「セマフォリン」の版間の差分

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== 発現パターンと細胞内分布 ==
== 発現パターンと細胞内分布 ==
 脊椎動物に発現するセマフォリンSema3-7は各々固有の生体内分布を示す(表1)、<ref name=ref6>http://biogps.org/#goto=welcome BioGPS</ref> <ref name=ref7>http://www.gensat.org/index.html The GENSAT Project at the Rockefeller University http://www.gensat.org/index.html</ref>。セマフォリンは神経系に広く分布するのみならず、肺、消化器系、循環器系、免疫組織、骨組織を形成する細胞群にも発現し、その多彩な生理機能を有することを示唆している。セマフォリンの細胞内分布の詳細な解析は今後の課題である。
 脊椎動物に発現するセマフォリンSema3-7は各々固有の生体内分布を示す(表1)<ref name=ref6>http://biogps.org/#goto=welcome BioGPS</ref> <ref name=ref7>http://www.gensat.org/index.html The GENSAT Project at the Rockefeller University</ref>。セマフォリンは神経系に広く分布するのみならず、肺、消化器系、循環器系、免疫組織、骨組織を形成する細胞群にも発現し、その多彩な生理機能を有することを示唆している。セマフォリンの細胞内分布の詳細な解析は今後の課題である。


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[[image:semaphorin 3.jpg|thumb|350px|'''図3.''']]
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 全てのセマフォリンの N末端側はセマドメインとなっており、C末端側の構造によって、分泌型、膜貫通型、 GPIアンカー型等の性質が付与される。これらの構造の違いにより、8つのサブファミリー (Sema1-7とV [ウイルス])に分類される(図1), <ref name=ref1 />。この内、Sema1aは線虫やショウジョウバエ、Sema2aはショウジョウバエ、ハチ等の昆虫に存在するセマフォリンである。プレキシンはA-Dの四つのサブファミリーに分類される。N末端はセマフォリンと同様にセマドメインとなっており、それ以外の細胞外ドメインも各サブタイプでほぼ共通である。立体構造の解析から、セマフォリンとプレキシンのセマドメインは七枚の羽のようなユニットからなるβプロペラ構造を持っていることが明らかとなった。セマフォリンとプレキシンの結合はお互いのセマドメイン同士を介して行われる。Sema3サブファミリーは直接プレキシンと結合しないが、ニューロピリンとの結合を介してプレキシンAのセマドメインと相互作用する。プレキシンの中には、膜貫通型チロシンキナーゼや免疫グロブリンスーパーファミリー等と会合するものがある。これらの分子はプレキシンによる情報伝達を修飾する役割を担っている。いくつかのセマフォリンはプレキシン以外の受容体と結合することが知られている。CD72、Tim-2、インテグリン等が該当するが、それらはセマドメインを持たず、共通性が見られない。今後、これらの非プレキシン型受容体に関しても解明が進むものと思われる。
 全てのセマフォリンの N末端側はセマドメインとなっており、C末端側の構造によって、分泌型、膜貫通型、 GPIアンカー型等の性質が付与される。これらの構造の違いにより、8つのサブファミリー (Sema1-7とV [ウイルス])に分類される(図1)<ref name=ref1 />。この内、Sema1aは線虫やショウジョウバエ、Sema2aはショウジョウバエ、ハチ等の昆虫に存在するセマフォリンである。プレキシンはA-Dの四つのサブファミリーに分類される。N末端はセマフォリンと同様にセマドメインとなっており、それ以外の細胞外ドメインも各サブタイプでほぼ共通である。立体構造の解析から、セマフォリンとプレキシンのセマドメインは七枚の羽のようなユニットからなるβプロペラ構造を持っていることが明らかとなった。セマフォリンとプレキシンの結合はお互いのセマドメイン同士を介して行われる。Sema3サブファミリーは直接プレキシンと結合しないが、ニューロピリンとの結合を介してプレキシンAのセマドメインと相互作用する。プレキシンの中には、膜貫通型チロシンキナーゼや免疫グロブリンスーパーファミリー等と会合するものがある。これらの分子はプレキシンによる情報伝達を修飾する役割を担っている。いくつかのセマフォリンはプレキシン以外の受容体と結合することが知られている。CD72、Tim-2、インテグリン等が該当するが、それらはセマドメインを持たず、共通性が見られない。今後、これらの非プレキシン型受容体に関しても解明が進むものと思われる。


