「逆行性伝達物質」の版間の差分

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== エンドカンナビノイドによる逆行性伝達  ==
== エンドカンナビノイドによる逆行性伝達  ==


 上記のほとんどの逆行性伝達物質が脳の限られた範囲のシナプスでのみ働くのに対して、[[エンドカンナビノイド]]による逆行性伝達は脳の非常に広い範囲で起こる。CB1受容体はシナプスによっては興奮性あるいは抑制性神経終末に発現しており、これらの入力を短期あるいは長期に抑制することで[[記憶]]・[[認知]]、[[運動制御]]、[[鎮痛]]、[[食欲]]調節、[[報酬系]]の制御、[[神経保護]]などの様々な脳機能に関与する<ref name="ref2" />。  
 上記のほとんどの逆行性伝達物質が脳の限られた範囲のシナプスでのみ働くのに対して、[[エンドカンナビノイド]]による逆行性伝達は脳の非常に広い範囲で起こる。CB1受容体はシナプスによっては興奮性あるいは抑制性神経終末に発現しており、これらの入力を短期あるいは長期に抑制することで[[記憶]]・[[認知]]、[[運動制御]]、[[鎮痛]]、[[摂食制御の神経回路|食欲]]調節、[[報酬系]]の制御、[[神経保護]]などの様々な脳機能に関与する<ref name="ref2" />。  


=== エンドカンナビノイド産生機構  ===
=== エンドカンナビノイド産生機構  ===


 エンドカンナビノイドの一種である[[2-アラキドノイルグリセロール]](2-AG)はシナプス後部のニューロンの[[脱分極]]による[[カルシウム]]イオン流入、あるいは[[Gq/11タンパク質共役型受容体]]の活性化によって作られる(図2)。2-AGは前駆体である[[ジアシルグリセロール]](DG)から[[DGリパーゼ]](DGL)によって作られる。シナプス後ニューロンで強い脱分極が起きると[[電位依存性カルシウムチャネル]]が開いてカルシウムイオンが流入する。細胞内カルシウム濃度がマイクロモーラー以上に達すると、2-AGが産生される(図2)。また、グループI[[代謝型グルタミン酸受容体]]やM1/M3[[ムスカリン受容体]]といったGq/11タンパク質共役型受容体の活性化によって[[PLCβ]]を介する経路で2-AG産生が引き起こされる(図2)。この場合、細胞内カルシウム上昇は必要ない<ref><pubmed> 11516402 </pubmed></ref>。さらに、こういった受容体の活性化と脱分極による細胞内へのカルシウムイオン流入が同時に起こると、2-AG産生が相乗的に促進される。これは、PLCβがカルシウム感受性を持つため、[[受容体]]活性化と同時に細胞内カルシウム濃度が高まると、PLCβ活性が増強するためである<ref><pubmed> 15664177 </pubmed></ref><ref name="ref40"><pubmed> 16033892 </pubmed></ref> (図2)。  
 エンドカンナビノイドの一種である[[2-アラキドノイルグリセロール]](2-AG)はシナプス後部のニューロンの[[脱分極]]による[[カルシウム]]イオン流入、あるいは[[Gq/11タンパク質共役型受容体]]の活性化によって作られる(図2)。2-AGは前駆体である[[ジアシルグリセロール]](DG)から[[DGリパーゼ]](DGL)によって作られる。シナプス後ニューロンで強い脱分極が起きると[[電位依存性カルシウムチャネル]]が開いてカルシウムイオンが流入する。細胞内カルシウム濃度が&micro;M以上に達すると、2-AGが産生される(図2)。また、グループI[[代謝活性型グルタミン酸受容体]]やM1/M3[[ムスカリン受容体]]といったGq/11タンパク質共役型受容体の活性化によって[[ホスホリパーゼC]]βを介する経路で2-AG産生が引き起こされる(図2)。この場合、細胞内カルシウム上昇は必要ない<ref><pubmed> 11516402 </pubmed></ref>。さらに、こういった受容体の活性化と脱分極による細胞内へのカルシウムイオン流入が同時に起こると、2-AG産生が相乗的に促進される。これは、PLCβがカルシウム感受性を持つため、[[受容体]]活性化と同時に細胞内カルシウム濃度が高まると、PLCβ活性が増強するためである<ref><pubmed> 15664177 </pubmed></ref><ref name="ref40"><pubmed> 16033892 </pubmed></ref> (図2)。  


