「統合失調症」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
52行目: 52行目:
:'''自我障害'''は、「考えていることが声となって聞こえてくる」([[考想化声]])、「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られる」(作為体験)、「自分の考えが世界中に知れわたっている」([[考想伝播]])などで、精神と身体についてのコントロール感の喪失 (a loss of control over mind and body)であり、思考や行動の自己能動感・自己所属感が障害されて疎隔化され、それが他の人や力に帰せられるという被動感を伴うことに特徴がある。なお、自我障害は、DSM-IVまで「奇異な妄想 (bizzare delusion)」と記載されていたが、これは、他の妄想が可能性は乏しくとも現実にありうる内容であるのに対して、自我障害は全くあり得ない内容であるため、この症状を一般にわかりやすく説明するためだったようである。
:'''自我障害'''は、「考えていることが声となって聞こえてくる」([[考想化声]])、「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られる」(作為体験)、「自分の考えが世界中に知れわたっている」([[考想伝播]])などで、精神と身体についてのコントロール感の喪失 (a loss of control over mind and body)であり、思考や行動の自己能動感・自己所属感が障害されて疎隔化され、それが他の人や力に帰せられるという被動感を伴うことに特徴がある。なお、自我障害は、DSM-IVまで「奇異な妄想 (bizzare delusion)」と記載されていたが、これは、他の妄想が可能性は乏しくとも現実にありうる内容であるのに対して、自我障害は全くあり得ない内容であるため、この症状を一般にわかりやすく説明するためだったようである。


 このように、統合失調症の幻覚妄想は「他人が自分に危害を加える」という内容で、対人関係において他人が自分に対して持つ意図がテーマとなっている。自我障害における[[能動感]]の喪失と合わせて、脳機能における対人関係システム([[社会脳]])や自我機能システム([[自我脳]])の機能失調が背景にあることが推察できる。
 このように、統合失調症の幻覚・妄想の多くは「他人が自分に危害を加える」という内容で、対人関係において他人が自分に対して持つ意図がテーマとなっている。自我障害における[[能動感]]の喪失と合わせて、脳機能における対人関係システム([[社会脳]])や自我機能システム([[自我脳]])の機能失調が背景にあることが推察できる。


===陰性症状===
===陰性症状===
 会話や行動・感情・意欲の領域で認められる機能の喪失であり、陽性症状が比較的疾患特異的であるのに比べて、より疾患非特異的である。「日常生活や社会生活のなかで適切な会話や行動や作業をすることが難しい」という形で生活に障害が表れる。
 会話や行動・感情・意欲の領域で認められる機能の喪失であり、陽性症状が比較的疾患特異的であるのに比べて、より疾患非特異的である。「日常生活や社会生活のなかで適切な会話や行動や作業をすることが難しい」という形で生活に障害が表れる。


 会話や行動については、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪いなどの形で認められる。注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげるという、目標志向性の知的な側面についての症状である。感情についての症状は、自分と他人の感情にいずれについても認められ、物事に適切な感情がわきにくい、感情をうまく表せずに表情が乏しく硬い、不安や緊張が強く慣れにくい、他人の感情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解することが増える。物事を行うために必要な意欲にも影響が表れ、仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロする([[無為]])、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない([[身辺自立]])、というように生活の仕方に症状が表れる。さらに対人関係についての意欲の症状として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もある([[自閉]])。
 陰性症状は、[[意欲低下]] (abolition)・[[快楽消失]] (anhedonia)・[[社会性障害]] (sociality)・[[制限された感情]] (restricted affect)・[[会話の貧困]] (logia)の5領域にまとめられることが多い。前三者を[[動機づけディメンション]] (motivational dimension)、後二者を[[表出減弱ディメンション]] (diminished expressivity dimension)とまとめる考え方もある。


 こうした陰性症状は、[[意欲低下]] (abolition)・[[快楽消失]] (anhedonia)・[[社会性障害]] (sociality)・[[制限された感情]] (restricted affect)・[[会話の貧困]] (logia)の5領域にまとめられることが多く、前三者を[[動機づけディメンション]] (motivational dimension)、後二者を[[表出減弱ディメンション]] (diminished expressivity dimension)とまとめる考え方がある。
 陰性症状は、会話や行動においては、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪いなどの形で認められる。注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげるという、目標志向性の知的な側面についての症状である。感情についての症状は、自分と他人の感情にいずれについても認められ、物事に適切な感情がわきにくい、感情をうまく表せずに表情が乏しく硬い、不安や緊張が強く慣れにくい、他人の感情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解することが増える。物事を行うために必要な意欲にも影響が表れ、仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロする([[無為]])、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない([[身辺自立]])、というように生活の仕方に症状が表れる。さらに対人関係についての意欲の症状として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もある([[自閉]])。


