学習障害
横山 浩之
山形大学医学部看護学科 臨床看護学講座
DOI:10.14931/bsd.6672 原稿受付日:2016年1月1日 原稿完成日:2016年1月25日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:learning disabilities 独:Lernbehinderung 仏: trouble des apprentissages
学習障害とは、全般的な知的水準が正常範囲内であるにもかかわらず、何らかの機能の著しい低下により学習上のさまざまな困難さを示す状態を示す総称である。学習の困難さがある場合にこの用語が用いられるわけではない。たとえば、知的障害(精神遅滞)による学習の困難さに対して、学習障害という用語は用いられない。
歴史と概念の変遷
現在でも使われる dyslexia という用語は、1887年に眼科医Rudolf Berlinによって用いられた[1]。身体発達・精神発達に大きな問題がないのに単語の読み書きが著しく障害されている児童を意味した。
Learning disability (LD)[2]の用語が用いられるようになったのは1960年代に入ってからである。当時は微細脳機能障害(Minimal Brain Dysfunction, MBD)という用語で、注意欠如・多動性障害や学習障害などの児童がまとめられた概念が使用されていた。現代でいう学習障害に近い概念が公になったのは1980年代に入ってからである。アメリカ精神医学会はDSM-III[3]でAcademic Skill Disorders、DSM-IV[4]では Learning Disorders、DSM-5[5]ではSpecific Learning Disorders と呼んでいる。WHO は、ICD-10[6]でSpecific developmental disorders of scholastic skills と呼んでいる。
症状
「読み」能力の障害では次のような症状が認められやすい。ひらがな・カタカナの習得が遅れる、読めてもスピードが遅い、同じ行を繰り返して読んでしまう、単語や行を飛ばして読んでしまう、勝手読み(語尾を変えたり、言葉を抜かしたり)をしてしまう、読めても内容を理解できない(聞けば理解できる)。
「書く」能力の障害では、字が書けない、字を書けても読みにくい(文字の大きさが不整、字のまとまりがない)、誤字脱字が多い、漢字の形がとれない、漢字の一部を間違ってしまう、句読点を抜かしてしまう、正しく打てない、など。
「計算・数」の能力では、一対一対応がわからない(実物の個数と数が対応しない)、繰り上がり・繰り下がりの理解ができない、計算式の理解が困難、簡単な計算を暗算できない(指を使わなければできない、あるいは指を使っても間違う)、計算に時間がかかる、など。
このほかにも、正しい音で発音できない(「おとうさん」を「おとうたん」、「おとうしゃん」など)、たどたどしく話せない、言葉につまってしまう、「てにをは」を使わずに話す、図形を模写できない、見取り図から形を理解できない、展開図を理解できないなど、さまざまな症状が認めることがある。
以上にあげた症状は、以下に述べる学習障害の定義によっては学習障害の症状と認めないものも含んでいる。他の障害(例えば、注意欠如・多動性障害)でもよく認められる症状であるものも含んでいる。すなわち、症状の解釈の誤認が起こりやすい。例えば、知能検査によって全般的な知的水準が正常であることが確認されるまで、知的障害の症状と誤認されることもあり得る。
症状は欧米と日本とで異なる側面がある。なぜなら、日本語は音節文字(ひらがな・カタカナ)・表語文字(漢字)・表意文字(数字・絵文字)からなるが、インド・ヨーロッパ語族の言語は音素文字(アルファベット)と表意文字(数字・絵文字)からなるからである。
アルファベットでは、文字と発音とは必ずしも一致しない。例えば、earth [ˈɚːθ] はカタカナ書きではアースであるが、語末のthを取り去った ear [íɚ]はイアとなる。このような現象は音節文字(ひらがな・カタカナ)での表記が可能な日本語ではあり得ない。
このように読み書きに関する障害では、言語によって症状や頻度が異なることが知られている。アルファベット圏より、音節文字がある日本のほうが、読み書きに関する学習障害は少ないとされている。また、fMRI を使用した観察結果では、アルファベット圏と漢字圏では文字を認識できない原因となっている脳の障害部位が異なるという報告[7]もあり、欧米と日本では障害そのもののあり方が異なるという指摘もある。
定義・分類
学習障害とは、全般的な知的水準が正常範囲内であるにもかかわらず、何らかの機能の著しい低下により学習上のさまざまな困難さを示す状態を示す総称という点では共通しているが、実務ではさまざまな定義が利用されている。
医学的立場における定義
医学的立場における定義は、DSMやICD に代表されるように、
- 読み障害
- 書き障害
- 算数障害
のように、「読字・書字・算数」の高次機能が発達に伴って障害されている状況と規定されている(表1)。特異的発達障害[8]、発達性読み書き障害といった用語も同様と考えて良い。
A. 学習や学習技能の使用に困難があり、その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず、以下の症状の少なくとも1つが存在し、少なくとも6か月間持続していることで明らかになる:
