「意味性認知症」の版間の差分

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=== 神経症状・運動障害 ===
=== 神経症状・運動障害 ===
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の[[筋強剛]]や[[錐体路徴候]]([[腱反射亢進]]や軽度の[[バビンスキー徴候]]など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>'''横田修 (2015).'''<br>TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 57: 839-847.</ref>[28]。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の[[錐体路障害]]、[[パーキンソニズム]]、[[拘縮]]に移行する<ref name=Yokota2009 />[26]。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患である[[TDP-43]]陽性封入体を有するFTLD([[FTLD-TDP]])では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />[26]。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、[[嚥下障害]]も出現し、[[誤嚥性肺炎]]を起こす。
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref>、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の[[筋強剛]]や[[錐体路徴候]]([[腱反射亢進]]や軽度の[[バビンスキー徴候]]など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>'''横田修 (2015).'''<br>TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 57: 839-847.</ref>。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の[[錐体路障害]]、[[パーキンソニズム]]、[[拘縮]]に移行する<ref name=Yokota2009 />。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患である[[TDP-43]]陽性封入体を有するFTLD([[FTLD-TDP]])では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、[[嚥下障害]]も出現し、[[誤嚥性肺炎]]を起こす。


[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig2.jpg|400px|サムネイル|'''図2. 意味性認知症症例の頭部CT画像(58歳発症,67歳時撮影)'''<br>両側側頭葉極に非常に強い萎縮を認める(矢印)。左右差は側頭極の一スライス目では不明瞭だが,二スライス目で右優位と分かる。[[扁桃核]]や[[内嗅野]]のレベルでも[[上側頭回]]、[[中側頭回]]が右優位で萎縮する。この右優位の萎縮は更に[[下頭頂小葉]]まで連続している。前頭葉皮質は比較的よく保たれる。典型的な意味性認知症中期の萎縮分布である。意味性認知症では萎縮の左右差が大脳の各部位で通常一貫しているため,左右の半球を見比べれば軽度の萎縮でも優位性が判断できる。 この症例は,58歳時に良く知っている女優がテレビに出ているのを見ても分からない相貌認知障害で初発。この頃から同じ観光地に年間30回旅行を繰り返す常同が出現。61歳、一般物品の意味記憶障害。64歳、赤信号の意味が分からない。65歳、店から物を持って出て捕まる。67歳、初診時、相貌認知障害は高度。[[Boston Naming Test]]もほぼ全て[[既視感]]がない。[[語義失語]]あり。団子を「だんし」,三味線を「さんみせん」と読む[[表層性失読]]あり。画像はこの時点で撮影したもの。67歳、異食が目立つ。68歳、ドアや壁をリズミカルに叩く[[常同]]、毛布を咥える[[口唇傾向]]。左手を握った肢位となる事が多くなり,左上下肢に筋強剛あり。左バビンスキー徴候あり。筋萎縮なし。69歳、原疾患と関係ない身体疾患で死亡。剖検となり病理診断はFTLD-TDP type Cであった('''図4C''')。]]
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig2.jpg|400px|サムネイル|'''図2. 意味性認知症症例の頭部CT画像(58歳発症,67歳時撮影)'''<br>両側側頭葉極に非常に強い萎縮を認める(矢印)。左右差は側頭極の一スライス目では不明瞭だが,二スライス目で右優位と分かる。[[扁桃核]]や[[内嗅野]]のレベルでも[[上側頭回]]、[[中側頭回]]が右優位で萎縮する。この右優位の萎縮は更に[[下頭頂小葉]]まで連続している。前頭葉皮質は比較的よく保たれる。典型的な意味性認知症中期の萎縮分布である。意味性認知症では萎縮の左右差が大脳の各部位で通常一貫しているため,左右の半球を見比べれば軽度の萎縮でも優位性が判断できる。 この症例は,58歳時に良く知っている女優がテレビに出ているのを見ても分からない相貌認知障害で初発。この頃から同じ観光地に年間30回旅行を繰り返す常同が出現。61歳、一般物品の意味記憶障害。64歳、赤信号の意味が分からない。65歳、店から物を持って出て捕まる。67歳、初診時、相貌認知障害は高度。[[Boston Naming Test]]もほぼ全て[[既視感]]がない。[[語義失語]]あり。団子を「だんし」,三味線を「さんみせん」と読む[[表層性失読]]あり。画像はこの時点で撮影したもの。67歳、異食が目立つ。68歳、ドアや壁をリズミカルに叩く[[常同]]、毛布を咥える[[口唇傾向]]。左手を握った肢位となる事が多くなり,左上下肢に筋強剛あり。左バビンスキー徴候あり。筋萎縮なし。69歳、原疾患と関係ない身体疾患で死亡。剖検となり病理診断はFTLD-TDP type Cであった('''図4C''')。]]
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<sup>'''<a>'''</sup> Neary Dら[5]の診断基準を小森らが和訳したもの<ref>'''小森憲治郎, 原祥治, 谷向知, 数井裕光 (2013).'''<br>意味性認知症の臨床症状-BPSDとその対応を中心に-.老年精神医学雑誌 2013; 24: 1250-1257.</ref>に一部追記・改変<br>
<sup>'''<a>'''</sup> Neary Dら<ref name=Neary1998></ref>の診断基準を小森らが和訳したもの<ref>'''小森憲治郎, 原祥治, 谷向知, 数井裕光 (2013).'''<br>意味性認知症の臨床症状-BPSDとその対応を中心に-.老年精神医学雑誌 2013; 24: 1250-1257.</ref>に一部追記・改変<br>
<sup>'''<nowiki><b></nowiki>'''</sup> 通常の使い方ではない奇異な言い回し.
<sup>'''<nowiki><b></nowiki>'''</sup> 通常の使い方ではない奇異な言い回し.


