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英:Hypothalamus  
英:Hypothalamus  

2012年8月20日 (月) 09:15時点における版

図1 脳内における視床下部の位置
ファイル:1Hypothalamus.gif
図2 脳内における視床下部の位置(赤)

英:Hypothalamus

 視床下部とは、間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を行う総合中枢である(図1、2)。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、体温調節ストレス応答、摂食行動睡眠覚醒など多様な機能を協調して管理している。中脳以下の自律機能を司る中枢が呼吸運動血管運動といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は交感神経副交感神経機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、性行動、睡眠といった本能行動の中枢である。

構造

図3 視床下部内の主な神経核

 視床下部を構成する灰白質第三脳室と接している視床下部脳室周囲層、その外側の視床下部内側野、最も外側に位置する視床下部外側野の3領域に分けられ、それぞれに神経核群が存在している(図3)。視床下部は下垂体門脈と呼ばれる血管系を介して下垂体とつながっている。下垂体は甲状腺副腎皮質性腺といった下位の内分泌腺を刺激するホルモンを分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生される視床下部ホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体からのホルモン分泌を調節している。また、視床下部の一部では血液脳関門が無い領域が存在し、視床下部に存在する神経細胞が血液、脳脊髄液に含まれる生理活性分子の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの神経核のうち、主なものを記す。

弓状核

Arcuate nucleus: ARC

 ホメオスタシスは自律神経系とホルモン系との協調作用によって保たれており、視床下部はこのホルモン系を制御している。ホルモン系調節の中心は視床下部と下垂体をつなげる漏斗と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)である。弓状核は下垂体前葉からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン(成長ホルモン放出ホルモン甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン性腺刺激ホルモン放出ホルモンプロラクチン放出ホルモン)あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン(成長ホルモン抑制ホルモンプロラクチン抑制ホルモン)を分泌している。

 また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核にはプロオピオメラノコルチン(Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現している神経(POMC神経)、および神経ペプチドY(Neuropeptide Y: NPY)とアグーチ関連ペプチド(Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現している神経(NPY/AgRP神経)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ホルモンとして知られ、摂食亢進ホルモンとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、コカイン・アンフェタミン調節転写産物(Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRP神経が活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、メラノコルチン受容体に対するアンタゴニストであるAgRPの分泌を介して、間接的にも摂食行動を促進する。脂肪組織で産出される摂食抑制ホルモンであるレプチンは、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで食欲の抑制を行い[1]で産出される摂食亢進ホルモンであるグレリンは弓状核のNPY/AgRP神経を活性化する[2]

室傍核

Paraventricular nucleus: PVN

 視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある明瞭な核で、視交叉上核とおなじく構成する細胞は大きい。室傍核にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(Corticotropin-releasing hormone: CRH)を分泌する神経細胞が存在する。視床下部からのCRHの放出は下垂体前葉における副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)産生細胞を刺激し、ACTHやΒ-リポトロピンΒ-エンドルフィンの産生と放出とが促される。ACTHは血液循環によって運ばれたのち、副腎皮質を刺激し、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイド(主にコルチゾール)の産生と分泌とを高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対する全身の防御にはたらく。ヒトを含めた哺乳動物ではストレスに対する防御システムとして内分泌系および自律神経系が最も重要な役割を担っており、視床下部―下垂体―副腎皮質の一連のホルモン伝達系はストレス応答の重要な経路となっている[3]

視交叉上核

Suprachiasmatic nucleus: SCN

 視床下部の底部、視交叉のすぐ上に位置する一対の神経核で、密集した大型の神経細胞から構成されている(一般に視床下部の神経核は散在性の小細胞から構成されている)。視交叉上核には神経ホルモンであるバゾプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。視交叉上核は体内時計の中枢としてよく知られている[4]。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが消失してしまうだけではなく、視交叉上核の細胞は、体内から取り出され外界からの刺激がない状態で培養されても、自律的にリズムを刻み続けることができる[5]。同時に、視交叉上核は明暗の情報を目から受け取ることで体内時計を外界と同調させている。この場合、通常の視覚に関わる視細胞ではなく、光感受性物質であるメラノプシンを発現する網膜神経節細胞が視交叉上核へと情報を伝えており[6]、視交叉上核はこの受け取った情報を他の情報と統合して処理したのち、松果体へ伝えている[7]。松果体ではこの情報に応答して睡眠を制御するホルモンであるメラトニンを分泌する。メラトニン分泌は夜間に高く昼間に低い。

