「毛様体神経栄養因子」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
 
(3人の利用者による、間の14版が非表示)
1行目: 1行目:
英語名:ciliary neurotrophic factor 英語略称名:CNTF
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191450 若松 義雄]</font><br>
''東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月17日 原稿完成日:2012年7月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
</div>


== 由来 ==
{{PBB|geneid=1270}}


 [[wikipedia:ciliary_neurotrophic_factor|CNTF]] はニワトリ胚抽出物に含まれる、毛様体ニューロンの生存を維持する栄養因子として発見された<ref><pubmed> 451576 </pubmed></ref>。その後、様々なニューロンに対して栄養因子活性を持つ分子として知られるようになった。アミノ末端に分泌やグリコシル化のコンセンサス配列を持っておらず、どのような機構で細胞外に分泌されるのか正確なところはわかっていない。CNTFは障害によって活性化される因子として知られ、様々な病態で分泌されることがわかっている。
英語名:ciliary neurotrophic factor 英語略称名:CNTF 独:Ciliären Neurotrophen Faktor 仏: facteur neurotrophique ciliaire


== シグナル伝達<ref><pubmed> 9716487 </pubmed></ref>==
{{box|text=
 毛様体神経栄養因子([[wikipedia:ciliary_neurotrophic_factor|CNTF]])はニワトリ胚抽出物に含まれる、毛様体ニューロンの生存を維持する栄養因子として発見された<ref><pubmed> 451576 </pubmed></ref>。その後、様々なニューロンに対して栄養因子活性を持つ分子として知られるようになった。また、[[神経幹細胞]]に対して増殖促進活性が認められる。CNTFは障害によって活性化される因子として知られ、様々な病態で分泌されることがわかっている。


 CNTFは細胞膜上の[[wikipedia:ciliary_neurotrophic_factor_receptor| CNTFα受容体(CNTFRα)]]に結合する。CNTFRは[[wikipedia:glycosylphosphatidylinositol|glycosylphosphatidylinositol(GPI)]]リンカーによって細胞膜上に分布し、[[wikipedia:interleukin-6|interleukin(IL)-6]] 、[[wikipedia:leukaemia_inhibitory_factor| leukaemia inhibitory factor(LIF)]]、[[wikipedia:oncostatin_M| oncostatin M]]等の[[wikipedia:ja:サイトカイン|サイトカイン]]の受容体とともにクラスI型サイトカイン受容体に分類される。CNTF受容体複合体のサブユニットであるCNTFRとCNTFが結合すると、膜貫通型のシグナル伝達サブユニットである[[wikipedia:leukaemia_inhibitory_factor_receptor|LIFβ受容体(LIFRβ)]][[wikipedia:glycoprotein_130|gp130]]をリクルートして活性化し、シグナルを細胞内に伝える。受容体複合体の形成により、細胞質内に分布するキナーゼであるヤーヌスキナーゼ([[wikipedia:janus_kinase|janus kinase]]、Jak1/2/3やTyk2)が活性化され、gp130の細胞内領域がリン酸化される。すると、転写因子である[[wikipedia:STAT3|signal transducer and activator of transcription 3 (STAT3)]]([[STAT3]]の項参照)がこのリン酸化部位に結合してリン酸化を受け、2量体形成と核移行がおきてターゲット遺伝子の転写活性化をおこなう。gp130やJak、STATといった分子はCNTF以外のIL-6やLIF等のサイトカインによるシグナル伝達にも共通して用いられるため、各種細胞のサイトカインに対する反応特異性は主に受容体の発現によって決められると考えられている。一方、CNTFRαは[[wikipedia:phospholipase_C|phospholipase C]]を介してGPIリンカーを切断されて分泌型受容体になるため、LIFRβとgp130を発現している細胞ではCNTFと分泌型CNTFRαが供給されればシグナル伝達がおきることも報告されている。CNTFや分泌型CNTFRαは血清中や[[脳脊髄液]]中に検出される。
 アミノ末端に分泌やグリコシル化のコンセンサス配列を持っておらず、どのような機構で細胞外に分泌されるのか正確なところはわかっていない。[[wikipedia:ciliary_neurotrophic_factor_receptor|CNTFα受容体]](CNTFRα)、[[wikipedia:leukaemia_inhibitory_factor_receptor|白血球遊走阻止因子β受容体]](LIFRβ)と[[wikipedia:glycoprotein_130|gp130]]の複合体を介して[[wikipedia:ja:ヤーヌスキナーゼ|ヤーヌスキナーゼ]] [[STAT3|signal transducer and activator of transcription 3(STAT3)]]経路を活性化する。
}}


