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統合失調症関連遺伝子
<font size="+1">[http://researchmap.jp/ikeda-ma 池田 匡志]</font><br>
(英:Schizophrenia susceptibility gene)
''藤田保健衛生大学 医学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月6日 原稿完成日:2013年2月4日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


英語名:Schizophrenia susceptibility genes
統合失調症は、思春期・青年期に発症し、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害などが認められる症候群である。患者の多くは慢性の経過をたどるが、有病率は1%と決して稀な疾患ではない。罹患すると個人のQOL低下のみならず、社会的損失の大きい疾患であるが、その原因は不明なままである。しかし、疫学的研究から、統合失調症の病態生理には、遺伝的要因が関与することが確認されており、その証左に従って、現在にわたるまで多くの分子遺伝学的研究が施行されてきた。古くは連鎖解析から始まり、いくつかの領域で有意な連鎖が報告されたが、複数の民族で一致する領域はほとんど見いだされなかった。これはリスクの効果量(effect size)が小さいために、見逃されている可能性が示唆される。唯一の成功例と考えられる報告は、スコットランドの大家系に1番染色体と11番染色体の転座であり、Disrupted-In-Schizophrenia 1(DISC1)がその部位に位置することが判明した。しかし、この転座を持つ患者でも、必ずしも統合失調症になるわけではなく、躁うつ病やうつ病など気分障害を罹患する場合も多く、「統合失調症」特異的リスクとは断言出来ない。また、一般集団に対するDISC1のリスクを後述する関連解析で検討した結果、この遺伝子は統合失調症と関連は現在のところ認められていない。


{{box|text= 遺伝疫学的研究から、統合失調症の発症脆弱性に遺伝的要因が関与することが確認されており、多くの分子遺伝学的研究が行われてきた。連鎖解析や候補遺伝子の関連解析で、一致する結果はほとんど見いだされなかったことから、ゲノムワイド関連解析(GWAS)が行われるようになり、GWASで、候補遺伝子が多く見出されている。また、コピー数変化 (copy number variation, CNV)との関連も報告され、22q11.21欠失などのCNVが統合失調症と有意に関連していることが報告された。さらに、全ゲノム/エクソーム解析による統合失調症関連遺伝子の同定が進められている。}}
このように、連鎖解析では困難ではないかと行き詰まりを見せる中、統合失調症関連遺伝子を同定するための方法論は、1)ヒトゲノム計画により遺伝子配列の概要が判明したこと、また3)民族ごとのhaplotype mappingを目指した国際HapMap計画が開始されたことで状況が一変する。すなわち、方法論が、関連解析へと完全にシフトしていった。この時代では、連鎖解析では理論上同定不可能な小さなeffect sizeを持つリスクを同定するべく、機能的な関連を想定した“候補”を疾患との関連を検討する「候補遺伝子関連研究」が主流となる。ここでは、ドパミン系、セロトニン系などの神経伝達物質に関わる遺伝子や、神経発達障害仮説に関与する遺伝子が候補として選出された。
しかし、それでも「確定的」といえる統合失調症感受性遺伝子の同定には至らず、方法論は次のステップである「ゲノムワイド関連研究(GWAS)」へとさらにシフトする。GWASは、既知の候補遺伝子に関連を見いださない一方、思いもよらないリスク遺伝子の同定に成功している。2008年にWellcome Trust Case-Control Consortiumのサンプルを利用した報告がNature Geneticsに掲載され、ZNF804Aが有意水準のベンチマークであるgenome-wide significanceを超えていた。機能は現在まで明確ではないが、その後サンプル数を拡大した解析でP=10-11レベルで関連性を報告している。その後10個以上のGWASが報告されたが、その中でもISC、MGS、S-GENEが行った3報の論文は、2009年にNature誌に掲載され、大きなインパクトを与えた。特に、ISCは、Polygenic Component analysisという新しい方法論を提唱し、一つのデータセットから定義された緩い基準(P<0.5など)の「リスクアレル」が、独立したデータセットの統合失調症で有意に重複していることを示した。さらに、双極性障害でもその「リスク」は重複していることも報告し、統合失調症と双極性障害の遺伝学的共通性を示唆する証左として着目される。
その後、多くのグループが共同して設立されたPsychiatric GWAS Consortium (PGC)は、メガ解析を行い、7個の領域でgenome-wide significanceを超える統合失調症関連遺伝子を報告している。major histocompatibility complex (MHC)領域は、リスクとして代表的な領域であるが、この領域が高い連鎖不平衡を示すという特性から、リスク遺伝子を絞り込むことは困難である。一方、PGCの結果でトップに位置づけられた新規遺伝子は、MIR137をコードする領域であり、P=1.6x10-11であった。MIR137は、発現を制御するmicro RNAであり、特に、神経発達や成熟に関与する遺伝子の調整因子であることが判明している。


