「モノアミン仮説」の版間の差分

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'''c)ドパミン仮説'''
'''c)ドパミン仮説'''
 初期の頃よりドパミンとノルアドレナリンをあわせたカテコールアミン機能の低下がうつ病で想定されていたが<ref name=ref1/><ref><pubmed> 4587067 </pubmed></ref>、その後特にノルアドレナリンのうつ病における役割が注目される様になった。しかし、モノアミン系の項目でも述べたように、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬は前頭葉で細胞外ドパミン濃度を増加させ、bupropionやモノアミン酸化酵素阻害薬など海外で使用されている抗うつ薬は脳全体で細胞外ドパミン濃度を増加させる。さらに、脳脊髄液中のHVA(homovanilic acid、ドパミンの代謝物)濃度がうつ病患者で低値であること、パーキンソン病の治療薬であるドパミン2受容体アゴニストがうつ病治療に有効であること、などからうつ病では脳内ドパミン機能が低下し、その機能低下が是正されることによりうつ病症状が改善するという仮説が提案されている(井上、Papakostas)。
 初期の頃よりドパミンとノルアドレナリンをあわせたカテコールアミン機能の低下がうつ病で想定されていたが<ref name=ref1/><ref name=ref3><pubmed> 4587067 </pubmed></ref>、その後特にノルアドレナリンのうつ病における役割が注目される様になった。しかし、モノアミン系の項目でも述べたように、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬は前頭葉で細胞外ドパミン濃度を増加させ、bupropionやモノアミン酸化酵素阻害薬など海外で使用されている抗うつ薬は脳全体で細胞外ドパミン濃度を増加させる。さらに、脳脊髄液中のHVA(homovanilic acid、ドパミンの代謝物)濃度がうつ病患者で低値であること、パーキンソン病の治療薬であるドパミン2受容体アゴニストがうつ病治療に有効であること、などからうつ病では脳内ドパミン機能が低下し、その機能低下が是正されることによりうつ病症状が改善するという仮説が提案されている<ref><pubmed> 16413172 </pubmed></ref><ref>井上 猛<br>気分障害におけるドパミンの役割<br>気分障害の薬理・生化学―総括と新たなる挑戦―<br>医薬ジャーナル、東京、2012(印刷中)</ref>。


'''2) 双極性障害のモノアミン仮説'''
'''2) 双極性障害のモノアミン仮説'''
 躁病にはドパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された(Prange)。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。
 躁病にはドパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された<ref name=ref3/>。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。


 最近、双極性障害のドパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた(Berk)。すなわち、躁病相ではドパミン機能の亢進が、うつ病相ではドパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドパミン機能亢進に伴い、ドパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドパミン機能低下に伴い、ドパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの生物学的マーカーの研究によって十分に支持されているとはいえない。
 最近、双極性障害のドパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた<ref><pubmed> 17688462 </pubmed></ref>。すなわち、躁病相ではドパミン機能の亢進が、うつ病相ではドパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドパミン機能亢進に伴い、ドパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドパミン機能低下に伴い、ドパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの生物学的マーカーの研究によって十分に支持されているとはいえない。


3) 不安障害のセロトニン仮説
3) 不安障害のセロトニン仮説
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT1Aアゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する(井上2012)。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT1Aアゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する(井上2012)。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。
 ラットを用いた不安の動物モデルである、恐怖条件付けはセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は扁桃体基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた(井上2012)。すなわち、SSRIと5-HT1Aアゴニストは5-HT1A受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。
 ラットを用いた不安の動物モデルである、恐怖条件付けはセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は扁桃体基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた(井上2012)。すなわち、SSRIと5-HT1Aアゴニストは5-HT1A受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。
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