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| <div align="right">
| | ==誘導== |
| <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0118148 笹井 紀明]</font><br>
| | ある細胞集団が別の細胞集団に作用しその細胞運命を変えることを「誘導」(induction)と呼び、胚発生に不可欠な誘導現象「胚誘導」(embryonic induction)はそのひとつである。胚誘導の他に、水晶体誘導、歯誘導など、上皮-神経、上皮ー間葉相互作用による「器官誘導」も知られており、これらの誘導は組織間相互作用において誘導因子が一方向、または双方向に作用することによって成立するものと考えられている。神経誘導は中枢神経系の発生に不可欠な誘導であり、原腸陥入によって外胚葉を裏打ちする中胚葉が外胚葉を神経組織である神経板(neural plate)に分化誘導する。神経誘導を受けなかった外胚葉は表皮に分化する。 |
| ''奈良先端科学技術大学院大学''<br>
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| DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年2月3日 原稿完成日:2017年4月23日<br>
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| 担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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| 英語名:neural induction 独:neuronale Induktion 仏:induction de la neurulation
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| {{box|text= 神経誘導とは、動物の初期発生の段階において、形成体(organizer)と呼ばれる胚の一領域が未分化外胚葉に作用して、神経組織という性質を付与する(神経に運命決定する)現象のことである。}}
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| ==神経誘導と神経誘導因子の発見== | |
| [[wj:受精卵|受精卵]]は、最初は増殖を繰り返して未分化な細胞の塊を形成するが、[[wj:原腸形成期|原腸形成期]]([[マウス]]では受精6日前後、[[アフリカツメガエル]]では温度にもよるが12-14時間程度)になると細胞が[[wj:外胚葉|外胚葉]]、[[wj:中胚葉|中胚葉]]、[[wj:内胚葉|内胚葉]]の3つの胚葉に分類され、細胞それぞれの性質が大まかに特徴付けられるようになる。
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| このうち外胚葉の一部は神経組織へと分化し、[[神経板]]を形成するが、その運命決定は、背側中胚葉(カエルでは[[原口背唇部]](dorsal lip)、マウスや[[ニワトリ]]では[[結節]](node))から分泌されるシグナル因子([[神経誘導因子]])に依存する。
| | ==神経誘導の発見== |
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| 一般に「誘導(induction)」とは、1つの組織が別の組織に作用してふるまいを制御する現象のことをいい、神経誘導はこのような誘導現象の1つである<ref name=ref1><pubmed>11967557</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>24014419 </pubmed></ref>。
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| [[image:神経誘導1.png|thumb|250px|'''図1.神経と表皮を分離する分子機構'''<br>未分化外胚葉細胞で[[BMP]]シグナルが活性化されると細胞内で[[Smad1]]が[[リン酸化]]され、下流遺伝子の遺伝子発現が誘導され、表皮へと分化する。一方、BMPシグナルが遮断された細胞は神経に分化する。<ref name=ref71><pubmed>9272945</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>8752213 </pubmed></ref><ref name=ref72><pubmed>15296978</pubmed></ref>を参考にして作成。図中のBMP受容体のうち、I, IIとあるのはそれぞれタイプ1、タイプ2の意味。Pはリン酸化を示す。]]
| | ===神経誘導因子の探索=== |
| | 神経誘導作用をもつ物質の探索は長年にわたって、主に発生生物学者を中心に両生類または鳥類を用いて行われてきた。植物レクチンであるコンカナバリンA (Con-A)が両生類オーガナイザーと同様に神経誘導活性をもつと報告されたこともある。1980年代後半から遺伝子レベルでの探索が活発化しオーガナイザーに特異的に発現する遺伝子の探索、mRNAプールの腹側へのインジェクションにより起こる2次軸形成能に基づく発現クローニング法によって神経誘導因子の同定が試みられてきた。オーガナイザー特異的に発現するホメオボックス遺伝子グースコイド(goosecoid)の発見はその成果のひとつである。グースコイドはオーガナイザー活性の一部を担っており腹側での異所的な過剰発現により2次軸誘導活性を示すが、それ自体は転写調節因子であることから細胞自律的であり、細胞間相互作用を直接担うシグナルとして作用することは考えにくい。しかしながら、アクチビン(activin)などさまざまな細胞増殖因子様シグナル分子に濃度依存的に応答するプロモーター領域をもっており、その発見は中胚葉誘導因子、神経誘導因子の研究を大きく進展させた。 |