== はじめに ==
また、GWASは、copy number Variation (CNV)が統合失調症と関連することも報告している。特に、1q21.1deletion、NRXN1 deletiion、VIPR2 duplication、15q13.3 deletion、16p11.2 duplication、22q11.21 deletionなどの領域は、統合失調症患者でCNVが統計的有意に多く認められており、この領域に位置する遺伝子もまた、統合失調症候補遺伝子として有望であると言える。


 [[統合失調症]]は、思春期・青年期に発症し、[[幻覚]]・[[妄想]]などの[[陽性症状]]、[[意欲低下]]・[[感情鈍麻]]などの[[陰性症状]]、[[認知機能障害]]などを主症状とする症候群である。有病率は約1%と頻度は高く、いわゆる「ありふれた疾患」の代表例といえる。患者の多くは慢性の経過をたどるため、罹患すると個人のQOL低下は著しく、社会的損失の大きい疾患である。治療は[[抗精神病薬]]の薬物療法が主体となるが、その原因は未だ不明なままであるため、病態生理に即した治療法は開発されていない。
今後は、Whole-genome/exome resequencingなどパーソナルゲノム解析へシフトして行くと考えられる。しかし、現在までのところ、小規模のサンプル数を用いた報告しかなされておらず、真のリスクとなる稀な変異の評価は困難なままである。
 
 他方、遺伝疫学的研究から、統合失調症の発症脆弱性には、遺伝的要因が関与することが確認されており(遺伝率:70~80%<ref><pubmed> 22783273 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14662550 </pubmed></ref>)、現在までに多くの分子遺伝学的研究が施行されてきた。古くは[[連鎖解析]]に始まり、いくつかの領域で有意な連鎖が報告されてきたが、複数の民族で一致する領域はほとんど見いだされなかった。これはリスクの効果量(effect size)が小さいために、見逃されている可能性が示唆される。唯一の成功例と考えられる結果は、[[wikipedia:ja:スコットランド|スコットランド]]の大家系で同定された1番染色体と11番染色体の転座であり、その部位に位置する遺伝子は、[[Disrupted-In-Schizophrenia 1]]([[DISC1]])と命名された<ref><pubmed> 10814723 </pubmed></ref>。しかし、この転座を持つ患者でも、必ずしも統合失調症を発症するわけではなく、[[躁うつ病]]や[[うつ病]]など[[気分障害]]を罹患する場合も多いため、「統合失調症」特異的リスクとは断言出来ない。
 
== 候補遺伝子関連解析からゲノムワイド関連解析へ ==
 
 このように、連鎖解析の主要精神疾患への適応が行き詰まりを見せる中、統合失調症関連遺伝子を同定するための方法論は、1)[[wikipedia:ja:ヒトゲノム計画|ヒトゲノム計画]]により遺伝子配列の概要が判明したこと、また2)民族ごとのhaplotype mappingを目指した[[wikipedia:ja:国際HapMap計画|国際HapMap計画]]が開始されたことで状況が一変する。特に、機能的な関連を想定した“候補”遺伝子と、統合失調症との関連性を、症例対照研究で検討する「候補遺伝子関連解析」が主流となる。その“候補”として、積極的に検討されてきた遺伝子は、[[ドーパミン]]系、[[セロトニン]]系などの[[神経伝達物質]]に関わる遺伝子群や、[[神経発達障害]]仮説に関与する遺伝子群であった([http://www.szgene.org/ SchizophreniaGene])。
 
 しかし、それでも「確定的」といえる統合失調症感受性遺伝子の同定には至らず、方法論は次のステップである「[[ゲノムワイド関連解析]](GWAS)」へとさらにシフトする。
 
