「高次運動野」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
高次運動関連領野:higher-order motor areas
高次運動関連領野の分類
高次運動関連領野の分類


霊長類動物(サル)では、古典的には Brodmann (1909), およびVogt and Vogt (1919) (図1)が細胞構築から、現在の運動関連領野区分けの原形となる優れた分類を行っている。少し古い脳生理・解剖学の教科書、あるいは専門書の記述では、皮質前頭葉の一次運動野(M1)は、中心溝のすぐ前方に位置しており、M1の前方の外側面には運動前野 (PM) が、内側面には補足運動野(SMA)が記載されている。
霊長類動物(サル)では、古典的には Brodmann (1909), およびVogt and Vogt (1919) (図1)が細胞構築から、現在の運動関連領野区分けの原形となる優れた分類を行っている。少し古い脳生理・解剖学の教科書、あるいは専門書の記述では、皮質前頭葉の一次運動野(M1)は、中心溝のすぐ前方に位置しており、M1の前方の外側面には運動前野 (PM) が、内側面には補足運動野(SMA)が記載されている。
  その後の研究により、大脳皮質外側面の運動関連領野の分類に関して、主に3つの運動野、すなわちM1, PMd, およびPMcに区分される時期が続いた。しかし、最近の研究により、より細分されることが明らかになり、PMdとPMcは、それぞれ前後方向に2つの領域、PMdr と PMdc 、およびPMvr と PMvcに区分されることが多く、外側面全体では5つの運動野に区分けされるようになっている(Takada et al., 2004)(図2)。Rizzolatti のグループによる類似の区分け(F命名法)を図3に示す(Rizzolatti1 and Luppino, 2001)。一方、Barbas and Pandya (1987) (see also Morecraft et al., 2004)はPMv を前後方向ではなく、上・下方向(6Vaと6Vb)に細分しているが(図4)、現在までの生理学的知見では前後方向に区分するのが適当であるように思われる。
その後の研究により、大脳皮質外側面の運動関連領野の分類に関して、主に3つの運動野、すなわちM1, PMd, およびPMcに区分される時期が続いた。しかし、最近の研究により、より細分されることが明らかになり、PMdとPMcは、それぞれ前後方向に2つの領域、PMdr と PMdc 、およびPMvr と PMvcに区分されることが多く、外側面全体では5つの運動野に区分けされるようになっている(Takada et al., 2004)(図2)。Rizzolatti のグループによる類似の区分け(F命名法)を図3に示す(Rizzolatti1 and Luppino, 2001)。一方、Barbas and Pandya (1987) (see also Morecraft et al., 2004)はPMv を前後方向ではなく、上・下方向(6Vaと6Vb)に細分しているが(図4)、現在までの生理学的知見では前後方向に区分するのが適当であるように思われる。
上記の外側面に存在する5つの運動関連領野に加えて、大脳半球内側面にも、大まかに区分して3つの運動関連領野、すなわち補足運動野(SMA),前補足運動野(Pre-SMA)、および帯状皮質運動野が存在する。帯状皮質運動野は正確には吻側帯状皮質運動野(CMAr)と、2つの尾側帯状皮質運動野(CMAdとCMAv)に区分されるので、正確には大脳内側面には5つの運動関連領野が存在すると言える (Dum and Strick, 1991, 2002, He et al., 1995, Picard and Strick, 1996) (図5)。まとめると、サルの大脳皮質には、M1を含め、合計10個の運動関連領野が存在する(眼球運動関連領野を除く)。
上記の外側面に存在する5つの運動関連領野に加えて、大脳半球内側面にも、大まかに区分して3つの運動関連領野、すなわち補足運動野(SMA),前補足運動野(Pre-SMA)、および帯状皮質運動野が存在する。帯状皮質運動野は正確には吻側帯状皮質運動野(CMAr)と、2つの尾側帯状皮質運動野(CMAdとCMAv)に区分されるので、正確には大脳内側面には5つの運動関連領野が存在すると言える (Dum and Strick, 1991, 2002, He et al., 1995, Picard and Strick, 1996) (図5)。まとめると、サルの大脳皮質には、M1を含め、合計10個の運動関連領野が存在する(眼球運動関連領野を除く)。
