「脳室下帯」の版間の差分

1,087 バイト追加 、 2015年12月14日 (月)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(2人の利用者による、間の6版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">[http://researchmap.jp/Naoko0504 金子 奈穂子]、[http://researchmap.jp/kazunobusawamoto 澤本 和延]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/Naoko0504 金子 奈穂子]、[http://researchmap.jp/kazunobusawamoto 澤本 和延]</font><br>
''名古屋市立大学大学院医学研究科再生医学分野''<br>
''名古屋市立大学大学院医学研究科再生医学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月19日 原稿完成日:2015年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月19日 原稿完成日:2015年11月3日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
</div>
</div>


英語名:subventricular zone 独:subventrikuläre Zone 仏:zone sous-ventriculaire
英語名:subventricular zone 独:subventrikuläre Zone 仏:zone sous-ventriculaire
{{box|text= 一段落程度の抄録をお願いいたします}}
 
同義語:上衣下層(subependymal layerまたはsubependymal zone)
 
{{box|text= 脳室壁に沿って存在する脳室下帯は、胎生期には脳室帯とともにニューロンの産生に寄与し、脳形成に重要な役割を果たす。皮質形成期を終えた脳室下帯には、放射状グリアから分化したアストロサイト様の神経幹細胞が定着し、成体脳内でニューロンを産生し続ける特殊な領域となる。脳室下帯で産生されたニューロンは、嗅覚の一次中枢である嗅球までの長距離を移動し、介在ニューロンに分化して、神経回路に編入される。一方、脳傷害時には、脳室下帯の新生ニューロンの一部が傷害部に向かって移動し、神経回路の再生に寄与すると考えられている。また、近年では、霊長類の発達した大脳皮質の形成に、脳室下帯が重要な役割を果たしていることが明らかになった。}}


==脳室下帯とは==
==脳室下帯とは==
(イントロをお願いします)
 現在、成体脳の[[脳室]]壁に沿って存在する[[ニューロン新生]]部位は、研究者によって異なる用語で呼ばれており、混乱が生じている。
 
 もともと脳室下帯という用語は、[[胎生期]]の脳において、[[脳室帯]]に隣接した領域(脳室に接していない増殖細胞を含む領域)を指す言葉として神経発生学者らによって命名されたものである。これと区別するため、成体脳の[[上衣細胞]]の内側に存在する層という意味で、[[上衣下層]]([[subependymal layer]]または[[subependymal zone]])という用語が用いられる場合もある。しかしながら、近年の研究によって脳室下帯の細胞構築が更に詳細に解析され、神経幹細胞の一部が脳室面に接しており、その細胞体が上衣細胞層から脳室下帯にまたがって存在することが明らかになった<ref name=ref16><pubmed>18786414</pubmed></ref>。このような状況を考慮して、[[wikipedia:es:Arturo Álvarez-Buylla|Alvarez-Buylla]]は「脳室-脳室下帯」(ventricular-subventricular zone, V-SVZ)という新しい呼称を用いることを提唱しており<ref name=ref49><pubmed>21609824</pubmed></ref>、これが最も的確にその位置と細胞構築を表現していると考えられる。


(以下のパラグラフはイントロダクションの最後に持ってきても良いと思います)
 本稿ではこれらを踏まえて、脳室下帯の細胞構築とその機能を、胎生期・新生児期・成体脳に分けて概説する。
 現在、成体脳の脳室壁に沿って存在するニューロン新生部位は、研究者によって異なる用語で呼ばれており、混乱が生じている。もともと脳室下帯(subventricular zone)という用語は、胎生期の脳において、脳室帯に隣接した領域(脳室に接していない増殖細胞を含む領域)を指す言葉として神経発生学者らによって命名されたものである。これと区別するため、成体脳の上衣細胞の内側に存在する層という意味で、[[上衣下層]](subependymal layerまたはsubependymal zone)という用語が用いられる場合もある。しかしながら、近年の研究によって脳室下帯の細胞構築が更に詳細に解析され、神経幹細胞の一部が脳室面に接しており、その細胞体が上衣細胞層から脳室下帯にまたがって存在することが明らかになった<ref name=ref16><pubmed>18786414</pubmed></ref>。このような状況を考慮して、[[wikipedia:es:Arturo Álvarez-Buylla|Alvarez-Buylla]]は「[[脳室-脳室下帯]]」(ventricular-subventricular zone, V-SVZ)という新しい呼称を用いることを提唱しており<ref name=ref49><pubmed>21609824</pubmed></ref>、これが最も的確にその位置と細胞構築を表現していると考えられる。


