エピジェネティクス

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英語名:epigenetics 独:Epigenetik 仏:épigénétique

 エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステムおよびその学術分野のことである。すなわち、細胞分裂を通して娘細胞に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、DNA塩基配列の変化(突然変異)とは独立した機構である。このような制御は、化学的に安定した修飾である一方、食事大気汚染喫煙酸化ストレスへの暴露などの環境要因によって動的に変化する。言い換えると、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構であると言える[1][2]。主なメカニズムとして、DNAメチル化ヒストン修飾がある。

歴史、経緯

 紀元前より、発生を説明する仮説として、受精前にすでに複雑な成体の原型が存在しているという説(前成説)と、単純な形の受精卵が徐々に分化することで複雑な器官が作られるという説(後成説、epigenesis)があった。20世紀半ば、イギリスの発生学者のWaddingtonは、遺伝要因と環境要因が相互作用し最終的な生物を形成する過程、すなわち後成説をエピジェネティクスとして提唱した。彼は、受精卵を斜面から転がり落ちるボールに例えて、正常な発生の過程で受精卵は決して元の状態に戻ることはなく、またほかの細胞に転換することもないというエピジェネティック・ランドスケープを提唱した[3]。一方、1958年にDavid Nanneyが、エピジェネティクスを、体細胞分裂と減数分裂において伝達されうる遺伝子機能の多様性のうち、DNA配列の違いによって説明できないものについての研究と定義し[4]、これがRiggsの定義[5]に受け継がれている。しかしながら、DNAメチル化が細胞分裂において維持されるメカニズムが解明されている一方、現在エピジェネティクス研究の中心的課題の一つであるヒストン修飾が細胞から細胞に伝達されるメカニズムは知られていない。最近では、エピジェネティクスをより幅広く捉えて研究する傾向が強まっており、バードは、エピジェネティクスを「活動状態変化を記録し、伝え、永続させるような、染色体領域の構造的な順応」と定義している[6]

DNAメチル化

 哺乳類のDNAメチル化は、連続するシトシン(C)残基とグアニン(G)残基(隣接するCとGはホスホジエステル結合によってつながれており、二重らせんの相補鎖において、水素結合により対合するCとGと区別するため、リン酸を表す"p"を用いて、CpGと示す)中のシトシン残基において見られる。シトシン残基のピリミジン環5位の炭素にDNAメチルトランスフェラーゼ (DNMT; DNMT1, DNMT3A, DNMT3B)によってメチル基が付加されることで、5-メチルシトシンが生成される。

 ゲノム中CpGが豊富に含まれる領域をCpG islandと呼び、遺伝子のプロモーター領域に多く認められる。ゲノム中のCpG配列の約60~70%はメチル化されているが、CpG island中のCpGは一般的に低メチル化状態にある[7]

 DNAメチル化状態は細胞分裂後も受け継がれる。これは、DNA複製後、維持メチラーゼであるDNMT1がヘミメチル化状態のDNA(メチル化された親DNAとまだメチル化されていない娘DNAの二重鎖)を認識し、娘DNA鎖に相補的にメチル基を付加することによる[7]

 発生過程では、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり脱メチル化が生じたりすることによって、ゲノム全体で脱メチル化がおこる。メチル化されてないDNAの最初のメチル化は、新規修飾DNAメチラーゼ (de novo DNA methyltransferase; DNMT3AやDNMT3B)によっておこり、新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく[7]

