「産褥期精神障害」の版間の差分

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'''・背景(イントロダクション、歴史的推移など)'''<br> 妊産婦やその家族にとって、妊娠中や出産後は喜ばしい時期である一方で、うつ病を初めとする精神障害を呈する割合の高い時期であることが知られている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;17148723&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。なかでも、うつ病の発症には性差があり、女性のうつ病の発症率は男性の2倍であることが知られている。その一因として、性周期、周産期、更年期などに生じる女性ホルモンのバランスの変化が関与すると考えられている。産褥期の精神障害は、母親のQOLの低下や自殺リスクの上昇に加え、児の養育環境にも悪影響を与え得るため、効果的な予防および治療法、予測診断法の確立が急務である。<br>産褥期の精神障害には、マタニティーブルーズや産褥期うつ病、双極性障害などの気分障害の他に、産褥期精神病、持続性不安を主訴とする不安神経症である全般性不安障害、強迫的な思考や行動を繰り返す不安障害である強迫性障害、パニック障害などがあげられる。この期間に発症または再発がみられる。パニック障害や強迫性障害はしばしば産褥期うつ病と併存し、その予後を劇的に悪化させると考えられており、また、産褥期の全般性不安障害は見逃されることが多い。<br><br>  
'''・背景(イントロダクション、歴史的推移など)'''<br> 妊産婦やその家族にとって、妊娠中や出産後は喜ばしい時期である一方で、うつ病を初めとする精神障害を呈する割合の高い時期であることが知られている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;17148723&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。なかでも、うつ病の発症には性差があり、女性のうつ病の発症率は男性の2倍であることが知られている。その一因として、性周期、周産期、更年期などに生じる女性ホルモンのバランスの変化が関与すると考えられている。産褥期の精神障害は、母親のQOLの低下や自殺リスクの上昇に加え、児の養育環境にも悪影響を与え得るため、効果的な予防および治療法、予測診断法の確立が急務である。<br>産褥期の精神障害には、マタニティーブルーズや産褥期うつ病、双極性障害などの気分障害の他に、産褥期精神病、持続性不安を主訴とする不安神経症である全般性不安障害、強迫的な思考や行動を繰り返す不安障害である強迫性障害、パニック障害などがあげられる。この期間に発症または再発がみられる。パニック障害や強迫性障害はしばしば産褥期うつ病と併存し、その予後を劇的に悪化させると考えられており、また、産褥期の全般性不安障害は見逃されることが多い。<br><br>  


'''・産褥期精神障害'''<br><u>a. マタニティーブルーズ</u><br>分娩後3〜10日頃に発症し一過性で短期間に改善する、気分の低下、不安、涙もろさ、不眠、情緒および認知の障害がみられる。ほとんどが自然軽快するため、特別な予防や薬物療法的な介入を実施しないことが一般的である。しかし、マタニティブルーズが産褥期うつ病に移行することもあり、マタニティーブルーズは産褥期うつ病の発症リスクを上昇させるという報告もある&lt;ref name=ref2&gt;&lt;pubmed&gt;21911105&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;1617360&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;15715025&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。両者の関係には、まだ不明な点が多いが、上記の観点からその後の経過に注意する必要がある。<br>マタニティブルーズの主な評価尺度としては、Stein et al.によって開発された全13項目の自己記入式尺度&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;7441584&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;がある。出産後に連日自己記入し、少なくともどこかの 1 日でカットオフ値を超えた場合にマタニティーブルーズと判定する。日本語版は岡野ら&lt;ref&gt;'''岡野禎治、野村純一、越川法子、他'''&lt;br&gt;精神医学 33:p1051-1058&lt;br&gt;''医学書院(東京)'':1991&lt;/ref&gt;による。  
'''・産褥期精神障害'''<br><u>a. マタニティーブルーズ</u><br> 分娩後3〜10日頃に発症し一過性で短期間に改善する、気分の低下、不安、涙もろさ、不眠、情緒および認知の障害がみられる。ほとんどが自然軽快するため、特別な予防や薬物療法的な介入を実施しないことが一般的である。しかし、マタニティブルーズが産褥期うつ病に移行することもあり、マタニティーブルーズは産褥期うつ病の発症リスクを上昇させるという報告もある&lt;ref name=ref2&gt;&lt;pubmed&gt;21911105&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;1617360&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;15715025&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。両者の関係には、まだ不明な点が多いが、上記の観点からその後の経過に注意する必要がある。<br>マタニティブルーズの主な評価尺度としては、Stein et al.によって開発された全13項目の自己記入式尺度&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;7441584&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;がある。出産後に連日自己記入し、少なくともどこかの 1 日でカットオフ値を超えた場合にマタニティーブルーズと判定する。日本語版は岡野ら&lt;ref&gt;'''岡野禎治、野村純一、越川法子、他'''&lt;br&gt;精神医学 33:p1051-1058&lt;br&gt;''医学書院(東京)'':1991&lt;/ref&gt;による。  


