「海馬」の版間の差分

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 [[wikipedia:James Papez|Papez]] (1937) は、[[情動]]発現を司る部位として[[視床下部]]を、[[情動]]経験の部位として大脳半球内側皮質([[帯状回]]、海馬)と視床を推定した<ref name= Papez><pubmed> 7711480 </pubmed></ref>。そして解剖的に知られていた、海馬—[[脳弓]]—[[乳頭体]]—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —[[視床前核]]—帯状回—海馬と続く回路は情動に関与すると考えた。のちに[[パペッツの回路]]と呼ばれるが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。
 [[wikipedia:James Papez|Papez]] (1937) は、[[情動]]発現を司る部位として[[視床下部]]を、[[情動]]経験の部位として大脳半球内側皮質([[帯状回]]、海馬)と視床を推定した<ref name= Papez><pubmed> 7711480 </pubmed></ref>。そして解剖的に知られていた、海馬—[[脳弓]]—[[乳頭体]]—[[乳頭体視床束]] ([[Vicq d'Azyr束]]) —[[視床前核]]—帯状回—海馬と続く回路は情動に関与すると考えた。のちに[[パペッツの回路]]と呼ばれるが、実はこれが記憶に密接に関与する回路であることがわかってきた。


 海馬が知的機能や記憶に関与するとの示唆は、Brown とSchäfer (1888)の実験に見られる。海馬を含む側頭葉内側部を両側性に傷害した[[wikipedia:ja:アカゲザル|アカゲザル]]では、凶暴だった性格がおとなしくなった。[[視覚|視]]・[[聴覚|聴]]・[[触覚|触]]・[[味覚|味]]・嗅覚の感覚それ自体にはには異常を認めないが、音や見える物の意味が理解できない。見慣れた物を与えても、はじめて接する物のごとく口にいれたり、嗅いだりして確かめ、しばらくして同じ物を与えてもやはり同様の行動を何回もくりかえした。Klüver とBucy (1939)はアカゲザルの海馬・[[鈎]]の両側切除術によって、[[思考脱線]]、[[精神盲]]([[視覚失認]])、[[易馴応性]]、[[性欲]]亢進などの症状が起こることを観察し<ref name= Klüver><pubmed> 9447506 </pubmed></ref>、Brown らの所見を追認した。
 海馬が知的機能や記憶に関与するとの示唆は、Brown とSchäfer (1888)の実験に見られる。海馬を含む側頭葉内側部を両側性に傷害した[[wikipedia:ja:アカゲザル|アカゲザル]]では、凶暴だった性格がおとなしくなった。[[視覚|視]]・[[聴覚|聴]]・[[触覚|触]]・[[味覚|味]]・嗅覚の感覚それ自体には異常を認めないが、音や見える物の意味が理解できない。見慣れた物を与えても、はじめて接する物のごとく口にいれたり、嗅いだりして確かめ、しばらくして同じ物を与えてもやはり同様の行動を何回もくりかえした。Klüver とBucy (1939)はアカゲザルの海馬・[[鈎]]の両側切除術によって、[[思考脱線]]、[[精神盲]]([[視覚失認]])、[[易馴応性]]、[[性欲]]亢進などの症状が起こることを観察し<ref name= Klüver><pubmed> 9447506 </pubmed></ref>、Brown らの所見を追認した。


