「意味性認知症」の版間の差分

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 意味性認知症とsvPPAという異なる用語があるのは、症状のどの側面に注目すべきと考えるかという研究者の見解の違いによる。意味性認知症は、意味記憶障害という中核の症状は言語的要素だけではなく、相貌や物体の認識における問題として出現し、それが言葉の意味の障害より先行する場合がある事などから、「言語」よりも本質的には「記憶」の障害と考える立場から提唱されている<ref name=Snowden1996></ref>[3]。svPPAは、PPAという失語を中心に考える「言語の障害による認知症状態(language-based dementia <ref name=Mesulam2003><pubmed>14561797</pubmed></ref>[12])」という概念の一亜型である。
 意味性認知症とsvPPAという異なる用語があるのは、症状のどの側面に注目すべきと考えるかという研究者の見解の違いによる。意味性認知症は、意味記憶障害という中核の症状は言語的要素だけではなく、相貌や物体の認識における問題として出現し、それが言葉の意味の障害より先行する場合がある事などから、「言語」よりも本質的には「記憶」の障害と考える立場から提唱されている<ref name=Snowden1996></ref>[3]。svPPAは、PPAという失語を中心に考える「言語の障害による認知症状態(language-based dementia <ref name=Mesulam2003><pubmed>14561797</pubmed></ref>[12])」という概念の一亜型である。


== 診断 ==
== 臨床症状 ==
=== 臨床症状 ===
=== 意味記憶障害 ===
==== 意味記憶障害 ====
 意味性認知症で最も重要な症状である。意味記憶は、エピソード記憶、手続き記憶などと共にヒトの記憶システムを構成する<ref name=Tulving1972>'''Tulving, E. and Donaldson W. (1972).'''<br>Episodic and semantic memory. In E. Tulving & W. Donaldson (Eds.). Organization of memory. New York: Academic Press.</ref><ref name=Tulving1991>'''Tulving, E.(太田信夫 訳)(1991).'''<br>人間の複数記憶システム. 科学; 61: 263-270。</ref><ref name=小森憲治郎2014>'''小森憲治郎、谷向 知、数井裕光、上野修一 (2014).'''<br>意味性認知症の臨床像から. 基礎心理学研究 33: 55-63 [https://doi.org/10.1365/s35127-014-0479-y [DOI]]</ref><ref name=小森憲治郎2019>'''小森憲治郎 (2019).'''<br>神経心理学的症候のとらえ方. 学術の動向 5: 25-31</ref>[13][14][15][16]。意味性認知症においては一般物品と人物の意味記憶障害が含まれ、前者は後述の失語の側面から、後者は広く視覚対象の認知障害としても理解できる。
 意味性認知症で最も重要な症状である。意味記憶は、エピソード記憶、手続き記憶などと共にヒトの記憶システムを構成する<ref name=Tulving1972>'''Tulving, E. and Donaldson W. (1972).'''<br>Episodic and semantic memory. In E. Tulving & W. Donaldson (Eds.). Organization of memory. New York: Academic Press.</ref><ref name=Tulving1991>'''Tulving, E.(太田信夫 訳)(1991).'''<br>人間の複数記憶システム. 科学; 61: 263-270。</ref><ref name=小森憲治郎2014>'''小森憲治郎、谷向 知、数井裕光、上野修一 (2014).'''<br>意味性認知症の臨床像から. 基礎心理学研究 33: 55-63 [https://doi。org/10.1365/s35127-014-0479-y DOI]</ref><ref name=小森憲治郎2019>'''小森憲治郎 (2019).'''<br>神経心理学的症候のとらえ方. 学術の動向 5: 25-31</ref>[13][14][15][16]。意味性認知症においては一般物品と人物の意味記憶障害が含まれ、前者は後述の失語の側面から、後者は広く視覚対象の認知障害としても理解できる。