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| 外胚葉から神経組織への運命決定、すなわち細胞の神経化(neuralization)は[[脊椎動物]]の胚発生において最も初期に起こる現象の1つである。したがって神経誘導の研究は、初期胚が比較的大きく発生が母胎外で起きる両生類胚([[イモリ]]、[[カエル]]など)を中心に進展してきた。
| | ===種を超えるオーガナイザー活性=== |
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| 1924年、ドイツの生物学者[[wj:ハンス・シュペーマン|Hans Spemann]]と[[wj:ヒルデ・マンゴルト|Hilde Mangold]]はイモリの原口背唇部(背側中胚葉を含む部分)を別の個体に移植する実験を行い、移植された胚に2次軸(体軸:背骨の原基(脊策)を含む頭尾軸に沿った細長い構造)が形成され、さらにその周辺部に神経組織が誘導されることを発見した<ref name=ref3><pubmed>11291840</pubmed></ref>。これは、移植した原口背唇部が移植先の組織に影響を及ぼし、結果として胚の形態形成を制御したことを意味する。そこで、Spemannらはこの領域を「形態形成を支配する領域」という意味で「[[形成体]](organizer)」と命名した<ref name=ref3 /> <ref name=ref4><pubmed>16482093</pubmed></ref>。
| | ==BMPの阻害による神経誘導== |
| | ノギン、コーディンは[[骨形成因子]] (bone morphogenic protein, BMP)-2あるいはBMP-4に対して高い親和性をもつ阻害因子であるがフォリスタチンの親和性は低い。しかしながら、フォリスタチンはオーガナイザー領域に発現しその領域を限局させる作用をもつといわれているBMP様因子ADMP(anti-dorsalizing morphogenetic factor)に対して高い親和性をもつ。両生類についてはBMPおよびBMP様活性の総和が胚の腹側化および非神経化に寄与しており、それらに対して阻害活性をもつ分子群によるBMP阻害活性の総和とのバランスで背-腹、神経-神経のパターンが決まっているものと考えられる。これを支持するようにアフリカツメガエルにおいてはアンチセンスモルフォリノオリゴヌクレオチドによるいずれか2つの阻害因子のダブルノックダウンでは神経組織はかなり残存するが、3つの因子のトリプルノックダウンによって初めて大きな神経組織の欠損が見られることが報告されている[10]。 |
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| その後、この現象を制御する分泌性の因子(神経誘導因子(neural inducer))を特定する試みが長く行われてきたが、背側中胚葉はサイズ的に小さいために、そこに存在するタンパク質を生化学的に特定することは困難であった。しかし、分子生物学的手法が発達するにつれて遺伝子解析が可能となり、1990年代にはその分子実体が次々と明らかになった。
| | アクチビン受容体による |
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| Richard M HarlandとWilliam C Smithは、[[発現スクリーニング]](背側中胚葉に発現する遺伝子の[[mRNA]]の中で神経誘導活性を持つ分画を細分化する方法)により[[ノギン]] ([[noggin]])を<ref name=ref5><pubmed>1339313</pubmed></ref>、[[w:Edward M De Robertis|Edward M De Robertis]]と[http://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(14)01094-0 笹井芳樹]は、[[ディファレンシャルスクリーニング]](発現が背側中胚葉に限局する遺伝子を単離する方法)によって[[コーディン]] ([[chordin]])を<ref name=ref6><pubmed>8001117</pubmed></ref>それぞれ単離し、それらが神経誘導因子であることを証明した。また、Douglas A Meltonと Ali Hemmati-Brivanlou は、上野直人らがすでに単離していた[[卵胞刺激ホルモン]]の阻害因子[[フォリスタチン]] ([[follistatin]])に神経誘導活性があることを見いだした<ref name=ref7><pubmed>3120188 </pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed> 8168135</pubmed></ref>。
| | ==神経誘導メカニズムの種差== |
| | 神経誘導メカニズムの研究は主に両生類(アフリカツメガエル、イモリ、サンショウウオ)を用いて明らかにされてきたが、BMPの表皮化(非神経化)における役割が動物種間で高度の保存されていることが確認されている一方で、その阻害による神経誘導メカニズムには種間で差がある。コーディンについてはゼブラフィッシュのシールド(胚盾:オーガナイザーに相当する)に発現することが確認されているが、ノギン、フォリスタチンの遺伝子発現はないとされている。また、背腹軸パターン形成に以上が見られるゼブラフィッシュ突然変異体の解析から背側化ミュータントの原因遺伝子はBMPシグナル伝達系のリガンド、受容体、細胞内シグナル伝達因子(Smad)をコードする遺伝子の変異によるものであり、腹側化ミュータント(後にChordinoと命名)の原因遺伝子はコーディンであることが報告されている。 |
