「蝸牛」の版間の差分

318 バイト追加 、 2013年7月12日 (金)
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/hiroshikuba 久場 博司]</font><br>
''名古屋大学 大学院医学系研究科''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年2月24日 原稿完成日:2012年8月16日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名 : cochlea 独:Hörschnecke 仏:cochlée
英語名 : cochlea 独:Hörschnecke 仏:cochlée


 [[wikipedia:JA:側頭骨|側頭骨]]錐体内にある[[内耳]]の[[聴覚]]器官。渦巻き状の管で,その名は形状がカタツムリに似ていることに由来する。内部に[[膜迷路]]と呼ばれる構造をもつ。膜迷路は[[wikipedia:JA:リンパ液|リンパ液]]で満たされ,基底部で[[中耳]]の[[耳小骨]]と連なることにより,音の振動はリンパ液を介して膜迷路内にある[[基底膜]](basilar membrane)を振動させる。基底膜の振動はさらに,基底膜上にある[[コルチ器官]](organ of Corti)の[[有毛細胞]]と呼ばれる感覚器細胞の[[感覚毛]]を揺らし,その結果,音の振動が細胞の電気信号へと変換される。蝸牛では音の周波数が基底膜上での位置として表される。これは,音の周波数に応じて,基底膜上での振動しやすい位置が異なることによる.鳥類では,これに加えて有毛細胞の電気的性質が関わることも知られている<ref><pubmed> 21276841 </pubmed> </ref>。周波数成分毎に受容された聴覚信号は,[[蝸牛神経]](cochlear nerve)を介して中枢へと伝えられる<ref>'''小澤瀞司,福田康一郎 編'''<br>標準生理学 第7版.<br>''医学書院'': 2009</ref>。
 [[wikipedia:JA:側頭骨|側頭骨]]錐体内にある[[内耳]]の[[聴覚]]器官。渦巻き状の管で,その名は形状がカタツムリに似ていることに由来する。内部に[[膜迷路]]と呼ばれる構造をもつ。膜迷路は[[wikipedia:JA:リンパ液|リンパ液]]で満たされ,基底部で[[中耳]]の[[耳小骨]]と連なることにより,音の振動はリンパ液を介して膜迷路内にある[[基底膜]](basilar membrane)を振動させる。基底膜の振動はさらに,基底膜上にある[[コルチ器官]](organ of Corti)の[[有毛細胞]]と呼ばれる感覚器細胞の[[感覚毛]]を揺らし,その結果,音の振動が細胞の電気信号へと変換される。蝸牛では音の周波数が基底膜上での位置として表される。これは,音の周波数に応じて,基底膜上での振動しやすい位置が異なることによる.鳥類では,これに加えて有毛細胞の電気的性質が関わることも知られている<ref><pubmed> 21276841 </pubmed> </ref>。周波数成分毎に受容された聴覚信号は,[[蝸牛神経]](cochlear nerve)を介して中枢へと伝えられる<ref>'''小澤瀞司,福田康一郎 編'''<br>標準生理学 第7版.<br>''医学書院'': 2009</ref>。
 
}}


== 構造  ==
== 構造  ==


[[Image:Cochlea Fig.jpg|thumb|right|300px|<b>図1.蝸牛の構造</b><br />A,B ヒトの内耳「Gray's Anatomy」から転載。C 蝸牛管の断面「古河太郎:現代の生理学、第2版、1987、p254 図IV-6 蝸牛管の断面」から許可を得て転載]]  
[[Image:Cochlea Fig.jpg|thumb|right|300px|<b>図1.蝸牛の構造</b><br />A,B ヒトの内耳「Gray's Anatomy」から転載。C 蝸牛管の断面「古河太郎:現代の生理学、第2版、1987、p254 図IV-6 蝸牛管の断面」から許可を得て転載]]  


