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英:smooth pursuit eye movement、英略語:SPEM<br>同義語:追跡眼球運動、円滑性追跡眼球運動<br> | 英:smooth pursuit eye movement、英略語:SPEM<br>同義語:追跡眼球運動、円滑性追跡眼球運動<br> | ||
== 追跡眼球運動とは == | == 追跡眼球運動とは == | ||
追跡眼球運動は、ゆっくり動く視覚対象物の網膜像を網膜中心窩付近に維持し、その動きに合わせて視線を滑らかに動かす時に起こる随意性眼球運動を指す。ヒトやサルなど、網膜中心窩の発達した霊長類で特によく発達している。ヒトでは眼球をおおよそ50°/秒まで滑らかに動かすことができる。滑動性追跡眼球運動を起こすためには通常は絶えず視覚対象を必要とし、視覚対象物の速度に対する眼球速度比(ゲイン)はヒトで0.7-0.9である。 | 追跡眼球運動は、ゆっくり動く視覚対象物の網膜像を網膜中心窩付近に維持し、その動きに合わせて視線を滑らかに動かす時に起こる随意性眼球運動を指す。ヒトやサルなど、網膜中心窩の発達した霊長類で特によく発達している。ヒトでは眼球をおおよそ50°/秒まで滑らかに動かすことができる。滑動性追跡眼球運動を起こすためには通常は絶えず視覚対象を必要とし、視覚対象物の速度に対する眼球速度比(ゲイン)はヒトで0.7-0.9である。 | ||
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追跡眼球運動を駆動するためには、視標の網膜像の速度情報が重要である。さらに、自身の眼球速度の情報も追跡眼球運動の制御に関係する可能性がある。サルを用いた神経生理学的研究から得られた主要な信号伝達経路について概観する。視標の動きの信号は、一次視覚野から上側頭溝の壁に位置するMT野(middle temporal area)およびMST野(medial superior temporal area)を経て橋核にいたる。また、MST野からは前頭眼野を経て橋被蓋網様核や橋核にいたる経路もある。さらにそこから苔状繊維を介して小脳片葉・傍片葉および小脳虫部を経て、小脳核、前庭神経核等に投射し、外眼筋運動ニューロンに入力する。 マカクサルの大脳皮質のMT/MST野では、視覚刺激の動きに対して反応するニューロンや追跡眼球運動に関連して活動するニューロンが数多く発見されている<ref><pubmed> 6875628 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 3171643 </pubmed></ref>。MT/MST野を薬物で破壊すると、同側へ向かう追跡眼球運動が障害される<ref><pubmed> 3171667 </pubmed></ref>。電気刺激を加えると同側へ向かう眼球運動速度の上昇が見られる<ref><pubmed> 2754480 </pubmed></ref>。一定速度で動く視標を追跡する時の追跡眼球運動中に短時間視標を消す、あるいは網膜上で固定すると、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が減少するが、MST野には活動があまり変化しないニューロンがある<ref><pubmed> 3171644 </pubmed></ref>。後者のMST野ニューロンは、非視覚性信号も受け、眼球運動の情報と網膜上の視覚刺激の動きの情報を統合している可能性が示唆される。図2の制御モデルの枠組みで大まかに言えば、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視覚情報処理機構の出力に、MST野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視標速度の推定値に対応すると考えられる。 前頭眼野からも追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが数多く見つかっており、この領野に電気刺激を加えると滑動性の眼球運動反応が起こる<ref><pubmed> 7823092 </pubmed></ref>。また、通常、静止視標を注視している間に視標を動かしても非常に小さな眼球運動しか起こらないが、この領野に電気刺激を加えながら視標を動かすと、大きな眼球運動反応が得られる<ref><pubmed> 11196642 </pubmed></ref>。これは、追跡眼球運動では視覚‐運動変換の増幅率が動的に制御されていること、また、前頭眼野が追跡眼球運動のゲイン制御に関与していることを示唆している<ref><pubmed> 12070750 </pubmed></ref>。 橋核(特に背外側橋核)や橋被蓋網様核において、追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが見つかっている<ref><pubmed> 3171646 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12686582 </pubmed></ref>。また、背外側橋核や被蓋網様核を薬物で不活性化させるあるいは破壊すると追跡眼球運動が障害されることが報告されている<ref><pubmed> 10482737 </pubmed></ref>。 小脳も追跡眼球運動の制御に重要な役割を果たしている。両側の小脳片葉・傍片葉を切除すると追跡眼球運動の発現が障害される<ref><pubmed> 7288469 </pubmed></ref>。片葉・傍片葉に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動が起こる<ref><pubmed> 3622694 </pubmed></ref>。片葉・傍片葉から追跡眼球運動中に活動度を変化させるプルキンエ細胞が発見されている<ref><pubmed> 1083068 </pubmed></ref>。これらのニューロンの活動は追跡眼球運動の運動指令信号と関係していて、小脳で視標の動きから眼球運動指令信号が生成されることが示唆されている<ref><pubmed> 8361536 </pubmed></ref>。小脳虫部(背側)も追跡眼球運動の発現に関係すると考えられている。この部位からも追跡眼球運動中に発火頻度が変化するプルキンエ細胞が見つかっている<ref><pubmed> 111350 </pubmed></ref>。追跡眼球運動を行っている時に、背側虫部に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動に変化が起こる<ref><pubmed> 9772260 </pubmed></ref>。