 一般物品とは、蜜柑、犬、コップ、鉛筆など目に見える様々な物体であり、例えば「ジャガイモ」に関する意味記憶を構成するのは、名称、形、色、硬さ、匂い、それらのバリエーション、カテゴリー(食べ物、野菜など)、それを使ってできた物(料理、菓子)、といった情報である。ある物品について完全にその意味記憶が失われている場合、それを見て呼称ができず、既視感すらないため「見た事がない」と述べ、その名前を聞いても「聞いたことがない」と述べ、実物を触っても、匂いを嗅いでも、食べられる物なら食べてみても、それが何であるかが分からず、「知らない」と述べる。健常者の物の認識は、それを見ただけで可能であるが(つまり視覚モダリティだけで同定できる)、更に、見ずに触る、においだけを感じる、味だけ確かめるといった、一つの感覚モダリティを用いるだけでも通常は可能である。例えばポテトサラダを食べると、ジャガイモの形がなくともジャガイモが使われていると分かり、昆布だしの汁は昆布の形がみえない液体でも味で昆布が使われていると分かる。しかし意味記憶障害では、どの知覚を用いてもその物を知っている感覚が得られない。その意味で意味記憶障害は、一つの感覚モダリティに限局した障害である通常の失認とは異なる。
 一般物品とは、蜜柑、犬、コップ、鉛筆など目に見える様々な物体であり、例えば「ジャガイモ」に関する意味記憶を構成するのは、名称、形、色、硬さ、匂い、それらのバリエーション、カテゴリー(食べ物、野菜など)、それを使ってできた物(料理、菓子)、といった情報である。ある物品について完全にその意味記憶が失われている場合、それを見て呼称ができず、既視感すらないため「見た事がない」と述べ、その名前を聞いても「聞いたことがない」と述べ、実物を触っても、匂いを嗅いでも、食べられる物なら食べてみても、それが何であるかが分からず、「知らない」と述べる。健常者の物の認識は、それを見ただけで可能であるが(つまり視覚モダリティだけで同定できる)、更に、見ずに触る、においだけを感じる、味だけ確かめるといった、一つの感覚モダリティを用いるだけでも通常は可能である。例えばポテトサラダを食べると、ジャガイモの形がなくともジャガイモが使われていると分かり、昆布だしの汁は昆布の形がみえない液体でも味で昆布が使われていると分かる。しかし意味記憶障害では、どの知覚を用いてもその物を知っている感覚が得られない。その意味で意味記憶障害は、一つの感覚モダリティに限局した障害である通常の失認とは異なる。
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 意味性認知症患者では、アイコン、標識、マークの意味の理解が高度に不良である場合が多い。例えば赤信号の写真を見せて「これはどういう意味か」と訊くと、「赤い電気がついている」と述べるなど表面的な視覚情報の認識にとどまり、真の意味理解(例:赤信号なら「止まれ」)はできていない。「てまねき」など意味を含む動作の理解も障害される<ref name=Nishio2006><pubmed>16891383</pubmed></ref>[19]。このような真の意味が人為的に付与された事柄の理解が難しい傾向がある。
 意味性認知症患者では、アイコン、標識、マークの意味の理解が高度に不良である場合が多い。例えば赤信号の写真を見せて「これはどういう意味か」と訊くと、「赤い電気がついている」と述べるなど表面的な視覚情報の認識にとどまり、真の意味理解(例:赤信号なら「止まれ」)はできていない。「てまねき」など意味を含む動作の理解も障害される<ref name=Nishio2006><pubmed>16891383</pubmed></ref>[19]。このような真の意味が人為的に付与された事柄の理解が難しい傾向がある。


