「言語中枢」の版間の差分

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[[Image:言語中枢 図1.jpg|thumb|300px|'''図1. 文法処理の障害を引き起こす大脳皮質の領域'''<br>呈示された絵とその下の文が同一か否かを脳腫瘍患者に判断させた。(A)能動文条件。(B) Aと同じ絵に対し、文を受動文とした受動文条件。(C) VLSM (voxel-based lesion-symptom mapping) 法により、各部位に腫瘍があるかどうかで患者を2群に分け、受動文条件と能動文条件の誤答率に有意な差があった場合に赤色で示す。Kinno (2009)<ref name=ref1><pubmed> 19573900 </pubmed></ref>を改変して転載。]]
[[Image:言語中枢 図1.jpg|thumb|300px|'''図1. 文法処理の障害を引き起こす大脳皮質の領域'''<br>呈示された絵とその下の文が同一か否かを脳腫瘍患者に判断させた。(A)能動文条件。(B) Aと同じ絵に対し、文を受動文とした受動文条件。(C) VLSM (voxel-based lesion-symptom mapping) 法により、各部位に腫瘍があるかどうかで患者を2群に分け、受動文条件と能動文条件の誤答率に有意な差があった場合に赤色で示す。Kinno (2009)<ref name=ref1><pubmed> 19573900 </pubmed></ref>を改変して転載。]]


 言語機能の局在性に関する研究の発端として、脳外科医で人類学者のポール・ブローカ (Paul Broca、1824-1880) による失語症研究が挙げられる。1861年に彼が報告した脳損傷患者は、言語理解やその他の認知機能は比較的保たれていたものの、「タン、タン」としか発話することが出来なかった。この患者の脳損傷は左下前頭回を中心としており、この領域をブローカは発話を司る運動性言語中枢であるとした。この領域は現在ブローカ野と呼ばれている。 ブローカ野の分類や機能に関しては、現在も様々な議論が存在する。ブローカ野はブロードマンの分類では[[ブロードマン44野|44野]]と[[ブロードマン45野|45野]]という異なる下位領域に分かれるとされてきたが、近年の[[神経伝達物質]]受容体の分布を調べた研究により、44野は腹側と背側に、45野は前側と後側にさらに分かれることが明らかになっている <ref><pubmed> 20877713 </pubmed></ref>。ブローカ野の役割についても近年様々な議論が存在するが、有力な候補の1つとして、[[生成文法理論]]において提唱されている統辞構造の階層的な処理にブローカ野が関わっているというものがある<ref name=ref2><pubmed> 16272114 </pubmed></ref>。実際にブローカ野が統辞処理に関わることを示した研究<ref name=ref1 />。では、この領域に損傷を受けた患者が受動文などの処理に障害をきたすことが分かっている (図1)。  
 言語機能の局在性に関する研究の発端として、脳外科医で人類学者のポール・ブローカ (Paul Broca、1824-1880) による失語症研究が挙げられる。1861年に彼が報告した脳損傷患者は、言語理解やその他の認知機能は比較的保たれていたものの、「タン、タン」としか発話することが出来なかった。この患者の脳損傷は左下前頭回を中心としており、この領域をブローカは発話を司る運動性言語中枢であるとした。この領域は現在ブローカ野と呼ばれている。 ブローカ野の分類や機能に関しては、現在も様々な議論が存在する。ブローカ野はブロードマンの分類では[[ブロードマン44野|44野]]と[[ブロードマン45野|45野]]という異なる下位領域に分かれるとされてきたが、近年の[[神経伝達物質]]受容体の分布を調べた研究により、44野は腹側と背側に、45野は前側と後側にさらに分かれることが明らかになっている<ref><pubmed> 20877713 </pubmed></ref>。ブローカ野の役割についても近年様々な議論が存在するが、有力な候補の1つとして、[[生成文法理論]]において提唱されている統辞構造の階層的な処理にブローカ野が関わっているというものがある<ref name=ref2><pubmed> 16272114 </pubmed></ref>。実際にブローカ野が統辞処理に関わることを示した研究<ref name=ref1 />では、この領域に損傷を受けた患者が受動文などの処理に障害をきたすことが分かっている (図1)。  


==ウェルニッケ野==
==ウェルニッケ野==
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== 言語に関わるその他の部位  ==
== 言語に関わるその他の部位  ==