== セマフォリンの情報伝達 ==
== セマフォリンの情報伝達 ==
 プレキシンは、現在まで知られている膜貫通型受容体のうち、低分子量Gタンパク質と直接結合できる唯一の受容体ファミリーである<ref name=ref8><pubmed>22325954</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>15297673</pubmed></ref>(図2)。結合できる低分子量Gタンパク質は主にR-RasとRnd1である。プレキシンの細胞内領域はR-Rasを不活化するGTPase activating protein (GAP) ドメインがRnd1に対する結合領域であるRas-binding domain (RBD) で二つに分割されたような一次構造を持つ。しかし、立体構造の解析から、通常は細胞の上で二量体を作って不活性な状態になっているプレキシン(センサー)は、同じく二量体を形成するセマフォリン(信号)がやってくると分離して別々にセマフォリンに結合する。こうして、プレキシンからセマフォリンへとパートナーが替わることにより細胞内に信号が伝わると推定されている(図3)<ref name=ref10><pubmed>    20881961</pubmed></ref>。この際、タンパク質構造変化により、おそらくプレキシンの細胞内ドメイン同士の相互作用の変化をともなうと考えられるが、詳細はなお不明である。一方、細胞内領域の主要な機能は、GAPドメインとRBD領域がそれぞれひとかたまりとなった構造を持つため、リガンド依存的なRnd1の結合と、それに伴うGAP活性亢進によるR-Rasの不活化と考えられる(図2)。R-Rasの不活化により、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ (PI3K) 活性が低下し、結果としてAkt-GSK-3β系の活性化をもたらし、インテグリンを介した細胞接着が低下すると考えられている。プレキシンはグアニンヌクレオチド交換因子 (guanine nucleotide exchange factor: GEF) との結合を介して他の低分子量Gタンパク質の活性も制御できる。プレキシンAの場合は、膜直下にRacGEFの一種であるFARP2が結合する。受容体が刺激されると、FARP2がプレキシンAから解離し、結果として低分子量Gタンパク質Rac1及び下流のp21活性化キナーゼ (PAK) を活性化する<ref name=ref9 />。一方、プレキシンBの場合は、C末端にPDZドメイン結合配列があり、これを介してPDZ-RhoGEFやLARG等のRhoGEFが結合する。受容体が刺激されるとRhoGEFが活性化され、低分子量Gタンパク質Rhoと下流のRhoキナーゼ活性が亢進する。また、プレキシンBはRacとも相互作用することが知られている。これらをまとめると、プレキシンの基本的な機能は、Rnd1、R-Ras、Rac、Rhoの活性調節であり、これらの低分子量Gタンパク質を介して細胞骨格の再構成と細胞接着の制御を行っていると考えられる(図2)。
 プレキシンは、現在まで知られている膜貫通型受容体のうち、低分子量Gタンパク質と直接結合できる唯一の受容体ファミリーである(図2)<ref name=ref8><pubmed>22325954</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>15297673</pubmed></ref>。結合できる低分子量Gタンパク質は主にR-RasとRnd1である。プレキシンの細胞内領域はR-Rasを不活化するGTPase activating protein (GAP) ドメインがRnd1に対する結合領域であるRas-binding domain (RBD) で二つに分割されたような一次構造を持つ。しかし、立体構造の解析から、通常は細胞の上で二量体を作って不活性な状態になっているプレキシン(センサー)は、同じく二量体を形成するセマフォリン(信号)がやってくると分離して別々にセマフォリンに結合する。こうして、プレキシンからセマフォリンへとパートナーが替わることにより細胞内に信号が伝わると推定されている(図3)<ref name=ref10><pubmed>    20881961</pubmed></ref>。この際、タンパク質構造変化により、おそらくプレキシンの細胞内ドメイン同士の相互作用の変化をともなうと考えられるが、詳細はなお不明である。