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トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation) | トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation)が認められることがあり、従って一般にそれぞれの疾患の表現型は同一家系内でも多様である。現在までに典型的なトリプレット病として、若年性発症の精神遅滞を主徴とする疾患から中年期以降に発症する神経変性疾患まで少なくとも17種類の疾患が知られている。それらの疾患における'''リピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。''' | ||
<br> [[Image:トリプレット病3.jpg|border|center|900px]] | |||
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== 機能喪失の機構を介した疾患 == | == 機能喪失の機構を介した疾患 == | ||
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<br> '''フリードライヒ失調症 (FRDA)''' | <br> '''フリードライヒ失調症 (FRDA)''' | ||
欧米では最も頻度の高い遺伝性失調症で、''FRDA''遺伝子第1イントロンに存在するGAAリピートの伸長による常染色体劣性遺伝性疾患。典型例は幼少期(10才以下)に発症し、固有感覚の障害による運動失調、振戦、構音障害、眼振などを示す。凹足・心筋症・糖尿病などの全身性の症候を伴う。患者の多くは30-40歳代で死にいたる。神経病理学的には、後索や脊髄小脳路・皮質脊髄路・後根などの萎縮が認められる。約90%の患者はGAAリピートが200から1700程度まで伸長した変異アレルのホモ接合であるが、一部の症例では一方のアレルにGAAリピートの異常伸長、他方のアレルに''FRDA''遺伝子点変異突然変異を有する。リピート長が長いほど発症年齢が低くなる傾向があり、糖尿病や心筋症は典型的にはリピート長が長いアレルを有する患者で認められる。 FRDAはミトコンドリア内膜に局在するフラタキシン (frataxin) をコードする。フラタキシンはミトコンドリア内の鉄代謝・鉄の貯蔵を制御しており、アコニターゼや電子伝達系のcomplex I, II, IIIなどのFe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の生合成に重要な役割を果たす<ref><pubmed>22200491</pubmed></ref>。GAAリピートの異常伸長は、FRDAの転写伸長を阻害し、フラタキシン mRNA及びタンパクの発現量が減少する。患者組織ではミトコンドリア内に鉄が異常に蓄積しており、Fe-Sクラスターを有するミトコンドリア酵素の活性が低下<ref><pubmed>9326946</pubmed></ref>し、酸化ストレスへの感受性が亢進していること<ref><pubmed>9949201</pubmed></ref>が報告された。しかし、フラタキシンホモログを欠損するモデル動物に対する治療法として抗酸化物の有効性は認めらなかったことから、酸化ストレスの病態への関与については疑問視されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>。 | |||
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アンドロゲンレセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長によるX染色体劣性遺伝性の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や線維束攣縮を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には脊髄前角細胞、延髄の下位運動ニュ−ロン、後根神経節細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で核内封入体を形成する。 | アンドロゲンレセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長によるX染色体劣性遺伝性の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や線維束攣縮を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には脊髄前角細胞、延髄の下位運動ニュ−ロン、後根神経節細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で核内封入体を形成する。 | ||
<br> '''ハンチントン病 (Huntington disease)''' ハンチンチン蛋白N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''HTT''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病(不随意運動の一種)に加えて、記銘力障害、人格変化、うつなどの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には尾状核と被殻の著名な萎縮が特徴的で、GABA作動性の投射細胞である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に線条体から投射を受ける淡蒼球も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、小脳プルキンエ細胞は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチン蛋白の生理機能については不明な点が多いが、タンパク間相互作用を介するHEAT リピート構造を多数有することから、多彩な生理機能に関与する足場(scaffold)タンパクであると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。 | <br> '''ハンチントン病 (Huntington disease)''' | ||