 なお、統合失調症の快楽消失については、現在についての[[情動]]体験は保たれているのに対して、将来の出来事を予想や期待する場合など非現在についての情動体験が減弱しており、そうした過小評価のために行動への動機づけが弱まると考えられるようになってきている。そのため、快楽追求行動の減弱 (reduced pleasure-seeking behavior)あるいは快楽を低く予想する信念 (beliefs of low pleasure)と呼ぶ方が正確だとする提唱もある。
 なお、統合失調症の快楽消失については、現在についての[[情動]]体験は保たれているのに対して、将来の出来事を予想や期待する場合など非現在についての情動体験が減弱しており、そうした過小評価のために行動への動機づけが弱まると考えられるようになってきている。そのため、快楽追求行動の減弱 (reduced pleasure-seeking behavior)あるいは快楽を低く予想する信念 (beliefs of low pleasure)と呼ぶ方が正確だとする提唱もある。


===認知機能障害===
===認知機能障害===
 陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として[[認知機能障害]]を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害を症状と位置づけることが適切かには議論があるが、知的機能についての陰性症状と言えるかもしれない。統合失調症の本質的な障害として[[作業記憶]]や[[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。統合失調症の認知機能について、これまでに明らかになった事実は、次のようにまとめられている。
 陽性症状・陰性症状と並ぶ第三群の症状として[[認知機能障害]]を挙げることがあり、さらに統合失調症の病態において最も重要とされることもある。認知機能障害は、認知機能検査により定量的に評価可能であることもあって、研究が進んでいるが、陰性症状、陽性症状のいずれによっても生じうるものであり、知的機能についての陰性症状とも言えるかもしれない。そのため、これを主要症状と位置づけることが適切かには議論がある。しかしながら、患者の[[日常生活機能]]や[[社会生活機能]]についての能力は、陽性症状とはあまり関係なく、陰性症状との関連も弱い一方、認知機能障害とは良く関連していることから、患者の生活能力をよく反映する症状として意義がある。統合失調症の本質的な障害として[[作業記憶]]や[[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。


#認知機能障害は軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)で、認知機能の領域ごと患者ごとに差がある。
 統合失調症の認知機能は、軽度から中程度(健常群の平均マイナス1標準偏差)とはいえほとんどの認知領域について認められ、[[言語]]の即時再生の障害と処理速度の低下がもっとも著しいとされているものの、どのような領域の認知機能が障害されているかは、個人差が大きく、[[神経心理検査]]成績が正常範囲にある患者も20~25%の割合で存在する。統合失調症の本質的な障害として[[作業記憶]][[実行機能]]の障害が強調されることが多いが、これらの障害が最も強いかどうかは必ずしも一致した結果には至っておらず、より広い範囲の認知機能障害を考えることが必要である。
#認知機能の障害はほとんどの認知領域について認められ、[[言語]]の即時再生の障害と処理速度の低下がもっとも著しい。注目されることが多い作業記憶や実行機能に、より強い障害を認めるかは必ずしも一貫しない。
認知機能は、顕在発症前から軽度の障害があり、発症に伴って[[IQ]]換算で5~10点に相当する低下を生じ、(長期入院患者以外では)その後は一定に留まる。 [[抗精神病薬]]が認知機能に対して機能的に意味のある効果を発揮するとはいえない。
#20~25%の患者で[[神経心理検査]]成績は正常範囲にある。
#臨床的な発症前から認知機能には軽度の障害があり、発症に伴って[[IQ]]換算で5~10点に相当する低下を生じ、(長期入院患者以外では)その後は一定に留まる。
#[[日常生活機能]][[社会生活機能]]についての能力は、認知機能障害ともっとも関連しており、陰性症状との関連はより弱く、陽性症状とはあまり関係しない。その能力を実際に発揮している程度と認知機能障害との関連はより弱い。認知機能障害や機能レベルと社会認知障害の関係については、さらに検討が必要である。
#[[抗精神病薬]]による認知機能の回復については検討が十分ではなく、機能的に意味のある改善は確認できていない。


 以上のような症状のために、統合失調症は生活の障害と結びつきやすい。さまざまな疾患が生活を障害する程度を数値化した検討において、すべての疾患のなかで統合失調症の急性期が最大の障害をもたらすとされている<ref><pubmed> 23245605 </pubmed></ref>。そのため、統合失調症による社会経済的なコストについての各国のデータを日本の人口に換算すると年間2兆7千億円となり、その内訳は医療費を上回って就労できないことによるところが大きい。
 以上のような症状のために、統合失調症は生活の障害と結びつきやすい。さまざまな疾患が生活を障害する程度を数値化した検討において、すべての疾患のなかで統合失調症の急性期が最大の障害をもたらすとされている<ref><pubmed> 23245605 </pubmed></ref>。そのため、統合失調症による社会経済的なコストについての各国のデータを日本の人口に換算すると年間2兆7千億円となり、その内訳は医療費を上回って就労できないことによるところが大きい。

案内メニュー