近傍の微細な突起であるperisynaptic astrocyte process (PAP) 構造の形成、ミクログリアの細胞遊走や貪食、シュワン細胞の髄鞘の形成など、広く神経組織の構造形成や機能に関わる。}} | ||
== ERMタンパク質とは == | == ERMタンパク質とは == | ||
[[ファイル:Asano ERM proteins Fig1.png|サムネイル|'''図1. ERMタンパク質の構造'''<br>N末端に3つのサブドメイン (F1-F3) からなるFERMドメイン、C末端にアクチン結合ドメイン、中央にαヘリックス構造をもつ。アクチン結合ドメイン内に示した赤い星印は、活性化に重要なリン酸化部位であるエズリン, ラディキシン, モエシンのThr残基およびマーリンのSer残基を表す (表記した数字は、マウスERMタンパク質のアミノ酸番号を示す)。本文中で紹介したシグナル伝達に関わるTyr145, Tyr353, Tyr477を白い星印で示す。]] | [[ファイル:Asano ERM proteins Fig1.png|サムネイル|'''図1. ERMタンパク質の構造'''<br>N末端に3つのサブドメイン (F1-F3) からなるFERMドメイン、C末端にアクチン結合ドメイン、中央にαヘリックス構造をもつ。アクチン結合ドメイン内に示した赤い星印は、活性化に重要なリン酸化部位であるエズリン, ラディキシン, モエシンのThr残基およびマーリンのSer残基を表す (表記した数字は、マウスERMタンパク質のアミノ酸番号を示す)。本文中で紹介したシグナル伝達に関わるTyr145, Tyr353, Tyr477を白い星印で示す。]] | ||
ERMタンパク質は、[[エズリン]]、[[ラディキシン]]、[[モエシン]]および[[マーリン]]からなる[[細胞骨格]]関連タンパク質群である。[[細胞膜]]のタンパク質と[[アクチン]]細胞骨格との間でクロスリンカーとして細胞の[[頂端膜]]の構造を維持し、膜タンパク質の機能発現に関与するタンパク質として見出された。エズリンは[[ニワトリ]]の[[腸管]][[上皮]]の[[刷子縁]]に存在する[[微絨毛]]中のタンパク質として<ref name=Bretscher1983><pubmed>6885906</pubmed></ref> [1] 、モエシンは[[ウシ]]の[[子宮]]の[[ミクロソーム]]から[[ヘパリン]]と結合するタンパク質として<ref name=Lankes1988><pubmed>3046603</pubmed></ref> [2]、ラディキシンは[[ラット]]の[[肝]]細胞の[[接着結合]]から単離された<ref name=Tsukita1989><pubmed>2500445</pubmed></ref> [3]。また、マーリンは[[神経線維腫症II型]] ([[neurofibromatosis type 2]])の原因遺伝子産物([[NF2]])として見出された<ref name=Trofatter1993><pubmed>8453669</pubmed></ref><ref name=Tikoo1994><pubmed>8089100</pubmed></ref> [4][5]。 | |||
[[ファイル:Asano ERM proteins Fig2.png|サムネイル|'''図2. ERMタンパク質のリン酸化と、膜タンパク質およびアクチン細胞骨格との結合'''<br>N末端のFERMドメイン(赤〇)とC末端領域(青色)が相互作用し、アクチン細胞骨格と結合不能な「閉じた」不活性型構造をとる。FERMドメインのF3部位がPIP2に結合し、PKCやLOK、SLK、RhoキナーゼによってC末端ドメインのThr残基 (マーリンはSer残基) がリン酸化され (赤い星印)、「開いた」活性型構造となる。ERMタンパク質は単一の膜貫通領域をもつ細胞接着タンパク質と直接に (図左)、あるいは膜輸送体や受容体と直接または間接的に結合する (図右では足場タンパク質であるNHERFを介した間接的結合を示す)。]] | [[ファイル:Asano ERM proteins Fig2.png|サムネイル|'''図2. ERMタンパク質のリン酸化と、膜タンパク質およびアクチン細胞骨格との結合'''<br>N末端のFERMドメイン(赤〇)とC末端領域(青色)が相互作用し、アクチン細胞骨格と結合不能な「閉じた」不活性型構造をとる。FERMドメインのF3部位がPIP2に結合し、PKCやLOK、SLK、RhoキナーゼによってC末端ドメインのThr残基 (マーリンはSer残基) がリン酸化され (赤い星印)、「開いた」活性型構造となる。ERMタンパク質は単一の膜貫通領域をもつ細胞接着タンパク質と直接に (図左)、あるいは膜輸送体や受容体と直接または間接的に結合する (図右では足場タンパク質であるNHERFを介した間接的結合を示す)。]] | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
