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なお、DSM-IVまで、anxiety disorderは不安障害と訳されていたが、DSM-5より、不安症と翻訳されることが決定した<ref>日本精神神経学会 精神科病名検討連絡会<br>DSM‒5病名・用語翻訳ガイドライン(初版)<br>精神神経学雑誌 第116巻第6号(2014) 429‒457頁</ref>。 | なお、DSM-IVまで、anxiety disorderは不安障害と訳されていたが、DSM-5より、不安症と翻訳されることが決定した<ref>日本精神神経学会 精神科病名検討連絡会<br>DSM‒5病名・用語翻訳ガイドライン(初版)<br>精神神経学雑誌 第116巻第6号(2014) 429‒457頁</ref>。 | ||
2014年6月24日 (火) 20:41時点における最新版
貝谷 久宣
医療法人和楽会 パニック障害研究センター
DOI:10.14931/bsd.2077 原稿受付日:2012年12月3日 原稿完成日:2012年12月27日 更新日:2014年6月24日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:anxiety disorders 独:Angststörung 仏:trouble anxieux
同義語:神経症性障害(neurosis) 不安障害(anxiety disorder)
不安とは、生体にとって危害的な状況に対処し自己保存を図るために生じる心身における生理的反応である。生理的な不安と病的な不安の境界線はあいまいであるが、理由のない不安、持続する不安、きわめて激しい不安があり、本人がひどく苦しんだり、それにより生活上の支障が出たときには病的な不安とみなされる。病的な不安は単一ではなく、いろいろな種類があり、いくつもの診断名を含む「不安症」という大きなカテゴリーの中に分類される。
歴史的推移
不安anxietyは、キケロの時代(紀元前106-43)に、ローマ人がanxietasという言葉を使っていたのが語源であろう。これはangor「圧迫する、または、窒息させる」を意味する動詞の派生語である。ラテン語のangustia(狭いこと)、フランス語のangoisse「苦悶」、ドイツ語のAngst(恐怖)とeng(せまい)という言葉も類似した意味を持っている。
紀元前600年にギリシャの詩人Sapphoが社会不安の症状としてパニック発作を記載したのが不安症状の最も古い記載であるとBandelow(2001)は述べている。本邦で最も古い不安症の記載は、貞享3年(1686年)本邦の漢方医、蘆川桂州が病名彙解に記した「驚悸」である[1]。これは現在のパニック症を的確に描写している。
William Cullen(1710-1790)はneurosisという言葉を作り、それは、発熱を伴わない神経系全般の機能にかかわる感覚と運動の異常状態であると説明した。Cullenの神経症概念は、当時の医学では器質的障害を認め得ないということがその根底にあり、精神病も含み現代の神経症とはかなり様相を異にする。1880年、Beardが神経衰弱の概念を提出し、Freud(1894)が神経衰弱から不安神経症を区別している。そして、1990年頃のKleinらの研究に基づき、不安神経症はパニック症と全般不安症に区分されるようになった[2]。
米国精神医学会の精神障害の分類と診断の手引き(DSM)第Ⅰ版(1952年)のPsychoneurotic Reactionsの下分類にAnxiety reactionの記載がある。DSM-ⅢになるとAnxiety reactionがAnxiety disorderに変わり、神経症概念が過去のものになった。これはパニック症の誘発実験や終夜睡眠脳波研究の成果、およびCloninger(1986)のHarm avoidance(損害回避性)気質とセロトニン受容体の多型性との関係[3]などの生物学的研究の成果により不安症の新しい概念が形成されてきた。
現代では、不安症は遺伝学的に規定された傾病性と環境への反応との相互作用で成立するものと考えられている[4][5][6] 。
