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=== 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome === | === 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome === | ||
体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し、[[ジアゼパム]]が著効する。肺小細胞癌や乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある<ref name=ref21><pubmed>8245793</pubmed></ref>。[[wikipedia:JA:I型糖尿病|I型糖尿病]]などを伴う自己免疫性の場合は[[glutamic acid decarboxylase]] (GAD)に対する抗体が検出される。 | |||
== PNSにおける神経傷害に及ぼす抗体の役割 == | == PNSにおける神経傷害に及ぼす抗体の役割 == | ||
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=== 主に細胞表面抗原に対する抗体が検出される群 === | === 主に細胞表面抗原に対する抗体が検出される群 === | ||
細胞表面抗原の多くは[[wikipedia:JA:細胞膜|細胞膜]]上に発現し、機能分子を細胞外に表出する場合が多いことから、自己抗体はチャネル機能を競合的に阻害したり、受容体蛋白質を[[wikipedia:JA:補体|補体]]介在性に破壊してその代謝回転に影響を及ぼす可能性が考えられる。このような抗体を保有する一群では、早期に抗体を除去し、抗体産生を抑制する治療が有効である。 | |||
このような疾患としては、抗NMDA受容体抗体陽性脳炎、胸腺腫が併存し抗[[アセチルコリン受容体]](Acetylcholine receptor:AChR)抗体を有する[[重症筋無力症]]、肺小細胞癌があり抗VGCC抗体を有するLEMS、抗VGKC複合体抗体を生じる辺縁系脳炎やニューロミオトニアなどがある。これらの一部では、抗体を含む血清を用いて[[wikipedia:JA:刺激伝導ブロック|刺激伝導ブロック]]や、細胞[[膜電位]]を変化させるなどの病態が再現されることより、抗体の直接的関与が示唆されている<ref name=ref22><pubmed>16613892</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>22008231</pubmed></ref>。 | |||
=== 主に細胞内抗原を認識する抗体が検出される群 === | === 主に細胞内抗原を認識する抗体が検出される群 === | ||
細胞内抗原であるHu/Yo/Riなどに反応する抗体を生じる群では、罹患神経組織と密接に関連する抗体が、病初期から高い力価で検出され,抗体が中枢神経内で産生されると考えられること、剖検組織では神経細胞や腫瘍にIgGが沈着しているなどの知見がある。しかしながら、血漿交換や免疫療法では神経症状の改善が得られにくい。また、抗体を用いた動物への受動免疫では病態の再現が得られないため<ref name=ref24><pubmed>7707074</pubmed></ref> | 細胞内抗原であるHu/Yo/Riなどに反応する抗体を生じる群では、罹患神経組織と密接に関連する抗体が、病初期から高い力価で検出され,抗体が中枢神経内で産生されると考えられること、剖検組織では神経細胞や腫瘍にIgGが沈着しているなどの知見がある。しかしながら、血漿交換や免疫療法では神経症状の改善が得られにくい。また、抗体を用いた動物への受動免疫では病態の再現が得られないため<ref name=ref24><pubmed>7707074</pubmed></ref>、この群では抗体そのものの病態への関与は低く、[[wikipedia:JA:細胞傷害性T細胞|細胞傷害性T細胞]](cytotoxic T cell: CTL)の関与が推測されている<ref name=ref25><pubmed>11489286</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>9809559</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>10371077</pubmed></ref>。 | ||