 GWASは、既知の候補遺伝子に関連を見いださない一方、思いもよらないリスク遺伝子の同定に成功している。2008年、O'Donovanらは、Wellcome Trust Case-Control Consortium(WTCCC)のサンプルを利用し、ZNF804Aに位置するSNPがgenome-wide significance(有意水準のベンチマーク:P<5X10<sup>-8</sup>)を示したことを報告した<ref><pubmed> 18677311 </pubmed></ref>。この遺伝子の機能は現在まで明確ではないが、その後サンプル数を拡大した解析でP=10<sup>-11</sup>レベルで関連性を報告している<ref><pubmed> 20368704 </pubmed></ref>。
 
 以後10個以上のGWASが報告されたが、その中でもISC(International Schizophrenia Consortium)<ref><pubmed> 19571811 </pubmed></ref>、MGS (Molecular Genetics of Schizophrenia)<ref><pubmed> 19571809 </pubmed></ref>、S-GENE(Schizophrenia Genetics Consortium)<ref><pubmed> 19571808 </pubmed></ref>が行った3報の論文は、2009年にNature誌に掲載され、大きなインパクトを与えた。特に、ISCは、Polygenic Component analysisという新しい方法論を提唱し、一つのデータセットから定義された緩い基準(P<0.5など)の「リスクアレル」が、独立したデータセットの統合失調症で有意に重複していることを示した。さらに、[[双極性障害]]でもその「リスク」は重複していることも報告し、統合失調症と双極性障害の遺伝学的共通性を示唆する証左として着目される<ref><pubmed> 20118450 </pubmed></ref>。
 
 2011年に入り、多くのグループが共同して設立されたPsychiatric GWAS Consortium (PGC)は、メガ解析を行い、7個の領域でgenome-wide significanceを超える統合失調症関連遺伝子を報告している<ref><pubmed> 21926974 </pubmed></ref>。[[主要組織適合遺伝子複合体]] ([[major histocompatibility complex]], [[MHC]])領域は、リスクとして代表的な領域であるが、この領域が高い[[wikipedia:ja:連鎖不平衡|連鎖不平衡]]を示すという特性から、リスク遺伝子を絞り込むことは困難である。一方、PGCの結果でトップに位置づけられた新規遺伝子は、[[miR137]]をコードする領域であり、P=1.6x10<sup>-11</sup>であった。miR137は、発現を制御する[[micro RNA]]であり、特に、神経発達や成熟に関与する遺伝子の調整因子であることが判明している。
 
==コピー数変化の関与 ==
 
 また、GWASは、SNPのみならず、[[コピー数変化]] ([[copy number variation]], [[CNV]])が統合失調症と関連することも報告している。特に、1q21.1欠失、[[ニューレキシン1]] ([[NRXN1]])欠失、VIP([[血管作動性腸管ペプチド]])受容体2 ([[vasoactive intestinal peptide receptor 2]], [[VIPR2]]) 重複、15q13.3欠失、16p11.2重複、22q11.21欠失などの領域は、統合失調症患者でCNVが統計的有意に多く認められており、この領域に位置する遺伝子も統合失調症候補遺伝子として有望であると言える<ref><pubmed> 21285140 </pubmed></ref>。また、これら領域は、[[自閉症]]や[[知的障害]]との関連を示す領域であり、これら疾患との重複も想定される。
 
== おわりに ==
 
 今後は、Whole-genome/exome resequencingなどパーソナルゲノム解析へシフトして行くと考えられる。しかし、現在までのところ、小規模のサンプル数を用いた報告しかなされておらず、真のリスクとなる稀な変異の評価は困難なままである。
 
==関連項目==
*[[統合失調症]]
*[[ゲノムワイド関連解析]]
 
== 参考文献 ==
 
<references/>

2012年7月18日 (水) 10:14時点における版

統合失調症関連遺伝子 (英:Schizophrenia susceptibility gene)