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| さらなる研究の結果、これらの神経誘導因子はいずれも[[TGFβ]]スーパーファミリーの一種[[BMP4]]と結合し、BMP4と[[BMP受容体]]の相互作用を阻害することによって細胞を神経化することが明らかとなった('''図1''')<ref name=ref9><pubmed>7630399</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>8752214</pubmed></ref> <ref name=ref11 />。実際にBMPの強制発現により細胞は神経化が抑制されて[[wj:表皮|表皮]]に分化し<ref name=ref12><pubmed>7630398</pubmed></ref>、逆に[[ドミナントネガティブ]]BMP受容体を用いてBMPシグナルを遮断すると細胞が神経化する<ref name=ref13><pubmed>7937936 </pubmed></ref>。したがって、BMPシグナルの存在・非存在が未分化外胚葉の運命(表皮か神経か)の二者択一(binary decision)を行うと言える<ref name=ref9 />。
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| なお、follistatinはBMP4のほかに[[アクチビン]] ([[activin]])(TGFβの一種で[[中胚葉誘導因子]])とも結合してその活性を抑制する。このことはfollistatinが中胚葉分化抑制と神経誘導の活性を併せ持つことを意味する<ref name=ref8 /> <ref name=ref14><pubmed>9178255</pubmed></ref>。
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| その後アフリカツメガエルにおいて、noggin、chordin、follistatinは互いにリダンダント(いずれかの機能を阻害しても、残りの因子が神経誘導活性を補償する)であり、3つの遺伝子の機能を同時に阻害して初めて神経誘導が抑制されることが示された<ref name=ref15><pubmed>15737935</pubmed></ref>。
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| ==Instructiveとpermissiveな誘導様式==
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| [[image:神経誘導2.png|thumb|250px|'''図2.Instructiveな分化誘導様式と、permissiveな誘導様式''']]
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| Howard Holtzer<ref name=ref16><pubmed>26146752</pubmed></ref>は、細胞の分化誘導には2つの様式が存在することを提唱した<ref name=ref17>'''Holtzer, H.'''<br>A concept in terms of mechanisms. Epithelial-Mesenchymal Interactions.<br>in R. Gleischmajer and R. E. Billingham (eds.), 152-164 (1968).</ref>('''図2''')。
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| 1つは、誘導因子が分化方向を決定しながら、分化そのものも進行させるというものである。この誘導様式は[[instructive]](細胞を「教育する」意味)と呼ばれ、[[レチノイン酸]]による[[ホメオボックス遺伝子]]の発現誘導はその一例である<ref name=ref18><pubmed>18805086 </pubmed></ref>。
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| 一方、分化そのものは誘導因子の存在と独立して進行し、誘導因子は分化方向のみを決定するような誘導様式のことを[[permissive]](一定方向に向かうことを「許容する」意味)という。
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| ここで議論する神経誘導因子は、未分化外胚葉を神経化する役割を持つが、神経誘導因子を受けない細胞は表皮に分化するため、分化の進行自体は誘導因子の有無に依存しない。したがって、noggin, chordin, follistatinは神経誘導においてpermissiveな役割を果たすものと言える。
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| ==神経デフォルト説と細胞のコンピテンス==
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| アフリカツメガエルの[[アニマルキャップ]](初期胚の未分化細胞からなる細胞集団)をバラバラにして細胞同士の相互作用を失くすと細胞は神経化する<ref name=ref1 /> <ref name=ref19><pubmed>15879552</pubmed></ref>。これはBMPシグナルが薄まったからだと推測される。この実験事実から、未分化外胚葉細胞は外部から何もシグナルを受け取らなければ神経化するという仮説「[[神経デフォルト説]]」が提唱されるようになった<ref name=ref1 /> <ref name=ref20><pubmed>9019398</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>11687825</pubmed></ref>。