 意味記憶は、一般物品や人物といった「見える物体」以外の「見えない抽象概念」に関してもある。これは暑い、寒いといった形容詞の概念や、助ける、掛けるといった動詞の概念、許可、禁止、思いやり、上品、下品、自分勝手、濡れ衣といった抽象名詞の概念である。これらの意味記憶機能が正常の場合は、今から自分が取る行動や態度が抽象概念に当てはまるもか否かを瞬時に判断できる(例:自分の行動が「厚かましい」か否かを判断する)。しかし抽象概念の意味記憶が障害されると、この判断はできなくなると推測される。意味性認知症患者では、一般常識に照らすと「無遠慮」、「下品」、「自分勝手」と見える行動が生活の中で頻発し、指摘しても本人は悪びれる様子がないという特異な反応を示すことがしばしばあるが、この様な行動には脱抑制だけでなく、遠慮、品、思いやりといった道徳に関する意味記憶が失われているために、それらを逸脱した行動をとっていることに気付けなくなっている可能性も推測される。これと類似すると思われる現象が慣用句の理解について観察されており、例えば身体部位は意味性認知症でも比較的良く保たれる概念だが、その身体部位を使った「腹が立つ」「足が出る」「耳が痛い」など、きわめて簡易な構造の複合語である慣用句は意味性認知症では初期から障害される<ref name=橋本衛2015>'''橋本衛、一美美奈子、池田学 (2014).'''<br>Semantic dementiaの言語障害の本質とは何か. 高次脳機能研究 35:304-311. [https://doi.org/10.2496/hbfr.35.304 DOI]</ref>[20]。こうした具体的な対象物の意味から派生した概念の喪失は、意味性認知症の社会的判断に多くの支障を生じさせる一因として働いている可能性がある。
 意味記憶は、一般物品や人物といった「見える物体」以外の「見えない抽象概念」に関してもある。これは暑い、寒いといった形容詞の概念や、助ける、掛けるといった動詞の概念、許可、禁止、思いやり、上品、下品、自分勝手、濡れ衣といった抽象名詞の概念である。これらの意味記憶機能が正常の場合は、今から自分が取る行動や態度が抽象概念に当てはまるもか否かを瞬時に判断できる(例:自分の行動が「厚かましい」か否かを判断する)。しかし抽象概念の意味記憶が障害されると、この判断はできなくなると推測される。意味性認知症患者では、一般常識に照らすと「無遠慮」、「下品」、「自分勝手」と見える行動が生活の中で頻発し、指摘しても本人は悪びれる様子がないという特異な反応を示すことがしばしばあるが、この様な行動には脱抑制だけでなく、遠慮、品、思いやりといった道徳に関する意味記憶が失われているために、それらを逸脱した行動をとっていることに気付けなくなっている可能性も推測される。これと類似すると思われる現象が慣用句の理解について観察されており、例えば身体部位は意味性認知症でも比較的良く保たれる概念だが、その身体部位を使った「腹が立つ」「足が出る」「耳が痛い」など、きわめて簡易な構造の複合語である慣用句は意味性認知症では初期から障害される<ref name=橋本衛2015>'''橋本衛、一美美奈子、池田学 (2014).'''<br>Semantic dementiaの言語障害の本質とは何か. 高次脳機能研究 35:304-311. [https://.org/10.2496/hbfr.35.304 [DOI]]</ref>[20]。こうした具体的な対象物の意味から派生した概念の喪失は、意味性認知症の社会的判断に多くの支障を生じさせる一因として働いている可能性がある。


==== 言語の症状 ====
=== 言語の症状 ===
 左側頭葉優位の萎縮を有する症例で目立つ。聴理解の障害と物品呼称の障害がある。発語は流暢で、努力様ではなく、発音、プロソディー(韻律)、文法は正常で、復唱は保たれる。物品呼称の検査では既視感がないため、「これはなに? これは知らない。見たことがない」と述べやすい。意味記憶を失った物品を呼称しようとする時の反応は独特で、例えばヘリコプターの絵を見せて、ヒントを頭文字から一文字ずつ「へ、へり、へりこ」と教えていっても、「これは『へりこ』と言うんですか?」と誤った反応をして、語頭音効果がない<ref name=田辺敬貴1992>'''田辺敬貴、 池田学、 中川賀嗣、 山本晴子、 池尻義隆、数井裕光、原田貢士 (1992).'''<br> 語義失語と意味記憶障害. 失語症研究 12:153-167.</ref>[21]。進行すると意味記憶の喪失と共に語彙が減るため自発語は減少する。
 左側頭葉優位の萎縮を有する症例で目立つ。聴理解の障害と物品呼称の障害がある。発語は流暢で、努力様ではなく、発音、プロソディー(韻律)、文法は正常で、復唱は保たれる。物品呼称の検査では既視感がないため、「これはなに? これは知らない。見たことがない」と述べやすい。意味記憶を失った物品を呼称しようとする時の反応は独特で、例えばヘリコプターの絵を見せて、ヒントを頭文字から一文字ずつ「へ、へり、へりこ」と教えていっても、「これは『へりこ』と言うんですか?」と誤った反応をして、語頭音効果がない<ref name=田辺敬貴1992>'''田辺敬貴、 池田学、 中川賀嗣、 山本晴子、 池尻義隆、数井裕光、原田貢士 (1992).'''<br> 語義失語と意味記憶障害. 失語症研究 12:153-167.</ref>[21]。進行すると意味記憶の喪失と共に語彙が減るため自発語は減少する。


