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<font size="+1">[http://researchmap.jp/hiroyukiokuno 奥野 浩行]</font><br>
''東京大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月25日 原稿完成日:2013年4月19日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
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{{Infobox protein family
{{Infobox protein family
| Symbol = MEF2
| Symbol = MEF2
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英語略:MEF2
英語略:MEF2


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 MEF2は[[転写制御因子]]ファミリーの一つであり、[[wikipedia:ja:筋細胞|筋細胞]]および神経細胞で特に高い発現を示す。近年、神経科学の分野ではMEF2は神経細胞の発達・分化や成熟神経細胞における[[シナプス]]機能の調節に関与していることが明らかになってきた。個体レベルにおいても[[記憶]]や[[学習]]への関与が示唆されている。
 MEF2は[[転写制御因子]]ファミリーの一つであり、[[wikipedia:ja:筋細胞|筋細胞]]および神経細胞で特に高い発現を示す。近年、神経科学の分野ではMEF2は神経細胞の発達・分化や成熟神経細胞における[[シナプス]]機能の調節に関与していることが明らかになってきた。個体レベルにおいても[[記憶]]や[[学習]]への関与が示唆されている。
}}


==Myocyte enhancer factor-2とは==
==Myocyte enhancer factor-2とは==
 MEF2はもともと筋細胞分化に関わる因子として同定された転写因子であり、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]では異なる遺伝子によってコードされる4つのサブタイプ(MEF2A, MEF2B, MEF2C, MEF2D)が存在する。[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]、[[線虫]]、[[ショウジョウバエ]]などでは1種のMEF遺伝子が存在し、進化的に広く保存されている。発生期においてMEF2は、[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:心筋|心筋]]の分化、[[神経堤]]形成、[[wikipedia:ja:骨|骨]]や[[wikipedia:ja:血管|血管]]形成など多様なイベントに重要な役割を果たしている。また、成体においては[[wikipedia:ja:免疫系|免疫系]]では[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]の分化・活性化や神経系ではシナプス機能の維持や調節に関与していることが明らかになってきた<ref name=ref1><pubmed>17959722</pubmed></ref>。
 MEF2はもともと筋細胞分化に関わる因子として同定された転写因子であり、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]では異なる遺伝子によってコードされる4つのサブタイプ(MEF2A, MEF2B, MEF2C, MEF2D)が存在する。[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]、[[線虫]]、[[ショウジョウバエ]]などでは1種のMEF遺伝子が存在し、進化的に広く保存されている。発生期においてMEF2は、[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:心筋|心筋]]の分化、[[神経堤]]形成、[[wikipedia:ja:骨|骨]]や[[wikipedia:ja:血管|血管]]形成など多様なイベントに重要な役割を果たしている。また、成体においては[[wikipedia:ja:免疫系|免疫系]]では[[wikipedia:ja:T細胞|T細胞]]の分化・活性化や神経系ではシナプス機能の維持や調節に関与していることが明らかになってきた<ref name=ref1><pubmed>17959722</pubmed></ref>。


 MEF2は[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]上の特定の[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]結合配列([[MEF2 reguratory element]]、[[MRE]])に結合して下流の遺伝子の転写活性化を促進する。また、MEF2は他の転写因子や補因子と多種多様な複合体を形成することにより、さらに巧妙な標的遺伝子の発現調節をおこなう。
 MEF2は[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]上の特定の[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]結合配列([[MEF2 regulatory element]]、[[MRE]])に結合して下流の遺伝子の転写活性化を促進する。また、MEF2は他の転写因子や補因子と多種多様な複合体を形成することにより、さらに巧妙な標的遺伝子の発現調節をおこなう。