 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では、Bechterew (1899)、Grünthal (1947)<ref>'''Grünthal, E.'''<br>Über das klinische Bild nach umschriebenen beiderseitigem Ausfall der Ammonshornrinde.<br>''Monatsschr. Psychiat. Neurol.'', 113, 1-16, 1947</ref>、GleesとGriffith (1952)ら<ref name= Glees><pubmed>14947832</pubmed></ref>が、近時記憶に著しい障害のあった患者の脳を死後剖検し、両側の海馬や海馬傍回に器質性病変のあることを報告した。そして、ScovilleとMilner (1957)が難治性[[てんかん]]患者の治療目的で、両側[[側頭葉]]内側部([[扁桃体]]、海馬傍回、海馬前方2/3 )の切除術を行ったところ、強度の順行性記憶障害を惹起したことを報告した<ref name= Scoville><pubmed> 13406589 </pubmed></ref>。患者らは知能指数にはまったく問題がみられないが、術後の事象の記憶が全然できない。人の顔や名前は全く記憶することができず、受けた指示の内容だけでなく指示されたことも覚えていない。また術前3年までぐらいの[[逆行性健忘]]も見られた。一方、数年より以前の事象は思い出すことが可能で、以来、海馬が[[近時記憶]]と[[長期記憶]]の形成([[記銘]])の部位として注目されるようになった。海馬の構造と機能についての詳細は文献<ref name=ref1>'''Amaral DG, Insausti R.'''<br>Hippocampal formation. In: Paxinos G, editor. The Human Nervous System. <br>San Diego: Academic Press. pp. 711-755. 1990.</ref> <ref name=ref2>'''Amaral DG, Witter MP.'''<br>Hippocampal formation. Paxinos G, ed. "The Rat Nervous System". <br>San Diego: Academic Press. pp. 443-493. 1995.</ref> <ref name=ref3><pubmed>8915675</pubmed></ref> <ref name=ref4>'''Gloor P'''<br>The Temporal Lobe and Limbic System. <br>Oxford University Press, New York, 1997 </ref>(英文)、文献<ref name=ref5>'''石塚典生'''<br>海馬の細胞構築と神経結合<br>神経進歩 38:5-22 (1994)</ref> <ref name=ref6>'''石塚典生'''<br>海馬の構造と線維連絡<br>脳と神経 50:881-892 (1998)</ref> <ref name=ref7>'''石塚典生'''<br>記憶のしくみ 解剖学的面から<br>CLINICAL NEUROSCIENCE 16:130-134 (1998)</ref> <ref name=ref8>'''石塚典生'''<br>大脳辺縁系の神経結合と細胞構築<br>神経進歩 50:7-17 (2006)</ref> <ref name=ref9>'''石塚典生'''<br>海馬領域における縦走性線維投射<br>BRAIN and NERVE 60:737-745 (2008)</ref>(和文)、池谷による[http://gaya.jp/research/index.htm Website]を参照。
 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では、Bechterew (1899)、Grünthal (1947)<ref>'''Grünthal, E.'''<br>Über das klinische Bild nach umschriebenen beiderseitigem Ausfall der Ammonshornrinde.<br>''Monatsschr. Psychiat. Neurol.'', 113, 1-16, 1947</ref>、GleesとGriffith (1952)ら<ref name= Glees><pubmed>14947832</pubmed></ref>が、近時記憶に著しい障害のあった患者の脳を死後剖検し、両側の海馬や海馬傍回に器質性病変のあることを報告した。そして、ScovilleとMilner (1957)が難治性[[てんかん]]患者の治療目的で、両側[[側頭葉]]内側部([[扁桃体]]、海馬傍回、海馬前方2/3 )の切除術を行ったところ、強度の順行性記憶障害を惹起したことを報告した<ref name= Scoville><pubmed> 13406589 </pubmed></ref>。患者らは知能指数にはまったく問題がみられないが、術後の事象の記憶が全然できない。人の顔や名前は全く記憶することができず、受けた指示の内容だけでなく指示されたことも覚えていない。また術前3年までぐらいの[[逆行性健忘]]も見られた。一方、数年より以前の事象は思い出すことが可能で、以来、海馬が[[近時記憶]]と[[長期記憶]]の形成([[記銘]])の部位として注目されるようになった。海馬の構造と機能についての詳細は文献<ref name=ref1>'''Amaral DG, Insausti R.'''<br>Hippocampal formation. In: Paxinos G, editor. The Human Nervous System. <br>San Diego: Academic Press. pp. 711-755. 1990.</ref> <ref name=ref2>'''Amaral DG, Witter MP.'''<br>Hippocampal formation. Paxinos G, ed. "The Rat Nervous System". <br>San Diego: Academic Press. pp. 443-493. 1995.</ref> <ref name=ref3><pubmed>8915675</pubmed></ref> <ref name=ref4>'''Gloor P'''<br>The Temporal Lobe and Limbic System. <br>Oxford University Press, New York, 1997 </ref>(英文)、文献<ref name=ref5>'''石塚典生'''<br>海馬の細胞構築と神経結合<br>神経進歩 38:5-22 (1994)</ref> <ref name=ref6>'''石塚典生'''<br>海馬の構造と線維連絡<br>脳と神経 50:881-892 (1998)</ref> <ref name=ref7>'''石塚典生'''<br>記憶のしくみ 解剖学的面から<br>CLINICAL NEUROSCIENCE 16:130-134 (1998)</ref> <ref name=ref8>'''石塚典生'''<br>大脳辺縁系の神経結合と細胞構築<br>神経進歩 50:7-17 (2006)</ref> <ref name=ref9>'''石塚典生'''<br>海馬領域における縦走性線維投射<br>BRAIN and NERVE 60:737-745 (2008)</ref>(和文)、池谷による[http://gaya.jp/research/index.htm Website]を参照。
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[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図3.内側嗅内野からの貫通線維束の終止部位(焦茶色)''']]
[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図3.内側嗅内野からの貫通線維束の終止部位(焦茶色)''']]


 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の源情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタミン酸]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。
 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束(図3)、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の源情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタミン酸]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。


 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチンを注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図3に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。
 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチンを注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図3に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。
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[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図4.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]
[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図4.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]


[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図5.CA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]
[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図5.ラットCA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]


[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図6.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]
[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図6.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]
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[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図7.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]
[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図7.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]


 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。
 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する(図4)。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。


==== 歯状回====
==== 歯状回====

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