==胎生期==
==胎生期==
41行目: 45行目:
'''[[Type B cell]]'''
'''[[Type B cell]]'''


 電子顕微鏡像において、豊富な[[中間径フィラメント]]・[[グリコーゲン顆粒]]を含む明るい[[wj:細胞質|細胞質]]と細胞間隙に入り込むような複雑な形状の突起を有する細胞として、微細形態学的に同定される。また、アストロサイト特異的な[[グルタミントランスポーター]]タンパク質[[GLAST]]や中間径フィラメントタンパク質[[GFAP]]を発現すると同時に、放射状グリアや神経上皮細胞に発現する[[BLBP]]や[[ネスチン]]なども発現している。
 電子顕微鏡像において、豊富な[[中間径フィラメント]]・[[グリコーゲン顆粒]]を含む明るい[[wj:細胞質|細胞質]]と細胞間隙に入り込むような複雑な形状の突起を有する細胞として、微細形態学的に同定される。また、アストロサイト特異的な[[グルタミン酸トランスポーター]]タンパク質[[GLAST]]や 中間径フィラメントタンパク質[[GFAP]]を発現すると同時に、放射状グリアや神経上皮細胞に発現する[[BLBP]]や[[ネスチン]]なども発現している。


 脳室帯に接する場所に存在するアストロサイトを[[Type B1 cell]]と呼び<ref name=ref5 />、神経幹細胞を含む細胞集団である<ref name=ref11><pubmed>10380923</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>15494728</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>12684469</pubmed></ref>。一方、脳室下帯と[[線条体]]の境界に存在するアストロサイトは[[Type B2 cell]]と呼ばれ、Type B1 cellとともに神経芽細胞の細胞集団を取り囲んでいる。
 脳室帯に接する場所に存在するアストロサイトを[[Type B1 cell]]と呼び<ref name=ref5 />、神経幹細胞を含む細胞集団である<ref name=ref11><pubmed>10380923</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>15494728</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>12684469</pubmed></ref>。一方、脳室下帯と[[線条体]]の境界に存在するアストロサイトは[[Type B2 cell]]と呼ばれ、Type B1 cellとともに神経芽細胞の細胞集団を取り囲んでいる。
92行目: 96行目:


===傷害への反応===
===傷害への反応===
 脳にニューロンが大規模に脱落するような侵襲が加わると、脳室下帯におけるニューロン産生が亢進する。この反応は、[[ハンチントン病]]や[[パーキンソン病]]などの[[神経変性疾患]]モデルや外傷モデルでも生じるが、特に[[脳梗塞]]モデル動物で最も詳細に研究されている<ref name=ref50><pubmed>12161747</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>12447935</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>16210404</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>11296300</pubmed></ref>。
 脳にニューロンが大規模に脱落するような侵襲が加わると、脳室下帯におけるニューロン産生が亢進する。この反応は、[[ハンチントン病]]や[[パーキンソン病]]などの[[神経変性疾患]]モデルや外傷モデルでも生じるが、特に[[脳梗塞]][[モデル動物]]で最も詳細に研究されている<ref name=ref50><pubmed>12161747</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>12447935</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>16210404</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>11296300</pubmed></ref>。


 げっ歯類の[[中大脳動脈]]を閉塞して作製する脳梗塞モデルでは、線条体の外側と隣接する大脳皮質のニューロンが脱落し、梗塞巣が形成される。傷害から1週間ほど経つと脳室下帯におけるニューロン産生が増加する。神経幹細胞の数や活性化状態の細胞の割合が増加し<ref name=ref54><pubmed>15087713</pubmed></ref>、一過性増殖細胞・神経芽細胞の産生が促進される(図2B、図3)。
 げっ歯類の[[中大脳動脈]]を閉塞して作製する脳梗塞モデルでは、線条体の外側と隣接する大脳皮質のニューロンが脱落し、梗塞巣が形成される。傷害から1週間ほど経つと脳室下帯におけるニューロン産生が増加する。神経幹細胞の数や活性化状態の細胞の割合が増加し<ref name=ref54><pubmed>15087713</pubmed></ref>、一過性増殖細胞・神経芽細胞の産生が促進される(図2B、図3)。
100行目: 104行目:
 虚血刺激やHIF-1αは血管新生を強力に誘導し、直接ダメージを受けない脳室下帯でも血管新生により血管が増加するという報告もある<ref name=ref57><pubmed>25437857</pubmed></ref>。血管新生促進因子とニューロン産生促進因子は重複しているものが多く、同じ分子を介して増殖が促進されているのかも知れない。また、血管が増加することで血管内皮細胞や血流からの増殖促進シグナルが増加して、二次的に神経幹細胞・前駆細胞の増殖が促進されている可能性もある。
 虚血刺激やHIF-1αは血管新生を強力に誘導し、直接ダメージを受けない脳室下帯でも血管新生により血管が増加するという報告もある<ref name=ref57><pubmed>25437857</pubmed></ref>。血管新生促進因子とニューロン産生促進因子は重複しているものが多く、同じ分子を介して増殖が促進されているのかも知れない。また、血管が増加することで血管内皮細胞や血流からの増殖促進シグナルが増加して、二次的に神経幹細胞・前駆細胞の増殖が促進されている可能性もある。


 産生された神経芽細胞の一部は、ケモカインなど誘引性に働く因子によって傷害部へ向かって脳室下帯から線条体へ移動していく<ref name=ref58><pubmed>15959456</pubmed></ref> <ref name=ref59><pubmed>17191078</pubmed></ref>。脳室下帯におけるニューロンの産生亢進・神経芽細胞の傷害部への移動は、数週間をピークとするが、その後も数ヶ月以上に亘って持続する<ref name=ref52 /> <ref name=ref57 />。線条体に移動した神経芽細胞の大部分は成熟前に死滅するが、ごく一部は傷害部やその周囲に生着し、回路に編入される<ref name=ref60><pubmed>16775151</pubmed></ref>。傷害部に生着するニューロンが、線条体の投射性ニューロンに分化するのか<ref name=ref50 />、本来の運命通りに嗅球の介在ニューロンのサブタイプとなるのかは<ref name=ref61><pubmed></pubmed></ref>、議論の最中である。傷害部に新生するニューロンは非常に少数で、脱落したニューロンの機能を補うには不十分であるが、これを様々な介入によって促進し、再生医学的な治療アプローチに発展させるため、研究が世界中で行われている。
 産生された神経芽細胞の一部は、ケモカインなど誘引性に働く因子によって傷害部へ向かって脳室下帯から線条体へ移動していく<ref name=ref58><pubmed>15959456</pubmed></ref> <ref name=ref59><pubmed>17191078</pubmed></ref>。脳室下帯におけるニューロンの産生亢進・神経芽細胞の傷害部への移動は、数週間をピークとするが、その後も数ヶ月以上に亘って持続する<ref name=ref52 /> <ref name=ref57 />。線条体に移動した神経芽細胞の大部分は成熟前に死滅するが、ごく一部は傷害部やその周囲に生着し、回路に編入される<ref name=ref60><pubmed>16775151</pubmed></ref>。傷害部に生着するニューロンが、線条体の投射性ニューロンに分化するのか<ref name=ref50 />、本来の運命通りに嗅球の介在ニューロンのサブタイプとなるのかは<ref name=ref61><pubmed>19386903</pubmed></ref>、議論の最中である。傷害部に新生するニューロンは非常に少数で、脱落したニューロンの機能を補うには不十分であるが、これを様々な介入によって促進し、再生医学的な治療アプローチに発展させるため、研究が世界中で行われている。


===脳室下帯におけるオリゴデンドロサイトの産生===
===脳室下帯におけるオリゴデンドロサイトの産生===
 脳室下帯では、[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]も産生されている<ref name=ref62><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref63><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref64><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed></pubmed></ref>。神経幹細胞や一過性増殖細胞の一部は、[[NG2]]や[[Olig2]]など、オリゴデンドロサイト前駆細胞が発現するタンパク質を発現しており、これらの細胞がオリゴデンドロサイトを産生している。脳室下帯で産生されたオリゴデンドロサイト前駆細胞は、先導突起を伸ばした単極性または双極性の形態をしており、新生ニューロンと似ているが、鎖状の細胞塊を形成することはなく、単独で[[軸索]]に沿って[[脳梁]]に移動したのち分化し、[[ミエリン]]を形成する成熟オリゴデンドロサイトとなる。
 脳室下帯では、[[オリゴデンドロサイト前駆細胞]]も産生されている<ref name=ref62><pubmed>16870736</pubmed></ref> <ref name=ref63><pubmed>17360586</pubmed></ref> <ref name=ref64><pubmed>10594662</pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed>12235363</pubmed></ref>。神経幹細胞や一過性増殖細胞の一部は、[[NG2]]や[[Olig2]]など、オリゴデンドロサイト前駆細胞が発現するタンパク質を発現しており、これらの細胞がオリゴデンドロサイトを産生している。脳室下帯で産生されたオリゴデンドロサイト前駆細胞は、先導突起を伸ばした単極性または双極性の形態をしており、新生ニューロンと似ているが、鎖状の細胞塊を形成することはなく、単独で[[軸索]]に沿って[[脳梁]]に移動したのち分化し、[[ミエリン]]を形成する成熟オリゴデンドロサイトとなる。


 オリゴデンドロサイトは、[[白質]]・[[灰白質]]に存在する前駆細胞によっても産生されており、これらの細胞と脳室下帯由来のオリゴデンドロサイトの機能に差異があるのかは分かっていない。しかし、脱随などの侵襲時に、脳室下帯由来のオリゴデンドロサイト前駆細胞が遠隔の傷害部まで移動するのに対して、実質で産生されたオリゴデンドロサイト前駆細胞の移動能は限定的であることから、オリゴデンドロサイトやミエリンの再生において、脳室下帯が重要な役割を担っている可能性がある<ref name=ref66><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref67><pubmed></pubmed></ref>。
 オリゴデンドロサイトは、[[白質]]・[[灰白質]]に存在する前駆細胞によっても産生されており、これらの細胞と脳室下帯由来のオリゴデンドロサイトの機能に差異があるのかは分かっていない。しかし、脱随などの侵襲時に、脳室下帯由来のオリゴデンドロサイト前駆細胞が遠隔の傷害部まで移動するのに対して、実質で産生されたオリゴデンドロサイト前駆細胞の移動能は限定的であることから、オリゴデンドロサイトやミエリンの再生において、脳室下帯が重要な役割を担っている可能性がある<ref name=ref66><pubmed>23619383</pubmed></ref> <ref name=ref67><pubmed>24421755</pubmed></ref>。


===ヒトの脳室下帯===
===ヒトの脳室下帯===
====皮質形成における脳室下帯====
====皮質形成における脳室下帯====
 霊長類の脳発生には、脳室下帯が重要な役割を果たす。脳室帯が主なニューロン産生領域であるげっ歯類とは異なり、霊長類脳では[[皮質形成]]の途中で脳室帯が縮小するとともに脳室下帯が拡大し、主なニューロン産生領域となる<ref name=ref68><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref69><pubmed></pubmed></ref>。脳室下帯は薄い繊維層によって内層([[inner SVZ]], [[iSVZ]])と分厚い外層([[outer SVZ]], [[oSVZ]])に分けられ、oSVZには脳室帯の放射状グリアと同様の放射状の形態を保った前駆細胞(outer radial glia, oRG)が多数存在する。これらの細胞は、自己複製しながら分裂を繰り返すことができる。げっ歯類の脳室下帯にもoRGは少数存在する。例外はあるが、進化過程における大脳皮質の発達の程度はoSVZの細胞増殖活性と相関関係にあり<ref name=ref70><pubmed></pubmed></ref>、大脳皮質形成における脳室下帯の役割が注目されている。
 霊長類の脳発生には、脳室下帯が重要な役割を果たす。脳室帯が主なニューロン産生領域であるげっ歯類とは異なり、霊長類脳では[[皮質形成]]の途中で脳室帯が縮小するとともに脳室下帯が拡大し、主なニューロン産生領域となる<ref name=ref68><pubmed>25695268</pubmed></ref> <ref name=ref69><pubmed>21729779</pubmed></ref>。脳室下帯は薄い繊維層によって内層([[inner SVZ]], [[iSVZ]])と分厚い外層([[outer SVZ]], [[oSVZ]])に分けられ、oSVZには脳室帯の放射状グリアと同様の放射状の形態を保った前駆細胞(outer radial glia, oRG)が多数存在する。これらの細胞は、自己複製しながら分裂を繰り返すことができる。げっ歯類の脳室下帯にもoRGは少数存在する。例外はあるが、進化過程における大脳皮質の発達の程度はoSVZの細胞増殖活性と相関関係にあり<ref name=ref70><pubmed>17033683</pubmed></ref>、大脳皮質形成における脳室下帯の役割が注目されている。


 ''詳細は[[神経細胞移動]]、[[大脳皮質の発生]]を参照。''
 ''詳細は[[神経細胞移動]]、[[大脳皮質の発生]]を参照。''


====出生後〜成体脳の脳室下帯====
====出生後〜成体脳の脳室下帯====
 ヒトでは、生後6ヶ月までは胎生期と同様に脳室面に放射状グリア様の形態の細胞が並んでいる。細胞増殖が盛んで、げっ歯類の脳室下帯でみられるような神経芽細胞が鎖状に連なった集団や嗅球への移動経路であるRMSも存在する。しかしその後はニューロンの産生は急激に減少していき、生後18ヶ月までには移動経路も消失して、ほぼ成体と同じ基本構造になる<ref name=ref71><pubmed></pubmed></ref>。ヒト脳では、生後6ヶ月までのごく短期間、RMSから内側に分岐し、[[腹内側前頭前野]]に続く移動経路が存在する。この経路を移動するニューロンは腹内側前頭前野において分化・定着することが示唆されているが、他の霊長類では報告がなく、ヒト脳に特異的な構造であるため、機能や動態の詳細な解析は困難である<ref name=ref71 />。腹内側前頭前野は空間の概念化や感情の処理に関わる領域であり、脳室下帯からこの領域への新生ニューロンの供給がヒトに特異的な脳機能とどのような関わりがあるのか、解明が待たれる。
 ヒトでは、生後6ヶ月までは胎生期と同様に脳室面に放射状グリア様の形態の細胞が並んでいる。細胞増殖が盛んで、げっ歯類の脳室下帯でみられるような神経芽細胞が鎖状に連なった集団や嗅球への移動経路であるRMSも存在する。しかしその後はニューロンの産生は急激に減少していき、生後18ヶ月までには移動経路も消失して、ほぼ成体と同じ基本構造になる<ref name=ref71><pubmed>21964341</pubmed></ref>。ヒト脳では、生後6ヶ月までのごく短期間、RMSから内側に分岐し、[[腹内側前頭前野]]に続く移動経路が存在する。この経路を移動するニューロンは腹内側前頭前野において分化・定着することが示唆されているが、他の霊長類では報告がなく、ヒト脳に特異的な構造であるため、機能や動態の詳細な解析は困難である<ref name=ref71 />。腹内側前頭前野は空間の概念化や感情の処理に関わる領域であり、脳室下帯からこの領域への新生ニューロンの供給がヒトに特異的な脳機能とどのような関わりがあるのか、解明が待たれる。


 ヒトや近縁の霊長類の成体脳では、脳室面の上衣細胞層以外の基本構造は、げっ歯類とは大きく異なる<ref name=ref72><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref73><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref74><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref75><pubmed></pubmed></ref>。第1層である上衣細胞層の直下には、細胞体がほとんど存在しない第2層(hypocellular gap)が存在する。この層は、その下の第3層に存在するアストロサイトの突起が主な構成成分である。細胞体が高密度に存在する第三層の大部分はGFAPを発現するアストロサイトであり、その下には線条体との移行部(第四層)が存在する。神経芽細胞は非常に少数で、第2層と第3層に分布し、細胞集団を作らずに個々に存在する。この所見から、ヒトの脳室下帯ではニューロンの産生能力は非常に低いことが示唆される。しかし脳梗塞後の急性期に死亡した患者脳では、細胞増殖や神経芽細胞の数は増加しており、傷害後の反応性のニューロン産生の増加はヒトにも共通の現象のようである<ref name=ref76><pubmed></pubmed></ref>。
 ヒトや近縁の霊長類の成体脳では、脳室面の上衣細胞層以外の基本構造は、げっ歯類とは大きく異なる<ref name=ref72><pubmed>17303719</pubmed></ref> <ref name=ref73><pubmed>16320258</pubmed></ref> <ref name=ref74><pubmed>14973487</pubmed></ref> <ref name=ref75><pubmed>21246550</pubmed></ref>。第1層である上衣細胞層の直下には、細胞体がほとんど存在しない第2層(hypocellular gap)が存在する。この層は、その下の第3層に存在するアストロサイトの突起が主な構成成分である。細胞体が高密度に存在する第三層の大部分はGFAPを発現するアストロサイトであり、その下には線条体との移行部(第四層)が存在する。神経芽細胞は非常に少数で、第2層と第3層に分布し、細胞集団を作らずに個々に存在する。この所見から、ヒトの脳室下帯ではニューロンの産生能力は非常に低いことが示唆される。しかし脳梗塞後の急性期に死亡した患者脳では、細胞増殖や神経芽細胞の数は増加しており、傷害後の反応性のニューロン産生の増加はヒトにも共通の現象のようである<ref name=ref76><pubmed>20054008</pubmed></ref>。


==関連項目==
==関連項目==