「IPS細胞」の版間の差分

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== iPS細胞を誘導する因子  ==
== iPS細胞を誘導する因子  ==


 前述の通り、最初のiPS細胞はOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子(山中4因子)を導入することによって作成されたが、間もなく、誘導効率は低下するもののc-Mycを除いたOct4、Sox2、Klf4のみ(山中3因子)によってもiPS細胞が樹立可能であることが示された。ヒトの場合もマウスと同じ遺伝子セットでiPS細胞の誘導が可能であるが<ref name="ref2" />、山中博士らとほぼ同時にヒトiPS細胞について報告したJames Thomson博士らはOCT4、SOX2、NANOG、LIN28の組合せを用いている<ref name="ref3" />。最も広範に用いられている遺伝子セットはプロトタイプである山中4因子であるが、神経幹細胞の場合はOct4単独の導入によってiPS細胞が誘導しうるように、細胞種によっては少ない因子・異なる組合せでのiPS細胞誘導も可能である。iPS細胞の誘導効率や初期化レベルを向上させる要素として、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、L-Myc、Glis1等の因子やmiRNA-290クラスターの導入、Ink4Arf、p53、p21、Baxの抑制が報告されている。一方、遺伝子導入ではなく低分子化合物を併用したiPS細胞誘導についても多数の報告がある。ES細胞の自己複製を亢進・維持する低分子化合物としてFGF受容体阻害剤(SU5402)、MEK阻害剤(PD1843352またはPD0325901)、GSK3阻害剤(CHIR99021)が知られており、3種の混合は「3i」、後者2種の混合は「2i」と俗称される。これらの阻害剤やTGFβ受容体阻害剤(SB431542)の添加によって。また、エピジェネティック変化を促すものとして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(バルプロ酸や酪酸)、G9a阻害剤(BIX01294)、DNAメチル化阻害剤(5-アザシチジンやRG108)等の効果についても。
 前述の通り、最初のiPS細胞はOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4種類の遺伝子(山中4因子)を導入することによって作成されたが、間もなく、誘導効率は低下するもののc-Mycを除いたOct4、Sox2、Klf4のみ(山中3因子)によってもiPS細胞が樹立可能であることが示された。ヒトの場合もマウスと同じ遺伝子セットでiPS細胞の誘導が可能であるが<ref name="ref2" />、山中博士らとほぼ同時にヒトiPS細胞について報告したJames Thomson博士らはOCT4、SOX2、NANOG、LIN28の組合せを用いている<ref name="ref3" />。最も広範に用いられている遺伝子セットはプロトタイプである山中4因子であるが、神経幹細胞の場合はOct4単独の導入によってiPS細胞が誘導しうるように、細胞種によっては少ない因子・異なる組合せでのiPS細胞誘導も可能である。iPS細胞の誘導効率や初期化レベルを向上させる要素として、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、L-Myc、Glis1等の因子やmiRNA-290クラスターの導入、Ink4/Arf、p53、p21、Baxの抑制が報告されている。一方、遺伝子導入ではなく低分子化合物を併用したiPS細胞誘導についても多数の報告がある。ES細胞の自己複製を亢進・維持する低分子化合物としてFGF受容体阻害剤(SU5402)、MEK阻害剤(PD1843352またはPD0325901)、GSK3阻害剤(CHIR99021)が知られており、3種の混合は「3i」、後者2種の混合は「2i」と俗称される。これらの阻害剤やTGFβ受容体阻害剤(SB431542)の添加によって。また、エピジェネティック変化を促すものとして、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(バルプロ酸や酪酸)、G9a阻害剤(BIX01294)、DNAメチル化阻害剤(5-アザシチジンやRG108)等の効果についても。  


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== iPS細胞の安全性  ==
== iPS細胞の安全性  ==