N末端およびC末端領域で高いアミノ酸配列相同性を示す。N末端には約300アミノ酸残基から構成される[[FERMドメイン]]をもち、3つのサブドメイン (F1, F2, F3) からなる<ref name=Edwards2001><pubmed>11401550</pubmed></ref><ref name=Smith2003><pubmed>12429733</pubmed></ref> [6][7]。FERMドメインは、[[膜タンパク質]]<ref name=Kawaguchi2017><pubmed>28381792</pubmed></ref>[8]や[[足場タンパク質]]<ref name=Reczek1997><pubmed>9314537</pubmed></ref><ref name=Takeda2003><pubmed>14712354</pubmed></ref>[9][10]、[[Rho-GTPase]]調節に関わるタンパク質<ref name=Takahashi1997><pubmed>9287351</pubmed></ref><ref name=Takahashi1998><pubmed>9681826</pubmed></ref>[11][12] や、膜[[リン脂質]]に含まれる[[ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸]] ([[PIP2]]) <ref name=Niggli1995><pubmed>7498535</pubmed></ref><ref name=Barret2000><pubmed>11086008</pubmed></ref>[13][14] などと結合する。一方、エズリン、ラディキシン、モエシン のC末端領域では、特に34アミノ酸残基がファミリー間で高度に保存されており、アクチン細胞骨格と結合する。マーリンではこの部分での相同性が低い<ref name=Turunen1994><pubmed>8089177</pubmed></ref>[15]。これらN末端とC末端のドメインは[[αヘリックス]]構造によって接続されている<ref name=Kawaguchi2022><pubmed>35328667</pubmed></ref> [16] ('''図1''')。 | |||
おもにC末端ドメインの[[リン酸化]]によって活性が制御される。[[脱リン酸化]]状態では、N末端のFERMドメインとC末端ドメインとが相互作用し、C末端ドメインに存在するアクチン結合部位がマスクされ、アクチン線維と結合できない「閉じた」不活性型となる<ref name=Kawaguchi2017><pubmed>28381792</pubmed></ref>[8]。FERMドメインにPIP2が結合し<ref name=Barret2000 /> [14]、続いてC末端ドメインに存在する[[トレオニン]]あるいは[[セリン]]残基 ([[マウス]]でエズリンのThr567、ラディキシンのThr564、モエシンのThr558、マーリンのSer518) が[[Lymphocyte-Oriented Kinase]] ([[LOK]]) や[[タンパク質キナーゼC]] ([[protein kinase C]], [[PKC]])、[[STE20様タンパク質リン酸化酵素]] ([[SLK]])、[[Rhoキナーゼ]]によってリン酸化されることでFERMドメインとC末端ドメインの間の結合が解離し、「開かれた」活性型構造となる<ref name=Kawaguchi2017 /><ref name=Hirao1996><pubmed>8858161</pubmed></ref><ref name=Viswanatha2012><pubmed>23209304</pubmed></ref><ref name=Zaman2021><pubmed>33836044</pubmed></ref>[8][17][18][19] ('''図2''')。後述するように、ERMタンパク質には、これ以外にも多数のリン酸化部位が存在し、リン酸化を受けてシグナル伝達などにかかわる。 | |||
== 発現== | == 発現== | ||
=== | === 脳、神経系組織 === | ||
どのERMタンパク質が発現するかは細胞種や発生段階によって異なる。部位や発生過程における発現の違いが、各ERMタンパク質の生体内での役割の違いに繋がると考えられる。 | |||