抗Hu/Yo/ | 抗Hu/Yo/Ri抗体を有する群では、病初期には罹患神経組織および腫瘍内にCTLのマーカーである[[wikipedia:CD8|CD8]]陽性[[wikipedia:CD11b|CD11b]]陰性[[wikipedia:JA:Tリンパ球|Tリンパ球]]が浸潤している。PCDではYo抗原特異的[[wikipedia:JA:T細胞|T細胞]]が末梢血、髄液で増加し、抗Hu抗体陽性群の血中にもHu抗原特異的に反応する CTLが検出されている。 | ||
PNS患者の腫瘍および罹患神経組織に浸潤している[[T細胞受容体]](T cell receptor:TCR)のレパトアを解析すると、いずれの組織でも特定の抗原を認識して集積したと考えられる一定の受容体モチーフ構造を持ったT細胞が検出される。 | |||
== PNSを生じる背景 == | == PNSを生じる背景 == | ||
担癌患者の頻度を考慮すると、PNSの発症は極めてまれといわざるを得ない。PNS発症の有無で、腫瘍の組織学的特徴に差はないとされる。また、Hu抗体陽性肺小細胞癌患者の腫瘍に発現するHu蛋白質のDNAにも変異は見られていない。PNS発症の要因として、腫瘍組織内では、[[wikipedia:JA:抗原提示細胞|抗原提示細胞]]である[[wikipedia:JA:樹状細胞|樹状細胞]]がアポトーシスに陥った腫瘍細胞を取り込んで、class I 上にonconeural proteinを提示する可能性が考えられ、感作されたPNS抗原特異的なT 細胞がclass Iを発現する神経組織を傷害する可能性もある。 | |||
筆者らは、PNSが多くの担癌患者のごく一部にしか生じない理由の一つの可能性として、患者側の要因を検討した。自己免疫疾患の発症要因としては、[[wikip[[リンクの名前]]edia:JA:|免疫自己寛容]]の破綻が生じていると考えられる。末梢血中[[wikipedia:JA:制御性T細胞|制御性T細胞]](regulatory T cell: Treg)は末梢性免疫寛容に重要な働きをしていることから、PNSにおける免疫動態の評価のため、Treg分画の機能遺伝子の発現を定量した。PNS,神経症状のない癌患者および健常者の末梢血リンパ球からTreg分画を分取し、[[wikipedia:JA:リアルタイムRT-PCR|リアルタイムRT-PCR]]法で[[wikipedia:FOXP3|FOXP3]]を代表とするTregの機能遺伝子の[[wikipedia:JA:mRNA|mRNA]]の発現を定量した。PNS患者末梢血では、免疫制御に関わるTregの複数の機能遺伝子に発現低下がみられた。Tregの機能低下は,免疫寛容の破綻を引き起こし、自己免疫機序による組織傷害を生じうるため、PNSの宿主要因になりうると考えられた<ref name=ref28><pubmed>18455243</pubmed></ref>。 | |||
== 治療 == | == 治療 == | ||
治療に関してエビデンスを持った知見はないのが現状である。一般的には、腫瘍組織の末梢免疫系への抗原呈示が免疫反応を刺激していると考えられることから、腫瘍に対する早期治療が必要と考えられる。さらに、抗体産生やリンパ球の抗原提示能を抑制するための免疫療法(副腎皮質ホルモン、大量免疫グロブリン投与,血液浄化療法、免疫抑制剤投与など)を、早期に導入することで神経症状の改善が期待できる。免疫療法として、どれが有効かはそれぞれについて多数例を比較した研究はなく、症例毎に様々な治療が選択されている。 | |||
== 疫学 == | == 疫学 == | ||
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PNSの発生頻度についての正確な調査はないが、悪性腫瘍患者の0.1〜1%前後とする推計があり、腫瘍の種類によって頻度が異なる。 | PNSの発生頻度についての正確な調査はないが、悪性腫瘍患者の0.1〜1%前後とする推計があり、腫瘍の種類によって頻度が異なる。 | ||
PNSは、中枢神経原発の腫瘍では生じにくいが、内臓器原発の腫瘍ではいずれの場合もPNSを生じうる。この中で、肺小細胞癌、乳癌、子宮癌、卵巣癌、胸腺腫、[[wikipedia:JA:形質細胞腫|形質細胞腫]]を有する例での発症が多い。多くは、中高年で発症するが、神経芽細胞腫によるPNSは小児に多い。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
*抗神経抗体 | *抗神経抗体 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |