「細胞系譜」の版間の差分

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英語名:cell lineage 独:Zelllinie 仏:lignée cellulaire
英語名:cell lineage 独:Zelllinie 仏:lignée cellulaire
{{box|text= 細胞系譜は、一個の受精卵が分裂して成体になるまでの細胞の系図である。線虫のように、明確な細胞系譜に沿った発生様式を示す生物もあるが、発生のステージごとにどの種類の細胞が分化してくるかは各前駆細胞ごとに明確に決まっていない場合もある。}}


[[image:細胞系譜1.png|thumb|350px|'''図1.線虫の細胞系譜'''<br>[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Complete_cell_lineage_of_C_elegans.png Wikipedia]より]]
[[image:細胞系譜1.png|thumb|350px|'''図1.線虫の細胞系譜'''<br>[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Complete_cell_lineage_of_C_elegans.png Wikipedia]より]]
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==細胞系譜に沿った発生・分化==
==細胞系譜に沿った発生・分化==
 受精卵が成体の各器官を正しく構成する仕組みは、細胞間の相互作用によってコントロールされる。例えば線虫において上述のP2細胞が、シグナル分子の[[Wnt]]タンパク質を発現し、EMS細胞の[[Wnt#受容体|Wnt受容体]]に作用して、EMS細胞はP2と接触した場所に基づいて極性化し、[[細胞分裂|有糸分裂]][[wikipedia:ja:紡錘体|紡錘体]]の向きを制御する。その結果、P2に近い娘細胞がE細胞になり、遠い娘細胞がMS細胞になる。このように、[[wikipedia:ja:発生学|発生学]]の顕微手術で発生の仕組みを調べ、遺伝子[[wikipedia:ja:クローニング|クローニング]]と配列決定で分子機構を明らかにすることによって、発生の機構の解明が飛躍的に進歩している。線虫に関しては、すべての細胞系譜が明らかになっており、明確な細胞系譜に沿った発生様式を示す(図1)。
 受精卵が成体の各器官を正しく構成する仕組みは、細胞間の相互作用によってコントロールされる。例えば線虫において上述のP2細胞が、シグナル分子の[[Wnt]]タンパク質を発現し、EMS細胞の[[Wnt#受容体|Wnt受容体]]に作用して、EMS細胞はP2と接触した場所に基づいて極性化し、[[細胞分裂|有糸分裂]][[wikipedia:ja:紡錘体|紡錘体]]の向きを制御する。その結果、P2に近い娘細胞がE細胞になり、遠い娘細胞がMS細胞になる。このように、[[wikipedia:ja:発生学|発生学]]の顕微手術で発生の仕組みを調べ、遺伝子[[wikipedia:ja:クローニング|クローニング]]と配列決定で分子機構を明らかにすることによって、発生の機構の解明が飛躍的に進歩している。線虫に関しては、すべての細胞系譜が明らかになっており、明確な細胞系譜に沿った発生様式を示す(図1)。
 [[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の血球系などでも特定の細胞種を生み出す細胞系譜特異的な[[wikipedia:ja:前駆細胞|前駆細胞]](lineage-specific progenitor cell)が存在する(図2)。