一方、細胞内領域の主要な機能は、GAPドメインとRBD領域がそれぞれひとかたまりとなった構造を持つため、リガンド依存的なRnd1の結合と、それに伴うGAP活性亢進によるR-Rasの不活化と考えられる(図2)。R-Rasの不活化により、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ (PI3K) 活性が低下し、結果としてAkt-GSK-3β系の活性化をもたらし、インテグリンを介した細胞接着が低下すると考えられている。プレキシンはグアニンヌクレオチド交換因子 (guanine nucleotide exchange factor: GEF) との結合を介して他の低分子量Gタンパク質の活性も制御できる。プレキシンAの場合は、膜直下にRacGEFの一種であるFARP2が結合する。受容体が刺激されると、FARP2がプレキシンAから解離し、結果として低分子量Gタンパク質Rac1及び下流のp21活性化キナーゼ (PAK) を活性化する<ref name=ref9 />。一方、プレキシンBの場合は、C末端にPDZドメイン結合配列があり、これを介してPDZ-RhoGEFやLARG等のRhoGEFが結合する。受容体が刺激されるとRhoGEFが活性化され、低分子量Gタンパク質Rhoと下流のRhoキナーゼ活性が亢進する。また、プレキシンBはRacとも相互作用することが知られている。これらをまとめると、プレキシンの基本的な機能は、Rnd1、R-Ras、Rac、Rhoの活性調節であり、これらの低分子量Gタンパク質を介して細胞骨格の再構成と細胞接着の制御を行っていると考えられる(図2)。


 プレキシンAは低分子量Gタンパク質を介した情報伝達以外に、リン酸化酵素を介した情報伝達も行う。プレキシンAはSrcファミリーチロシンキナーゼの一種であるFynと相互作用する。Sema3Aが結合するとFynによるチロシンリン酸化を介してCdk5が活性化する。Cdk5はCollapsin Response Mediator Protein (CRMP) をリン酸化する(図2)。一旦Cdk5によりリン酸化されると(プライミング)、GSK-3βによりCRMPが認識されるようになり、追加的なリン酸化が行われる。これらのリン酸化を受けたCRMPと細胞内の他の様々なタンパク質との相互作用が変化し、微小管を含む細胞骨格の再構成に関与する<ref name=ref11><pubmed>22351471</pubmed></ref>。また興味深いことに、アルツハイマー型認知症患者脳組織における神経原線維には、高度にリン酸化修飾を受けたCRMP2の集積が認められ、病態との関連が注目されている。GSK-3βの基質には、CRMPのようなprimed substrateと 予めのリン酸化修飾を必要としないunprimed substrateが存在する。Sema3Aシグナルの下流にはunprimed substrateであるAxin-1が関与し、GSK3b/Axin-1/β-catenin複合体形成を経てエンドサイトーシスを誘起する<ref name=ref11 />。また、プレキシンAは酸化還元酵素であるMolecules Interacting with CasL (MICAL) とも相互作用し、アクチンの重合を調節する。
 プレキシンAは低分子量Gタンパク質を介した情報伝達以外に、リン酸化酵素を介した情報伝達も行う。プレキシンAはSrcファミリーチロシンキナーゼの一種であるFynと相互作用する。Sema3Aが結合するとFynによるチロシンリン酸化を介してCdk5が活性化する。Cdk5はCollapsin Response Mediator Protein (CRMP) をリン酸化する(図2)。一旦Cdk5によりリン酸化されると(プライミング)、GSK-3βによりCRMPが認識されるようになり、追加的なリン酸化が行われる。これらのリン酸化を受けたCRMPと細胞内の他の様々なタンパク質との相互作用が変化し、微小管を含む細胞骨格の再構成に関与する<ref name=ref11><pubmed>22351471</pubmed></ref>。また興味深いことに、アルツハイマー型認知症患者脳組織における神経原線維には、高度にリン酸化修飾を受けたCRMP2の集積が認められ、病態との関連が注目されている。GSK-3βの基質には、CRMPのようなprimed substrateと 予めのリン酸化修飾を必要としないunprimed substrateが存在する。Sema3Aシグナルの下流にはunprimed substrateであるAxin-1が関与し、GSK3b/Axin-1/β-catenin複合体形成を経てエンドサイトーシスを誘起する<ref name=ref11 />。また、プレキシンAは酸化還元酵素であるMolecules Interacting with CasL (MICAL) とも相互作用し、アクチンの重合を調節する。