|
B. 欠陥のある学業的技能は、その人の暦年齢に期待されるよりも、著明にかつ定量的に低く、学業または職業遂行能力、または日常生活活動に意味のある障害を引き起こしており、個別施行の標準化された到達尺度および総合的臨床評価で確認されている。17歳以上の人においては、確認された学習困難の経歴は標準化された評価の代わりにしてもよいかもしれない。 |
C. 学習困難は学齢期に始まるが、欠陥のがある学業的技能に対する欲求が、その人の限られた能力を超えるまでは完全には明らかにならないかもしれない(例:時間制限のある試験、厳しい締め切り期限内に長く複雑な報告書を読んだり書いたりすること、過度に重い学業的負荷)。 |
D. 学習困難は知的能力障害群、非矯正視力または聴力、他の精神または神経疾患、心理社会的逆境、学習指導に用いる言語の習熟度不足、または不適切な教育的指導によってはうまく説明されない。 |
神経心理的立場における分類
神経心理的立場では、学習障害は、全般的知的水準が正常範囲内であるが、知能検査における個人内差が大きい状況を指している。例えば、WISC-III(Wechsler Intelligence Scale for Children-third edition)において、全検査IQ(Full scale IQ, FIQ)が正常範囲内で、言語性IQ(Verbal IQ, VIQ)と動作性IQ(Performance IQ, PIQ)との間で有意な差があれば、LDの可能性が高いと判定する。VIQが低い場合を言語性LD、PIQが低い場合を非言語性LDという[9]。
WISC-III においては言語理解(VC)・知覚統合(PO)・注意記憶(FD)・処理速度(PS)に、WISC-IVにおいては言語理解(VCI)・知覚推理(PRI)・ワーキングメモリー(WMI)・処理速度(PSI)にわけて細分化された能力を評価し、よりよい神経心理学的な判断・支援のために利用されている[10]。
教育的立場
教育的立場(文部科学省)における学習障害の定義[11]は次の通り。
学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。
以上の定義・分類の背景を下表[12]にまとめた(表3)。これらは相反するものではなく、目指すべき方向が異なっていると解釈するのが妥当であるが、実際に症例に介入する際にはどの立場でどのような意味で用いられているかを確認することが望ましい。
医学的立場 | 神経心理的立場 | 教育的立場 | |
---|---|---|---|
診断・分類基準 | DSM, ICD | 知能検査の個人内差 | 文部科学省の定義 |
用語の背景 | 機能不全、疾患単位の確立 | 機能不全、心理機能・法則の確立 | 学習のしかたの相違・教育的措置の重視 |
利点 | 器質的原因の解明と医学的治療法の解明 | 神経心理学的な原因の究明・対応策の確立 | 特別支援教育の必要性を社会的に是認 |
診断基準運用上の問題 | 鑑別の困難さ | 疾患単位の曖昧さ | 概念の曖昧さ |
自閉症スペクトラムを含むか | 合併を認め、並列表記 | 表記していないが含んでいる(NLD-2) | あいまい |
疫学
国内における最も大規模な調査は平成24年に文部科学省によって行われた調査[13]である。通常学級に在籍する児童・生徒53,882人を対象として、学習面で著しい困難を示す(学習障害)頻度は4.5%であった。
領域別では、「聞く」又は「話す」に著しい困難を示す頻度は1.7%(95%信頼区間1.5~1.8%)、「読む」又は「書く」に著しい困難を示す頻度は2.4%(同2.3~2.6%)「計算する」又は「推論する」に著しい困難を示す頻度は2.3%(同2.1~2.5%)である。
文部科学省が特別支援教育を開始する前に行われた平成14年2月実施の調査結果[14]では、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」に著しい困難を示す(学習障害)頻度は4.5%であり、同等であった。領域別では、「聞く」又は「話す」に著しい困難を示す頻度が1.1%、「読む」又は「書く」に著しい困難を示す頻度が2.5%、「計算する」又は「推論する」に著しい困難を示す頻度が2.8%であった。
米国においては、20%近い児童が程度の差はあり学習障害を疑われるという報告もある。
病因・病態
学習障害の病因はよくわかっていない。
その一方で、近年のfMRI を用いた研究のメタ解析[15]では、一般的に言語野が存在する左半球の異常を指摘されている。また遺伝的要因や胎児期・周産期の環境要因(アルコールや覚醒剤曝露、低酸素、未熟児出生など)、出生後の外傷、重金属汚染も関係[1]しているとされる。
定型発達児に比較して、発達性協調運動障害、注意欠如・多動性障害、反抗挑戦性障害、強迫性障害、不安障害などの合併が多いとされている。
予後
自然経過では学力予後は不良である。文部科学省による実態把握のための基準[11]にも「国語又は算数(数学)の基礎的能力に著しい遅れがある」しており、著しい遅れの例として、「小学校2、3学年で1学年、4学年以降では2学年以上」をあげている。また、遅れが明確になってから介入が行われても、全般的知的水準相応に回復することは困難なことも多い。