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| しかしその後の研究から、原腸形成期の外胚葉細胞では神経誘導因子の作用を受ける時期に細胞内で[[ERK]]([[MAPキナーゼ]])があらかじめ活性化されており、このことが神経化に必須であることが明らかとなった<ref name=ref19 /> <ref name=ref22><pubmed>15590738</pubmed></ref>。実際に[[FGF8]]が原腸形成期に発現している<ref name=ref22 /> <ref name=ref23><pubmed>14701872</pubmed></ref>。FGF/ERKシグナルが活性化している細胞は神経以外にも分化するため、FGF/ERKシグナルは直接細胞を神経化する因子というわけではないが、細胞に神経化する能力(反応場)を持たせるという意味では重要である<ref name=ref22 /> <ref name=ref24><pubmed>20978071</pubmed></ref>。
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| また、原腸形成期の細胞があらかじめ発現している遺伝子の組み合わせも神経化に重要である<ref name=ref25><pubmed>17045790</pubmed></ref>。このように、神経誘導因子を受けて神経化するためには細胞に一定の条件、つまり「誘導因子に対する反応能」が必要であり、この細胞の特質のことを「[[コンピテンス]]([[competence]])」と呼ぶ<ref name=ref26><pubmed>15138497</pubmed></ref> <ref name=ref27>'''Waddington, C. H.'''<br>Organisers and Genes.<br>''Cambridge University Press'', 1940, 41-55.</ref>。したがって、「神経デフォルト説」はこのコンピテンスの成立が前提となっている。
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| 一般に特定の細胞運命決定には、周辺組織からの「誘導(induction:誘導因子による細胞外部からの制御)」と、受け手細胞の「コンピテンス(competence:細胞の内部状態)」が一致しなければならない。神経誘導の場合、両条件が一致するのは発生期では原腸形成期前後のみであり、これが、神経誘導が胚発生の一時期にしか起こらないことの理由である<ref name=ref26 />。
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| ==ショウジョウバエの神経誘導==
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| [[image:神経誘導3.png|thumb|350px|'''図3.ショウジョウバエとアフリカツメガエルの胚の背腹軸断面と、神経誘導のメカニズム''']]
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| [[ショウジョウバエ]]においては、[[神経芽細胞]]([[neuroblast]])は胚の腹側で生じる<ref name=ref28><pubmed>8598900</pubmed></ref>。
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| この神経分化に必須の役割を果たすのは、[[short gastrulation]]([[sog]])である。Sogは胚の腹側から背側にかけて濃度勾配を形成し<ref name=ref29><pubmed>11782317</pubmed></ref>、そのタンパク質はchordin同様に[[システイン]]に富むモチーフを4つ持ち、機能的にはchordinと類似する(つまり、sogをアフリカツメガエルで強制発現すると2次軸が形成され、外胚葉は神経化する)<ref name=ref30><pubmed>7617035</pubmed></ref>。また、sogの変異を脊椎動物のnogginで補償できることからも、sogが脊椎動物の神経誘導因子と同じ機能を持つことが推察できる<ref name=ref31><pubmed>8752215</pubmed></ref>。
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| 一方、[[decapentaplegic]]([[dpp]])は胚の背側に発現して脊椎動物のBMP4と同等の機能を持ち<ref name=ref32><pubmed>16368928</pubmed></ref>、sogと直接結合して互いの機能を阻害し合う('''図3''')。
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| この点で、sogとdppの関係は、脊椎動物のchordin/noggin とBMPの関係に対応している<ref name=ref31 /> <ref name=ref33><pubmed> 9363950</pubmed></ref>。このことから、脊椎動物と[[無脊椎動物]]では神経誘導の分子メカニズムが類似していることが示されただけでなく、進化の過程で胚の[[背腹軸]]が反転し、そこに発現する因子も同様に反転していることも示唆された<ref name=ref28 />。
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| ==羊膜動物における神経誘導==