多様なDNA配列のメチル化

 DNAメチル化が重要となる現象の例に、ゲノム刷り込み (genomic imprinting)、転移因子の抑制、X染色体の不活化などがある。    多くの場合、父親由来の染色体上の遺伝子と母親由来の遺伝子の発現量はほぼ等しいが、インプリンティング遺伝子の場合、一方の遺伝子は発現するもののもう一方からの発現は抑制される。これらの遺伝子は近傍にimprinting control region (ICR) と呼ばれる領域を持つことが多く、どちらかの親由来のアレルが高メチル化、もう片親由来のアレルが低メチル化を示すdifferentially methylated region (DMR)を含む事が多い[8]。ゲノム上の反復配列転移因子(トランスポゾン)様配列は一般的にメチル化され転写が抑制された状態にある。これは、染色体の安定化に寄与していると考えられている[7]。また、哺乳類における遺伝子量補正(gene dosage compensation)の機構として、女性の2本あるX染色体のうちの1本は転写が不活性化(X chromosome inactivation)され高メチル化された状態にある[9]。不活性化されたX染色体はバー小体(Barr body)という特徴的な構造を示す。

 また、細胞増殖因子のメチル化が失われる、あるいは増殖抑制遺伝子がメチル化されるといった異常によって、発癌が起きる可能性が考えられている。

DNAメチル化と転写の制御

 一般的にプロモーター領域のDNAメチル化と遺伝子発現の程度はよく逆相関することが知られている[7]が、DNAメチル化と遺伝子発現制御の関係は単純ではない。遺伝子構造内部のgene body領域のDNAメチル化は、スプライシングの制御などに関わっていると考えられている[10][11]。また、メチル化されたCpG配列には、メチル化CpG結合ドメインタンパク質(methyl-CpG-binding domain protein; MBD) が結合し転写を抑制する蛋白質複合体を引き寄せ、遺伝子発現の抑制が達成されると考えられている。しかしMBDの一種であり、レット症候群の責任遺伝子であるmethyl-CpG binding protein 2 (MeCP2)は、転写の抑制および活性化双方の働きを持つことが知られている[12]

DNAメチル化と脱メチル化

 発生過程でのDNAメチル化パターンの構築においては、受精直後に維持メチラーゼ活性が抑制されたり、脱メチル酵素が働いたりすることによって、ゲノム全体で脱メチル化がおこると考えられている。発生が進むと、メチル化されていないDNAの最初のメチル化(de novoメチル化)は、DNMT3AやDNMT3Bによって新たにDNAメチル化状態のプロフィールが形成されていく[7][13]

DNAメチル化の解析方法

 大別するとバイサルファイト処理 (bisulfite modification; BS)を基本とする方法と、BSを使用しない方法にわかれる[14][15]

 BSを基本とする方法では、重亜硫酸ナトリウム (sodium bisulfite; NaHSO3)処理により、ゲノム中のメチル化されていないCをウラシル(U)に変換する。ウラシルはPCRなど酵素反応ではチミン(T)として認識されるため、その後の分子生物学解析でC/T多型として処理することができる。古典的にはBS処理後、標的領域をPCR増幅、大腸菌を形質転換し、多数の単一コロニーのシークエンスを行うことにより定性的・定量的なメチル化状態の解析が行われてきた。多検体処理には、PCR増幅後Qiagen社のPyrosequencerSequenom社のMassArrayなど専用の機器を用いた解析が行われている。網羅的解析として、アレイ技術を利用した方法や、次世代シークエンサーを用いた解析が行われている。前者ではIllumina社のInfinium assayが広く用いられている。後者では制限酵素処理により解析部位を限定したReduced representation bisulfite sequencing (RRBS)法や、全ゲノム解析を行うwhole genome bisulfite sequencing (WGBS)が行われている。

 BSを用いない方法として、メチル化感受性・非感受性制限酵素を利用した方法や、抗メチル化シトシン抗体やメチル化DNA結合ドメイン(methylated DNA binding domain: MBD)などを用いメチル化DNA断片を濃縮する方法がある。抗メチル化シトシン抗体を用いた解析は、メチル化DNA免疫沈降法 (methylated DNA immunoprecipitation; MeDIP)と呼ばれる。メチル化DNA断片の濃縮後、タイリングアレイや次世代シークエンサーを用いた解析が広く行われている。