==明確な細胞系譜によらない発生・分化==
==明確な細胞系譜によらない発生・分化==
 線虫では明確な細胞系譜が存在し、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の血球系などでも特定の細胞種を生み出す細胞系譜特異的な[[wikipedia:ja:前駆細胞|前駆細胞]](lineage-specific progenitor cell)が存在する(図2)。一方、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]の[[wikipedia:ja:中枢神経系|中枢神経系]]の[[細胞分化|細胞分化]]に関しては、[[wikipedia:ja:神経細胞|神経細胞]]と[[グリア細胞|グリア細胞]]が同一の前駆細胞から分化してくるという一元説(一元論)<ref name=ref5>'''Schaper, A.'''<br>Die frühesten Differnzierungsvorgänge im Centralnervensystem. <br>''Arch. Entwickl. Mech. Orig.'' 1897 5:81-132.</ref>と、両者が異なる前駆細胞(細胞系譜特異的な前駆細胞)に由来するという二元説(二元論)<ref name=ref4>'''His W'''<br>Die Neuroblastern und deren Entstehung in embryonalen Mark. <br>''Arch. Anat. Physiol.'' 1889 5: 249-300.</ref>が19世紀より提唱され議論されてきた。後者には、発生の比較的初期から神経前駆細胞とグリア前駆細胞の二種類が存在するというHisが提唱した二元説と比較的後期に二種類存在するとした新二元説が知られている。近年では、[[wikipedia:ja:網膜|網膜]]においてレトロウイルス<ref name=ref6><pubmed>    3600789</pubmed></ref>や蛍光物質<ref name=ref8><pubmed>2449732</pubmed></ref>などを用いた細胞系譜解析(cell lineage analysis)により、神経細胞とグリア細胞が多能性の共通前駆細胞(multipotential common progenitor cell)から分化することが明らかとなり、引き続き脳の細胞系譜に関しても同様の結果<ref name=ref7><pubmed>3137660</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>1931054</pubmed></ref>が報告されたことから、一元説が支持されるようになった。最近の遺伝子組換えマウスを用いた[[大脳皮質|大脳皮質]]の細胞系譜解析からも一元説が支持されている<ref name=ref3><pubmed>25417155</pubmed></ref>。発生過程において、多能性共通前駆細胞は、発生の比較的早期には主に神経細胞を後期には主にグリア細胞を生み出すというステージによる分化細胞の種類の違いがある。この現象に関しては、多能性共通前駆細胞が時間経過とともに次第に多分化能を喪失し、発生後期のステージではグリア細胞のみが分化する状態になると考えられている<ref name=ref2><pubmed>8570600</pubmed></ref>。発生のステージごとにどの種類の細胞が分化してくるかは各前駆細胞ごとに明確に決まっているわけではないが、ステージごとに分化してくる細胞の種類の傾向は存在し、神経細胞は主に前期〜中期にグリア細胞は主に後期に分化してくることが知られている(図3)。
 一方、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]の[[wikipedia:ja:中枢神経系|中枢神経系]]の[[細胞分化|細胞分化]]に関しては、[[wikipedia:ja:神経細胞|神経細胞]]と[[グリア細胞|グリア細胞]]が同一の前駆細胞から分化してくるという一元説(一元論)<ref name=ref5>'''Schaper, A.'''<br>Die frühesten Differnzierungsvorgänge im Centralnervensystem. <br>''Arch. Entwickl. Mech. Orig.'' 1897 5:81-132.</ref>と、両者が異なる[[前駆細胞]](細胞系譜特異的な前駆細胞)に由来するという二元説(二元論)<ref name=ref4>'''His W'''<br>Die Neuroblastern und deren Entstehung in embryonalen Mark. <br>''Arch. Anat. Physiol.'' 1889 5: 249-300.</ref>が19世紀より提唱され議論されてきた。後者には、発生の比較的初期から[[神経前駆細胞]]と[[グリア前駆細胞]]の二種類が存在するというHisが提唱した二元説と比較的後期に二種類存在するとした新二元説が知られている。
 
 近年では、[[網膜]]において[[レトロウイルス]]<ref name=ref6><pubmed>    3600789</pubmed></ref>や[[蛍光物質]]<ref name=ref8><pubmed>2449732</pubmed></ref>などを用いた細胞系譜解析(cell lineage analysis)により、神経細胞とグリア細胞が多能性の共通前駆細胞(multipotential common progenitor cell)から分化することが明らかとなり、引き続き脳の細胞系譜に関しても同様の結果<ref name=ref7><pubmed>3137660</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>1931054</pubmed></ref>が報告されたことから、一元説が支持されるようになった。最近の[[遺伝子組換えマウス]]を用いた[[大脳皮質|大脳皮質]]の細胞系譜解析からも一元説が支持されている<ref name=ref3><pubmed>25417155</pubmed></ref>
 
 発生過程において、多能性共通前駆細胞は、発生の比較的早期には主に[[神経細胞]]を後期には主に[[グリア細胞]]を生み出すというステージによる分化細胞の種類の違いがある。この現象に関しては、多能性共通前駆細胞が時間経過とともに次第に[[多分化能]]を喪失し、発生後期のステージではグリア細胞のみが分化する状態になると考えられている<ref name=ref2><pubmed>8570600</pubmed></ref>。発生のステージごとにどの種類の細胞が分化してくるかは各前駆細胞ごとに明確に決まっているわけではないが、ステージごとに分化してくる細胞の種類の傾向は存在し、神経細胞は主に前期〜中期にグリア細胞は主に後期に分化してくることが知られている(図3)。


==関連項目==
* [[線虫]]
* [[細胞分化]]
* [[神経幹細胞]]
* [[グリア芽細胞]]
==参考文献==
==参考文献==
<references />
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