 ブローカ野とウェルニッケ野以外にも多数の領域が言語処理に関わる (図2B)。特に、左角回 ([[ブロードマン39野|ブロードマンの39野]]) と左縁上回 ([[ブロードマン40野|ブロードマンの40野]]) は[[語彙]]や意味処理に関連付けられ、音声情報と語彙意味情報との統合を担う <ref><pubmed> 17431404 </pubmed></ref>。また、小脳や視床、大脳基底核の一部が言語処理に関係しているとする研究もある。  
 ブローカ野とウェルニッケ野以外にも多数の領域が言語処理に関わる (図2B)。特に、左角回 ([[ブロードマン39野|ブロードマンの39野]]) と左縁上回 ([[ブロードマン40野|ブロードマンの40野]]) は[[語彙]]や意味処理に関連付けられ、音声情報と語彙意味情報との統合を担う<ref><pubmed> 17431404 </pubmed></ref>。また、小脳や視床、大脳基底核の一部が言語処理に関係しているとする研究もある。  


 文字の習得に関しては学習や教育による影響が大きく、文法能力などに比べて二次的な言語能力であると考えられる。左紡錘状回の視覚性単語形状領野 (visual word form area: VWFA) の損傷が書字の障害を伴わない読字の障害である純粋失読 (pure alexia) を引き起こすことや脳機能イメージングの結果などから、この領域は文字の読みに特異的に関わる領域であると考えられ<ref><pubmed> 21592844 </pubmed></ref>、新たな文字学習で活動が変化することが示されている<ref><pubmed> 15091345 </pubmed></ref>。しかしこの考えには反論も存在し、紡錘状回を含む側頭後頭皮質の腹側部はより一般的な視覚処理を担うとする立場もある<ref><pubmed> 21549634 </pubmed></ref>。  
 文字の習得に関しては学習や教育による影響が大きく、文法能力などに比べて二次的な言語能力であると考えられる。左紡錘状回の視覚性単語形状領野 (visual word form area: VWFA) の損傷が書字の障害を伴わない読字の障害である純粋失読 (pure alexia) を引き起こすことや脳機能イメージングの結果などから、この領域は文字の読みに特異的に関わる領域であると考えられ<ref><pubmed> 21592844 </pubmed></ref>、新たな文字学習で活動が変化することが示されている<ref><pubmed> 15091345 </pubmed></ref>。しかしこの考えには反論も存在し、紡錘状回を含む側頭後頭皮質の腹側部はより一般的な視覚処理を担うとする立場もある<ref><pubmed> 21549634 </pubmed></ref>。  
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== 言語機能の左右差  ==
== 言語機能の左右差  ==


 前述のポール・ブローカらによる脳損傷と言語障害に関する研究以来、言語機能の左半球優位性が提唱されてきた。言語機能の優位半球を調べる代表的な[[テスト]]として、頸動脈にアモバルビタールを注射し、一方の大脳半球を麻酔する和田試験がある。和田試験や分離脳患者に関する研究、そして失語症研究や脳機能イメージングなどから、右利きの人では主要な言語機能の多くが[[大脳皮質]]の左半球で処理されることが分かっている。右半球 (劣位半球) については、ブローカ野の相同部位を含む右半球の領域が損傷を受けると、韻律 (prosody) が障害され発話が平板になることが1970年代から示されている<ref><pubmed> 435134 </pubmed></ref>。この他にも、談話 (discourse) の処理、ユーモアや皮肉、比喩の理解などに関しては右半球の複数の領域が関わる可能性がある <ref><pubmed> 15743870 </pubmed></ref>。  
 前述のポール・ブローカらによる脳損傷と言語障害に関する研究以来、言語機能の左半球優位性が提唱されてきた。言語機能の優位半球を調べる代表的なテストとして、頸動脈にアモバルビタールを注射し、一方の大脳半球を麻酔する和田試験がある。和田試験や分離脳患者に関する研究、そして失語症研究や脳機能イメージングなどから、右利きの人では主要な言語機能の多くが[[大脳皮質]]の左半球で処理されることが分かっている。右半球 (劣位半球) については、ブローカ野の相同部位を含む右半球の領域が損傷を受けると、韻律 (prosody) が障害され発話が平板になることが1970年代から示されている<ref><pubmed> 435134 </pubmed></ref>。この他にも、談話 (discourse) の処理、ユーモアや皮肉、比喩の理解などに関しては右半球の複数の領域が関わる可能性がある<ref><pubmed> 15743870 </pubmed></ref>。  


==関連項目==
==関連項目==


*[[機能局在]]
*[[機能局在]]
*[[失語症]]
*[[失読症]]




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同義語:言語野、言語領野
同義語:言語野、言語領野


重要な関連語:ブローカ野、ウェルニッケ野
重要な関連語:ブローカ野、ウェルニッケ野、運動性言語中枢、感覚性言語中枢


(執筆者:犬伏 知生、酒井 邦嘉、担当編集委員:入来 篤史)
(執筆者:犬伏 知生、酒井 邦嘉、担当編集委員:入来 篤史)
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