== 栄養因子としての活性<ref><pubmed> 22182585 </pubmed></ref> ==
== シグナル伝達==


 CNTFは過度な光刺激などで障害された網膜棒細胞([[wikipedia:rod_cell|rod cell]])や錐細胞([[wikipedia:cone_cell|cone cell]])の再生を促す活性がある。また網膜神経節細胞([[wikipedia:retinal_ganglion_cell|retinal ganglion cell]])に対しても、栄養因子活性を持ち、視神経の断裂によって生じる[[wikipedia:ja:プログラム細胞死|細胞死]]を抑制し、軸索の再生と伸長を助ける。CNTFがこのような活性を持つことから、その医療への応用が模索されている。しかし、CNTFの投与は網膜棒細胞の分化を抑制する、もしくは[[wikipedia:ja:ロドプシン|ロドプシン]][[wikipedia:rhodopsin|rhodopsin]])の発現を抑制し、網膜電位([[wikipedia:electroretinography|electroretinography]])の低下がおきる。したがって、CNTF遺伝子を持つウイルス感染による遺伝子導入やCNTF発現細胞の移植などによる継続的なCNTFの供給は視力の回復を妨げるため、一時的かつ比較的低い濃度での供給方法の確立が必要である。また、リン酸化STAT3に対する抗体を使った免疫染色の結果から、このようなCNTFの活性はおもに[[ミュラーグリア]][[wikipedia:Muller glia|Muller glia]])に作用しておきる間接的なものと考えられている。
 CNTFはlong-chain α-helix-bundle[[wikipedia:ja:サイトカイン|サイトカイン]]に分類され、gp130を共通の受容体複合体サブユニットとして使う[[wikipedia:ja:インターロイキン-6|インターロイキン-6]](IL-6)、IL-11、[[白血球遊走阻止因子]](LIF)、[[wikipedia:oncostatin_M| oncostatin M]]と同じサブファミリーに属する。細胞膜上のCNTFRαに結合する<ref><pubmed> 9716487 </pubmed></ref>。CNTFRαは[[wikipedia:glycosylphosphatidylinositol|glycosylphosphatidylinositol]](GPI)リンカーによって細胞膜上に分布し、IL-6 、LIF、 oncostatin M等のサイトカインの受容体とともにクラスI型サイトカイン受容体に分類される。CNTF受容体複合体のサブユニットであるCNTFRとCNTFが結合すると、膜貫通型のシグナル伝達サブユニットであるLIFRβとgp130をリクルートして活性化し、シグナルを細胞内に伝える。受容体複合体の形成により、細胞質内に分布する[[リン酸化酵素]]である[[wikipedia:Janus kinase 1|Jak1]]/[[wikipedia:Janus kinase 2|2]]/[[wikipedia:Janus kinase 3|3]][[wikipedia:Tyrosine kinase 2|Tyk2]]が活性化され、gp130の細胞内領域がリン酸化される。すると、[[転写制御因子]]であるSTAT3がこのリン酸化部位に結合してリン酸化を受け、2量体形成と[[核]]移行がおきてターゲット遺伝子の[[wikipedia:ja:転写|転写]]活性化をおこなう。gp130やJak、STATといった分子はCNTF以外のIL-6やLIF等のサイトカインによるシグナル伝達にも共通して用いられるため、各種細胞のサイトカインに対する反応特異性は主に受容体の発現によって決められると考えられている。一方、CNTFRαは[[ホスホリパーゼC]]を介してGPIリンカーを切断されて分泌型受容体になるため、LIFRβとgp130を発現している細胞ではCNTFと分泌型CNTFRαが供給されればシグナル伝達がおきることも報告されている。CNTFや分泌型CNTFRαは血清中や[[脳脊髄液]]中に検出される。
 