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<u>b. 産褥期うつ病(産後うつ病)</u><br> 産褥期うつ病は、産後数週間から数ヶ月以内に発症する。発症の時期については、多くは出産後1ヶ月頃をピークとし、大半が2~6か月以内で軽快するが、なかには1年以上の長期経過をとるものもある。症状は一般的なうつ病と同様で、抑うつ気分、不安、意欲の低下、不眠などがみられる。未治療のまま放置されると、重症化、長期化しやすい上、子どもにも悪影響を与える&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;12143923&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。希死念慮については、比較的少ないとされているが、母子心中に発展する場合もあるため、注意が必要である&lt;ref&gt;'''臼井比奈子、尾崎紀夫'''&lt;br&gt;臨牀と研究 82(8):p.1327-1331&lt;br&gt;''大道学館出版部(福岡)'':2005&lt;/ref&gt;。<br>産褥期うつ病の主な評価尺度としては、エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale&nbsp;: EPDS)が知られている。これは英国のCoxらによる自己記入式の質問紙で、妊娠期・産後用に開発された評価尺度である。一般のうつ病を評価する尺度と異なり、身体症状に関する質問項目が含まれていない。日本語版は岡野ら&lt;ref&gt;'''岡野禎治、村田真理子、増地聡子、他'''&lt;br&gt;精神科診断学7(4):p. 525-533&lt;br&gt;''日本評論社(東京)'':1996&lt;/ref&gt;によって翻訳されている。  
<u>b. 産褥期うつ病(産後うつ病)</u><br>  産褥期うつ病は、産後数週間から数ヶ月以内に発症する。発症の時期については、多くは出産後1ヶ月頃をピークとし、大半が2~6か月以内で軽快するが、なかには1年以上の長期経過をとるものもある。症状は一般的なうつ病と同様で、抑うつ気分、不安、意欲の低下、不眠などがみられる。未治療のまま放置されると、重症化、長期化しやすい上、子どもにも悪影響を与える&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;12143923&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。希死念慮については、比較的少ないとされているが、母子心中に発展する場合もあるため、注意が必要である&lt;ref&gt;'''臼井比奈子、尾崎紀夫'''&lt;br&gt;臨牀と研究 82(8):p.1327-1331&lt;br&gt;''大道学館出版部(福岡)'':2005&lt;/ref&gt;。<br>産褥期うつ病の主な評価尺度としては、エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale&nbsp;: EPDS)が知られている。これは英国のCoxらによる自己記入式の質問紙で、妊娠期・産後用に開発された評価尺度である。一般のうつ病を評価する尺度と異なり、身体症状に関する質問項目が含まれていない。日本語版は岡野ら&lt;ref&gt;'''岡野禎治、村田真理子、増地聡子、他'''&lt;br&gt;精神科診断学7(4):p. 525-533&lt;br&gt;''日本評論社(東京)'':1996&lt;/ref&gt;によって翻訳されている。  


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<u>c. 双極性障害</u><br>双極性障害は出産により発症または再発しやすく、精神疾患の既往のある女性が産後に入院を要するような再発を起こす場合、最も危険性が高いのは双極性障害であるとの報告がなされている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;19188541&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。さらに、出産後に抑うつ状態あるいは軽躁状態を呈する場合、後に双極性障害の病相であったことが判明することも多い。うつ病と双極性障害のうつ病相を区別する有効な手段はまだ見出されていないが、過去に軽躁状態のエピソードがある場合、あるいは家族歴に双極性障害が存在する場合は、双極性障害である可能性が高い&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;19837461&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。  
<u>c. 双極性障害</u><br> 双極性障害は出産により発症または再発しやすく、精神疾患の既往のある女性が産後に入院を要するような再発を起こす場合、最も危険性が高いのは双極性障害であるとの報告がなされている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;19188541&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。さらに、出産後に抑うつ状態あるいは軽躁状態を呈する場合、後に双極性障害の病相であったことが判明することも多い。うつ病と双極性障害のうつ病相を区別する有効な手段はまだ見出されていないが、過去に軽躁状態のエピソードがある場合、あるいは家族歴に双極性障害が存在する場合は、双極性障害である可能性が高い&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;19837461&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。  