ハンチンチン蛋白N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''HTT''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病(不随意運動の一種)に加えて、記銘力障害、人格変化、うつなどの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には尾状核と被殻の著名な萎縮が特徴的で、GABA作動性の投射細胞である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に線条体から投射を受ける淡蒼球も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、小脳プルキンエ細胞は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチン蛋白の生理機能については不明な点が多いが、タンパク間相互作用を介するHEAT リピート構造を多数有することから、多彩な生理機能に関与する足場(scaffold)タンパクであると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。 | |||
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'''SCA1''' | '''SCA1''' | ||
アタキシン1 (ATXN1)をコードする''SCA1'' | アタキシン1 (ATXN1)をコードする''SCA1''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患。患者は小脳性運動失調・構音障害・嚥下障害・外眼筋麻痺・錐体路症状・認知機能障害などの症状を呈する。表現促進現象が認められる。ATXN1は広く中枢神経系の神経細胞で発現しているが神経病理学的にはプルキンエ細胞・小脳歯状核・赤核・橋核・下オリーブ核・クラーク柱・脊髄小脳路などを中心に選択的変性を認め、残存する神経細胞核内にはATXN1陽性の封入体形成が認められる。ATXN1の生理機能には不明な点が多いが、核移行シグナルを有し、またRNAと結合しうることが示されている。加えてATXN1と相互作用するまたさまざまな因子(ATXN1L,CIC,RBM17など)が同定されており、ポリグルタミン鎖の伸長はそれら因子との相互作用を複雑に変化させ、病態発現に関与していると考えられる<ref><pubmed>18957430</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA2''' | '''SCA2''' | ||
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'''DRPLA ''' | '''DRPLA ''' | ||
本邦に多い常染色体優性遺伝性疾患。表現促進現象が認められ、中年期に発症する患者では運動失調・アテトーゼ様不随意運動・認知症を主症状とする脊髄小脳変性症、20才以下の若年発症型ではミオクローヌス・てんかん・精神遅滞を主症状とするミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。若年発症型の大部分は父親からの遺伝である。神経病理学的には歯状核赤核系及び淡蒼球外節ルイ体系の変性を主体とする。変異アレルではアトロフィン1(atrophin 1)をコードするDRPLA遺伝子エクソン5に存在するCAGリピートが異常伸長している。アトロフィン1は標的遺伝子の転写を負に制御するコリプレッサーの1つ<ref><pubmed>11792320</pubmed></ref> で、ポリグルタミン鎖の伸長によりその機能が変化し、神経変性に導くものと考えられている。 | |||
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'''FXTAS (Fragile X-Associated Tremor Ataxia; 脆弱X関連振戦/運動失調症候群)''' | '''FXTAS (Fragile X-Associated Tremor Ataxia; 脆弱X関連振戦/運動失調症候群)''' | ||
脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55- | 脆弱X症候群の類縁疾患で、''FMR1''遺伝子のCGGリピートが55-200回程度のpremutationを持つ男性で発症し,成人期(通常50才以上)発症,小脳失調,企図振戦、認知機能障害、末梢神経障害、自律神経障害などの症状を呈する。病理学的には中小脳脚の空胞変性・プルキンエ細胞の脱落に加えて、脳内ニューロン・アストロサイトでユビキチン陽性核内封入体が認められる。アジア人では本性の発症頻度は稀であるとされるが、最近本邦でも患者の存在が報告されている。
同程度のpremutation expansionを有する保因者の女性のうち、約20%ではpremature ovarian failure(早期卵巣機能不全症)を来たしたり、FXTASの症状の一部を発症することが報告されている。premutation expansionを有する患者の脳ではFMR1 mRNAの発現が亢進しており、一方FMR1 CGGリピートを含むRNAをショウジョウバエ複眼に過剰発現させると光受容体が変性し、核内封入体形成も認められること<ref><pubmed>12948442</pubmed></ref>からFXTASの発症にはRNA機能獲得の機構が関与しているものと考えられる。FXTAS患者神経細胞ではCGGリピートを含むRNAが核内封入体でfociを形成し、hnRNP-A2, MBNL, Sam68などの RNA結合タンパクも取り込まれている<ref><pubmed>16246864</pubmed></ref>。これらのことから、FXTAS患者神経細胞でもDM1と同じく特定の遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変化し、病態発症に導くのではないかとの考えが提唱されている。 | ||
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