  これら10ヶ所の運動関連領野の働きについては現在、精力的に研究が進められているものの、各領野の実体の解明は簡単ではなく、例えばM1の機能に関してでさえ、運動のパラメター、例えば力の大きさ、方向、距離などの制御に関わっていることに疑いはないものの、M1の特定の細胞が、どのパラメターの制御に関わっているかを因果関係的に証明するのは簡単ではない (cf. Georgopoulos et al., 1989)。また、運動前野 (PM) の背側部 (PMd) と腹側部 (PMv) で機能の一端が生理学的に明らかになったのは近年になってからである(Hoshi and Tanji, 2007, Kurata, 2007, 2010, Wise, 1985)。各々の領域に関する詳細については各論を参照されたい。
これら10ヶ所の運動関連領野の働きについては現在、精力的に研究が進められているものの、各領野の実体の解明は簡単ではなく、例えばM1の機能に関してでさえ、運動のパラメター、例えば力の大きさ、方向、距離などの制御に関わっていることに疑いはないものの、M1の特定の細胞が、どのパラメターの制御に関わっているかを因果関係的に証明するのは簡単ではない (cf. Georgopoulos et al., 1989)。また、運動前野 (PM) の背側部 (PMd) と腹側部 (PMv) で機能の一端が生理学的に明らかになったのは近年になってからである(Hoshi and Tanji, 2007, Kurata, 2007, 2010, Wise, 1985)。各々の領域に関する詳細については各論を参照されたい。
  最後に、図6にヒトの運動関連領野の区分をBrodmann の地図に重ねて表示したもの(虫明と宮井、2007)、および帯状皮質の部分を拡大したマップ(Ridderinkhof et al., 2004)を示した。ヒトとサルの運動関連領野の構成は基本的に相同であると思われるが、実験上の制限から、解剖学および生理学的にサルで適用されているような区分けは現状では難しい。特に、帯状皮質運動野に関して、サルでは吻側帯状皮質運動野はBrodmann の24野、尾側帯状皮質運動野は23野に存在するが、ヒトでは前帯状皮質運動野(RCZ: rostral cingulate zone, 或いはACC: anterior cingulate cortex)の本体はBrodmann の32野(一部24野)にあり、後帯状皮質運動野(CCZ: caudal cingulate zone)は、ほぼ24野に位置している(Ridderinkhof et al., 2004)(図6)。近年、ヒトとサルの詳細についての比較なしに、ACCの機能仮説を組み立てている総説・論文があるが、主たる根拠となっているヒトf-MRI 実験から導かれた仮説とサル細胞活動から得られた説の整合性には注意深い実験内容(記録部位・課題設定)の比較検証が必須である。
最後に、図6にヒトの運動関連領野の区分をBrodmann の地図に重ねて表示したもの(虫明と宮井、2007)、および帯状皮質の部分を拡大したマップ(Ridderinkhof et al., 2004)を示した。ヒトとサルの運動関連領野の構成は基本的に相同であると思われるが、実験上の制限から、解剖学および生理学的にサルで適用されているような区分けは現状では難しい。特に、帯状皮質運動野に関して、サルでは吻側帯状皮質運動野はBrodmann の24野、尾側帯状皮質運動野は23野に存在するが、ヒトでは前帯状皮質運動野(RCZ: rostral cingulate zone, 或いはACC: anterior cingulate cortex)の本体はBrodmann の32野(一部24野)にあり、後帯状皮質運動野(CCZ: caudal cingulate zone)は、ほぼ24野に位置している(Ridderinkhof et al., 2004)(図6)。近年、ヒトとサルの詳細についての比較なしに、ACCの機能仮説を組み立てている総説・論文があるが、主たる根拠となっているヒトf-MRI 実験から導かれた仮説とサル細胞活動から得られた説の整合性には注意深い実験内容(記録部位・課題設定)の比較検証が必須である。
 
