「光周性」の版間の差分

 
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0056043 吉村 崇]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0056043 吉村 崇]</font><br>
''名古屋大学 大学院生命農学研究科''<br>
''名古屋大学 大学院生命農学研究科''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年8月20日 原稿完成日:2013年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年8月20日 原稿完成日:2013年9月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:photoperiodism、 仏:Photopériodisme
英語名:photoperiodism 仏:Photopériodisme


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 哺乳類においては[[眼]]が唯一の光受容器官であるが、哺乳類以外の脊椎動物では眼の他にも[[松果体]]や脳深部に光受容器が存在する。
 哺乳類においては[[眼]]が唯一の光受容器官であるが、哺乳類以外の脊椎動物では眼の他にも[[松果体]]や脳深部に光受容器が存在する。


 Benoitは1936年に眼球除去を施した[[wikipedia:ja:アヒル|アヒル]]の精巣が日長の変化に反応して発達することを明らかにした<ref>'''J BenoitLe'''<br>role des yeux dans l’action stimulante de la lumiere sure le developpement testiulaire chez le canard.<br>''CR Soc. Biol. (Paris) 1935, 118 ;669-671''</ref>.その後眼球除去及び松果体除去を施した[[wikipedia:ja:スズメ|スズメ]]においても光周反応が観察され、さらに頭皮の下に墨汁を注入するとこの光周反応が阻害されたことから、光周性を制御する光受容器が脳内に存在することが明らかになった。さらに脳の様々な部位に発光ビーズや[[wikipedia:ja:光ファイバー|光ファイバー]]を入れて局所的に光を照射した場合、[[前脳]]の[[中核野]]周辺、および視床下部内側基底部(mediobasal hypothalamus: MBH)付近に光を照射した際に精巣が発達することが報告された。近年の研究で[[ロドプシン]]、[[メラノプシン]]、[[VAオプシン]]、[[オプシン5]]など、複数のロドプシン類がこれらの部位で発見されており、鳥類の光周性を制御する脳深部光受容器の候補として挙げられている。
 Benoitは1936年に眼球除去を施した[[wikipedia:ja:アヒル|アヒル]]の精巣が日長の変化に反応して発達することを明らかにした<ref>'''J Benoit'''<br>Le rôle des yeux dans l’action stimulante de la lumière sure le développement testiculaire chez le canard.<br>''CR Soc. Biol. (Paris) 1935, 118 ;669-671''</ref>.その後眼球除去及び松果体除去を施した[[wikipedia:ja:スズメ|スズメ]]においても光周反応が観察され、さらに頭皮の下に墨汁を注入するとこの光周反応が阻害されたことから、光周性を制御する光受容器が脳内に存在することが明らかになった。さらに脳の様々な部位に発光ビーズや[[wikipedia:ja:光ファイバー|光ファイバー]]を入れて局所的に光を照射した場合、[[前脳]]の[[中隔野]]周辺、および視床下部内側基底部(mediobasal hypothalamus: MBH)付近に光を照射した際に精巣が発達することが報告された。近年の研究で[[ロドプシン]]、[[メラノプシン]]、[[VAオプシン]]、[[オプシン5]]など、複数のロドプシン類がこれらの部位で発見されており、鳥類の光周性を制御する脳深部光受容器の候補として挙げられている。


====鳥類の光周性を制御する情報伝達機構====
====鳥類の光周性を制御する情報伝達機構====
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 2000年代になって光誘導相の光照射によって視床下部内側基底部で発現変動する遺伝子が探索され、脊椎動物の光周性を制御する鍵遺伝子として、DIO2、DIO3遺伝子が単離された<ref><pubmed> 14614506 </pubmed></ref>。DIO2、DIO3遺伝子はそれぞれ、[[甲状腺ホルモン活性化酵素]]([[2型脱ヨード酵素]])と[[不活性化酵素]]([[3型脱ヨード酵素]])をコードしており、長日刺激によって、視床下部内側基底部において局所的に甲状腺ホルモンが活性化されることが、光周性の制御に重要であることが示された(図3)。
 2000年代になって光誘導相の光照射によって視床下部内側基底部で発現変動する遺伝子が探索され、脊椎動物の光周性を制御する鍵遺伝子として、DIO2、DIO3遺伝子が単離された<ref><pubmed> 14614506 </pubmed></ref>。DIO2、DIO3遺伝子はそれぞれ、[[甲状腺ホルモン活性化酵素]]([[2型脱ヨード酵素]])と[[不活性化酵素]]([[3型脱ヨード酵素]])をコードしており、長日刺激によって、視床下部内側基底部において局所的に甲状腺ホルモンが活性化されることが、光周性の制御に重要であることが示された(図3)。


 その後、ゲノムスケールの遺伝子発現解析によって、日長が12時間を超えると下垂体の付け根に位置する下垂体隆起部(pars tuberalis)において、[[甲状腺刺激ホルモン]](thyroid stimulating hormone: TSH)が産生されることが明らかになった<ref name=ref7><pubmed> 18354476 </pubmed></ref>(図4)。TSHは甲状腺を刺激する[[下垂体前葉ホルモン]]であるが、下垂体隆起部で長日刺激によって産生される場合は視床下部内側基底部のDIO2、DIO3の発現を制御することで、光周性を制御するマスターコントロール因子として働くことが明らかにされている<ref name=ref7 />。
 その後、ゲノムワイドな遺伝子発現解析によって、日長が12時間を超えると下垂体の付け根に位置する下垂体隆起部(pars tuberalis)において、[[甲状腺刺激ホルモン]](thyroid stimulating hormone: TSH)が産生されることが明らかになった<ref name=ref7><pubmed> 18354476 </pubmed></ref>(図4)。TSHは甲状腺を刺激する[[下垂体前葉ホルモン]]であるが、下垂体隆起部で長日刺激によって産生される場合は視床下部内側基底部のDIO2、DIO3の発現を制御することで、光周性を制御するマスターコントロール因子として働くことが明らかにされている<ref name=ref7 />。