学習障害による悪影響は学力だけではなく他の能力にも影響が及ぶ。例えば、行動障害が悪化しやすいことやセルフエスティーム(自尊感情)に悪影響を及ぼす[16]とされている。
学習障害にかかわる教育・神経心理・医療関係者のコンセンサスとして、学習障害の早期発見、早期介入は、子どもに好ましい影響を与えるとされている。
治療
治療的介入は、客観的な証拠に基づいて作成された個別教育計画(Individualized Education Program, IEP)によって教育的介入[17]がなされる。客観的な証拠として、Wechsler 系の知能検査や各種の神経心理検査が用いられるが、これらの検査は努力性の指標(本人が努力していない状況では低い結果となる)であるため、行動観察や学力評価といった裏付けによって、妥当性・信頼性を得る必要がある。また、複数の検査結果を組み合わせて評価することも多い。
教育的介入の手法は、必ずしも薬物療法のように統計学的な裏付けがなされているわけではない。この背景には、学習障害が必ずしも均一の集団ではないため、統計学的な結果が得られにくいことも考え得る。実際、アルファベット圏におけるdyslexiaは、音素の読み取り・再構成が主たる障害と考え得られる比較的均一な集団であり、単語レベルの音韻指導が有用であり、オプトメトリックスに代表される視力訓練は無効であり、受講しない[1]ように提言している。
教育的介入にあたっては、
- 苦手な部分を補う訓練と
- 苦手なところを迂回して学習を進める支援
とに大別できる[17]。前者の例としては、dyslexia の治療に用いられる音素の読み取り・再構成の訓練があげられる。日本においても発達性読み書き障害[8]に対して、同様の手法が開発されている。後者の例としては、読み障害においては読み取る能力に問題があっても聞きとる能力には問題がないので学習内容の読み聞かせがよい支援[17]となり得る。
文部科学省は平成19年度より特別支援教育[18]を開始した。特別支援教育の開始にあたって学校教育法の改訂がなされ、学習障害の子どもも特別支援教育の対象となった。校長の責務を明確化し、特別支援コーディネータの配置をすすめている。また、特別支援学校に地域支援の役割分担を求めている。また、日本LD学会は特別支援教育士[19]の資格を提唱している。
学習障害に対して有用な薬物療法は知られていない。注意欠如・多動性障害などの合併障害に対して薬物療法が行われている。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2
Handler, S.M., Fierson, W.M., Section on Ophthalmology, Council on Children with Disabilities, American Academy of Ophthalmology, American Association for Pediatric Ophthalmology and Strabismus, & American Association of Certified Orthoptists (2011).
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Danforth, S., Slocum, L., & Dunkle, J. (2010).
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医学書院、2014 - ↑ 5.0 5.1 アメリカ精神医学会
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日本精神神経学会(訳)
医学書院、2014 - ↑ ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン
融 道男、小見山 実、大久保 善朗、中根 允文、岡崎 祐士(訳)
医学書院、2005 - ↑
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LDの見分け方(わかるLDシリーズ②)
日本文化科学社、1997 - ↑ 上野一彦
軽度発達障害の心理アセスメントLDの見分け方
日本文化科学社、2005 - ↑ 11.0 11.1 文部科学省
学習障害児に対する指導について(報告)
1998 - ↑ 横山浩之
新版軽度発達障害の臨床
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通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について
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今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)
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読み・書き・算-むずかしいところはどこか(特別支援教育の基礎知識―21世紀に生きる教師の条件)
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