探索眼球運動
小島 卓也
医療法人社団輔仁会 大宮厚生病院
松島 英介
東京医科歯科大学医歯学綜合研究科 心療・緩和医療学分野
高橋 栄
日本大学医学部 精神神経科学教室
安藤 克巳
医療法人社団柏水会 三軒茶屋診療所
DOI:10.14931/bsd.3993 原稿受付日:2013年7月8日 原稿完成日:2013年11月21日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
探索眼球運動はものを見ようとする時の注視点の動きであり、これを統合失調症研究に用いた。横S字型の幾何学図形の標的図および標的図と一部異なった図を用い、記銘課題、比較照合課題、念押し課題時の注視点を調べた。いずれの条件でも統合失調症患者の注視点の動きは乏しかったが、特に念押し課題時の反応的探索スコアの低下は統合失調症患者に特徴的であった。注視点の動きが主体性を反映し、特にこのスコアが強く反映することから、統合失調症の基本的障害が主体性の障害であると考察した。
探索眼球運動とは何か
診察場面では患者の表情や目の動きに注目し精神内界の一端を推察しようとする。こうしたことを踏まえて1968年頃から、統合失調症患者の注視点の動きを客観的に記録する研究が日本で行われた。Neisser[1]によれば、ものを見るとき漠然と見ているのではなく、スキーマ(構え)に基づいて注視点による探索行動が行われ、得られた情報に基づき構えが修正され、また探索行動がなされ構えが修正される。このような循環の中で知覚が生じるという(図1)。つまり注視点を調べることによりどのような構えで見ようとしているのか、換言すれば被験者の自発性、主体性を調べることができるという特徴を持っている。精神病理学的にいえば統合失調症の中核的障害は自発性、主体性の障害であるといわれており、探索眼球運動は統合失調症における主体性の障害を客観的に研究する方法として適していると考えられる。
測定方法
アイマークレコーダー
アイマークレコーダーを用いて注視点の動きを記録した。原理は角膜に光源から光を当ててその反射光をカメラで捉える。眼球が動くと反射光もそれに対応して動くので、これと被験者が見ている背景を別のカメラで捉えた映像を重ね合わせることによって被験者がどこを見ているかを観察することができる。
呈示図について
被験者が自由な気持ちで単純な図形を見るとき、注視点が図の角張ったところに集中するという特徴があると報告されている[2]。統合失調症研究においても、角張ったところが4か所あり、単純で解析にも便利な、横S字型の単純図形が採用されている。
課題の特徴
- 横S字図形を呈示して(図2a)「後で描いてもらいますのでよく見てください」という記銘課題
- 標的図と一部異なった図(図2b,c)をイメージ上の標的図と比較させる比較照合課題
- 違いについて質問し他に違いはないかと質問し「ありません」と答えるときの念押し課題
を行う。
記銘課題と念押し課題の注視点の動きを用いて統合失調症と非統合失調症の判別分析(診断補助装置)が行われている。
実際の記録法
検査は図2の3種類の図を用いて行う[3]。
- 「はじめに、スクリーン上にある図形を映しますので自由に見て下さい」と指示し、標的図(図2a)を15秒間呈示する。
- 「次にこれから見て頂く図形を後で描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示して、再度標的図を15秒間呈示する。
- この標的図をスクリーンから消し、思い出してもらいながら紙に描いてもらう。
- (i)「次にまた図形を映しますが、今度は先ほど絵を描いて頂いたときに見ていた図形と、これからお見せする図形が同じか、違うか後で質問しますのでそのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と突起の位置が一部異なった図(図2b)を15秒間呈示する。
(ii)呈示し終わった直後に、そのまま図(図2b)を見せながら標的図との異同を質問する。さらに被験者が「違う」と答えた場合には、どこが違うかを質問する(ここまでが再認にあたる)。
(iii)質問に対する答えが出尽くした後で、引き続いて図(図2a)を見せながら「他に違いはありませんか」と念押しの質問をする。そこで被験者が標的図との違いを答えた場合には、その後さらに「他に違いはありませんか」と尋ね直し、被験者が「ありません」または「わかりません」と答えるまで続ける。 - 標的図と同じ図(図2a)を呈示して、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
- 標的図から2つの突起をなくした図(図2c)を呈示し、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
- 「最後に図形を映しますが、今度はこれから見て頂く図形をまた描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と同じ図を15秒間呈示する。
- 標的図をスクリーンから消して、図を思い出して別の紙を渡して描いてもらう。
2、3、7、8は記銘課題、4、5、6は比較照合課題および念押し課題である。
かつては、以上のような課題を施行中の注視点の動きをビデオに記録し、注視点の動きについて解析専用ソフトを用いて、半自動的に解析する方法が用いられた。現在は、非接触性のアイカメラを用い、検査者が指示を与える以外は自動的に刺激が呈示され、探索眼球運動の各要素が算出され、統合失調症か否かを判定し、臨床診断の補助装置として使用されている。