また、背側虫部を切除すると追跡眼球運動開始時の眼球加速度に影響が見られる<ref><pubmed> 10758115 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3801529 </pubmed></ref>。 | 追跡眼球運動を駆動するためには、視標の網膜像の速度情報が重要である。さらに、自身の眼球速度の情報も追跡眼球運動の制御に関係する可能性がある。サルを用いた神経生理学的研究から得られた主要な信号伝達経路について概観する。視標の動きの信号は、一次視覚野から上側頭溝の壁に位置するMT野(middle temporal area)およびMST野(medial superior temporal area)を経て橋核にいたる。また、MST野からは前頭眼野を経て橋被蓋網様核や橋核にいたる経路もある。さらにそこから苔状繊維を介して小脳片葉・傍片葉および小脳虫部を経て、小脳核、前庭神経核等に投射し、外眼筋運動ニューロンに入力する。 マカクサルの大脳皮質のMT/MST野では、視覚刺激の動きに対して反応するニューロンや追跡眼球運動に関連して活動するニューロンが数多く発見されている<ref><pubmed> 6875628 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 3171643 </pubmed></ref>。MT/MST野を薬物で破壊すると、同側へ向かう追跡眼球運動が障害される<ref><pubmed> 3171667 </pubmed></ref>。電気刺激を加えると同側へ向かう眼球運動速度の上昇が見られる<ref><pubmed> 2754480 </pubmed></ref>。一定速度で動く視標を追跡する時の追跡眼球運動中に短時間視標を消す、あるいは網膜上で固定すると、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が減少するが、MST野には活動があまり変化しないニューロンがある<ref><pubmed> 3171644 </pubmed></ref>。後者のMST野ニューロンは、非視覚性信号も受け、眼球運動の情報と網膜上の視覚刺激の動きの情報を統合している可能性が示唆される。図2の制御モデルの枠組みで大まかに言えば、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視覚情報処理機構の出力に、MST野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視標速度の推定値に対応すると考えられる。 前頭眼野からも追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが数多く見つかっており、この領野に電気刺激を加えると滑動性の眼球運動反応が起こる<ref><pubmed> 7823092 </pubmed></ref>。また、通常、静止視標を注視している間に視標を動かしても非常に小さな眼球運動しか起こらないが、この領野に電気刺激を加えながら視標を動かすと、大きな眼球運動反応が得られる<ref><pubmed> 11196642 </pubmed></ref>。これは、追跡眼球運動では視覚‐運動変換の増幅率が動的に制御されていること、また、前頭眼野が追跡眼球運動のゲイン制御に関与していることを示唆している<ref><pubmed> 12070750 </pubmed></ref>。 橋核(特に背外側橋核)や橋被蓋網様核において、追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが見つかっている<ref><pubmed> 3171646 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12686582 </pubmed></ref>。また、背外側橋核や被蓋網様核を薬物で不活性化させるあるいは破壊すると追跡眼球運動が障害されることが報告されている<ref><pubmed> 10482737 </pubmed></ref>。 小脳も追跡眼球運動の制御に重要な役割を果たしている。両側の小脳片葉・傍片葉を切除すると追跡眼球運動の発現が障害される<ref><pubmed> 7288469 </pubmed></ref>。片葉・傍片葉に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動が起こる<ref><pubmed> 3622694 </pubmed></ref>。片葉・傍片葉から追跡眼球運動中に活動度を変化させるプルキンエ細胞が発見されている<ref><pubmed> 1083068 </pubmed></ref>。これらのニューロンの活動は追跡眼球運動の運動指令信号と関係していて、小脳で視標の動きから眼球運動指令信号が生成されることが示唆されている<ref><pubmed> 8361536 </pubmed></ref>。小脳虫部(背側)も追跡眼球運動の発現に関係すると考えられている。この部位からも追跡眼球運動中に発火頻度が変化するプルキンエ細胞が見つかっている<ref><pubmed> 111350 </pubmed></ref>。追跡眼球運動を行っている時に、背側虫部に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動に変化が起こる<ref><pubmed> 9772260 </pubmed></ref>。また、背側虫部を切除すると追跡眼球運動開始時の眼球加速度に影響が見られる<ref><pubmed> 10758115 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3801529 </pubmed></ref>。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
追従眼球運動 | 追従眼球運動 | ||
25行目: | 25行目: | ||
前庭動眼反射 | 前庭動眼反射 | ||
== 参考文献 ==<br> | |||
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<references /> | <references /> | ||
(執筆者:稲場直子、河野憲二、担当編集委員:伊佐正) | (執筆者:稲場直子、河野憲二、担当編集委員:伊佐正) |
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