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 自発語においては具体性のある単語が減少し、総称的な単語の使用が増える。近いカテゴリーの物の名称を別の物の名称として使い回す傾向がある(例:「靴下」を履くという時に「足袋」を履くと言う。「サイ」を見て「ウシ」と言う。「ラケット」を「テニス」と言う)。これは意味的に関連のある単語に置き換わっている意味性錯語で、呼称しにくい時に本人の中で意味的につながりのある単語で代用している状態と考えられるが、つながりの遠い名称で代用した際には、周囲からは関係が理解しにくい場合がある(例:学校の先生が吹く「ホイッスル」を見て、「ランドセル」と呼称する)。他の単語による代用は動詞でも認められる(例:「ひねる」を歩く、座る、立つなど全ての動作に用いる<ref name=Snowden1996></ref>[3])。進行すると意味的に全く関係のない本人が発しやすい単語やフレーズによる代用が増える(例:食事はまだか、お茶が飲みたいなど、何らかの要求を表現したい全ての状況に、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と言う)。音性錯語はない。
 自発語においては具体性のある単語が減少し、総称的な単語の使用が増える。近いカテゴリーの物の名称を別の物の名称として使い回す傾向がある(例:「靴下」を履くという時に「足袋」を履くと言う。「サイ」を見て「ウシ」と言う。「ラケット」を「テニス」と言う)。これは意味的に関連のある単語に置き換わっている意味性錯語で、呼称しにくい時に本人の中で意味的につながりのある単語で代用している状態と考えられるが、つながりの遠い名称で代用した際には、周囲からは関係が理解しにくい場合がある(例:学校の先生が吹く「ホイッスル」を見て、「ランドセル」と呼称する)。他の単語による代用は動詞でも認められる(例:「ひねる」を歩く、座る、立つなど全ての動作に用いる<ref name=Snowden1996></ref>[3])。進行すると意味的に全く関係のない本人が発しやすい単語やフレーズによる代用が増える(例:食事はまだか、お茶が飲みたいなど、何らかの要求を表現したい全ての状況に、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と言う)。音性錯語はない。


==== 相貌認知障害、人物の意味記憶障害、視覚対象認知障害 ====
=== 相貌認知障害、人物の意味記憶障害、視覚対象認知障害 ===
 人物の意味記憶は名前、職業、性格、声、住所、自分との関係、人脈の中での位置づけ、等の要素が含まれる。通常の相貌認知障害では顔を見てわからなくても声を聴くと誰か分かるが、人物の意味記憶障害では、対面して顔を見ても誰かわからないのみならず、声を聴いても誰かわからない。この点は一般物品の意味記憶障害で全ての感覚モダリティから物品を同定できないことと同様である。右側頭葉優位萎縮例では初期から出現し、一般物品の意味記憶障害より先行する事が多い。
 人物の意味記憶は名前、職業、性格、声、住所、自分との関係、人脈の中での位置づけ、等の要素が含まれる。通常の相貌認知障害では顔を見てわからなくても声を聴くと誰か分かるが、人物の意味記憶障害では、対面して顔を見ても誰かわからないのみならず、声を聴いても誰かわからない。この点は一般物品の意味記憶障害で全ての感覚モダリティから物品を同定できないことと同様である。右側頭葉優位萎縮例では初期から出現し、一般物品の意味記憶障害より先行する事が多い。
既視感がないので、知人と会っても挨拶せずに行き過ぎる。このため「無礼になった」と解釈される場合がある。自覚している場合はテレビドラマを見てストーリーを追いにくいと述べる事がある。既視感があるはずの有名人の顔写真を用いて障害の有無を評価できる。家族の顔の方が有名人より認識しやすい。
既視感がないので、知人と会っても挨拶せずに行き過ぎる。このため「無礼になった」と解釈される場合がある。自覚している場合はテレビドラマを見てストーリーを追いにくいと述べる事がある。既視感があるはずの有名人の顔写真を用いて障害の有無を評価できる。家族の顔の方が有名人より認識しやすい。
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==== 自伝的記憶、エピソード記憶 ====
=== 自伝的記憶、エピソード記憶 ===
 良好に保たれる。このため昨日の出来事を思い出したり、約束を思い出すことは可能である。新しい建物でのトイレ等の位置も容易に記憶する事が多い。意味記憶の顕著な障害と良好なエピソード記憶が対照的である<ref name=Snowden1996></ref> [3]。記憶に関する心理検査では教示が理解できないため成績は見かけ上低下しやすいが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、次の受診の予約なども正確に記銘できる等、生活の様子と乖離している事が多い。
 良好に保たれる。このため昨日の出来事を思い出したり、約束を思い出すことは可能である。新しい建物でのトイレ等の位置も容易に記憶する事が多い。意味記憶の顕著な障害と良好なエピソード記憶が対照的である<ref name=Snowden1996></ref> [3]。記憶に関する心理検査では教示が理解できないため成績は見かけ上低下しやすいが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、次の受診の予約なども正確に記銘できる等、生活の様子と乖離している事が多い。


