音声学習

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発声学習から転送)

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小島 哲
University of California, San Francisco, Keck Center for Integrative Neuroscience
DOI:10.14931/bsd.584 原稿受付日:2012年2月13日 原稿完成日:2012年3月1日
担当編集委員:入來 篤史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英:vocal learning 独:Stimmliches Lernen 仏:apprentissage vocal

同義語:発声学習

 音声学習とは、動物が耳で聞いた音や音声を模倣しそれに類似した音声を生成することを言う。また、より広義に、動物が生成する音声を経験によって変化させることを指す場合もある。なお、動物自身の音声の変化は伴わずに他個体の音声を記憶するだけの学習(いわゆる聴覚学習)との混同を避けるため、音声学習を発声学習と呼ぶことも多い。

音声学習を行う動物

 ヒトにおける音声言語や歌の習得は音声学習である。一方、ヒト以外で音声学習を行う動物は非常に少ない。哺乳類ではクジラ目クジラおよびイルカ)とコウモリの一部、アフリカゾウ、鳥類では,オウム目オウムおよびインコ)、アマツバメ目ハチドリ類、そしてスズメ目鳴禽類(カナリアキンカチョウジュウシマツなど)において音声学習が確認されている。ヒト以外の霊長類では音声学習は確認されていないが、複雑な鳴き声を使ってコミュニケーションするサルの一種において、その音声パターンの発達の過程に音声学習が含まれる可能性が指摘されている[1]。また、最近、マウスが行動条件に依存した様々な超音波音声を発することが示され[2]、その発達が音声学習によるものである可能性も示唆されたが、少なくともヒトや鳥類のような模倣を伴う音声学習ではないことが確認された[3]

 これらの比較的限定された種類の動物グループのみが音声学習能力を持つ進化的理由は良くわかっていない。機能的には、鳥類を含む音声学習を行う動物の多くが大脳皮質口腔顔面領域から延髄呼吸・発声中枢への直接的投射を持つため、発声器官の緻密な随意制御が可能であることが示唆されている[3]。またヒトは他の霊長類とは異なる構造の声道を持つため複雑な音声の生成がしやすいことも指摘されている[4]

メカニズム

 音声学習は、手本となる音や音声を聞いてそれを記憶する感覚学習(知覚学習)の過程と、その手本の記憶をもとに類似した音声パターンを獲得する運動学習の過程に大別される。後者の運動学習の過程では通常、聴覚フィードバックを用いて自己の発声と手本の記憶を照合し誤差修正を行うため、感覚運動学習の過程とも呼ばれる。音声学習のメカニズムの研究はヒトおよび鳥類(特に鳴禽)を用いて主に行われているが、両者ともにこれら2つの過程から成る音声学習を行う。

ヒトの音声学習

 ヒトの音声学習は、音声言語獲得に不可欠な言語発音の習得に関して多くの非侵襲的研究がなされている。母語の音声を聞いて記憶する感覚学習の過程の初期段階として、母語の音素に特化した音声識別能力の発達が知られている。これは、生後間もない乳児はすでに世界の様々な言語で用いられる言語音を識別する能力を持っているが、周りの大人達が話す言語(母語)を繰り返し聞くことにより生後一年頃までに母語以外の言語音に対する識別能力を失い、母語に特化した識別能力のみが維持・発達するというものである[5]。これに対応するように、母語の音声に特異的な活動が生後4ヶ月の乳児の言語野ですでに観察される[6]。また乳幼児は母語の音声情報だけでなく、母語を話す人の口の動きも関連付けて記憶していることが示されている[7]。一方、母語と同じ音声パターンを獲得する運動学習の過程は、生後約7-12ヶ月頃に見られる喃語と呼ばれる意味のない音声の生成から始まると考えられる。正常な喃語の発達には正常な聴覚能力が必要であること[8]や、後期の喃語には母語の特徴が見られ始めること[9]などから、乳幼児は聴覚フィードバックを用いて母語の音声パターンの基礎を作り出していると考えられる。