== 栄養因子としての活性 ==
 
 CNTFは[[シュワン細胞]]や[[オリゴデンドロサイト]]に発現がみられ、神経障害などの際に発現が上昇する。一方、CNTFRαは神経系に広範囲に発現している。CNTFは過度な光刺激などで障害された[[網膜]][[桿体]]細胞や[[錐体]]細胞の再生を促す活性がある<ref><pubmed> 22182585 </pubmed></ref> 。また網膜[[神経節細胞]]に対しても、栄養因子活性を持ち、視神経の断裂によって生じる[[細胞死]]を抑制し、軸索の再生と伸長を助ける。CNTFがこのような活性を持つことから、その医療への応用が模索されている。しかし、CNTFの投与は網膜桿体細胞の分化を抑制する、もしくは[[ロドプシン]]の発現を抑制し、[[wikipedia:electroretinography|網膜電位]]の低下がおきる。したがって、CNTF遺伝子を持つ[[ウイルスベクター]]感染による遺伝子導入やCNTF発現細胞の移植などによる継続的なCNTFの供給は視力の回復を妨げるため、一時的かつ比較的低い濃度での供給方法の確立が必要である。また、リン酸化STAT3に対する抗体を使った免疫染色の結果から、このようなCNTFの活性はおもに[[ミュラーグリア]]に作用しておきる間接的なものと考えられている。


== 神経新生の促進とドーパミン産生ニューロン ==
== 神経新生の促進とドーパミン産生ニューロン ==


 ニューロスフェアの培養実験によって、CNTFやLIFが[[神経幹細胞]]の維持と増殖の促進をおこなう活性があることが示されている。このうち、CNTFのノックアウトマウスでは、[[海馬]](hippocampus)の[[歯状回]](dentate gyrus)や大脳側脳室といった生後脳で[[神経新生]]がおきる場所において神経幹細胞や中間増殖細胞の数の減少が見られる<ref name=ref4><pubmed> 19023034 </pubmed></ref>。一方LIFのノックアウトでは生後脳の神経新生に影響は認められない。上にも述べたようにCNTFはCNTFRα−LIFRβ−gp130という受容体複合体を通してシグナルを伝達するが、LIFもLIFRβ−gp130という共通の受容体を用いるため、培養実験ではCNTFとLIFが同様の活性を持つものの、実際にin vivoで働いているのはCNTFであると思われる。一方CNTFノックアウトマウスの脳の発生は正常であるため、CNTFとLIF両方が胎生期の神経幹細胞の維持と増殖に関わっていると思われる。また、STAT3のコンディショナルノックアウトマウスで歯状回における神経幹細胞/中間増殖細胞の数が減少する<ref name=ref4 />ことから、STAT遺伝子の中でもSTAT3がCNTFシグナルのエフェクターとして中心的な役割を果たしていると考えられる。
 [[ニューロスフェア]]の培養実験によって、CNTFやLIFが[[神経幹細胞]]の維持と増殖の促進をおこなう活性があることが示されている。このうち、CNTFのノックアウトマウスでは、[[海馬]](hippocampus)の[[歯状回]](dentate gyrus)や[[大脳]][[側脳室]]といった生後脳で[[神経新生]]がおきる場所において神経幹細胞や中間増殖細胞の数の減少が見られる<ref name=ref4><pubmed> 19023034 </pubmed></ref>。一方LIFのノックアウトでは生後脳の神経新生に影響は認められない。上にも述べたようにCNTFはCNTFRα−LIFRβ−gp130という受容体複合体を通してシグナルを伝達するが、LIFもLIFRβ−gp130という共通の受容体を用いるため、培養実験ではCNTFとLIFが同様の活性を持つものの、実際にin vivoで働いているのはCNTFであると思われる。一方CNTFノックアウトマウスの脳の発生は正常であるため、CNTFとLIF両方が胎生期の神経幹細胞の維持と増殖に関わっていると思われる。また、STAT3のコンディショナルノックアウトマウスで歯状回における神経幹細胞/中間増殖細胞の数が減少する<ref name=ref4 />ことから、STAT遺伝子の中でもSTAT3がCNTFシグナルのエフェクターとして中心的な役割を果たしていると考えられる。