===哺乳類の光周性の制御機構===
===哺乳類の光周性の制御機構===
====メラトニンによって制御される哺乳類の光周性====
====メラトニンによって制御される哺乳類の光周性====
 哺乳類の光周性は、顕著な光周反応を示す[[wikipedia:ja:ハムスター|ハムスター]]やヒツジの研究によって理解が進んできた。哺乳類では眼球除去によって光周性が完全に失われるため、光周性を制御する光受容器は眼([[網膜]])に存在している。眼で受容された光情報は網膜-視床下部路を経て概日ペースメーカーが存在する[[視交叉上核]]([[suprachiasmatic nucleus]]: [[SCN]])へと伝えられる<ref>'''J Arendt'''<br>Melatonin and mammalian pineal gland<br> ''Chapman Hall, London'':1995</ref>。視交叉上核からは[[室傍核]]、[[上頸神経節]]を経由し、[[交感神経]]によって松果体(pineal gland)へ入力する。松果体からは夜間、血中にメラトニンが分泌されるため、メラトニンは夜の長さを全身に伝えている。
 哺乳類の光周性は、顕著な光周反応を示す[[wikipedia:ja:ハムスター|ハムスター]]やヒツジの研究によって理解が進んできた。哺乳類では眼球除去によって光周性が完全に失われるため、光周性を制御する光受容器は眼([[網膜]])に存在している。眼で受容された光情報は網膜-視床下部路を経て概日ペースメーカーが存在する[[視交叉上核]]([[suprachiasmatic nucleus]]: [[SCN]])へと伝えられる<ref>'''J Arendt'''<br>Melatonin and mammalian pineal gland<br> ''Chapman Hall, London'':1995</ref>。視交叉上核からは[[視床下部室傍核]]、[[上頸神経節]]を経由し、[[交感神経]]によって松果体(pineal gland)へ入力する。松果体からは夜間、血中にメラトニンが分泌されるため、メラトニンは夜の長さを全身に伝えている。


 メラトニンは哺乳類の光周性の制御に必須な役割を果たしており、松果体を除去すると光周性は完全に消失する。また、メラトニンを代償投与すると光周性を人為的に制御できるため、ヒツジの繁殖期や羊毛生産の人為的制御に応用されている。鳥類においてもメラトニンは夜間分泌され、概日リズムの制御や鳴鳥のさえずりを制御しているが、松果体除去やメラトニン投与は鳥類の季節繁殖の制御にはほとんど影響をおよぼさないため、メラトニンは鳥類の光周性の制御には必須ではないと考えられている。
 メラトニンは哺乳類の光周性の制御に必須な役割を果たしており、松果体を除去すると光周性は完全に消失する。また、メラトニンを代償投与すると光周性を人為的に制御できるため、ヒツジの繁殖期や羊毛生産の人為的制御に応用されている。鳥類においてもメラトニンは夜間分泌され、概日リズムの制御や鳴鳥のさえずりを制御しているが、松果体除去やメラトニン投与は鳥類の季節繁殖の制御にはほとんど影響をおよぼさないため、メラトニンは鳥類の光周性の制御には必須ではないと考えられている。
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==ヒトの光周性==
==ヒトの光周性==
 ヒトは明瞭な光周性を示さないが、ある限られた季節にのみ、うつ様の症状を発症する季節性感情障害(seasonal affective disorder: SAD)という病気が知られており、光療法の有効性が示されている<ref><pubmed> 6581756 </pubmed></ref>。季節性感情障害には夏に発症する例も知られているが、多くは日照時間の少ない冬季に観察されるため、「[[冬季うつ病]]」とも呼ばれている。うつ病は自殺の原因の一つと考えられているが、熱帯地方では月別自殺者数に偏りがないのに対して、四季の存在する地域では自殺の多い月が決まっている。[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]や[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]においても不安様行動、あるいはうつ様の行動が日長の変化によって影響を受けることが報告されており、光周性の制御機構の解明が季節性感情障害のメカニズムの解明につながることが期待されている。
 ヒトは明瞭な光周性を示さないが、ある限られた季節にのみ、うつ様の症状を発症する季節性感情障害(seasonal affective disorder: SAD)という病気が知られており、光療法の有効性が示されている<ref><pubmed> 6581756 </pubmed></ref>。季節性感情障害には夏に発症する例も知られているが、多くは日照時間の少ない冬季に観察されるため、「[[冬季うつ病]]」とも呼ばれている。うつ病は自殺の原因の一つと考えられているが、熱帯地方では月別自殺者数に偏りがないのに対して、四季の存在する地域では自殺者数に季節変動がある。[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]や[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]においても不安様行動、あるいはうつ様の行動が日長の変化によって影響を受けることが報告されており、光周性の制御機構の解明が季節性感情障害のメカニズムの解明につながることが期待されている。


==関連項目==
==関連項目==