 ヒトにおけるiPS細胞の移植医療への応用を目指すに際し、安全性の評価と確保は急務である。実際、iPS細胞には様々な。がん遺伝子であるc-Mycを導入したiPS細胞は、キメラマウスおよびその子孫において高頻度にがんを誘発した。また、原因は不明であるが、成体の肝実質細胞由来のiPS細胞から作出したキメラマウスは周産期の死亡率が高いということも報告されている。慶應義塾大学の三浦恭子博士らは、様々なマウスiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞(Neurosphere)を免疫不全マウス成体脳へと移植し、腫瘍形成の有無について検証を行った<ref><pubmed> 19590502 </pubmed></ref>。その結果、iPS細胞由来の神経幹細胞移植における造腫瘍性は、iPS細胞樹立過程におけるc-Mycの導入や薬剤選択の有無ではなく、iPS細胞の由来と相関(胎仔由来では低頻度、成体由来では高頻度)することが明らかとなった。
 ヒトにおけるiPS細胞の移植医療への応用を目指すに際し、安全性の評価と確保は急務である。実際、iPS細胞には様々な。がん遺伝子であるc-Mycを導入したiPS細胞は、キメラマウスおよびその子孫において高頻度にがんを誘発した。また、原因は不明であるが、成体の肝実質細胞由来のiPS細胞から作出したキメラマウスは周産期の死亡率が高いということも報告されている。慶應義塾大学の三浦恭子博士らは、様々なマウスiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞(Neurosphere)を免疫不全マウス成体脳へと移植し、腫瘍形成の有無について検証を行った<ref><pubmed> 19590502 </pubmed></ref>。その結果、iPS細胞由来の神経幹細胞移植における造腫瘍性は、iPS細胞樹立過程におけるc-Mycの導入や薬剤選択の有無ではなく、iPS細胞の由来と相関(胎仔由来では低頻度、成体由来では高頻度)することを明らかにしている。


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== 細胞移植治療への挑戦  ==
== 細胞移植治療への挑戦  ==


 一方、細胞移植治療に向けた実践的な基礎研究も活発に進められている。iPS細胞を用いた最初の自家移植治療モデルとして、Rudolf Jaenisch博士らは鎌状赤血球貧血症マウスからiPS細胞を作成して疾患原因遺伝子の修復を施し、そこから分化誘導した造血幹細胞による自家移植治療の実例を示した<ref><pubmed> 18063756 </pubmed></ref>。慶應義塾大学の岡野栄之博士のグループでは、マウスおよびヒトiPS細胞から分化誘導したNeurosphereを脊髄損傷モデルマウスに移植することで下肢運動機能の改善が認められることを報告している<ref><pubmed> 20615974 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21949375 </pubmed></ref>。細胞移植治療が見込まれる。また、最近ではiPS細胞を介さずに任意の細胞種を直接誘導する「ダイレクトリプログラミング」の研究も盛んに進められており、iPS細胞以外の選択肢も並行して開発されることが期待される。  
 一方、細胞移植治療に向けたより実践的な基礎研究も活発に進められている。iPS細胞を用いた最初の自家移植治療モデルとして、Rudolf Jaenisch博士らは鎌状赤血球貧血症マウスからiPS細胞を作成して疾患原因遺伝子の修復を施し、そこから分化誘導した造血幹細胞による自家移植治療の実例を示した<ref><pubmed> 18063756 </pubmed></ref>。慶應義塾大学の岡野栄之博士のグループでは、マウスおよびヒトiPS細胞から分化誘導したNeurosphereを脊髄損傷モデルマウスに移植することで下肢運動機能の改善が認められることを報告している<ref><pubmed> 20615974 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21949375 </pubmed></ref>。細胞移植治療が見込まれる。また、最近ではiPS細胞を介さずに任意の細胞種を直接誘導する「ダイレクトリプログラミング」の研究も盛んに進められており、iPS細胞以外の選択肢も並行して開発されることが期待される。


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= iPS細胞がもたらす新たな課題  =
= iPS細胞がもたらす新たな課題  =


 上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的および技術的課題を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、また新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、培養下で多能性幹細胞から機能的な精子と卵を分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが現実化した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で誘導した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。既成の規制や指針以前に、生殖倫理の観点や法的な議論が必要である。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースからでも誘導が可能であるから、「ヒト細胞の管理」に対する厳密なシステム整備・意識改革が求められる。
 上述の通り、iPS細胞の誕生はES細胞やSCNT技術が抱える様々な倫理的および技術的課題を回避する新たな方法論を提起した。しかし、iPS細胞によって全ての課題が克服されたわけではなく、新たな課題をも生み出している。その一つに、ヒトiPS細胞を用いた生殖細胞への分化誘導が挙げられる。現時点では、培養下で多能性幹細胞から機能的な精子と卵を分化誘導する手法は確立されていない。しかし、将来的にこれが実現した場合、iPS細胞を介して同一人物や同性の精子と卵の受精といったことも可能となる。日本においては「ヒトiPS細胞またはヒト組織幹細胞からの生殖細胞の作成を行う研究に関する指針(2010年に公布・施行)」によって、培養下で誘導した生殖細胞の受精とヒト胚の作製を禁止している。しかし、こうした規制状況は国によって大きく異なる。既成の規制や指針以前に、生殖倫理の観点や法的な議論が必要である。また、iPS細胞は血液や毛根といった僅かな細胞ソースからでも誘導が可能であるから、「ヒト細胞の管理」に対する厳密なシステム整備・意識改革が求められる。


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