 なお、DSM-Ⅳ-TRでは、「『産後の発症』という特定用語は、発症が分娩後4週間以内の場合、大うつ病性障害、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害における現在の(または現在、大うつ病、躁病、または混合性エピソードの基準を満たしていない場合、最も新しい)大うつ病、躁病、または混合性エピソード、または短期精神病性障害に適用される。」とされている。また、産後発症の大うつ病、躁病、または混合性エピソードの症状は、産後以外の気分エピソードと異なるものではない。  
 なお、DSM-Ⅳ-TRでは、「『産後の発症』という特定用語は、発症が分娩後4週間以内の場合、大うつ病性障害、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害における現在の(または現在、大うつ病、躁病、または混合性エピソードの基準を満たしていない場合、最も新しい)大うつ病、躁病、または混合性エピソード、または短期精神病性障害に適用される。」とされている。また、産後発症の大うつ病、躁病、または混合性エピソードの症状は、産後以外の気分エピソードと異なるものではない。  


<br><u>d. 産褥期精神病</u><br>出産後、数週間経過した後に突如発症する。新生児に対する妄想や不安を訴え、幻聴、幻覚、幻視、興奮、錯乱などをきたす。自殺は少ないが、殺児念慮を持つ事がある。
<br><u>d. 産褥期精神病</u><br> 出産後、数週間経過した後に突如発症する。新生児に対する妄想や不安を訴え、幻聴、幻覚、幻視、興奮、錯乱などをきたす。自殺は少ないが、殺児念慮を持つ事がある。


<br>'''・疫学'''<br>妊娠・出産の時期は身体的・心理社会的な負担が大きく、7人に1人が妊娠期から産後にうつ病を経験すると言われている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;17898342&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。マタニティブルーズの発症頻度は、欧米で30-60%&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;1805821&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;、日本では15-35%&lt;ref name=ref2/&gt;&lt;ref name=ref14&gt;&lt;pubmed&gt;1513931&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;であり、欧米に比べ我が国のマタニティブルーズの発症頻度は比較的低いとされている。産褥期うつ病の発症頻度は10-15%である&lt;ref name=ref2/&gt;。産褥期精神病の発症頻度は0.1-0.2%であり、産褥期うつ病やマタニティーブルーズと比較すると比較的稀である。<br>また、妊娠中から産後まで継続的に抑うつ状態の経過を観察したコホート研究により、妊産婦のうち約7%が妊娠中から産後にかけて継続的に抑うつ状態を呈していることも報告されている&lt;ref name=ref2/&gt;。  
<br>'''・疫学'''<br> 妊娠・出産の時期は身体的・心理社会的な負担が大きく、7人に1人が妊娠期から産後にうつ病を経験すると言われている&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;17898342&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;。マタニティブルーズの発症頻度は、欧米で30-60%&lt;ref&gt;&lt;pubmed&gt;1805821&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;、日本では15-35%&lt;ref name=ref2/&gt;&lt;ref name=ref14&gt;&lt;pubmed&gt;1513931&lt;/pubmed&gt;&lt;/ref&gt;であり、欧米に比べ我が国のマタニティブルーズの発症頻度は比較的低いとされている。産褥期うつ病の発症頻度は10-15%である&lt;ref name=ref2/&gt;。産褥期精神病の発症頻度は0.1-0.2%であり、産褥期うつ病やマタニティーブルーズと比較すると比較的稀である。<br>また、妊娠中から産後まで継続的に抑うつ状態の経過を観察したコホート研究により、妊産婦のうち約7%が妊娠中から産後にかけて継続的に抑うつ状態を呈していることも報告されている&lt;ref name=ref2/&gt;。  


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