 
引用文献
Barbas H, Pandya DN (1987)
Architecture and frontal cortical connections of the premotor cortex (area 6) in the rhesus monkey.
J Comp Neurol 256:211-228
 
Brodmann K (1909)
Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde, in ihren Prinzipien dargestellt auf Grund des Zellenbaues. Barth, Leipzig
 
Dum RP, Strick PL (1991)
The origin of corticospinal projections from the premotor areas in the frontal lobe.
J Neurosci  11:667-689
 
Dum RP, Strick PL (2002)
Motor areas in the frontal lobe of the primate.
Physiol Behav 77: 677- 682
 
Georgopoulos AP, Crutcher MD, Schwartz AB (1989)
Cognitive spatial-motor processes. 3. Motor cortical prediction of movement direction during an instructed delay period.
Exp Brain Res 75:183-194
 
He S-Q, Dum RP, Strick PL (1995)
Topographic organization of corticospinal projections from the frontal lobe: motor areas on the medial surface of the hemisphere.
J Neurosci 15: 3284-3306
 
Hoshi E, Tanji J (2007)
Distinctions between dorsal and ventral premotor areas: anatomical connectivity and functional properties.
Curr Opin Neurobiol 17:234-242
 
Kurata K (2007)
Laterality of movement-related activity reflects transformation of coordinates in ventral premotor cortex and primary motor cortex of monkeys.
J Neurophysiol 98:2008-2021
 
Kurata K (2010)
Conditional selection of contra- and ipsilateral forelimb movements by the dorsal premotor cortex in monkeys.
J Neurophysiol 103:262-277
 
Morecraft RJ, Cipolloni PB, Stilwell-Morecraft KS, Gedney MT, Pandya DN (2004)
Cytoarchitecture and cortical connections of the posterior cingulate and adjacent somatosensory fields in the rhesus monkey.
J Comp Neurol  469:37-69
 
虫明 元、宮井一郎 (2007)
学習と脳:器用さを獲得する脳、サイエンス社
 
Picard N, Strick PL (1996)
Motor areas of the medial wall: a review of their location and functional activation.
Cereb Cortex  6:342-353
 
Ridderinkhof KR, Ullsperger M, Crone EA, Nieuwenhuis S (2004)
The role of the medial frontal cortex in cognitive control.
Science  306:443-447
 
Rizzolatti G, Luppino G (2001)
The cortical motor system.
Neuron  31:889-901
 
Takada M, Nambu A, Hatanaka N, Tachibana Y, Miyachi S, Taira M, Inase M (2004)
Organization of prefrontal outflow toward frontal motor-related areas in macaque monkeys.
Eur J Neurosci 19:3328-3342
 
Vogt C, Vogt O (1919)
Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung.
J Psychol Neurol 25:277-462
 
Wise SP (1985)
The primate premotor cortex: past, present, and preparatory.
Annu Rev Neurosci 8:1-19
 
 
執筆者:虫明 元、松坂義哉、嶋 啓 節、中島 敏、奥山澄人

2012年3月26日 (月) 10:52時点における版

高次運動関連領野:higher-order motor areas


高次運動関連領野の分類

霊長類動物(サル)では、古典的には Brodmann (1909), およびVogt and Vogt (1919) (図1)が細胞構築から、現在の運動関連領野区分けの原形となる優れた分類を行っている。少し古い脳生理・解剖学の教科書、あるいは専門書の記述では、皮質前頭葉の一次運動野(M1)は、中心溝のすぐ前方に位置しており、M1の前方の外側面には運動前野 (PM) が、内側面には補足運動野(SMA)が記載されている。 その後の研究により、大脳皮質外側面の運動関連領野の分類に関して、主に3つの運動野、すなわちM1, PMd, およびPMcに区分される時期が続いた。しかし、最近の研究により、より細分されることが明らかになり、PMdとPMcは、それぞれ前後方向に2つの領域、PMdr と PMdc 、およびPMvr と PMvcに区分されることが多く、外側面全体では5つの運動野に区分けされるようになっている(Takada et al., 2004)(図2)。Rizzolatti のグループによる類似の区分け(F命名法)を図3に示す(Rizzolatti1 and Luppino, 2001)。一方、Barbas and Pandya (1987) (see also Morecraft et al., 2004)はPMv を前後方向ではなく、上・下方向(6Vaと6Vb)に細分しているが(図4)、現在までの生理学的知見では前後方向に区分するのが適当であるように思われる。 上記の外側面に存在する5つの運動関連領野に加えて、大脳半球内側面にも、大まかに区分して3つの運動関連領野、すなわち補足運動野(SMA),前補足運動野(Pre-SMA)、および帯状皮質運動野が存在する。帯状皮質運動野は正確には吻側帯状皮質運動野(CMAr)と、2つの尾側帯状皮質運動野(CMAdとCMAv)に区分されるので、正確には大脳内側面には5つの運動関連領野が存在すると言える (Dum and Strick, 1991, 2002, He et al., 1995, Picard and Strick, 1996) (図5)。まとめると、サルの大脳皮質には、M1を含め、合計10個の運動関連領野が存在する(眼球運動関連領野を除く)。 これら10ヶ所の運動関連領野の働きについては現在、精力的に研究が進められているものの、各領野の実体の解明は簡単ではなく、例えばM1の機能に関してでさえ、運動のパラメター、例えば力の大きさ、方向、距離などの制御に関わっていることに疑いはないものの、M1の特定の細胞が、どのパラメターの制御に関わっているかを因果関係的に証明するのは簡単ではない (cf. Georgopoulos et al., 1989)。また、運動前野 (PM) の背側部 (PMd) と腹側部 (PMv) で機能の一端が生理学的に明らかになったのは近年になってからである(Hoshi and Tanji, 2007, Kurata, 2007, 2010, Wise, 1985)。各々の領域に関する詳細については各論を参照されたい。 最後に、図6にヒトの運動関連領野の区分をBrodmann の地図に重ねて表示したもの(虫明と宮井、2007)、および帯状皮質の部分を拡大したマップ(Ridderinkhof et al., 2004)を示した。ヒトとサルの運動関連領野の構成は基本的に相同であると思われるが、実験上の制限から、解剖学および生理学的にサルで適用されているような区分けは現状では難しい。特に、帯状皮質運動野に関して、サルでは吻側帯状皮質運動野はBrodmann の24野、尾側帯状皮質運動野は23野に存在するが、ヒトでは前帯状皮質運動野(RCZ: rostral cingulate zone, 或いはACC: anterior cingulate cortex)の本体はBrodmann の32野(一部24野)にあり、後帯状皮質運動野(CCZ: caudal cingulate zone)は、ほぼ24野に位置している(Ridderinkhof et al., 2004)(図6)。近年、ヒトとサルの詳細についての比較なしに、ACCの機能仮説を組み立てている総説・論文があるが、主たる根拠となっているヒトf-MRI 実験から導かれた仮説とサル細胞活動から得られた説の整合性には注意深い実験内容(記録部位・課題設定)の比較検証が必須である。