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 蝸牛は蝸牛軸を中心に2¾回転するらせん状の管構造で,引き延ばすとヒトでは約35mmの長さになる。骨により形成された[[骨迷路]]と,その内部の膜迷路からなる。膜迷路は3層に仕切られ,上層から[[前庭階]](scala vestibuli),[[中心階]](scala media),[[鼓室階]](scala tympani)と呼ばれる。前庭階と中心階は[[ライスネル膜]]で仕切られ,中心階と鼓室階はコルチ器官をのせた基底膜で仕切られている。前庭階と鼓室階は[[外リンパ液]]で満たされ,中心階は[[内リンパ液]]で満たされている。外リンパ液は通常の細胞外液と類似のイオン組成をもつのに対して,内リンパ液は高K<sup>+</sup>,低Na<sup>+</sup>,低[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]濃度のイオン組成をもち,これは中心階の外側壁を構成する上皮組織である血管条により生成される。また,前庭階と鼓室階は蝸牛基底部でそれぞれ[[卵円窓]](別名,前庭窓)と[[正円窓]]の2枚の膜構造により中耳腔と隔てられ,蝸牛頂部にある[[蝸牛孔]]で互いに交通している。卵円窓には[[耳小骨]]([[アブミ骨]])が付着し,耳小骨の振動が膜迷路へと伝えられる。
 蝸牛は蝸牛軸を中心に2¾回転するらせん状の管構造で,引き延ばすとヒトでは約35mmの長さになる。骨により形成された[[骨迷路]]と,その内部の膜迷路からなる。膜迷路は3層に仕切られ,上層から[[前庭階]](scala vestibuli),[[中心階]](scala media),[[鼓室階]](scala tympani)と呼ばれる。前庭階と中心階は[[ライスネル膜]]で仕切られ,中心階と鼓室階はコルチ器官をのせた基底膜で仕切られている。前庭階と鼓室階は[[外リンパ液]]で満たされ,中心階は[[内リンパ液]]で満たされている。外リンパ液は通常の細胞外液と類似のイオン組成をもつのに対して,内リンパ液は高K<sup>+</sup>,低Na<sup>+</sup>,低[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]濃度のイオン組成をもち,これは中心階の外側壁を構成する上皮組織である血管条により生成される。また,前庭階と鼓室階は蝸牛基底部でそれぞれ[[卵円窓]](別名,前庭窓)と[[正円窓]]の2枚の膜構造により中耳腔と隔てられ,蝸牛頂部にある[[蝸牛孔]]で互いに交通している。卵円窓には[[耳小骨]]([[アブミ骨]])が付着し,耳小骨の振動が膜迷路へと伝えられる。


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 コルチ器官は基底膜上にあり,有毛細胞と複数の支持細胞からなる。有毛細胞には[[内有毛細胞]]と外有毛細胞の2種類があり,それぞれ蝸牛の内側に1列と外側に3列の細胞群として基底膜の全長にわたって並んでいる。有毛細胞の頂部には感覚毛が生えている。コルチ器官の場合,感覚毛は長さの異なる100本以上の[[不動毛]]からなり,内側から外側に向けて,背の低いものから高いものが規則正しく配列している。最長の不動毛の外側には,動毛の原器である1つの[[基底小体]]が存在する。感覚毛の上部は[[蓋膜]]により覆われている。蓋膜は中心階の内側壁から伸びており,基底膜の振動を感覚毛に伝える作用をもつ。すなわち,基底膜が振動すると蓋膜と基底膜との間に内外側方向へのずれを生じ,感覚毛に機械刺激が加わる。この際,外有毛細胞の感覚毛は蓋膜に付着しているため蓋膜の動きにより直接的に刺激されるのに対して,内有毛細胞の感覚毛は蓋膜との付着をもたず,内リンパ液を介して間接的に刺激される。感覚毛が外側へ屈曲すると,有毛細胞に[[脱分極]]性の[[受容器電位]]が生じる。
 コルチ器官は基底膜上にあり,有毛細胞と複数の支持細胞からなる。有毛細胞には[[内有毛細胞]]と外有毛細胞の2種類があり,それぞれ蝸牛の内側に1列と外側に3列の細胞群として基底膜の全長にわたって並んでいる。有毛細胞の頂部には感覚毛が生えている。コルチ器官の場合,感覚毛は長さの異なる100本以上の[[不動毛]]からなり,内側から外側に向けて,背の低いものから高いものが規則正しく配列している。最長の不動毛の外側には,動毛の原器である1つの[[基底小体]]が存在する。感覚毛の上部は[[蓋膜]]により覆われている。蓋膜は中心階の内側壁から伸びており,基底膜の振動を感覚毛に伝える作用をもつ。すなわち,基底膜が振動すると蓋膜と基底膜との間に内外側方向へのずれを生じ,感覚毛に機械刺激が加わる。この際,外有毛細胞の感覚毛は蓋膜に付着しているため蓋膜の動きにより直接的に刺激されるのに対して,内有毛細胞の感覚毛は蓋膜との付着をもたず,内リンパ液を介して間接的に刺激される。感覚毛が外側へ屈曲すると,有毛細胞に[[脱分極]]性の[[受容器電位]]が生じる。


== 有毛細胞の線維連絡  ==
== 有毛細胞の線維連絡  ==
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(執筆者:久場博司 担当編集委員:藤田一郎)