 [[黒質]][[線条体]]([[wikipedia:nigrostriatal_pathway|nigrostriatal]])の[[ドーパミン]]産生ニューロンが大脳[[側脳室]]の[[神経前駆細胞]]の増殖を制御しており、ドーパミンの欠乏や神経切断によって増殖が低下する。このことは[[wikipedia:ja:パーキンソン病|パーキンソン病]]患者([[パーキンソン病]]の項参照)でも確認されており、ドーパミンと神経新生の関連が示唆されている。ドーパミンD2受容体[[wikipedia:dopamine_receptor_D2|dopamine receptor D2]]の選択的アゴニストであるキンピロール([[wikipedia:quinpirole|quinpirole]])は側脳室や歯状回における細胞増殖を促進するが、この効果がCNTFのノックアウトマウスでは認められない<ref name=ref5><pubmed> 18305256 </pubmed></ref>。[[黒質]](substantia nigra)ドーパミン産生ニューロンの投射を失わせたマウスではキンピロールによる増殖の回復が見られるが、CNTFノックアウトマウスでは効果が無い<ref name=ref5 />。これらのことから、ドーパミンによるD2受容体の活性化がCNTFの産生を促進することで、間接的に神経幹細胞/中間増殖細胞の増殖を活性化しているのではないかと考えられている。
 [[黒質]][[線条体]][[ドーパミン]]産生ニューロンが大脳側脳室の[[神経前駆細胞]]の増殖を制御しており、ドーパミンの欠乏や神経切断によって増殖が低下する。このことは[[パーキンソン病]]患者でも確認されており、ドーパミンと神経新生の関連が示唆されている。ドーパミン[[D2受容体|D<sub>2</sub>受容体]]の選択的アゴニストである[[キンピロール]]は側脳室や歯状回における[[細胞増殖]]を促進するが、この効果がCNTFのノックアウトマウスでは認められない<ref name=ref5><pubmed> 18305256 </pubmed></ref>。黒質(substantia nigra)ドーパミン産生ニューロンの投射を失わせたマウスではキンピロールによる増殖の回復が見られるが、CNTFノックアウトマウスでは効果が無い<ref name=ref5 />。これらのことから、ドーパミンによるD<sub>2</sub>受容体の活性化がCNTFの産生を促進することで、間接的に神経幹細胞/中間増殖細胞の増殖を活性化しているのではないかと考えられている。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references/>
<references/>
(執筆者:若松義雄  担当編集委員:大隅典子)

2020年1月9日 (木) 19:48時点における最新版

若松 義雄
東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野
DOI:10.14931/bsd.1054 原稿受付日:2012年4月17日 原稿完成日:2012年7月5日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)

Ciliary neurotrophic factor
PDB rendering based on 1cnt.
Identifiers
Symbols CNTF; HCNTF
External IDs OMIM118945 MGI88439 HomoloGene8288 GeneCards: CNTF Gene
RNA expression pattern
PBB GE CNTF 208597 at tn.png
More reference expression data
Orthologs
Species Human Mouse
Entrez 1270 12803
Ensembl ENSG00000242689 ENSMUSG00000079415
UniProt P26441 P51642
RefSeq (mRNA) NM_000614.3 NM_053007.2
RefSeq (protein) NP_000605.1 NP_740756.1
Location (UCSC) Chr 11:
58.39 – 58.39 Mb
Chr 19:
12.84 – 12.84 Mb
PubMed search [1] [2]