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 根本的治療薬はない。対症療法に関しては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin reuptake inhibitor]])が脱抑制などの行動異常に有効であったとの報告があり、2017年の認知症疾患診療ガイドライン<ref name=日本神経学会2017>認知症疾患診療ガイドライン2017.監修:日本神経学会.編集:認知症疾患診療ガイドライン作成委員会.医学書院2017年</ref>では推奨されている(保険適応外使用)。
 根本的治療薬はない。対症療法に関しては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin reuptake inhibitor]])が脱抑制などの行動異常に有効であったとの報告があり、2017年の認知症疾患診療ガイドライン<ref name=日本神経学会2017>認知症疾患診療ガイドライン2017.監修:日本神経学会.編集:認知症疾患診療ガイドライン作成委員会.医学書院2017年</ref>では推奨されている(保険適応外使用)。


 非薬物的治療介入としては、エピソード記憶、手続き記憶、視空間認知機能が保たれることを利用した介入<ref name=池田学1995>'''池田 学,田邊敬貴,堀野 敬,小森憲治郎,平尾一幸,山田典史,橋本 衛,数井裕光,森 隆志 (1995).'''<br>Pick病のケア:保たれている手続き記憶を用いて. 精神神経誌 97: 179-192.</ref>、行動療法的な介入<ref name=池田学1996>'''池田 学, 今村 徹, 池尻義隆,下村辰雄,博野信次,中川賀嗣,森悦朗 (1996).'''<br>Pick 病患者の短期入院による在宅介護の支援.精神経誌 98: 822-829.</ref>[38]、社会的に問題になる行動を別の行動に置き換える介入<ref name=Lough2002><pubmed>12169338</pubmed></ref>の有効性が報告されている。介護の取り組みとして個別性の高い少人数ケアを行う事で精神症状、行動障害、生活の質が改善する可能性も報告されている<ref name=Yokota2006><pubmed>16765875</pubmed></ref>。比較的病初期から取りくんだ活動性は進行期にもルーチンとして保たれる場合が多く、福祉サービスの利用時に役立つ場合も少なくない<ref name=Tanabe1999><pubmed>10436341</pubmed></ref><ref name=小森憲治郎2018>'''小森憲治郎、柴 球美、谷向 知 (2018).'''<br>原発性進行性失語のケア. 日本認知症ケア学会誌. 17: 546−553.</ref>。意味性認知症例が好む個別の活動では、ジグソーパズルや数独などがあげられ、特異な方法で高い習熟を示す<ref name=Green2009><pubmed>19014960</pubmed></ref>。塗り絵などにも熱心な関心を示す例があり、言語機能が衰退した進行期にも、新たな創造性発現の可能性を秘めている<ref name=小森憲治郎2019 /><ref name=Miller1998><pubmed>9781516</pubmed></ref>。
 非薬物的治療介入としては、エピソード記憶、手続き記憶、視空間認知機能が保たれることを利用した介入<ref name=池田学1995>'''池田 学,田邊敬貴,堀野 敬,小森憲治郎,平尾一幸,山田典史,橋本 衛,数井裕光,森 隆志 (1995).'''<br>Pick病のケア:保たれている手続き記憶を用いて. 精神神経誌 97: 179-192.</ref>、行動療法的な介入<ref name=池田学1996>'''池田 学, 今村 徹, 池尻義隆,下村辰雄,博野信次,中川賀嗣,森悦朗 (1996).'''<br>Pick 病患者の短期入院による在宅介護の支援.精神経誌 98: 822-829.</ref>、社会的に問題になる行動を別の行動に置き換える介入<ref name=Lough2002><pubmed>12169338</pubmed></ref>の有効性が報告されている。介護の取り組みとして個別性の高い少人数ケアを行う事で精神症状、行動障害、生活の質が改善する可能性も報告されている<ref name=Yokota2006><pubmed>16765875</pubmed></ref>。比較的病初期から取りくんだ活動性は進行期にもルーチンとして保たれる場合が多く、福祉サービスの利用時に役立つ場合も少なくない<ref name=Tanabe1999><pubmed>10436341</pubmed></ref><ref name=小森憲治郎2018>'''小森憲治郎、柴 球美、谷向 知 (2018).'''<br>原発性進行性失語のケア. 日本認知症ケア学会誌. 17: 546−553.</ref>。意味性認知症例が好む個別の活動では、ジグソーパズルや数独などがあげられ、特異な方法で高い習熟を示す<ref name=Green2009><pubmed>19014960</pubmed></ref>。塗り絵などにも熱心な関心を示す例があり、言語機能が衰退した進行期にも、新たな創造性発現の可能性を秘めている<ref name=小森憲治郎2019 /><ref name=Miller1998><pubmed>9781516</pubmed></ref>。


 意味性認知症は平成27年から指定難病の一つとなり、65歳未満の発症で重症度分類が3以上であるといった条件を満たした場合に医療助成が受けられるようになった。意味性認知症の生命予後に関しては、平均死亡時年齢が69.7 ± 5.8歳、50%生存期間は12.8年であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref>。
 意味性認知症は平成27年から指定難病の一つとなり、65歳未満の発症で重症度分類が3以上であるといった条件を満たした場合に医療助成が受けられるようになった。意味性認知症の生命予後に関しては、平均死亡時年齢が69.7 ± 5.8歳、50%生存期間は12.8年であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref>。