ヒストン修飾

 DNAにヒストン蛋白質が巻きついた状態の構造をヌクレオソーム (nucleosome)といい、クロマチンの構成単位である。ヌクレオソームの4種類のヒストンのアミノ酸側鎖はさまざまな修飾を受け、クロマチン構造が変化することによって遺伝子発現が調節される。ヒストンのアミノ酸配列全体を通して修飾が認められるが、特にヒストンテールと呼ばれるヒストンのN末端に位置するリジンアスパラギンが高頻度にアセチル化、メチル化、ユビキチン化リン酸化およびスモイル化など多様な修飾を受ける。

 活発に転写されている遺伝子のプロモーター領域では、ヒストンH3のリジン9やリジン14のアセチル化(H3K9ac, H3K14ac)や、リジン4のトリメチル化(H3K4me3)などが認められる。他方で、ヒストンH3のリジン9やリジン27のトリメチル化(H3K9me3, H3K27me3)などは発現が抑制されているプロモーター領域に認められる[16]。これらの修飾は、たがいに排他的であったりさまざまな組み合わせで存在したりするため、その多様性が遺伝子の発現を決定し、細胞特異的な構造・機能を生み出していると考えられている(ヒストンコード仮説[17]

 詳細はヒストンアセチル化の項目参照。

脳科学とエピジェネティクス

神経活動とエピジェネティックな変化

 初代培養神経細胞へのKCl投与により脱分極を誘導すると、Bdnf遺伝子のプロモーターIV領域のCpGが脱メチル化される[18][19]。脱メチル化に伴いMeCP2が解離しプロモーターIVからの転写量上昇が認められる。また、神経細胞における長期増強(LTP)の誘導は、神経伝達に関わる遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンH3およびH4のアセチル化と関連していることが報告されている[20]

脳部位・細胞種とエピジェネティクス

 脳内の部位によって、DNAメチル化状態が異なることが報告されている[21]。また、脳の特徴は、種々の神経細胞やグリア細胞が混在した組織であるということである。神経細胞と非神経細胞では、DNAメチル化状態に違いが見られる。そのため、脳のDNAのメチル化を調べた場合、その変化は細胞種の変化を反映するのか、特定の細胞におけるDNAメチル化変化を反映するのか区別がつかないことには注意が必要である[22]

脳神経系細胞における様々なシトシン修飾状態とその機能

 メチルシトシンがten-eleven translocation (TET)蛋白質によって酸化されたヒドロキシメチルシトシン (5-hydroxymethylcytosine; 5-hmc)[23]が脳神経系細胞に豊富に含まれることが近年明らかにされた[24]。その後、TET存在下でカルボキシルシトシン5-carboxylcytosine; 5-cac)、フォルミルシトシン (5-formylcytosine; 5-fc)が生成されることが報告されている[25]。これら多様なシトシン修飾は、分裂しない神経細胞における脱メチル化過程の中間産物であると考えられている。盛んに分裂する細胞では、維持メチラーゼの活性が抑制され、メチル化されていない細胞が増加することによる脱メチル化が見られ、passive demethylationと呼ばれている[26]。これに対し、5-hmcを介したシトシンへの脱メチル化は、active demethylationであると考えられており、哺乳類では確認されていなかった。

 現在提唱されているモデルでは、5-fcから5-cacに変換された後、未同定のcarboxylaseによって再びシトシンに変換されるか、5-fcあるいは5-cacがactivation-induced cytidine deaminase (AID)やapolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide (APOBEC)の作用によりチミンに変換され、thymine-DNA glycosylase (TDG)や他のDNA修復関連酵素群による塩基除去修復系によってシトシンに戻るモデルなどが提案されている[27]。また、多くのMBDは5-hmcに結合しないことがin vitroで示されてきたが、近年MeCP2が5-hmcに結合することが明らかにされ[28]、また、5-hmc結合蛋白質のスクリーニングも進みつつあり[29]、脱メチル化過程の中間産物以外の機能を持つことが示唆されている。

関連項目

参考文献

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(執筆担当者:村田唯、文東美紀、岩本和也 編集担当者:加藤忠史)