英語名:ciliary neurotrophic factor 英語略称名:CNTF 独:Ciliären Neurotrophen Faktor 仏: facteur neurotrophique ciliaire

 毛様体神経栄養因子(CNTF)はニワトリ胚抽出物に含まれる、毛様体ニューロンの生存を維持する栄養因子として発見された[1]。その後、様々なニューロンに対して栄養因子活性を持つ分子として知られるようになった。また、神経幹細胞に対して増殖促進活性が認められる。CNTFは障害によって活性化される因子として知られ、様々な病態で分泌されることがわかっている。

 アミノ末端に分泌やグリコシル化のコンセンサス配列を持っておらず、どのような機構で細胞外に分泌されるのか正確なところはわかっていない。CNTFα受容体(CNTFRα)、白血球遊走阻止因子β受容体(LIFRβ)とgp130の複合体を介してヤーヌスキナーゼsignal transducer and activator of transcription 3(STAT3)経路を活性化する。

シグナル伝達

 CNTFはlong-chain α-helix-bundleサイトカインに分類され、gp130を共通の受容体複合体サブユニットとして使うインターロイキン-6(IL-6)、IL-11、白血球遊走阻止因子(LIF)、 oncostatin Mと同じサブファミリーに属する。細胞膜上のCNTFRαに結合する[2]。CNTFRαはglycosylphosphatidylinositol(GPI)リンカーによって細胞膜上に分布し、IL-6 、LIF、 oncostatin M等のサイトカインの受容体とともにクラスI型サイトカイン受容体に分類される。CNTF受容体複合体のサブユニットであるCNTFRとCNTFが結合すると、膜貫通型のシグナル伝達サブユニットであるLIFRβとgp130をリクルートして活性化し、シグナルを細胞内に伝える。受容体複合体の形成により、細胞質内に分布するリン酸化酵素であるJak1/2/3Tyk2が活性化され、gp130の細胞内領域がリン酸化される。すると、転写制御因子であるSTAT3がこのリン酸化部位に結合してリン酸化を受け、2量体形成と移行がおきてターゲット遺伝子の転写活性化をおこなう。gp130やJak、STATといった分子はCNTF以外のIL-6やLIF等のサイトカインによるシグナル伝達にも共通して用いられるため、各種細胞のサイトカインに対する反応特異性は主に受容体の発現によって決められると考えられている。一方、CNTFRαはホスホリパーゼCを介してGPIリンカーを切断されて分泌型受容体になるため、LIFRβとgp130を発現している細胞ではCNTFと分泌型CNTFRαが供給されればシグナル伝達がおきることも報告されている。CNTFや分泌型CNTFRαは血清中や脳脊髄液中に検出される。

栄養因子としての活性

 CNTFはシュワン細胞オリゴデンドロサイトに発現がみられ、神経障害などの際に発現が上昇する。一方、CNTFRαは神経系に広範囲に発現している。CNTFは過度な光刺激などで障害された網膜桿体細胞や錐体細胞の再生を促す活性がある[3] 。また網膜神経節細胞に対しても、栄養因子活性を持ち、視神経の断裂によって生じる細胞死を抑制し、軸索の再生と伸長を助ける。CNTFがこのような活性を持つことから、その医療への応用が模索されている。しかし、CNTFの投与は網膜桿体細胞の分化を抑制する、もしくはロドプシンの発現を抑制し、網膜電位の低下がおきる。したがって、CNTF遺伝子を持つウイルスベクター感染による遺伝子導入やCNTF発現細胞の移植などによる継続的なCNTFの供給は視力の回復を妨げるため、一時的かつ比較的低い濃度での供給方法の確立が必要である。また、リン酸化STAT3に対する抗体を使った免疫染色の結果から、このようなCNTFの活性はおもにミュラーグリアに作用しておきる間接的なものと考えられている。