==== 行動の異常 ====
=== 行動の異常 ===
 初期から軽度の行動の変化を認める事が多い。前頭側頭型認知症より軽度とされる<ref name=Snowden1996></ref> [3]。聴覚や視覚刺激による強制的な行動発動、被影響性亢進、脱抑制で理解できる行動が多い。
 初期から軽度の行動の変化を認める事が多い。前頭側頭型認知症より軽度とされる<ref name=Snowden1996></ref> [3]。聴覚や視覚刺激による強制的な行動発動、被影響性亢進、脱抑制で理解できる行動が多い。


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 これらの強制的な行動は繰り返されることが多いため常同行動とみなせる場合がある。
 これらの強制的な行動は繰り返されることが多いため常同行動とみなせる場合がある。


==== 食行動の変化 ====
=== 食行動の変化 ===
 食行動異常を高頻度に認める<ref name=Ikeda2002><pubmed>12235302</pubmed></ref>[25]。食事を食べるスピードが速くなることが多い。甘い物やパンなど炭水化物を好んで食べるようになる例もある。食べ物をスプーン等で自分の口に運ぶ動作は疾患が進行して緘黙、歩行不能の状態となっても維持されることが多い。
 食行動異常を高頻度に認める<ref name=Ikeda2002><pubmed>12235302</pubmed></ref>[25]。食事を食べるスピードが速くなることが多い。甘い物やパンなど炭水化物を好んで食べるようになる例もある。食べ物をスプーン等で自分の口に運ぶ動作は疾患が進行して緘黙、歩行不能の状態となっても維持されることが多い。


==== 視空間認知機能 ====
=== 視空間認知機能 ===
 初期には良く保たれる<ref name=Snowden1996></ref> [3]。中期から末期に脳萎縮が高度な側の対側の上下肢に運動障害が出現する例で、運動障害と同側の空間無視が出現する例がある<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>
 初期には良く保たれる<ref name=Snowden1996></ref> [3]。中期から末期に脳萎縮が高度な側の対側の上下肢に運動障害が出現する例で、運動障害と同側の空間無視が出現する例がある<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>
<ref name=吉村拓哉2010>'''吉村拓哉、横田修、藤沢嘉勝、吉田英統、寺田整司、黒田重利、佐々木健 (2010).'''意味性認知症患者における左右非対称性の四肢の運動障害と半側無視について。精神医学 52: 163-171.</ref> [26][27]。
<ref name=吉村拓哉2010>'''吉村拓哉、横田修、藤沢嘉勝、吉田英統、寺田整司、黒田重利、佐々木健 (2010).'''意味性認知症患者における左右非対称性の四肢の運動障害と半側無視について。精神医学 52: 163-171.</ref> [26][27]。


==== 神経症状・運動障害 ====
=== 神経症状・運動障害 ===
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の筋強剛や錐体路徴候(腱反射亢進や軽度のバビンスキー徴候など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>横田修。TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 2015; 57: 839-847.</ref>[28]。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の錐体路障害、パーキンソニズム、拘縮に移行する<ref name=Yokota2009 />[26]。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患であるTDP-43陽性封入体を有するFTLD(FTLD-TDP)では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />[26]。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、嚥下障害も出現し、誤嚥性肺炎を起こす。
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の筋強剛や錐体路徴候(腱反射亢進や軽度のバビンスキー徴候など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>横田修。TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 2015; 57: 839-847.</ref>[28]。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の錐体路障害、パーキンソニズム、拘縮に移行する<ref name=Yokota2009 />[26]。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患であるTDP-43陽性封入体を有するFTLD(FTLD-TDP)では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />[26]。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、嚥下障害も出現し、誤嚥性肺炎を起こす。


