「トリプレット病」の版間の差分

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トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation)が認められることがあり、従って一般にそれぞれの疾患の表現型は同一家系内でも多様である。現在までに典型的なトリプレット病として、若年性発症の精神遅滞を主徴とする疾患から中年期以降に発症する神経変性疾患まで少なくとも17種類の疾患が知られている。トリプレット病 における'''リピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。'''  
トリプレット病 (trinucleotide repeat disorders, triplet repeat diseases) とはゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患のことである。これらの疾患においては、リピート長が遺伝学的に不安定で、親から子孫への疾患遺伝子の伝播に伴ってリピート長が変動することが多い。世代を経る毎に発症年齢が若年化し、疾患の病態がより重篤になる表現促進現象 (anticipation)が認められることがあり、従って一般にそれぞれの疾患の表現型は同一家系内でも多様である。現在までに典型的なトリプレット病として、若年性発症の精神遅滞を主徴とする疾患から中年期以降に発症する神経変性疾患まで少なくとも17種類の疾患が知られている。トリプレット病 における'''リピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。'''  


<br> [[Image:トリプレット病4.jpg|thumb|right|800px|トリプレット病の分類]]  
[[Image:トリプレット.jpg|thumb|right|800x250px|トリプレット・リピートの種類と遺伝子内の位置]]<br> [[Image:トリプレット病4.jpg|thumb|right|800px|トリプレット病の分類]]  


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== 機能喪失の機構を介した疾患  ==
== 機能喪失の機構を介した疾患  ==


'''脆弱X症候群 (Fragile X症候群)'''  
'''脆弱X症候群 (Fragile X症候群; FRAXA)'''  


Xq27.3に位置する''FMR1''遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ &lt; 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。''FMR1''はRNA結合分子FMRPをコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍のFMR1遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR1''遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として注意欠陥と多動性、自閉症様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には側頭葉・後頭葉の大脳皮質神経細胞のスパインの形態や数の異常が報告されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>.FMRPはグループ1代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている<ref><pubmed>15219735</pubmed></ref>。  
Xq27.3に位置する''FMR1''遺伝子の5’UTRに存在するCGGリピートの異常伸長による疾患で遺伝性の知的機能障害 (IQ &lt; 70)の原因として欧米では最も頻度が高い疾患として知られている。健常者ではリピート長が55以下であるが、特に母方からの伝播に際してリピートが不安定化し、次世代で伸長を認めることがある。患者はリピート長が200以上に伸長した変異アレルを有し、母親が55から200 CGGリピートの前変異 (permutation)を有することが多い。''FMR1''はRNA結合分子FMRPをコードしている。変異アレルでは伸長したCGGリピートと近傍のFMR1遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR1''遺伝子の発現が抑制され、その結果患者男児ではFMRPの発現が欠乏する。変異アレルを有する男児の大多数また女児の約25%は知的機能障害を有する。他の臨床症状として注意欠陥と多動性、自閉症様症状、長い顔、巨大睾丸などが特徴的である。神経病理学的には側頭葉・後頭葉の大脳皮質神経細胞のスパインの形態や数の異常が報告されている<ref><pubmed>11223852</pubmed></ref>.FMRPはグループ1代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)の下流で特定のmRNAの翻訳を抑制しており,FMRPの欠如によるこの翻訳抑制の解除が脆弱X症候群発症に関与するというmGluR説が提唱されている<ref><pubmed>15219735</pubmed></ref>。  


<br> '''Fragile XE症候群'''  
<br> '''Fragile XE症候群 (FRAXE)'''  


Xq28に位置する''FMR2''遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による伴性劣性疾患で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR2''遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパクは核内に存在し、転写因子として機能すると考えられているが詳細は不明である。  
Xq28に位置する''FMR2''遺伝子の5’UTRに存在するCCGリピートの異常伸長による伴性劣性疾患で, 変異アレルではリピート長が200以上に伸長している。このCCGリピートの伸長はFMR1遺伝子のCGGリピートのそれと同じく、女性生殖細胞でおこるものと考えられている。変異アレルではFMR2遺伝子上流のCpGアイランドが過剰なメチル化修飾を受けるため''FMR2''遺伝子の転写が抑制される。患者は軽度の精神遅滞や学習障害を示す。FMR2タンパクは核内に存在し、転写因子として機能すると考えられているが詳細は不明である。  
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'''ハンチントン病 (Huntington disease)'''&nbsp;  
'''ハンチントン病 (HD)'''&nbsp;  


ハンチンチン蛋白N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''HTT''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病(不随意運動の一種)に加えて、記銘力障害、人格変化、うつなどの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には尾状核と被殻の著名な萎縮が特徴的で、GABA作動性の投射細胞である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に線条体から投射を受ける淡蒼球も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、小脳プルキンエ細胞は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチン蛋白の生理機能については不明な点が多いが、タンパク間相互作用を介するHEAT リピート構造を多数有することから、多彩な生理機能に関与する足場(scaffold)タンパクであると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。  
ハンチンチン蛋白N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''HTT''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病(不随意運動の一種)に加えて、記銘力障害、人格変化、うつなどの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には尾状核と被殻の著名な萎縮が特徴的で、GABA作動性の投射細胞である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に線条体から投射を受ける淡蒼球も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、小脳プルキンエ細胞は一般的には保たれる。 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. ハンチンチン蛋白の生理機能については不明な点が多いが、タンパク間相互作用を介するHEAT リピート構造を多数有することから、多彩な生理機能に関与する足場(scaffold)タンパクであると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。  
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ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3アンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示された<ref><pubmed>21555070</pubmed></ref>ことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3ノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3'' がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある<ref><pubmed>22367996</pubmed></ref>。  
ハンチントン病と同様の臨床的・病理学的特徴を有する成人発症の常染色体優性神経変性疾患で、変異アレルでは16q24.3に存在する''JPH3''遺伝子のエクソン2Aの存在するCTGリピートが異常伸長(40-59; 正常6-28)している。患者脳組織で抗ポリグルタミン抗体陽性の神経細胞核内封入体が認められ、またBACトランスジェニックマウスを用いた解析で、JPH3アンチセンス鎖からポリグルタミン鎖をコードするHDL2-CAGが転写されることが示された<ref><pubmed>21555070</pubmed></ref>ことから、ポリグルタミン病である可能性が高い。一方、JPH3ノックアウトマウスは運動障害を発症し、また患者脳において''JPH3'' がコードするjunctophilin-3の発現が低下していることからloss of functionの機構も病態に関与している可能性がある<ref><pubmed>22367996</pubmed></ref>。  


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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<br> <references />
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