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| [[ファイル:神経誘導Fig4.png|サムネイル|300px|'''図4. 胎生6.0日前後のマウス胚の模式図'''<br>この時期には[[エピブラスト]](epiblast)と呼ばれる、比較的未分化な細胞が、中胚葉や内胚葉からのシグナルに応答して、神経を含め様々な細胞へと分化して行く。[[原条]](primitive streak)は胚の後方でエピブラストが陥入して生じる構造で、この構造を通過する細胞は中胚葉または内胚葉に分化する。<ref name=ref11252999 ><pubmed>11252999</pubmed></ref><ref name=ref17387317 ><pubmed>17387317</pubmed></ref><ref name=ref19129791 ><pubmed>19129791</pubmed></ref>を参考にして作成。]]
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| [[羊膜動物]]([[ニワトリ]]やマウスなど)の胚において、[[両生類]]の[[形成体]]に相当する部分は「結節(node)」である('''図4''')。
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| イギリスの生物学者[[w:Conrad Hal Waddington|Conrad H Waddington]]は、ニワトリ胚の[[ヘンゼン結節]]([[Hensen’s node]])をほかの[[鳥類]]胚に移植すると2次軸を形成することを発見し、この領域が両生類の原口背唇部の相同領域であることを証明した<ref name=ref34><pubmed>11291858</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>10761841</pubmed></ref>。
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| 両生類で単離された神経誘導因子はニワトリやマウスにおいてもこの領域(結節)に発現している<ref name=ref36><pubmed>9184349</pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed>9425145</pubmed></ref> <ref name=ref38><pubmed>10525336</pubmed></ref> <ref name=ref39><pubmed>10688202</pubmed></ref>。しかし、ニワトリにおける実験では、BMPシグナルを阻害するだけでは未分化細胞([[エピブラスト]])を神経化することはできない<ref name=ref37 />。このことから、noggin, chordin, follistatin以外に誘導因子(または神経化する条件)が存在することが示唆され、その候補因子として[[Wnt]]や[[FGF]]に関連するものが想定されている<ref name=ref40><pubmed>11357137</pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed>15509767</pubmed></ref>。
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| マウスでは、神経誘導因子の胚発生における役割が主に遺伝子破壊法(ノックアウト)を用いて解析されてきた。その結果、noggin、chordin、follistatinはいずれも単独の遺伝子破壊では神経誘導自体に対する影響は大きくないが、いったん細胞が神経化した後の分化の過程で必要であることや、中胚葉(体節など)の分化に必須であることが示されている<ref name=ref39 /> <ref name=ref42><pubmed>7885475</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>9585504</pubmed></ref>。
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| 一方、chordinとnogginのダブル[[ノックアウトマウス]]では、体幹部神経の分化異常は比較的弱いものの、[[前脳]]が形成されないことが明らかになった<ref name=ref39 /> <ref name=ref44><pubmed>12397106</pubmed></ref>。この結果はマウスの神経誘導に関して重要な知見である。マウスでは、結節(chordinとnogginが発現する領域)は体幹部(脊髄領域など)の神経分化を誘導し、前脳はそれとは独立に[[前方臓側内胚葉]]([[anterior visceral endoderm]]; AVE)から誘導される可能性が示唆されてきた<ref name=ref45><pubmed>9988215</pubmed></ref>。しかしこのノックアウトマウスでは、AVEは正常に形成されるものの前脳分化が著しく抑制されていた。このことは、結節が前脳の形成にも関与することを意味している。つまり、結節は全身の神経誘導に対して直接的または間接的に関与している。(なお現在、AVEは前脳のパターン形成や細胞移動を制御するなど、多くの機能を持っていることが明らかになっている<ref name=ref45 /><ref name=ref46><pubmed>25349454</pubmed></ref>)。
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| このように、noggin, chordin, follistatinが主要な神経誘導因子として羊膜動物でも神経分化に役割を持つが、その働き方のメカニズムや発生における必要性は種ごとに少しずつ異なると考えられている。ただしこの違いは、動物による実験方法の違いによる(たとえば両生類でよく使われる遺伝子の顕微注入法(効率的な強制発現)はマウス胚では実行が難しく、マウスで多用される遺伝学的方法は両生類では難しい)という議論もある<ref name=ref25 />。