測定指標について
記銘課題時の要素的指標
「これから見て頂く図形を後で描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示した記銘課題時の15秒間の注視点の動きについて、運動数、総移動距離、平均移動距離(総移動距離を運動数で割ったもの)について、コンピュータソフトで自動的に算出する。
念押し課題時の反応的探索スコア
前述した念押し課題時の5秒間の注視点を自動的にスコア化する。
反応的探索スコアの抽出
反応的探索スコアは、標的図との違いの有無について質問し、被験者が回答した後に、「他に違いはありませんか」と念押しの質問をし、被験者が「違いはありません」と答えた際の5秒間(質問中・回答中)の注視点の記録である。標的図と一部異なった図2枚について、図全体を7領域に分け注視点が何か所に停留したかをスコアした。そして2枚の図について合計し反応的探索スコアとした。14点が最高点である[4] [5] [3]。
反応的探索スコアの意味
注視点の動き、探索眼球運動は、Neisserが述べているように、スキーム(構え)を反映しており、被験者の主体性を表していると考えられる。反応的探索スコアは、この主体性を客観的に評価したものだといえる。
諏訪ら[6] [3]は、以下に述べる実験を行った。標的図と一部異なった図2枚と標的図1枚、合計3枚の図について異なった図、標的図、異なった図の順序でみせ、標的図との異同がわかったらボタンを押してもらう課題を与えた。反応時間(呈示からボタン押しまでの時間)については、標的図と同じ図では、標的図と異なった図と比べて、健常者で有意に延長していた。一方、統合失調症患者では図による差が見られなかった。その時の注視点が停留した領域数をスコアした指標について調べると、健常者では、標的図と同じ図で、異なった図と比べて有意に高いスコアを示した。これに対して統合失調患者では図による差はみられなかった(Effective Search Score :ESS)。更にボタンを押した直後の5秒間の注視点をみると健常者では異なった図、同じ図共によく動き、そのスコアは統合失調症患者と比べて有意に高かった(Post-cognitive Search Score:PSS)。
彼らが注目したこれら2つの指標(ESS,PSS)は、被験者が課題に直接反応したものではなく、求められている課題と関連して被験者が瞬時の内に独自に判断し反応したものである。その一つは健常者が同じ図になると詳しく見ようとして時間をかけ、注視点がよく動いていることである(ESS)。もう一つはボタンを押した後、健常者では自己の行動を確認するかのように注視点が頻回に動いていることである(PSS)。これらの2つの結果は、注視点が被験者の主体性を表していることを明瞭に示している。
この主体性を最大限に発揮する課題は何かが探索された、反応的探索スコア(RSS)の課題が用いられるようになった。
反応的探索スコアは、質問・回答が繰り返された後に引き続いて行う、念押しの質問に対する反応である。すなわちこれまでの課題と違い、
- 面接場面であることが大きく異なる。面接場面すなわち対人場面では緊張感が高まる。
- 「違いがあるかもしれない」という暗示を含んだ「他に違いはありませんか」という質問に対して被験者が「ありません」と答えている。すなわち念押し課題に対して明確な答えを求める課題である。緊張感が一層高まり確認の行動が起きやすくなる。
- 課題中(質問・回答中)の注視点の動きを評価しており、主体性を抽出しやすい指標を用いている。
これら1、2、3によって最大の主体性を抽出できる課題と考えた。
統合失調症で主体性の障害が基本的なものとすれば、健常者が主体性を最大限に発揮する指標は両者を判別する上で大きな力になると考えられる。
急性・慢性・寛解統合失調症の探索眼球運動
記憶課題時の要素的指標である運動数は急性、慢性、寛解統合失調症群とも健常者群よりも有意に減少していた[7]。守屋[8]の報告によれば統合失調症の家族でも健常者に比べて運動数が少なく、運動数は統合失調症の素因を反映していると考えられた。しかし別に調べたうつ病患者や覚せい剤精神疾患患者でも運動数の減少があり統合失調症に特徴的な所見とはいえない。総移動距離は慢性患者群が他の3群に比し有意に短い結果であった。急性患者群の総移動距離は健常者群に比べて有意に短いものの、寛解患者群と健常者群との間に有意差はなかった。平均移動距離は慢性患者群でのみ他の3群に比べて有意に短い値を示していた。平均移動距離は統合失調症の慢性化の指標を示していると考えられた。
反応的探索スコアについてみると、急性・慢性・寛解統合失調症群のいずれでも健常群よりも有意に低い値を示していた。これまで覚せい剤精神疾患患者[9]、うつ病患者[7] [10] [3]、てんかん患者[4][3]、前頭葉損傷患者[4] [3]、アルコール依存症患者[4] [3]等について検査を行ってきたがいずれの群でも反応的探索スコアは統合失調症群のそれよりも有意に高かった。このスコアの低値が統合失調症の特徴を示す指標と考えられた。
精神症状および神経心理学的検査
記銘課題時の3つの要素的指標および反応的探索スコアとBrief Psychiatric Rating Scale(BPRS)で測定した精神症状、Scale for Assessment of Negative Symptoms(SANS)で測定した精神症状の関係を調べたところ、反応的探索スコアとBPRSの感情的ひきこもり(-0.52)、情動鈍麻もしくは不適切な情動(-0.57)、SANSの情動の平板化・情動鈍麻(-0.50)、意欲・発動性欠如(-0.64)、注意の障害(-0.62)と逆相関していた。運動数とBPRSの心気的訴え(0.40)、高揚気分(0.47)と相関していた。すなわち反応的探索スコアが陰性症状と逆相関していた[11] [4] [3]。また反応的探索スコアはWAISの動作性IQと相関していた(0.74)。