鳴禽の音声学習

図 鳴禽のさえずり学習に関わる神経回路(歌回路)の概略 直接制御系は赤色、迂回投射系は青色、中脳からのドーパミン投射は茶色で示されている。

 キンカチョウなどの鳴禽は複雑で定型的な音声パターンを持つ「さえずり(歌)」を他個体からの音声学習によって発達させる。このさえずり学習も、ヒトの言語発音の習得と同様な二つの過程を持ち、それぞれ感覚学習期と感覚運動学習期と呼ばれる。後者の過程では、幼鳥は始めヒトの喃語のようなはっきりとしない未発達な音声を発するが、多数の発声練習を通して次第に手本と同様な構造のさえずりを作り上げる。この際、幼鳥は感覚学習期で記憶した手本のさえずりの情報を鋳型のように用い、その鋳型と自己のさえずりの聴覚フィードバックとの誤差を最小化させるようにさえずりの構造を変え、手本と同様な構造のさえずりを獲得すると広く考えられている(鋳型説)[10]

 鳴禽のさえずり学習は、侵襲的な実験が不可能なヒトの音声学習メカニズムを研究する上での良いモデルシステムとされており [11]、その神経基盤の研究が進んでいる。歌回路(song system)と呼ばれるさえずり学習に重要な神経回路は、主に、大脳皮質(外套)から延髄に投射する直接制御系(vocal motor pathway)と、同経路の2つの神経核HVC (略語ではなく固有名詞として使用)とRA (robust nucleus of the arcopallium)を大脳基底核視床を介して結ぶ迂回投射系(anterior forebrain pathway)から構成される(図)。迂回投射系は、大脳皮質-大脳基底核ループ経路の一部であり、哺乳類と同様、中脳からのドーパミン入力を受けている。鳥はこの迂回投射系を用いた強化学習により直接制御系のさえずり運動神経回路を変化させ、さえずりを上達させると考えられている[12]。また迂回投射系は、さえずり学習初期に見られる喃語様の音声の生成に関わり[13]、さらにさえずり完成後も、さえずり音声に微小な揺らぎを付加させる[14]ことから、強化学習過程における探索行動(試行錯誤行動)を作り出す役割も持つことが示唆されている[15]

 一方、歌回路の上流には哺乳類の高次聴覚野に相当する領域があり、手本のさえずりの情報がコードされていると考えられている[16]。また、歌回路内にも手本のさえずり音声に特異的に応答する細胞が多く見られ[17]、手本のさえずりの記憶との関連が示唆されている。

音声学習における臨界期

 ヒトの言語発音の学習と鳴禽のさえずり学習は共に強い年齢依存性を持ち、臨界期(感受性期)と呼ばれる発達段階の特定の時期に主に学習が行われる。ヒトでは、思春期が始まる頃から第二言語の習得能力が徐々に低下することなどから、言語学習の臨界期の存在が良く知られている。言語学習には文法や語彙の習得など音声学習以外の要素も含まれるが、音声学習である言語発音習得の能力は、第二言語の訛り(アクセント)の研究[18]などから10歳頃にはすでに低下し始めると考えられる。この音声学習能力の低下は、単に第二言語の音声を生成する運動能力の低下だけでなく、それらを識別する感覚能力の低下にも起因する[11]。なお前述の通り、第二言語の音声に対する識別能力は生後一年頃までに低下するが、その低下はまだ可逆的なものであり[19]、その時期に音声学習の臨界期が終了するわけではない。

 鳴禽のさえずり学習も発達段階の初期(幼鳥期)に明らかな臨界期を持つ。キンカチョウでは孵化後約60日を過ぎると、新たな手本のさえずりを聞いてもそれを模倣しなくなる。しかし、他個体から隔離され手本のさえずりを全く聞かずに育った鳥では、学習の臨界期が大幅に延長することが知られている[20]。また、カナリアなどの鳴禽は、成鳥になりさえずり学習が終了した後も、毎年繁殖期に新たなさえずりを学習するため、open-ended learnerと呼ばれる。一方、キンカチョウのような幼鳥期にのみ臨界期を持つ鳴禽はclose-ended learnerと呼ばれる。


関連項目

参考文献

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