結節乳頭体核

Tuberomammillary nucleus: TMN

 視床下部の後部に位置する結節乳頭体核は体温調節や摂食行動などの機能に関与している。また、ヒスタミン神経系の起始核であり、覚醒中枢の一つと考えられている。ここからヒスタミン神経は脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン神経細胞が活性化すると覚醒レベルが高まる[8]。風邪薬として用いられる第一世代のヒスタミンH1受容体阻害薬の服用が眠気をもたらすのは、この経路が抑制されるからである。

背内側核

Dorsomedial hypothalamic nucleus: DMN

 脳弓の外側にあり小型または中型の細胞から構成されている。視交叉上核の主要な投射先であり、概日リズムに合わせたコルチコイド分泌とそれに付随した覚醒、運動などに関与していることが知られている[9]。また、背内側核の神経細胞はオレキシン神経に直接投射しており[10]、摂食行動[11]や体温調節[12]との関連が報告されている。

腹内側核

Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN

 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。満腹中枢としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論[13]があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている[14]。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドであるメラニン凝集ホルモン(MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を光遺伝学的手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている[15]。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。

機能

 視床下部は体温調節、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非常に多岐にわたる行動を調節している。こうした調節は単独で機能しているわけではなく、相互に関係する複数の行動を、バランスを取って促進・抑制することで全体的なモードを規定している。例えば、ストレス応答の際は生存確率を高めるために代謝レベルを高めるが、その際には体温や血圧を上昇させ、睡眠や生殖行動を抑制するような統合的な調節が行われている。以下に代表的な機能について記す。

体温の調節

 動物は外的環境に左右されず内的環境を維持することができるが、鳥類哺乳類では体温調節もそれに含まれる。外気温が変化しても体内温度を一定に保つことは行動上の制限を大きく広げ、生存に有利に働くものと思われる。視床下部の視索前野には温度感受性の神経細胞が存在して体温調節の中枢を構成しており、背内側核もその調節に関与していることが知られている[16]。体温は概日リズムや性周期、摂食行動などによって変動する。

体液恒常性の調節

 体液恒常性を維持するうえで、抗利尿ホルモン バソプレシンは腎臓における水の再吸収の程度を決定し、血液の浸透圧を制御する重要な因子である。視床下部にはバソプレシンを産生する神経細胞が存在し、その軸索は下垂体後葉に投射している。下垂体後葉から血管内に分泌されたバソプレシンは腎集合管にはたらきかけ、水チャネルであるアクアポリン細胞膜への局在をもたらすことで腎臓での水の再吸収量を増やし[17]、利尿を妨げる効果をもたらす。視床下部の一部には血液脳関門が無い部分があり、血液浸透圧をモニターする浸透圧受容器として機能している。

摂食行動と代謝の調節

 多くの動物にとって生存にかかわる最も大きな問題は飢えである。エネルギーを適切に管理するため、視床下部は摂食行動と代謝レベルを調節している。エネルギーに余裕があるときには糖質から脂肪への変換を行い、エネルギーが欠乏しているときにはタンパク質を分解するという一連の代謝システムは視床下部の自律神経と内分泌をコントロールする機能によって管理されている。この機能に関しては、弓状核が主にその役割を担っており、腹内側核、外側野[18]、背内側核、室傍核などが協調してはたらいている[19]