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| ==神経前駆細胞を個性づける遺伝子の発現機構==
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| [[Sox2]]は、脊椎動物の神経化した細胞で最初に発現する[[転写因子]]の1つであり、神経化した細胞のマーカーとして多用されるだけでなくSox2自体も細胞の前駆性を維持する働きを持つ<ref name=ref47><pubmed>9435279</pubmed></ref> <ref name=ref48><pubmed>12689590</pubmed></ref> <ref name=ref49><pubmed>12948443</pubmed></ref>。したがって、Sox2の[[エンハンサー]]解析を行うことにより、未分化細胞が神経化する細胞内のメカニズムが明らかになると思われる。
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| Sox2は神経前駆細胞以外にも発現するため、その制御領域はSox2のコーディング領域の前後それぞれ50kbにわたって散在するが、このうち神経前駆細胞での発現に関与する制御領域が2つ見つかっている<ref name=ref48 />。これらの領域はFGFとWntに反応するシーケンスをするDNA配列を含んでおり、その活性はBMPシグナルによって不活化される(つまりBMPシグナルが遮断されることが細胞の神経化に必要であるにより活性化される)。
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| さらに、この領域は中胚葉分化を促進する転写因子[[Tbx6]]によっても負に制御される<ref name=ref50><pubmed>16354715</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>21331042</pubmed></ref>。このことは、未分化細胞が神経外胚葉細胞に分化する過程において、一時的に[[神経中胚葉]](neuromesoderm)と呼ばれる分化段階が存在することを意味する<ref name=ref52><pubmed>26329597</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>25823696</pubmed></ref>。
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| また、その発現のタイミングは[[エピゲノム]]的な制御によることも明らかになっている<ref name=ref54><pubmed>18184035</pubmed></ref> <ref name=ref55><pubmed>27099369</pubmed></ref>。したがって、Sox2の当該エンハンサー領域の[[クロマチン]]状態が転写因子を受け付ける状態になり、さらにFGFやWntシグナルを仲介する転写因子が結合したときにSox2の発現が始まるものと考えられる。
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| ==幹細胞からの神経分化==
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| マウスやヒトでは、再生医学への展望もあるために、[[胚性幹細胞]]([[ES細胞]])や[[人工多能性幹細胞]]([[iPS細胞]])を神経化する方法論についての研究が進んでいる。
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| これらの幹細胞をシャーレ上でできるだけ純粋に神経前駆細胞に分化させるには、マウス<ref name=ref56><pubmed>12524553</pubmed></ref> <ref name=ref57><pubmed>18697938</pubmed></ref><ref name=ref11086981 ><pubmed>11086981</pubmed></ref>、ヒト<ref name=ref58><pubmed>11731781</pubmed></ref> <ref name=ref59><pubmed>20160098</pubmed></ref>ともに、シグナル因子の添加を最小限にした(特に[[wj:血清|血清]]に含まれる不特定多数の因子を最小限にした)培地に[[栄養因子]]やFGFを加えて単層培養する<ref name=ref60><pubmed>27194476 </pubmed></ref>。この方法により、マウスでは2日程度、ヒトでは5−6日程度で神経前駆細胞が出現する。
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| [[視細胞]]、[[運動神経]]、[[介在ニューロン]]など、特定の機能的神経細胞を得たい場合には、この時期から領域決定を促す因子(Wnt、[[ソニック・ヘッジホッグ]]、レチノイン酸など)を加えてさらに培養を続ける<ref name=ref61><pubmed>12176325</pubmed></ref> <ref name=ref62><pubmed>25157815</pubmed></ref> <ref name=ref63><pubmed> 26972603</pubmed></ref> <ref name=ref64><pubmed>16076961</pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed>16908856 </pubmed></ref>。