神経新生の促進とドーパミン産生ニューロン

 ニューロスフェアの培養実験によって、CNTFやLIFが神経幹細胞の維持と増殖の促進をおこなう活性があることが示されている。このうち、CNTFのノックアウトマウスでは、海馬(hippocampus)の歯状回(dentate gyrus)や大脳側脳室といった生後脳で神経新生がおきる場所において神経幹細胞や中間増殖細胞の数の減少が見られる[4]。一方LIFのノックアウトでは生後脳の神経新生に影響は認められない。上にも述べたようにCNTFはCNTFRα−LIFRβ−gp130という受容体複合体を通してシグナルを伝達するが、LIFもLIFRβ−gp130という共通の受容体を用いるため、培養実験ではCNTFとLIFが同様の活性を持つものの、実際にin vivoで働いているのはCNTFであると思われる。一方CNTFノックアウトマウスの脳の発生は正常であるため、CNTFとLIF両方が胎生期の神経幹細胞の維持と増殖に関わっていると思われる。また、STAT3のコンディショナルノックアウトマウスで歯状回における神経幹細胞/中間増殖細胞の数が減少する[4]ことから、STAT遺伝子の中でもSTAT3がCNTFシグナルのエフェクターとして中心的な役割を果たしていると考えられる。

 黒質線条体ドーパミン産生ニューロンが大脳側脳室の神経前駆細胞の増殖を制御しており、ドーパミンの欠乏や神経切断によって増殖が低下する。このことはパーキンソン病患者でも確認されており、ドーパミンと神経新生の関連が示唆されている。ドーパミンD2受容体の選択的アゴニストであるキンピロールは側脳室や歯状回における細胞増殖を促進するが、この効果がCNTFのノックアウトマウスでは認められない[5]。黒質(substantia nigra)ドーパミン産生ニューロンの投射を失わせたマウスではキンピロールによる増殖の回復が見られるが、CNTFノックアウトマウスでは効果が無い[5]。これらのことから、ドーパミンによるD2受容体の活性化がCNTFの産生を促進することで、間接的に神経幹細胞/中間増殖細胞の増殖を活性化しているのではないかと考えられている。

参考文献

  1. Adler, R., Landa, K.B., Manthorpe, M., & Varon, S. (1979).
    Cholinergic neuronotrophic factors: intraocular distribution of trophic activity for ciliary neurons. Science (New York, N.Y.), 204(4400), 1434-6. [PubMed:451576] [WorldCat] [DOI]
  2. Heinrich, P.C., Behrmann, I., Müller-Newen, G., Schaper, F., & Graeve, L. (1998).
    Interleukin-6-type cytokine signalling through the gp130/Jak/STAT pathway. The Biochemical journal, 334 ( Pt 2), 297-314. [PubMed:9716487] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  3. Wen, R., Tao, W., Li, Y., & Sieving, P.A. (2012).
    CNTF and retina. Progress in retinal and eye research, 31(2), 136-51. [PubMed:22182585] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  4. 4.0 4.1 Müller, S., Chakrapani, B.P., Schwegler, H., Hofmann, H.D., & Kirsch, M. (2009).
    Neurogenesis in the dentate gyrus depends on ciliary neurotrophic factor and signal transducer and activator of transcription 3 signaling. Stem cells (Dayton, Ohio), 27(2), 431-41. [PubMed:19023034] [WorldCat] [DOI]
  5. 5.0 5.1 Yang, P., Arnold, S.A., Habas, A., Hetman, M., & Hagg, T. (2008).
    Ciliary neurotrophic factor mediates dopamine D2 receptor-induced CNS neurogenesis in adult mice. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 28(9), 2231-41. [PubMed:18305256] [PMC] [WorldCat] [DOI]