痛覚

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柿木 隆介
自然科学研究機構生理学研究所 感覚運動調節研究部門
DOI:10.14931/bsd.1977 原稿受付日:2012年6月11日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:一戸 紀孝(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)

(要約を御願い致します。)

痛覚とは

 痛みと痒みは、あるレベルを超えると非常につらい感覚であり、なぜこのような感覚が必要なのか、と誰もが思う。しかし、痒みは別としても、痛みは生存するためには必須の感覚である。無痛症の場合には、多くの患者さんでは足首、膝、腰等の関節が不可逆的な障害を受け、皮膚の感染による痛みがわからないため、指が壊死をおこして無くなってしまう患者さんも多い。痛みとは”組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚情動体験である”と定義されている[1]。良くわからない定義だが、痛みを経験した事が無い人はほとんどいないと思われるので、今さら定義などは不要と言えるかもしれない。

末梢メカニズム

 通常、末梢組織が傷害されると、サイトカイン神経ペプチドサブスタンスP(SP)、バソアクティブ腸管ペプチド(VIP)やカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)など)などの活性化により傷害部は腫脹し、組織は炎症状態に陥り、時には肉芽の形成が引き起こされる。その後、炎症状態からの回復に伴って傷害組織は線維芽細胞などの活性化により線維化し,瘢痕化してくる。瘢痕組織が痛みの発生・維持に関わっていることは、脊椎手術などにおける採骨部の瘢痕に発生する痛みなどにおいて組織の易刺激性が非常に高い事からも示される。基礎的には瘢痕組織内における痛みに関与する神経ペプチドやサイトカイン、或いは痛みを伝達する知覚神経線維の発現に関する報告が散見される1)。

痛覚伝導路

 痛みは2種類に大別される。

 針で刺されたような鋭い痛みはfirst pain, quick pain, sharp painなどと称される。末梢神経Aδ線維を上行し、その伝導速度は約10-20 m/secである。

 内臓痛、癌痛、歯痛などのような痛みはsecond pain, slow pain, burning painなどと称され、末梢神経のC線維を上行する。無髄線維であるため伝導速度は非常に遅く、約0.5-2.0 m/secである。いずれにしても、触覚振動覚などの伝導速度は50-70 m/secであり、痛覚の伝導速度が非常に遅い事がわかる。その理由は未だ明確にされていない。

 脊髄では脊髄視床路を上行する。やはり痛覚の伝導速度は遅く、A-delta線維を上行したシグナルは約10-20 m/sec、C線維を上行したシグナルは約0.5-2.0 m/secである。すなわち、末梢神経と脊髄をほぼ同じ伝導速度で上行する訳である。

 脊髄視床路を上行したシグナルは視床に到達する。視床には多くの核が存在するが、痛みの伝達系においては、外側脊髄視床路(=新脊髄視床路)が終末している腹側基底核群と、前脊髄視床路(旧脊髄視床路)が終末している髄板内核群(主として外側中心核束旁核)が重要な役割を果たしていることが知られている。前者は第1次体性感覚野(SI)に主に投射する中継点であり、皮膚、内臓、筋、関節からの(識別性の)感覚に関与している。

 一方、後者は大脳辺縁系に投射し、痛みに関与する情動等に関与するとされている[1]。以前より脳内の痛覚認知過程は、Lateral systemとMedial systemに分けられると考えられてきたが、まさに上述した2つの経路を表している。

