「トポグラフィックマッピング」の版間の差分

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 Roger Sperryは彼の一連の視覚系のマニピュレーションの実験の結果から1963年のchemoaffinity theoryの中で、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それでコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>。その流れを汲んで、その後視覚系を中心にトポグラフィックマッピングのメカニズムを追求する努力がなされた。ニワトリの眼において耳側と鼻側の網膜神経節細胞はそれぞれ視蓋の前側と後側に軸索を送り、眼の中の耳鼻軸に沿った位置情報は視蓋の中で前後軸として保存される(図1)。これは眼の中で網膜神経節細胞に耳側と鼻側に軸に沿った分子の濃度勾配があり、それに対応する分子の濃度勾配が標的である視蓋の前後軸にもあり、その相互作用によって、それぞれの網膜神経節細胞の軸索が視蓋で停止する場所が決定されると考えられた。Friedrich(パパ)Bonhoefferのグループは生化学的に視蓋での物質的基盤を明らかにすべく以下の様な実験を行った。彼らは、もし、視蓋に前後軸で濃度勾配を呈して発現している物質があってそれが耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索のターゲッティングに重要であるならば、視蓋の前側と後側から調整した膜画分に対する耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索の反応が変わるであろうと考え、これらの膜画分をインビトロでの基質としてストライプ状に配置した(ストライプアッセイ)。その上で網膜の神経節細胞を培養すると、耳側の細胞の軸索は前側から調整した膜画分の上を好んで成長するのに対して、鼻側の細胞の軸索は前側と後側からの画分で差を示さない事、そして、耳側の軸索は特に前側の膜画分を好むわけではなく、実は後側の膜画分を避ける事が示された。この事は視蓋の後側に高く前側に低く発現されている物質があり、それが耳側で強く発現し鼻側で弱く発現する分子によって認識される事によって網膜神経節細胞の軸索の視蓋内での位置が決まるという事を示唆する(図1)<ref><pubmed>3503693</pubmed></ref><ref><pubmed>3503703</pubmed></ref>。この流れがEph-Ephrinの発見につながっていった事はご承知の通りである(直接の発見は実は偶然であったのだが)。これについてはその項を参照いただきたい。  
 Roger Sperryは彼の一連の視覚系のマニピュレーションの実験の結果から1963年のchemoaffinity theoryの中で、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それでコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した<ref><pubmed>14077501</pubmed></ref>。その流れを汲んで、その後視覚系を中心にトポグラフィックマッピングのメカニズムを追求する努力がなされた。ニワトリの眼において耳側と鼻側の網膜神経節細胞はそれぞれ視蓋の前側と後側に軸索を送り、眼の中の耳鼻軸に沿った位置情報は視蓋の中で前後軸として保存される(図1)。これは眼の中で網膜神経節細胞に耳側と鼻側に軸に沿った分子の濃度勾配があり、それに対応する分子の濃度勾配が標的である視蓋の前後軸にもあり、その相互作用によって、それぞれの網膜神経節細胞の軸索が視蓋で停止する場所が決定されると考えられた。Friedrich(パパ)Bonhoefferのグループは生化学的に視蓋での物質的基盤を明らかにすべく以下の様な実験を行った。彼らは、もし、視蓋に前後軸で濃度勾配を呈して発現している物質があってそれが耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索のターゲッティングに重要であるならば、視蓋の前側と後側から調整した膜画分に対する耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索の反応が変わるであろうと考え、これらの膜画分をインビトロでの基質としてストライプ状に配置した(ストライプアッセイ)。その上で網膜の神経節細胞を培養すると、耳側の細胞の軸索は前側から調整した膜画分の上を好んで成長するのに対して、鼻側の細胞の軸索は前側と後側からの画分で差を示さない事、そして、耳側の軸索は特に前側の膜画分を好むわけではなく、実は後側の膜画分を避ける事が示された。この事は視蓋の後側に高く前側に低く発現されている物質があり、それが耳側で強く発現し鼻側で弱く発現する分子によって認識される事によって網膜神経節細胞の軸索の視蓋内での位置が決まるという事を示唆する(図1)<ref><pubmed>3503693</pubmed></ref><ref><pubmed>3503703</pubmed></ref>。この流れがEph-Ephrinの発見につながっていった事はご承知の通りである(直接の発見は実は偶然であったのだが)。これについてはその項を参照いただきたい。  


<各論>


== 各論 ==
[[Image:脳科学事典04.jpg|thumb|right|250px|図2 視覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程の模式図。網膜からの軸索は視蓋/上丘に達すると、本来の到達エリア(白)をオーバーシュートする。その後、トポグラフィックシグナルにより、軸索はブランチをだす。そして、そのブランチはさらにトポグラフィックシグナルによって、最終目的地に集束する。最後に、神経活動に依存したリファインメントが起こり、網膜からの神経繊維は最終到達エリアに収束する。]]  
[[Image:脳科学事典04.jpg|thumb|right|250px|図2 視覚系におけるトポグラフィックマップ形成の過程の模式図。網膜からの軸索は視蓋/上丘に達すると、本来の到達エリア(白)をオーバーシュートする。その後、トポグラフィックシグナルにより、軸索はブランチをだす。そして、そのブランチはさらにトポグラフィックシグナルによって、最終目的地に集束する。最後に、神経活動に依存したリファインメントが起こり、網膜からの神経繊維は最終到達エリアに収束する。]]  


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 こういった過程で軸索が標的位置に到達しシナプスを形成したあと、嗅覚系でも視覚系と同様に神経活動依存的なリファインメントがおこる(隣同士の糸球体がきっちりとセグレゲートする)。この過程においては神経活動依存的にホモフィリック結合をする細胞接着因子Kirrel2/3と接着依存性の反発因子であるEphA5-EphrinA5がやはり濃度勾配を呈する形で発現し、それによって糸球体が相互にセグレゲートする(図3)<ref><pubmed>21469960</pubmed></ref>。  
 こういった過程で軸索が標的位置に到達しシナプスを形成したあと、嗅覚系でも視覚系と同様に神経活動依存的なリファインメントがおこる(隣同士の糸球体がきっちりとセグレゲートする)。この過程においては神経活動依存的にホモフィリック結合をする細胞接着因子Kirrel2/3と接着依存性の反発因子であるEphA5-EphrinA5がやはり濃度勾配を呈する形で発現し、それによって糸球体が相互にセグレゲートする(図3)<ref><pubmed>21469960</pubmed></ref>。  
<br> &lt;Critical period&gt;


 トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに可塑性が持続する時期があり、それを臨界期と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。  
 トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに可塑性が持続する時期があり、それを臨界期と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。  
<br> &lt;Ocular dominance column&gt;


 視覚中枢において片方の眼ともう片方の眼からの刺激を受ける領域が交互に存在し、ストライプ状に配置されている。このストライプをocular dominance columnという。通常は片方の眼ともう片方の眼のそれぞれのカラムは同じ大きさである。このストライプの形成にも神経活動が必要であり、臨界期における神経活動の変化はこのストライプ(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)。  
 視覚中枢において片方の眼ともう片方の眼からの刺激を受ける領域が交互に存在し、ストライプ状に配置されている。このストライプをocular dominance columnという。通常は片方の眼ともう片方の眼のそれぞれのカラムは同じ大きさである。このストライプの形成にも神経活動が必要であり、臨界期における神経活動の変化はこのストライプ(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)。