統合失調症のハイリスク者と探索眼球運動
統合失調症になりやすさを反映する指標、脆弱性マーカーを調べるために、統合失調症のハイリスク群について探索眼球運動を調べた。反応的探索スコアは統合失調症の一卵性双生児の例で、一方が統合失調症患者、他方が健常者という不一致例同士の間においてその値が近似していた[4] [3]。うつ病患者で1度の親族に統合失調症患者がいると、統合失調症患者がいないうつ病患者に比べてこのスコアが低値を示した[4] [3]。統合失調症患者の同胞のスコアは統合失調症を発症していなくても健常者のスコアよりも有意に低かった[3] [12] 。統合失調症で1度の親族に統合失調症患者が多いほどこのスコアが低値を示した[4] [3]。以上の結果は反応的探索スコアが強力な統合失調症の脆弱性素因マーカー(遺伝素因マーカー)であることを示している。また、記銘課題時の注視点の運動数、総移動距離については、統合失調症の家族の値が統合失調症患者と健常者の間に位置していた[8]。このことは運動数や総移動距離も程度は弱くても脆弱性素因マーカーということができる。
遺伝子研究
探索眼球運動とくに反応的探索スコアの異常が統合失調症の中間表現型であることがわかり、これを用いて統合失調症患者、同胞を用いて連鎖解析を行ったところ、反応的探索時運動数(反応的探索スコア時の運動数)と22q11.2-12.1との連鎖が認められた[13]。22q11は、統合失調症の連鎖領域の中でも最も注目されている場所のひとつであり、22q11.2欠失症候群患者は高い確率で統合失調症と診断されている[14]。
統合失調症とその他の疾患との判別分析―診断補助装置の開発
統合失調症診断補助装置を開発し自動的に解析できるようにして多施設大量の対象者に判別分析を行った。統合失調症の脆弱性素因マーカーである、反応的探索スコアを含む探索眼球運動の4つの指標を用いた。すなわち「後で描いてもらいますからよくみてください」という記銘課題時の運動数、平均移動距離、総移動距離と「他に違いはありませんか」と聞く、念押し課題時の反応的探索スコア、合わせて4指標を用いて判別分析を行ったが、ステップワイズの指標選択でまず反応的探索スコアが選択され、次に運動数か総移動距離(記銘課題)が選択され、2つの指標で判別式が構成された[15] [3] [16]。
反応的探索スコアは遺伝的素因と精神症状(陰性症状)を、運動数や総移動距離は主に精神症状(興味関心の低下など抑うつ症状)と一部遺伝素因を反映すると考えられる。これらの判別分析の研究結果では、臨床診断された統合失調症のうち探索眼球運動の2つの指標で統合失調症と診断できた割合(感受性)は70~75%であった。この値70%という割合は何を意味するだろうか。Gottesman[17]によれば「人類遺伝学者が分裂病の罹病性における遺伝因の重要性を推定したところ、統計学でいう遺伝率は約70%である」と書かれており、統合失調症の遺伝率に近いと考えられる。判別結果は遺伝的素因を強く反映する反応的探索スコアと弱い遺伝的素因と精神症状等を反映する運動数や総移動距離によって判別されているが、主に反応的探索スコアによって素因の強い統合失調症が70%程度判別されていることを示唆している。
中核型統合失調症の抽出―異種性の問題を超えて
Suzukiら[18]は多施設共同研究で行った判別分析の結果の中から、判別分析で統合失調症と判別できた群(統合失調症判別群)と判別できなかった群(統合失調症非判別群)の間でBrief Psychiatric Rating Scaleで評価した臨床症状を比較した。まず統合失調症全体251名の臨床症状を因子分析したところ、5つの因子①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、③depression/anxiety因子 ④positive symptoms因子 ⑤disorganization因子に分けられた。これらの因子とBrief Psychiatric Rating Scale総得点について、統合失調症判別群と統合失調症非判別群の間で比較したところ、統合失調症判別群で①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、⑤disorganization因子、Brief Psychiatric Rating Scale総得点が有意に高く、統合失調症判別群は中核型統合失調症であることがわかった。
国際診断基準で診断される統合失調症は成因的には異種の統合失調症が含まれている。これらのうち、興奮や敵意を示しやすく、陰性症状が強く、まとまりが悪く、重症な統合失調症は遺伝的素因も強く中核型の統合失調症として探索眼球運動によって抽出され、統合失調症全体の70~75%程度存在することが分かった。また、これらの統合失調症は精神病理学でいう主体性の障害を示す一群であるということもできる。
探索眼球運動を用いることにより異種性を乗り越えることが出来、統合失調症研究や薬物の開発にも貢献できるのではないかと考えている。
関連項目
参考文献
- ↑ Neisser U
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