引用文献 Barbas H, Pandya DN (1987) Architecture and frontal cortical connections of the premotor cortex (area 6) in the rhesus monkey. J Comp Neurol 256:211-228

Brodmann K (1909) Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde, in ihren Prinzipien dargestellt auf Grund des Zellenbaues. Barth, Leipzig

Dum RP, Strick PL (1991) The origin of corticospinal projections from the premotor areas in the frontal lobe. J Neurosci 11:667-689

Dum RP, Strick PL (2002) Motor areas in the frontal lobe of the primate. Physiol Behav 77: 677- 682

Georgopoulos AP, Crutcher MD, Schwartz AB (1989) Cognitive spatial-motor processes. 3. Motor cortical prediction of movement direction during an instructed delay period. Exp Brain Res 75:183-194

He S-Q, Dum RP, Strick PL (1995) Topographic organization of corticospinal projections from the frontal lobe: motor areas on the medial surface of the hemisphere. J Neurosci 15: 3284-3306

Hoshi E, Tanji J (2007) Distinctions between dorsal and ventral premotor areas: anatomical connectivity and functional properties. Curr Opin Neurobiol 17:234-242

Kurata K (2007) Laterality of movement-related activity reflects transformation of coordinates in ventral premotor cortex and primary motor cortex of monkeys. J Neurophysiol 98:2008-2021

Kurata K (2010) Conditional selection of contra- and ipsilateral forelimb movements by the dorsal premotor cortex in monkeys. J Neurophysiol 103:262-277

Morecraft RJ, Cipolloni PB, Stilwell-Morecraft KS, Gedney MT, Pandya DN (2004) Cytoarchitecture and cortical connections of the posterior cingulate and adjacent somatosensory fields in the rhesus monkey. J Comp Neurol 469:37-69

虫明 元、宮井一郎 (2007) 学習と脳:器用さを獲得する脳、サイエンス社

Picard N, Strick PL (1996) Motor areas of the medial wall: a review of their location and functional activation. Cereb Cortex 6:342-353

Ridderinkhof KR, Ullsperger M, Crone EA, Nieuwenhuis S (2004) The role of the medial frontal cortex in cognitive control. Science 306:443-447

Rizzolatti G, Luppino G (2001) The cortical motor system. Neuron 31:889-901

Takada M, Nambu A, Hatanaka N, Tachibana Y, Miyachi S, Taira M, Inase M (2004) Organization of prefrontal outflow toward frontal motor-related areas in macaque monkeys. Eur J Neurosci 19:3328-3342

Vogt C, Vogt O (1919) Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung. J Psychol Neurol 25:277-462

Wise SP (1985) The primate premotor cortex: past, present, and preparatory. Annu Rev Neurosci 8:1-19


執筆者:虫明 元、松坂義哉、嶋 啓 節、中島 敏、奥山澄人