中枢メカニズム

ファイル:痛覚1.tif
図1.Aδ線維を上行する信号による脳磁図反応(SI、SII、島、前部帯状回および内側部側頭葉の活動)
上段2つのトレースが記録磁場波形、下段7つのトレースが各信号源の活動時間経過を示す。c:刺激対側半球、i:刺激同側半球、MT:内側部側頭葉。[1]より引用)
ファイル:痛覚2.tif
図2.C線維を上行する信号による脳磁図反応
C線維刺激条件によってCO2 レーザー光線を左手背に照射して記録。刺激対側半球ではSource 1 (SI)、Source 2 (SII)、Source 3 (Cingulate)、Source 4 (MT: Medial temporal)の4つの活動が見られる。[2]より引用)。
ファイル:痛覚3.tif
図3.C線維刺激によるfMRI反応(有意差を示した部位を示す)
(a) 1つの矢状断面と2つの冠状断面を示す。矢状断面の2本の垂直線は、各々の冠状断面を示す。視床、第2次感覚野、島、帯状回に活動が見られる。
(b) 各部位のhemodynamic response (HDRs)の時間経過。R. = right (右半球。刺激同側), L. = left (左半球。刺激対側), M. = 中間部, Th. =視床, SII =第2次体性感覚野, Ins. =島, pACC = 前帯状回の後方部。Error barsは標準誤差を示す。[2]より引用)。

 ヒトの脳内痛覚認知機構は、近年の脳機能イメージングの研究の進歩に伴い、急速に研究が進んできた。脳磁図を用いた研究では、視床からSIに到達した後、第2次体性感覚野(SII)と島に向かう経路と連合野(5野および7野)に向かう経路の2つが存在する事がわかってきた。また、視床から直接、帯状回扁桃体に向かう経路もあり、島には両方の経路を経由するシグナルが到達する。現在、島は痛覚認知の重要な部位であると考えられている。島の活動から約100 msecほど遅れて帯状回と扁桃体にシグナルが到達する[3]。このような詳細な時間情報は脳磁図が優れているが、活動部位の詳細な同定には、Positron Emission Tomography(PET)やfunctional magnetic resonance imaging (fMRI)が優れている。島と帯状回周辺には、first painとsecond painの両方に対して活動する部位と、second painが与えられた時だけに活動する部位が存在する[4]。second painによって不快等の強い情動反応を起こすのは、この部位が関与していると考えられている。

痛覚と情動

 近年は痛みが引き起こす情動反応に焦点をあてた研究が増加してきた。いわゆる「こころの痛み」のメカニズムを解明しようとする訳である。例えば、実際に痛みを与えられなくても、注射や歯の治療等のように、見るだけでも痛そうな画像を見せると、第1次体性感覚野や第2次体性感覚野には明瞭な活動は見られないが、島や帯状回に強い活動が見られる[2]。この部位は実際に痛み刺激を与えた時に活動する部位とほぼ同様である。また、複数の人間がキャッチボールをするというゲームを作成し、ある時点から全くボールがこなくなる、つまり無視されるという条件を設定すると、非常に心理的につらい状態におちいる人がいる。その場合にも同様の結果が得られる。だからこそ、こころが「痛い」と感じるのだと考えられている。このような事は他の感覚ではおこらず、痛覚認知の複雑さを示している。

関連項目

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 牛田享宏、下和弘、新井健一
    池本竜則、柿木隆介(2010)慢性痛の定義と発症機序
    神経治療、27(4): 596-602. 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "ref1"が異なる内容で複数回定義されています
  2. 2.0 2.1 2.2 Qiu, Y., Noguchi, Y., Honda, M., Nakata, H., Tamura, Y., Tanaka, S., ..., & Kakigi, R. (2006).
    Brain processing of the signals ascending through unmyelinated C fibers in humans: an event-related functional magnetic resonance imaging study. Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991), 16(9), 1289-95. [PubMed:16280463] [WorldCat] [DOI]
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  3. Inui, K., & Kakigi, R. (2012).
    Pain perception in humans: use of intraepidermal electrical stimulation. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 83(5), 551-6. [PubMed:22138180] [WorldCat] [DOI]
  4. Qiu, Y., Noguchi, Y., Honda, M., Nakata, H., Tamura, Y., Tanaka, S., ..., & Kakigi, R. (2006).
    Brain processing of the signals ascending through unmyelinated C fibers in humans: an event-related functional magnetic resonance imaging study. Cerebral cortex (New York, N.Y. : 1991), 16(9), 1289-95. [PubMed:16280463] [WorldCat] [DOI]