成体[[脳]]ではエズリンはおもに[[アストロサイト]]や[[上衣細胞]]に発現が見られ、アストロサイトでは主に[[シナプス周囲アストロサイト突起]](perisynaptic astrocytic process, , PAP)構造に集積する<ref name=Derouiche2001><pubmed>11746770</pubmed></ref> [30]。 | |||
ラディキシンは、脳全体で[[Olig2]]陽性細胞に発現する<ref name=Persson2013a><pubmed>23440885</pubmed></ref> [31]。アストロサイトのPAP構造にも見られる<ref name=Derouiche2001 /> [30]。また、脳卒中の[[梗塞]]周辺組織に見られる活性化[[ミクログリア]]にはラディキシンが高発現する<ref name=Persson2013a /> [31]。 | |||
モエシンはおもにミクログリアや[[血管内皮]]細胞に発現が見られる<ref name=Johnson2002><pubmed>12111362</pubmed></ref>[32]。 | |||
マーリンは、[[シュワン細胞]]のほか、[[ニューロン]]<ref name=Gronholm2003><pubmed>12896975</pubmed></ref>[33]、アストロサイトや[[オリゴデンドロサイト]]で発現が見られる<ref name=Toledo2018><pubmed>29715273</pubmed></ref>[34]。 | |||
[[海馬]][[歯状回]]の[[顆粒細胞]]層下帯と[[側脳室]]周囲の[[脳室下帯]] (SVZ) は、成体における[[神経新生]]部位である。このうち脳室下帯で産生された前駆細胞は[[神経芽細胞]]に分化して、[[吻側移動経路]] ([[rostral migration stream]], [[RMS]])を[[嗅球]]まで移動して神経回路に編入される。ここではラディキシンは、吻側移動経路の神経芽細胞と[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]に発現する<ref name=Persson2010><pubmed>20109539</pubmed></ref> [35]。ラディキシンを特異的に阻害すると、細胞骨格との相互作用が失われて神経芽細胞の移動は傷害される<ref name=Persson2013a /><ref name=Persson2013b><pubmed>24065889</pubmed></ref> [31][36]。一方、エズリンは神経芽細胞には見られず、吻側移動経路を取り囲むアストロサイトに発現する<ref name=Cleary2006><pubmed>16996217</pubmed></ref>[37]。 | |||
成体脳とは異なり、培養海馬[[錐体ニューロン]]には、エズリン、ラディキシン、モエシンが発現する。後述するようにラディキシンおよびモエシンは、[[成長円錐]]の形成や伸長に関わる<ref name=Paglini1998><pubmed>9786954</pubmed></ref> [38]。 | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
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| rowspan="3" | in vivo (分化過程) | | rowspan="3" | in vivo (分化過程) | ||
| 神経芽細胞 ( | | 神経芽細胞 (吻側移動経路) || ラディキシン || <ref name=Gronholm2003><pubmed>12896975</pubmed></ref><ref name=Toledo2018><pubmed>29715273</pubmed></ref>[33,34] | ||
|- | |- | ||
| オリゴデンドロサイト前駆細胞 ( | | オリゴデンドロサイト前駆細胞 (吻側移動経路) || ラディキシン || <ref name=Gronholm2003><pubmed>12896975</pubmed></ref>[33] | ||
|- | |- | ||
| アストロサイト || エズリン || <ref name=Persson2010><pubmed>20109539</pubmed></ref>[35] | | アストロサイト || エズリン || <ref name=Persson2010><pubmed>20109539</pubmed></ref>[35] | ||
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|} | |} | ||
===その他の組織=== | ===その他の組織=== | ||