[[Image:Yukihashimotodani fig 6.jpg|thumb|right|300px|'''図2.エンドカンナビノイドによる逆行性シナプス伝達抑制'''<br>橋本谷祐輝 他:実験医学,Vol.28 No.20:3409-3414,2010より引用]]  
[[Image:Yukihashimotodani fig 6.jpg|thumb|right|300px|'''図2.エンドカンナビノイドによる逆行性シナプス伝達抑制'''<br>橋本谷祐輝 他:実験医学,Vol.28 No.20:3409-3414,2010より引用]]  
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=== 逆行性シナプス伝達抑圧  ===
=== 逆行性シナプス伝達抑圧  ===


 上記のような刺激によって産生された2-AGは[[細胞膜]]を通って逆行性に[[シナプス前終末]]に局在する[[CB1受容体]]を活性化する。活性化したCB1受容体は共役する[[Gi/oタンパク質]]を介してシナプス前終末の電位依存性カルシウムチャネルの開口を抑制し、神経伝達物質の放出を抑制する(図2)。ニューロンの脱分極によって生じるエンドカンナビノイドによる逆行性シナプス伝達抑圧を[[depolarization-induced suppression of inhibition]]/excitation (DSI/DSE)とよぶ。脱分極したニューロンに入力する抑制性入力が抑えられる場合がDSI、興奮性入力が抑えられる場合がDSEである。単なる脱分極と違い、生理的条件に近いシナプス刺激によってエンドカンナビノイドによる短期の逆行性シナプス伝達抑圧が起こることがわかっている<ref><pubmed> 14502290 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15564588 </pubmed></ref><ref name="ref40" />。この場合、上述のようなGq/11タンパク質共役型受容体の活性化と細胞内へのカルシウム流入の相乗効果で2-AGが作られると考えられる<ref><pubmed> 17404373 </pubmed></ref>。  
 上記のような刺激によって産生された2-AGは[[細胞膜]]を通って逆行性に[[シナプス前終末]]に局在する[[CB1受容体]]を活性化する。活性化したCB1受容体は共役する[[Gi/oタンパク質]]を介してシナプス前終末の電位依存性カルシウムチャネルの開口を抑制し、神経伝達物質の放出を抑制する(図2)。ニューロンの[[脱分極]]によって生じるエンドカンナビノイドによる逆行性シナプス伝達抑圧を[[depolarization-induced suppression of inhibition]]/excitation (DSI/DSE)とよぶ。脱分極したニューロンに入力する抑制性入力が抑えられる場合がDSI、興奮性入力が抑えられる場合がDSEである。単なる脱分極と違い、生理的条件に近いシナプス刺激によってエンドカンナビノイドによる短期の逆行性シナプス伝達抑圧が起こることがわかっている<ref><pubmed> 14502290 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15564588 </pubmed></ref><ref name="ref40" />。この場合、上述のようなGq/11タンパク質共役型受容体の活性化と細胞内へのカルシウム流入の相乗効果で2-AGが作られると考えられる<ref><pubmed> 17404373 </pubmed></ref>。  


 エンドカンナビノイドは細胞外を非常に限られた範囲でしか拡散できない。海馬では10~20μm程度しか拡散しないと考えられている。2-AGの分解酵素である[[モノアシルグリセロールリパーゼ]](MGL)はシナプス前終末に局在しており、逆行性に運ばれて来た2-AGを速やかに分解する<ref><pubmed> 17267577 </pubmed></ref>(図2) 。
 エンドカンナビノイドは細胞外を非常に限られた範囲でしか拡散できない。海馬では10~20μm程度しか拡散しないと考えられている。2-AGの分解酵素である[[モノアシルグリセロールリパーゼ]](MGL)はシナプス前終末に局在しており、逆行性に運ばれて来た2-AGを速やかに分解する<ref><pubmed> 17267577 </pubmed></ref>(図2) 。