なお、DSM-IVまで、anxiety disorderは不安障害と訳されていたが、DSM-5より、不安症と翻訳されることが決定した[7]。
病態
不安とは、外的および内的刺激に対して生体が危険を感じた時に脳が生理学的に表出する精神・身体の状況である。精神的な状況は、不気味、恐ろしい、怯え、戦き、気おくれ、臆する、怖じける、心細い、心もとない、気を揉む、気に病む、案じる、たじろぐ、びくびく、はらはら、といった言葉で示される。身体的には、動悸、息詰まり、胸痛、発汗、震え、熱感・冷感、尿意、便意、腹部不快感、手足の疼き、顔面紅潮または蒼白などが生じる。
不安症では、恐怖(phobia)と恐怖(phobia)、すなわち、いわば“こわがりとこだわり”がバランスを変えながら症状を表出する(図1)。恐怖の対象は先天的な場合も、後天的に獲得された場合もある。症状の出現の仕方にも特徴がある。強迫症,全般不安症およびパニック症は侵入性のことが多く,特定の恐怖症や社交不安症はそうではない。これらの不安症は経過とともに一つの不安症から別の不安症に移行する場合もある(例:全般不安症からパニック症へ)し、同時に二つの不安症(例:社交不安症とパニック症)を示す事もある。いずれも、Comorbidity(併発症)に含まれる。
不安症の下位診断名とその症状
各不安症の概要をおおよその発症年代順に示す。なお、強迫症と心的外傷後ストレス障害はDSM-5からは不安症の範疇から外れ独立した障害として分類される見込みである。
分離不安
主に養育され慣れ親しんできた親から離れた時に激しい不安症状を呈する。
過剰不安障害
小児期にみられる。現実味のないことを深く悩み頭から離れない。それに伴い、不眠、頭痛などの身体疾患を伴う。
特定の恐怖症
高所、暗所、ヘビ、嘔吐物、乗り物などを理由なく激しく恐れる。生来的な対象と獲得的な対象とがある。
社交不安症
他人からの自分の能力や容貌を批判されることを極度に恐れ、他人に暴露される場所を避ける。
詳細は社交不安症の項目参照
全般不安症
過剰不安障害の成人型。
広場恐怖症
パニック発作が生じることを恐れ、すぐ逃げだせない場所や助けを求めることができない場所にいることを恐れ避ける。パニック症に伴うことが多い。
パニック症
不意に心悸亢進、呼吸困難、死の恐怖などを主徴とするパニック発作がしばしば襲い、その発作の再発を心配する予期不安のため生活上の障害が出る。
詳細はパニック症の項目参照
心的外傷後ストレス障害
post traumatic stress disorder(PTSD)
強烈な心的外傷後に、その出来事の種々な形での想起、関係する出来事に対する精神麻痺や回避、不眠、過覚醒などの覚醒反応が持続する。症状が4週間以内の場合は急性ストレス障害とする。
詳細は心的外傷後ストレス障害の項目参照
強迫症
自分の意思に反して思考、衝動、心像が繰り返し生じ、それに従ったり、抵抗したりして苦悩する。
詳細は強迫症の項目参照
病因
不安症のようなcommon diseases では、病理性の比較的小さい責任遺伝子の集積により発病する(多因子遺伝)。発症には遺伝子間の相互作用(epistasis)や環境との相互作用が重要な要素となる。不安症の遺伝性(遺伝子による発症危険率)は20~40%と言われている[9]。不安症の第一度近親では一般人口に比しその発症危険率は4~6倍高い。双生児研究での不安症の発症一致率は、一卵性双生児では12~26%、二卵性双生児では4~15%である。
不安症の双生児研究で、 パニック症、広場恐怖症、全般不安症に関与する因子と特定の恐怖症に関与する因子が二分されており、社交不安症はこれら二つの因子の影響は少ない[10]。この研究によれば環境的危険因子は遺伝的のそれよりも数倍高い(図2)。不安症と関係のある病前性格が確認されている。内向性と神経質は遺伝性の傾向が強く、全般不安症や広場恐怖症との関連性が指摘されている[11]。
発症機構
パニック症、社交不安症、特定の恐怖症は恐怖が中心症状となり、恐怖の脳内機構が最近明らかにされつつあり、恐怖-サーキット障害ともいう。 図3の恐怖サーキットでは、危険の察知・防御機能を持つ扁桃体がその中心的存在であり、これらの不安症は扁桃体の過活動を前頭前野が抑制できなくなった状態であると考えることができる。