統合失調症は、思春期・青年期に発症し、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害などが認められる症候群である。患者の多くは慢性の経過をたどるが、有病率は1%と決して稀な疾患ではない。罹患すると個人のQOL低下のみならず、社会的損失の大きい疾患であるが、その原因は不明なままである。しかし、疫学的研究から、統合失調症の病態生理には、遺伝的要因が関与することが確認されており、その証左に従って、現在にわたるまで多くの分子遺伝学的研究が施行されてきた。古くは連鎖解析から始まり、いくつかの領域で有意な連鎖が報告されたが、複数の民族で一致する領域はほとんど見いだされなかった。これはリスクの効果量(effect size)が小さいために、見逃されている可能性が示唆される。唯一の成功例と考えられる報告は、スコットランドの大家系に1番染色体と11番染色体の転座であり、Disrupted-In-Schizophrenia 1(DISC1)がその部位に位置することが判明した。しかし、この転座を持つ患者でも、必ずしも統合失調症になるわけではなく、躁うつ病やうつ病など気分障害を罹患する場合も多く、「統合失調症」特異的リスクとは断言出来ない。また、一般集団に対するDISC1のリスクを後述する関連解析で検討した結果、この遺伝子は統合失調症と関連は現在のところ認められていない。

このように、連鎖解析では困難ではないかと行き詰まりを見せる中、統合失調症関連遺伝子を同定するための方法論は、1)ヒトゲノム計画により遺伝子配列の概要が判明したこと、また3)民族ごとのhaplotype mappingを目指した国際HapMap計画が開始されたことで状況が一変する。すなわち、方法論が、関連解析へと完全にシフトしていった。この時代では、連鎖解析では理論上同定不可能な小さなeffect sizeを持つリスクを同定するべく、機能的な関連を想定した“候補”を疾患との関連を検討する「候補遺伝子関連研究」が主流となる。ここでは、ドパミン系、セロトニン系などの神経伝達物質に関わる遺伝子や、神経発達障害仮説に関与する遺伝子が候補として選出された。 しかし、それでも「確定的」といえる統合失調症感受性遺伝子の同定には至らず、方法論は次のステップである「ゲノムワイド関連研究(GWAS)」へとさらにシフトする。GWASは、既知の候補遺伝子に関連を見いださない一方、思いもよらないリスク遺伝子の同定に成功している。2008年にWellcome Trust Case-Control Consortiumのサンプルを利用した報告がNature Geneticsに掲載され、ZNF804Aが有意水準のベンチマークであるgenome-wide significanceを超えていた。機能は現在まで明確ではないが、その後サンプル数を拡大した解析でP=10-11レベルで関連性を報告している。その後10個以上のGWASが報告されたが、その中でもISC、MGS、S-GENEが行った3報の論文は、2009年にNature誌に掲載され、大きなインパクトを与えた。特に、ISCは、Polygenic Component analysisという新しい方法論を提唱し、一つのデータセットから定義された緩い基準(P<0.5など)の「リスクアレル」が、独立したデータセットの統合失調症で有意に重複していることを示した。さらに、双極性障害でもその「リスク」は重複していることも報告し、統合失調症と双極性障害の遺伝学的共通性を示唆する証左として着目される。 その後、多くのグループが共同して設立されたPsychiatric GWAS Consortium (PGC)は、メガ解析を行い、7個の領域でgenome-wide significanceを超える統合失調症関連遺伝子を報告している。major histocompatibility complex (MHC)領域は、リスクとして代表的な領域であるが、この領域が高い連鎖不平衡を示すという特性から、リスク遺伝子を絞り込むことは困難である。一方、PGCの結果でトップに位置づけられた新規遺伝子は、MIR137をコードする領域であり、P=1.6x10-11であった。MIR137は、発現を制御するmicro RNAであり、特に、神経発達や成熟に関与する遺伝子の調整因子であることが判明している。

また、GWASは、copy number Variation (CNV)が統合失調症と関連することも報告している。特に、1q21.1deletion、NRXN1 deletiion、VIPR2 duplication、15q13.3 deletion、16p11.2 duplication、22q11.21 deletionなどの領域は、統合失調症患者でCNVが統計的有意に多く認められており、この領域に位置する遺伝子もまた、統合失調症候補遺伝子として有望であると言える。

今後は、Whole-genome/exome resequencingなどパーソナルゲノム解析へシフトして行くと考えられる。しかし、現在までのところ、小規模のサンプル数を用いた報告しかなされておらず、真のリスクとなる稀な変異の評価は困難なままである。