=== LTD  ===
===長期抑圧現象===


 エンドカンナビノイドはLTDの誘導にも寄与する。興奮性シナプスでみられるエンドカンナビノイド依存性のLTDは、背側線条体、大脳皮質、[[側坐核]]、小脳、海馬、背側[[蝸牛神経核]]などで報告されている。一方、抑制性シナプスでは、扁桃体、海馬、大脳皮質、腹側[[被蓋野]]などで報告がある。  
 エンドカンナビノイドは[[長期抑圧現象]] (LTD)の誘導にも寄与する。興奮性シナプスでみられるエンドカンナビノイド依存性のLTDは、背側線条体、大脳皮質、[[側坐核]]、小脳、海馬、背側[[蝸牛神経核]]などで報告されている。一方、抑制性シナプスでは、扁桃体、海馬、大脳皮質、腹側[[被蓋野]]などで報告がある。  


 エンドカンナビノイド依存性のLTD(eCB-LTD)誘導にはLTD誘発刺激中にエンドカンナビノイドが産生されてシナプス前終末のCB1受容体が活性化されることが必要である。海馬ではCB1受容体が5-10分間、活性化されることがLTD誘導に必須であることが示されており、LTDの維持にはCB1受容体活性は不要となる<ref><pubmed> 12741992 </pubmed></ref>。LTD誘発刺激条件は脳部位によって様々であるがシナプス後部ニューロンへのカルシウムイオン流入あるいはグループI代謝型グルタミン酸受容体の活性化を介してエンドカンナビノイド産生が引き起こされることが明らかになっている <ref name="ref50"><pubmed> 19575681 </pubmed></ref>。エンドカンナビノイドは興奮性シナプスで作られるので、抑制性シナプスで起こるeCB-LTDは異シナプス的に誘導されるLTDである。小脳を除いて、eCB-LTDの発現は、これまですべてシナプス前性の可塑的変化によることが示されている。しかし数分間のCB1受容体の活性化がどのようにして長期の神経伝達物質放出の抑制を誘導するのかについてはまだよくわかっていない。海馬においてはシナプス前終末における[[RIM1α]]の作用と、カルシウムイオン流入による[[カルシニューリン]]の活性化が必須であることが示されている<ref name="ref50" />。  
 エンドカンナビノイド依存性のLTD(eCB-LTD)誘導にはLTD誘発刺激中にエンドカンナビノイドが産生されてシナプス前終末のCB1受容体が活性化されることが必要である。海馬ではCB1受容体が5-10分間、活性化されることがLTD誘導に必須であることが示されており、LTDの維持にはCB1受容体活性は不要となる<ref><pubmed> 12741992 </pubmed></ref>。LTD誘発刺激条件は脳部位によって様々であるがシナプス後部ニューロンへのカルシウムイオン流入あるいはグループI代謝活性型グルタミン酸受容体の活性化を介してエンドカンナビノイド産生が引き起こされることが明らかになっている <ref name="ref50"><pubmed> 19575681 </pubmed></ref>。エンドカンナビノイドは興奮性シナプスで作られるので、抑制性シナプスで起こるeCB-LTDは異シナプス的に誘導されるLTDである。小脳を除いて、eCB-LTDの発現は、これまですべてシナプス前性の可塑的変化によることが示されている。しかし数分間のCB1受容体の活性化がどのようにして長期の神経伝達物質放出の抑制を誘導するのかについてはまだよくわかっていない。海馬においてはシナプス前終末における[[RIM1α]]の作用と、カルシウムイオン流入による[[カルシニューリン]]の活性化が必須であることが示されている<ref name="ref50" />。


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==