不安症は不安体質の人が何らかの刺激をきっかけに正常の不安が病的な不安に変換した状態であると考えられる。たとえば、パニック症においては、些細な刺激が高度の危険性ありと誤認されパニック発作が出現し、そのパニック発作自体が脳神経を過敏にして次の発作準備性を高める。この機序を森田は「心身交互作用」とした。広場恐怖症ではその症状である回避行動が恐怖対象の拡大(汎化現象)を引き起こし、病気が発展していく。このような機序は強迫症ではさらに顕著にみられる[13]。すなわち、正常範囲の確認行動が対象への熟知性を増し、この熟知性が認知過程を抑制し、回想記憶を障害し、さらなる確認行動を引き起こす。このように、多くの不安症では、症状そのものが病状を進行させるという悪循環を招く脳内病的機構が存在し、症状の進行と慢性化に寄与している。
治療
薬物療法
薬物療法は原因療法ではなく、対症療法である。不安全般に効果があるのはベンゾジアゼピン(BZD)系などの抗不安薬と、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬である。これらは各々、GABA系、およびセロトニン系の神経伝達を促進する薬物である。BZDは、作用発現が早いので初期短期間は使用する価値があるが、依存のリスクに注意が必要である。血中半減期の短いBZDは反跳性不眠などが生じやすく、依存のリスクがあるため、長期使用の場合は、血中半減期の長いBZDを用いる場合が多い。不安症の基本薬は、むしろ選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)である。本邦で上市されている4種類のSSRI(フルボキサミン、パロキセチン、サートラリン、エスシタロプラム)は、保険適用には違いはあるものの、効果に大きな違いはないことから、作用時間や副作用及び薬物相互作用の違いを考慮して処方される場合が多い。また、パニック症の急性治療におけるプラセボに対するエフェクト・サイズはSSRIも一般の抗うつ薬も0.55で差はない[14]。SSRIが三環系抗うつ薬に勝るのは副作用がやや少ないことのみである。
強迫症をはじめとする不安症に、エビデンスは乏しいが、抗精神病薬が用いられる場合もある。
認知行動療法
認知行動療法の不安症に対する有効性は、多くのエビデンスにより示されている[15][16]。認知行動療法の効果に関するメタ分析の結果によれば、最も効果量が多いのは強迫症で0.64-2.20、それに続き、社交不安症で0.39-0.86、心的外傷後ストレス障害で0.28-0.96、全般不安症で0.05-0.97、パニック症0.04-0.65であった[17]。多くの報告は薬物療法の併用を推奨している。
経過・予後
各障害の全罹患者の3/4が発症する年齢は、特定の恐怖症:12歳、社交不安症:15歳、強迫症:30歳、広場恐怖症: 33歳、PTSD:39歳、パニック症:40歳、全般不安症:47歳である[18]。急性ストレス障害以外すべて慢性の経過をとり、寛解しても再発再燃が多い。10年後の累積寛解率は、パニック症:0.82、 全般不安症:0.50、 パニック症+広場恐怖症:0.42、 社交不安症:0.35 であり、累積再発率はパニック症+広場恐怖症:0.55、 パニック症:0.54、全般不安症:0.38、社交不安症:0.34であった[19]。すなわち、パニック症は寛解率も再発率も最も高く、社交不安症は寛解率も再発率も最も低かった。
疫学
図4には不安症の生涯有病率を示した。発症年齢が高い障害ほど他の不安症の併発率が高い。パニック症は他の不安症発症後、長い経過を経て生じてくることが多く、他の不安症より重症で社会的障害度が高い。また、不安症は何らかの気分障害を伴う確率が高く(42~75%)、発症が遅い不安症ほどその併発率は高い。不安症には気分障害が併発しやすい。多くは不安症が気分障害に前駆する。大うつ病の4割以上が何らかの不安症を併発(前駆)する。そのような気分障害は非定型であることが多い[20]。それ故、不安症を論ずることなしに気分障害を論ずることはできない。
関連語
参考文献
- ↑ 蘆川桂州
病名彙解
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