==構造==
==構造==
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 MEF2による転写制御は神経機能に重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが(次項参照)、神経細胞におけるMEF2の機能調節の詳細は不明である。現在のところ、MEF2の機能調節機構に関する多くの知見は筋細胞や免疫系細胞などの神経細胞以外を用いた研究から得られたものである。一般に、MEF2は活性化状態に関わらず核内でMREに結合しており、基底状態においてはHDACsと結合することによりヒストン修飾を介した積極的な転写抑性に関与していると考えられている<ref name=ref3><pubmed>11796223</pubmed></ref>。ここにカルシウムシグナルやその他の活性化シグナルが核に伝わると、MEF2標的遺伝子の転写が活性化されるが、その活性化機構は[[リン酸化]]・[[脱リン酸化]]によって巧妙に制御されている。まず、リン酸化酵素カスケードによってHDACsがリン酸化されることによりMEF2から脱離し、替わりにヒストンアセチル化酵素(HAT)であるp300がMEF2と結合してクロマチンのリモデリングを引き起こし転写活性を増強させるというメカニズムが想定されている<ref name=ref3><pubmed>11796223</pubmed></ref>(図)。また、ERK5やJNK、p38キナーゼなどのMAPキナーゼ経路によりMEF2の転写活性化ドメインにある複数のアミノ酸残基(MEF2CにおいてはThr293, Thr300, Ser387等)がリン酸化されることにより、MEF2自身の転写活性化能が増強するという制御機構も存在する<ref name=ref4><pubmed>11150724</pubmed></ref>。
 MEF2による転写制御は神経機能に重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが(次項参照)、神経細胞におけるMEF2の機能調節の詳細は不明である。現在のところ、MEF2の機能調節機構に関する多くの知見は筋細胞や免疫系細胞などの神経細胞以外を用いた研究から得られたものである。一般に、MEF2は活性化状態に関わらず核内でMREに結合しており、基底状態においてはHDACsと結合することによりヒストン修飾を介した積極的な転写抑性に関与していると考えられている<ref name=ref3><pubmed>11796223</pubmed></ref>。ここにカルシウムシグナルやその他の活性化シグナルが核に伝わると、MEF2標的遺伝子の転写が活性化されるが、その活性化機構は[[リン酸化]]・[[脱リン酸化]]によって巧妙に制御されている。まず、リン酸化酵素カスケードによってHDACsがリン酸化されることによりMEF2から脱離し、替わりにヒストンアセチル化酵素(HAT)であるp300がMEF2と結合してクロマチンのリモデリングを引き起こし転写活性を増強させるというメカニズムが想定されている<ref name=ref3><pubmed>11796223</pubmed></ref>(図)。また、ERK5やJNK、p38キナーゼなどのMAPキナーゼ経路によりMEF2の転写活性化ドメインにある複数のアミノ酸残基(MEF2CにおいてはThr293, Thr300, Ser387等)がリン酸化されることにより、MEF2自身の転写活性化能が増強するという制御機構も存在する<ref name=ref4><pubmed>11150724</pubmed></ref>。


 さらに、[[カルシウム]]依存的な[[脱リン酸化酵素]]である[[カルシニューリン]]([[PP2B]])による制御も報告されている。カルシニューリンは細胞体においてNFATを脱リン酸化することにより核移行を引き起こし、MEF2と結合することによりMREからの転写活性を促進する<ref name=ref3 />。また、MEF2の転写活性化ドメインの特定の残基(例えばMEF2CのSer396やMEF2AのSer408)は基底状態においてリン酸化されており転写活性を抑性する方向に働いているが、カルシニューリン等によるこれら修飾残基の脱リン酸化は転写活性化を促進する<ref name=ref5><pubmed>15340086</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>16484498</pubmed></ref>。
 さらに、[[カルシウム]]依存的な[[脱リン酸化酵素]]である[[カルシニューリン]]([[PP2B]])による制御も報告されている。カルシニューリンは細胞体においてNFATを脱リン酸化することによりNFATの核移行を引き起こし、核内でのNFAT-MEF2複合体を形成促進することによりMREからの転写活性を上昇させる<ref name=ref3 />。また、MEF2の転写活性化ドメインの特定の残基(例えばMEF2CのSer396やMEF2AのSer408)は基底状態においてリン酸化されており転写活性を抑性する方向に働いているが、カルシニューリン等によるこれら修飾残基の脱リン酸化は転写活性化を促進する<ref name=ref5><pubmed>15340086</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>16484498</pubmed></ref>。


 神経細胞においてシナプス活動はカルシウムイオンの流入を引き起こし、[[カルシウム・カルモジュリン依存的キナーゼ]]([[CaMK]])や[[MAPキナーゼ]]([[MAPK]])、およびカルシニューリンの活性化が起こる。これらのリン酸化制御酵素によるMEF2およびMEF2相互作用タンパクのリン酸化状態の巧妙な制御により、MEF2による神経活動依存的な転写活性化が引き起こされていると考えられる<ref name=ref3 />。さらに、MEF2は[[SUMO化]]などのリン酸化以外の翻訳後修飾も受けており、これらの修飾がMEF2の転写活性を調節している可能性が示唆されている<ref name=ref6 />。
 神経細胞においてシナプス活動はカルシウムイオンの流入を引き起こし、[[カルシウム・カルモジュリン依存的キナーゼ]]([[CaMK]])や[[MAPキナーゼ]]([[MAPK]])、およびカルシニューリンの活性化が起こる。これらのリン酸化制御酵素によるMEF2およびMEF2相互作用タンパクのリン酸化状態の巧妙な制御により、MEF2による神経活動依存的な転写活性化が引き起こされていると考えられる<ref name=ref3 />。さらに、MEF2は[[SUMO化]]などのリン酸化以外の翻訳後修飾も受けており、これらの修飾がMEF2の転写活性を調節している可能性が示唆されている<ref name=ref6 />。
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==参考文献==
==参考文献==
<references />
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(執筆者:奥野浩行 担当編集委員:柚崎通介)