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グレリンの発見により、成長ホルモンの分泌調節機構に新たな経路が加わることとなった。さらに、グレリンは摂食調節や代謝制御にも深く関与することが明らかとなり、その研究は多岐にわたる展開を見せている。 | グレリンの発見により、成長ホルモンの分泌調節機構に新たな経路が加わることとなった。さらに、グレリンは摂食調節や代謝制御にも深く関与することが明らかとなり、その研究は多岐にわたる展開を見せている。 | ||
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig1.png|サムネイル|'''図1. ヒトグレリンの構造'''<br>ヒトのグレリンはアミノ酸28残基からなるペプチドで、3番目のセリンが脂肪酸のn-オクタン酸によって修飾を受けており、この修飾基は活性発現に必要である。この図では修飾基のオクタン酸は非常に大きな分子のように見えるが、例えばロイシンやイソロイシンには炭素原子が6個あることを考えるとオクタン酸はほぼアミノ酸1個程度の大きさである。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]] | |||
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig2.png|サムネイル|'''図2. 哺乳類グレリン前駆体のアミノ酸配列'''<br>哺乳類グレリン前駆体間の配列比較を示す。同一アミノ酸は色分けされている。アスタリスクはアシル修飾されるSer3の位置を示す。哺乳類のグレリン前駆体のアミノ酸配列はよく保存されており、特に、アシル修飾されるセリンを含む活性グレリンペプチドのNH2末端の10アミノ酸はすべて同一である。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]] | |||
[[ファイル:Kojima Ghrelin Fig3.png|サムネイル|'''図3. 脊椎動物グレリンのアミノ酸配列比較'''<br>グレリンは脊椎動物一般に存在して、N 末端の活性に必要な部分のアミノ酸配列が非常によく保存されている。特に3番目のアミノ酸は両生類を除いてセリン残基であり、この部位が脂肪酸(主としてn-オクタン酸)によって修飾されている。両生類のグレリンは現在2種明らかになっており、3番目のアミノ酸はどちらもトレオニンである。セリンとトレオニンはともに側鎖にOH 基を持つ同族のアミノ酸で、両生類グレリンのトレオニンも脂肪酸によって修飾されている。魚類のグレリンはC 末端がアミド構造になっている。<ref name=Kojima2005><pubmed>15788704</pubmed></ref>より改変。]] | |||
== 構造 == | == 構造 == | ||
グレリンは、主に胃粘膜で合成・分泌される。その構造的特徴は、特定の脂肪酸修飾(アシル化)を受けることにある。本章では、グレリンの一次構造と修飾、異なる分子形態、さらには種間の構造的保存性について述べる。 | グレリンは、主に胃粘膜で合成・分泌される。その構造的特徴は、特定の脂肪酸修飾(アシル化)を受けることにある。本章では、グレリンの一次構造と修飾、異なる分子形態、さらには種間の構造的保存性について述べる。 | ||
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=== 一次構造と脂肪酸修飾 === | === 一次構造と脂肪酸修飾 === | ||
グレリンは28アミノ酸残基からなる単鎖ペプチドであり、その最大の特徴はN末端から3番目のセリン(Ser3)残基の水酸基にオクタノイル基(C8:0)が共有結合している点である | グレリンは28アミノ酸残基からなる単鎖ペプチドであり、その最大の特徴はN末端から3番目のセリン(Ser3)残基の水酸基にオクタノイル基(C8:0)が共有結合している点である | ||
<ref name=Kojima1999><pubmed>10604470</pubmed></ref>(1) | <ref name=Kojima1999><pubmed>10604470</pubmed></ref>(1)('''図1''')。この脂肪酸修飾(アシル化)はGHS-Rとの結合および生理活性の発現に必須であり、グレリンの特異的な生理機能を決定する重要な要素である。通常、ペプチドホルモンの活性はアミノ酸配列によって決定されるが、グレリンは受容体への結合と活性発現に脂肪酸修飾が不可欠である。 | ||