=== 検査所見 ===
== 検査所見 ==
 
=== 脳形態画像検査 ===
==== 脳形態画像検査 ====
 '''CT'''(図2)、MRI('''図3A''')では側頭葉極に強い、左右差のある脳萎縮が認められる。扁桃核、海馬、島回も側頭葉萎縮の強い側と同側に強い萎縮を呈する<ref name=Snowden1996></ref> [3]。前頭葉皮質は側頭葉より萎縮が軽度で、左右差に関しては側頭葉と一致する。進行と共に側頭葉萎縮の強い側と同側の中心前回や下頭頂小葉の萎縮が出現する例がある<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>[26]。
 '''CT'''(図2)、MRI('''図3A''')では側頭葉極に強い、左右差のある脳萎縮が認められる。扁桃核、海馬、島回も側頭葉萎縮の強い側と同側に強い萎縮を呈する<ref name=Snowden1996></ref> [3]。前頭葉皮質は側頭葉より萎縮が軽度で、左右差に関しては側頭葉と一致する。進行と共に側頭葉萎縮の強い側と同側の中心前回や下頭頂小葉の萎縮が出現する例がある<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>[26]。


==== 脳血流シンチグラフィー ====
=== 脳血流シンチグラフィー ===
 脳萎縮の左右差と一致して側頭葉に強い血流低下を認める('''図3B''') <ref name=Snowden1996></ref> [3]。前頭葉にはより軽度の血流低下を同じ左右差で認めることが多い。
 脳萎縮の左右差と一致して側頭葉に強い血流低下を認める('''図3B''') <ref name=Snowden1996></ref> [3]。前頭葉にはより軽度の血流低下を同じ左右差で認めることが多い。


=== 診断基準 ===
== 診断基準 ==
 
{| class="wikitable"
|+表1.SDの診断基準<sup>a</sup>
! style="text-align:left"|'''I.主要診断特徴'''<br>
|-
| A.潜行性発症と緩徐な進行<br>
 B.言語障害<br>
  1.進行性の内容語の乏しい流暢性時発話<br>
  2.呼称と理解に出現する語義の喪失<br>
  3.語性錯語<br>
 C. 視知覚障害<br>
  1.相貌失認:熟知相貌認知障害<br>
  2.連合失認:対象物同定障害<br>
  D.視覚性照合と描画再生が保たれる<br>
  E.単語復唱が保たれる<br>
  F.規則語の音読/書字が保たれる<br>
|-
! style="text-align:left"|'''II.支持的診断基準'''<br>
|-
| A.発話と言語<br>
  1.発話心迫 (press of speech)<br>
  2.idiosyncraticな語用<sup>b</sup><br>
  3.音韻性錯語の欠如<br>
  4.表層性失読/失書<br>
  5.計算能力は保たれる<br>
 B.行動<br>
  1.共感性の欠如<br>
  2.関心事の狭小化<br>
  3.吝薔(過度の節約)<br>
 C. 身体徴候<br>
  1.なし,または進行期の原始反射<br>
  2.無動・固縮・振戦<br>
 D.検査所見<br>
  1.神経心理学<br>
   l ) 語の理解・呼称そしてまたは相貌・対象物の認知課題で明らかとなる重篤な意味の喪失.<br>
   2 ) 音韻・統語・要素的な知覚処理・視空間的技能・日常の記憶等の保存<br>
  2.脳波:異常なし<br>
  3.脳画像(形態/機能):側頭葉前方部の(対称性,または非対称性)側頭葉前方部の異常
|}
 
 


意味性認知症の診断基準
意味性認知症の診断基準
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=== 鑑別診断 ===
== 鑑別診断 ==


 意味記憶障害による物品呼称の障害や物を見て認識できない症状を、周囲が「物忘れ」と表現する事が多いためアルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD)と診断されることがある。海馬傍回に強い萎縮を認める事が多いため、側頭極の高度の萎縮を見慣れていないと、高度の海馬萎縮をADの支持的な所見と誤解しうる。意味性認知症では側頭葉極は初期から左右差を持って萎縮するが、ADでは初期から同部位がそのような萎縮を呈することはない。意味性認知症では扁桃核萎縮も初期から明らかで、側頭葉萎縮の左右差と一致した左右差を呈するが、これもADでは初期からは認められない。
 意味記憶障害による物品呼称の障害や物を見て認識できない症状を、周囲が「物忘れ」と表現する事が多いためアルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD)と診断されることがある。海馬傍回に強い萎縮を認める事が多いため、側頭極の高度の萎縮を見慣れていないと、高度の海馬萎縮をADの支持的な所見と誤解しうる。意味性認知症では側頭葉極は初期から左右差を持って萎縮するが、ADでは初期から同部位がそのような萎縮を呈することはない。意味性認知症では扁桃核萎縮も初期から明らかで、側頭葉萎縮の左右差と一致した左右差を呈するが、これもADでは初期からは認められない。