生殖行動の調節

 ほ乳動物の生殖は視床下部、下垂体、そして性腺の各組織が相互にシグナル伝達を行うことで調節されている。例えば、ヒトの女性において、月経を含む性周期は下垂体前葉から放出される卵胞刺激ホルモン(Follicle stimulating hormone: FSH)と黄体形成ホルモン(Luteinizing hormone: LH)によって調節されているが、これらは視床下部から放出される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin releasing hormone: GnRH)によって制御されている[20]。また、弓状核の神経細胞はホルモン分泌を介して生殖行動を調節しており、生殖行動は背内側核や視索前野、乳頭体核などといった領域にも管理されている[21]。生殖行動はエネルギー代謝、胎児への血液供給を含めた循環器系、体温調節などのシステムと協調している。

ストレス応答の調節

 動物が攻撃を受けた時には覚醒水準や代謝を高め、闘争や逃走にリソースを集中する必要が生じる。こうしたストレス応答に際しては心理的ストレスも身体的ストレスも共に視床下部の室傍核に伝えられる。この室傍核から下垂体、そして副腎へと伝えられるシグナル伝達はストレス応答にとって非常に重要であり、この回路はHypothalamic-pituitary-adrenal axis(HPA axis)と呼ばれている。視床下部の室傍核からストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンが放出され、それによって刺激された下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモンが産生・放出され、それによって刺激された副腎皮質は副腎皮質ホルモンとして知られる糖質コルチコイドの分泌を高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対して全身の防御反応を引き起こす[22]。ストレスは睡眠や性行動を抑制するはたらきをもつ。

睡眠・覚醒の調節

 視床下部が睡眠・覚醒を司っていることは古くから知られており、嗜眠性脳炎の研究などから視床下部の前方部には睡眠中枢が、後方部には覚醒中枢が存在することが提起された。視床下部前方部に存在する腹外側視索前野(Ventrolateral preoptic nucleus: VLPO)におけるGABA作動性ニューロンが睡眠中枢として中心的な役割を果たしており、VLPOの神経細胞は睡眠時に活動を増加させることで睡眠の開始と維持を行っている[23]。一方、視床下部後方部に存在する結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN)はヒスタミン神経の起始核であり、覚醒中枢の一つと考えられている。ヒスタミン神経細胞はここから脳内のほとんどの領域に軸索を投射しており、ヒスタミン神経細胞の活動が高まると覚醒レベルが上昇する。VLPOとTMNは互いに軸索を投射してその活動を抑制し合っており、TMNからVLPOへの抑制が優位になると覚醒が、VLPOからTMNへの抑制が優位になると睡眠が開始されることで迅速な睡眠・覚醒の相転移が行われている(フリップ・フロップ説)[24]

最近の知見について

 このように視床下部は多くの生理的に重要な役割を複合的に果たしているが、その神経回路の機能に関してはいまだに不明な点が多い。形態学的に分類、記載されてきた神経核であるが、細胞に発現しているペプチドの染色結果などにより、同じ種類の神経細胞が複数の領域にまたがって存在していたり、一つの神経核の中でも多数の異なる種類の神経細胞が共存していたりすることが分かってきている。そのため、行動を制御する機能単位としての神経回路を解析するためには古典的な電気刺激等の手法では限界があった。

 近年、遺伝学的手法により特定の神経にだけ光活性化分子を発現させ、光を照射することによってその神経回路特異的にミリ秒単位のオーダーで活性を制御する、光遺伝学とよばれる新たな手法がこの問題を解決しようとしている。例えば、神経ペプチドであるオレキシンを産生するオレキシン神経は睡眠に関与することが知られていたが、少数の細胞が散在しているため古典的手法だけでは特異的にその機能を調べることは困難であった。しかし、オレキシンのプロモーター下流でチャネルロドプシン[25]ハロロドプシン[26]といった光活性化タンパク質を発現させて光刺激することによって、自由行動しているマウスにおけるオレキシン神経の活性化状態が睡眠・覚醒に及ぼす影響を観察することが可能となっている。他にも、弓状核に存在するAgRP神経の活性化が数分内に摂食行動を亢進させること[27]、腹内側核に攻撃行動の中枢が存在すること[28]、など多くの新たな知見が得られてきており、今後一層の展開が期待される。

関連項目

参考文献

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(執筆者:犬束歩、山中章弘  担当編集委員:伊佐正)