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| さらに成熟し、さまざまな細胞種からなる機能体を作出したい場合には、神経分化させると同時に[[embryoid body]](幹細胞の細胞塊)を形成させる<ref name=ref66><pubmed>15696161</pubmed></ref> <ref name=ref67><pubmed>17529971</pubmed></ref> <ref name=ref68><pubmed>17609152</pubmed></ref>。
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| 近年この方法を応用し、眼や脳などの完全な機能体「[[オルガノイド]](organoid)」が作り出されるようになった<ref name=ref69><pubmed>21475194</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>27118425</pubmed></ref>。オルガノイドは、移植医療はもちろんのこと、創薬における薬効の検証系、疾患の試験管内再現など幅広い応用が期待されている。
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| ==参考文献== | | ==参考文献== |
| <references />
| | [1] |
| | [2] |
| | [3] |
| | [4] |
| | [5] |
| | [6] |
| | [7] |
| | [8] |
| | [9] |
| | [10] Khokha, M.et al. Dev Cell 8, 408-411, 2005 |
| | [11] |
| | [12] |
| | [13] |
誘導
ある細胞集団が別の細胞集団に作用しその細胞運命を変えることを「誘導」(induction)と呼び、胚発生に不可欠な誘導現象「胚誘導」(embryonic induction)はそのひとつである。胚誘導の他に、水晶体誘導、歯誘導など、上皮-神経、上皮ー間葉相互作用による「器官誘導」も知られており、これらの誘導は組織間相互作用において誘導因子が一方向、または双方向に作用することによって成立するものと考えられている。神経誘導は中枢神経系の発生に不可欠な誘導であり、原腸陥入によって外胚葉を裏打ちする中胚葉が外胚葉を神経組織である神経板(neural plate)に分化誘導する。神経誘導を受けなかった外胚葉は表皮に分化する。
神経誘導の発見
神経誘導因子の探索
神経誘導作用をもつ物質の探索は長年にわたって、主に発生生物学者を中心に両生類または鳥類を用いて行われてきた。植物レクチンであるコンカナバリンA (Con-A)が両生類オーガナイザーと同様に神経誘導活性をもつと報告されたこともある。1980年代後半から遺伝子レベルでの探索が活発化しオーガナイザーに特異的に発現する遺伝子の探索、mRNAプールの腹側へのインジェクションにより起こる2次軸形成能に基づく発現クローニング法によって神経誘導因子の同定が試みられてきた。オーガナイザー特異的に発現するホメオボックス遺伝子グースコイド(goosecoid)の発見はその成果のひとつである。グースコイドはオーガナイザー活性の一部を担っており腹側での異所的な過剰発現により2次軸誘導活性を示すが、それ自体は転写調節因子であることから細胞自律的であり、細胞間相互作用を直接担うシグナルとして作用することは考えにくい。しかしながら、アクチビン(activin)などさまざまな細胞増殖因子様シグナル分子に濃度依存的に応答するプロモーター領域をもっており、その発見は中胚葉誘導因子、神経誘導因子の研究を大きく進展させた。
種を超えるオーガナイザー活性
BMPの阻害による神経誘導
ノギン、コーディンは骨形成因子 (bone morphogenic protein, BMP)-2あるいはBMP-4に対して高い親和性をもつ阻害因子であるがフォリスタチンの親和性は低い。しかしながら、フォリスタチンはオーガナイザー領域に発現しその領域を限局させる作用をもつといわれているBMP様因子ADMP(anti-dorsalizing morphogenetic factor)に対して高い親和性をもつ。両生類についてはBMPおよびBMP様活性の総和が胚の腹側化および非神経化に寄与しており、それらに対して阻害活性をもつ分子群によるBMP阻害活性の総和とのバランスで背-腹、神経-神経のパターンが決まっているものと考えられる。これを支持するようにアフリカツメガエルにおいてはアンチセンスモルフォリノオリゴヌクレオチドによるいずれか2つの阻害因子のダブルノックダウンでは神経組織はかなり残存するが、3つの因子のトリプルノックダウンによって初めて大きな神経組織の欠損が見られることが報告されている[10]。
アクチビン受容体による
神経誘導メカニズムの種差
神経誘導メカニズムの研究は主に両生類(アフリカツメガエル、イモリ、サンショウウオ)を用いて明らかにされてきたが、BMPの表皮化(非神経化)における役割が動物種間で高度の保存されていることが確認されている一方で、その阻害による神経誘導メカニズムには種間で差がある。コーディンについてはゼブラフィッシュのシールド(胚盾:オーガナイザーに相当する)に発現することが確認されているが、ノギン、フォリスタチンの遺伝子発現はないとされている。また、背腹軸パターン形成に以上が見られるゼブラフィッシュ突然変異体の解析から背側化ミュータントの原因遺伝子はBMPシグナル伝達系のリガンド、受容体、細胞内シグナル伝達因子(Smad)をコードする遺伝子の変異によるものであり、腹側化ミュータント(後にChordinoと命名)の原因遺伝子はコーディンであることが報告されている。
参考文献
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[10] Khokha, M.et al. Dev Cell 8, 408-411, 2005
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