エズリンは、[[胃]]の[[壁細胞]]の[[管腔側膜]]や、[[小腸]]、[[大腸]]の刷子縁膜で高発現しており、[[腎臓]]の[[近位尿細管]]の刷子縁膜や[[糸球体]]、[[肺]]や[[気管支]]などの[[呼吸上皮]]にも発現する<ref name=Bretscher1983 /><ref name=Hanzel1991><pubmed>1831124</pubmed></ref><ref name=Yoshida2016><pubmed>27108882</pubmed></ref><ref name=Hugo1998><pubmed>9853258</pubmed></ref><ref name=Hatano2013><pubmed>22895514</pubmed></ref><ref name=Laoukili2001><pubmed>11748265</pubmed></ref>[1][20][21][22][23][24]。 | |||
ラディキシンは、肝臓の管腔側膜で高発現しており、腎臓の糸球体にも発現が見られる<ref name=Tsukita1989 /><ref name=Hugo1996><pubmed>8647942</pubmed></ref>[3][25]。 | |||
モエシンは、血管内皮細胞、[[リンパ球]]、[[T細胞]]、[[B細胞]]や[[マスト細胞]]などで高発現するほか、[[肺]]や[[脾臓]]、腎臓の[[ヘンレループの太い上行脚]]および糸球体[[内皮細胞]]にも発現が見られる<ref name=Berryman1993><pubmed>8227193</pubmed></ref><ref name=Schwartz1995><pubmed>7588875</pubmed></ref><ref name=Hirata2012><pubmed>22875842</pubmed></ref><ref name=Kawaguchi2018><pubmed>29541861</pubmed></ref>[26][27][28][29]。 | |||
ERMタンパク質は[[微絨毛]]や[[糸状仮足]]における皮質アクチン線維と結合することで、これらの構造を維持し、細胞内において極性をもって分布する。特に、上皮細胞の頂端部に局在することで、後述する膜タンパク質の局在制御やRho-GTPaseの活性調節を行うほか、シグナル伝達関連タンパク質の制御をはじめとする生理機能を実現する。 | |||
== 分子機能 == | == 分子機能 == | ||
さまざまな細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカーとして、Rho-GTPaseの調節因子として、またPI3キナーゼ (PI3K)- | さまざまな細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカーとして、Rho-GTPaseの調節因子として、またPI3キナーゼ (PI3K)-[[Akt]]経路などのシグナル伝達に関連するタンパク質の足場タンパク質として働く。これらの機能はがんの[[浸潤]]・[[転移]]にも密接に関わる。 | ||
=== 細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカー === | === 細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカー === | ||
==== 細胞接着タンパク質との結合 ==== | ==== 細胞接着タンパク質との結合 ==== | ||
単一の膜貫通領域をもつ細胞接着タンパク質とFERMドメインで直接に結合し、アクチン細胞骨格へのクロスリンカータンパク質として働く。すべてのERMタンパク質が、細胞表面で[[ヒアルロン酸]]の[[受容体]]として機能する[[CD44]]の細胞質ドメインと結合し、アクチン細胞骨格との間でクロスリンカーとして働き、がん細胞の遊走や浸潤に関連する<ref name=Tsukita1994><pubmed>7518464</pubmed></ref><ref name=Yonemura1998><pubmed>9472040</pubmed></ref>[39][40]。また、エズリンは細胞間接着分子ICAM-1およびICAM-2の細胞質ドメインに結合する<ref name=Heiska1998><pubmed>9705328</pubmed></ref> [41]。モエシンはCD44のほか細胞接着タンパク質であるCD43 、細胞間接着分子ICAM-2とも直接に結合する<ref name=Yonemura1998 /> [40] ('''図2''')。 | |||
==== 膜輸送体や受容体との結合 ==== | ==== 膜輸送体や受容体との結合 ==== | ||