このアシル化修飾はGOATによって触媒される<ref name=Yang2008><pubmed>18267071</pubmed></ref>(2)。 | このアシル化修飾はGOATによって触媒される<ref name=Yang2008><pubmed>18267071</pubmed></ref>(2)。 | ||
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=== 種間比較と分子多様性 === | === 種間比較と分子多様性 === | ||
グレリンの一次構造は、哺乳類間で高度に保存されており、特にN末端側の10アミノ酸はすべての哺乳類で完全に一致している('''図2''')。これは、グレリンの生理機能におけるこの領域の重要性を示すものである。哺乳類以外の脊椎動物においても、グレリンの存在が確認されており、鳥類、魚類、両生類、爬虫類などでもグレリン遺伝子が同定されている<ref name=Kaiya2002><pubmed>12193558</pubmed></ref><ref name=Kaiya2003a><pubmed>12970156</pubmed></ref><ref name=Kaiya2003b><pubmed>12630926</pubmed></ref><ref name=Kaiya2001><pubmed>11546772</pubmed></ref><ref name=Kaiya2004><pubmed>15242751</pubmed></ref><ref name=Kaiya2006a><pubmed>16630619</pubmed></ref><ref name=Kaiya2006b><pubmed>16762351</pubmed></ref><ref name=Suda2012><pubmed>22569173</pubmed></ref>(10–17)。これらの比較解析から、グレリンが種を超えて基本的な構造的特徴を共有するペプチドであることが明らかとなっている('''図3''')。 | |||
活性型グレリンの生理作用には、脂肪酸によるアシル化が必須であり、最も一般的に付加される脂肪酸はn-オクタン酸(C8:0)である。加えて、ヘキサン酸(C6:0)やデカン酸(C10:0)などが付加されたグレリンも報告されている。摂取された中鎖脂肪酸(MCFA)や中鎖トリグリセリド(MCT)が、これらのアシル基として直接利用されることも示されており、食餌成分がグレリンの修飾に影響を与えることが示唆されている<ref name=Nishi2005a><pubmed>15677766</pubmed></ref>(18)。発達段階によるアシル化パターンの変化も報告されている。マウスを用いた研究では、胃内のn-オクタノイルグレリン量が授乳期にかけて徐々に増加し、離乳開始後に急激に減少することが観察されている。さらに、早期に離乳させたマウスでは、胃内のn-オクタノイルグレリンおよびn-デカノイルグレリンの量が有意に低下しており、発達段階がアシル化修飾に影響を及ぼす可能性がある<ref name=Nishi2005b><pubmed>15746259</pubmed></ref>(19)。このペプチドもオクタン酸修飾を受け、生理活性を持つことが示唆されており、グレリン遺伝子の選択的スプライシングによって産生される。 | 活性型グレリンの生理作用には、脂肪酸によるアシル化が必須であり、最も一般的に付加される脂肪酸はn-オクタン酸(C8:0)である。加えて、ヘキサン酸(C6:0)やデカン酸(C10:0)などが付加されたグレリンも報告されている。摂取された中鎖脂肪酸(MCFA)や中鎖トリグリセリド(MCT)が、これらのアシル基として直接利用されることも示されており、食餌成分がグレリンの修飾に影響を与えることが示唆されている<ref name=Nishi2005a><pubmed>15677766</pubmed></ref>(18)。発達段階によるアシル化パターンの変化も報告されている。マウスを用いた研究では、胃内のn-オクタノイルグレリン量が授乳期にかけて徐々に増加し、離乳開始後に急激に減少することが観察されている。さらに、早期に離乳させたマウスでは、胃内のn-オクタノイルグレリンおよびn-デカノイルグレリンの量が有意に低下しており、発達段階がアシル化修飾に影響を及ぼす可能性がある<ref name=Nishi2005b><pubmed>15746259</pubmed></ref>(19)。このペプチドもオクタン酸修飾を受け、生理活性を持つことが示唆されており、グレリン遺伝子の選択的スプライシングによって産生される。 | ||